電子書籍界の黒船「Kindle」とは?(後編)Kindleが持つ5つの「強み」(1/3 ページ)

Kindleは「電子書籍のラインアップが豊富」「紙の本に比べて価格が安い」といった特徴が挙げられることが多いが、そのほか特筆すべき特徴を幾つも持っている。筆者の考える、Kindleが持つ5つの「強み」を紹介しよう。

» 2012年05月25日 10時00分 公開
[山口真弘,ITmedia]

 前回は、Kindleという電子書籍端末およびサービスの成り立ちから現在までの歴史を紹介した。後編となる今回はKindleというサービスの中で、強みとなりうる特徴を5つ、ピックアップして紹介する。Kindleはなぜほかの事業者を圧倒するユーザーを獲得しており、「黒船」と呼ばれるのか。ラインアップや価格など、Kindleの特徴として真っ先に挙げられる特徴ではなく、ふだんあまり表立って語られない部分にフォーカスする。

強みその1:Amazonの書籍紹介ページからの直接リンクでユーザーを誘導

 Kindleの特徴として一般に挙げられるのは「電子書籍のラインアップが豊富」「紙の本に比べて価格が安い」といったところだろう。単純に蔵書点数だけ見れば、Kindle Storeを上回る電子書籍ストアは存在するし(Barnes & Nobleの『The NOOK Book Store』のラインアップは本稿執筆時点で公称250万点。Kindle Storeは110万点)、価格面も、国内進出時に他社を下回る価格が維持できるとは限らない。価格決定の主導権をどれだけ握れるかも不透明だ。

 また、初代モデル登場時に注目を集めた通信回線内蔵という強みも、現在は無線LANが主流になっており、3G回線を搭載する必然性は低下している(実際、Kindleのラインアップの中でも3G対応モデルの割合は低くなっている)。そもそも電子書籍のラインアップや価格が満足できるレベルでなければ、通信回線を内蔵する意義そのものがないに等しい。またE Ink電子ペーパーについても、国内ではソニーの「Reader」が採用しており、Kindleだけの特徴というわけではない。

2007年末に発売された初代Kindle(右)は、当時米国で一定のシェアを獲得していたソニーのPRS-505(左)と異なり、3G回線を内蔵していることで注目を集めた
2010年以降、国内でも3G回線を搭載した電子書籍端末が幾つか発売されたが、現行モデルのソニー「PRS-G1」(左)を除けば、決して成功したとは言い難い。中央がau「biblio leaf SP02」、右がNTTドコモ「SH-07C」

 しかし、Kindleは直接的な特徴以外にも、販売施策なども含めほかの事業者には真似のできないさまざまな強みを持っている。中でも、利用者数の増加にもっとも貢献し、もしかするとKindle最大の強みといえるかもしれないのが、Amazonの書籍紹介ページからの直接誘導だ。

 具体的に見てみよう。米Amazon.comのページを開いて適当な書籍、例えば昨年のベストセラーである「Steve Jobs」を検索してみてほしい。すると日本国内のAmazon.co.jpとほぼ同じフォーマットの書籍紹介ページが表示されるが、その中央の下、かなり目立つ位置に、ハードカバーやペーパーバックなどフォーマットごとの価格リストがある。この中の1つに「Kindle Edition」があり、紙の本と価格比較が行えるようになっている。

Amazon.comにおける「Steve Jobs」の書籍紹介ページ。フォーマットは日本のAmazon.co.jpとほぼ同じだが、中央下にフォーマットごとの価格表がある(写真=左)/価格表を拡大したところ。Hardcover以外にKindle Editionが掲載されており、価格が比較できるようになっている。書籍によってはこれにPaperbackなど別のフォーマットが掲載されていたり、かつ中古もまとめて価格を比較できるようになっている(写真=右)

 Kindleが国内でサービスを開始すれば、恐らくAmazon.co.jpの書籍紹介ページにも、こうした価格比較表が掲載されるだろう。これは、既存のAmazonの書籍紹介ページが、そのままKindle Storeへの誘導に姿を変えることにほかならない。Kindle Storeで販売されている電子書籍は、すべて紙の本の紹介ページからリンクが張られるのだ。

 Amazonの書籍紹介ページは検索エンジンからの評価が高く、書籍のタイトルを検索エンジンで検索した場合、ほとんどの場合はトップ5以内に表示される。出版社の紹介ページより上位に表示されることもしばしばだ。たとえ今すぐ本を購入する気がなくとも、書籍の内容確認や、レビューの参照のためにAmazonを訪れている人は多いと思われる。「本について詳しく知りたければまずAmazonへ」という行動パターンが、すでに多くの人の中にできあがっているわけだ。

 そのAmazonの書籍紹介ページが、そのままKindle Storeで電子書籍を購入するための誘導となるわけだから、その破壊力は強烈だ。これまで「新品か、それともマーケットプレイスか」という選択肢だったのが、「紙の新品か、電子書籍か、マーケットプレイスか」になるわけである。しかもこのページからKindle Storeへジャンプして電子書籍を購入すると、60秒以内に手元のKindleデバイスで電子書籍を読み始められる。自前のサイトのトップページからしか導線が存在しない電子書籍ストアに比べ、圧倒的に有利であることは明白だろう。

Kindle Storeの書籍情報ページ。見慣れたAmazonとほぼ同じフォーマットを採用している。ちなみにこちらからハードカバー版へのリンクも張られている

強みその2:電子書籍ストアとしての実績と信頼性の高さ

 電子書籍を購入した場合に懸念される問題点の1つに、将来的にサービスの終了やプラットフォームのアップデートによって、その書籍が読めなくなるかもしれないという怖さが挙げられる。事実、過去にサービスを終えた国内の電子書籍事業者で入手した電子書籍は、現行端末では表示できないケースがほとんどだ(『購入』ではなく『レンタル』だったという仕組み上の問題もあるのだが)。こうした事例が電子書籍全体への不信感につながっていると同時に、「自炊」が根強く支持される一因となっていることは否定できない。

 その点、Kindleはどうだろうか。前提として、物理的な紙の本と比較した場合、たとえKindleであっても不利な面は否めない。一般論として、どんな企業にも倒産や事業の統廃合のリスクはあるし、そうなったときにたとえデータが手元にダウンロード済みだったとしても、電子デバイス個々の寿命を考えると、何十年後も変わらず読めるようメンテナンスし続けるというのは、どう考えても現実的ではない。

 ただ、紙の本とではなく電子書籍ストア同士で比較した場合、Kindleはかなり信頼が置けるといえそうだ。まずKindleのビジネスモデルは海外ですでに実績があり、収益が得られないなどの理由で事業を打ち切ることが現時点では考えにくいこと。また一般論として、ユーザー数が多いサービスほどアフターサポートが考慮されやすく、サービスが打ち切られた場合でもほかの事業者に引き継がれやすいためだ。後者は裏付けとしてはやや弱いが、同業者と比較した場合に有利であることは間違いないだろう。

 ちなみに、Kindleユーザーの間では有名な事件だが、購入済みの電子書籍をAmazonが無断でユーザーのライブラリから削除し、ジェフ・ベゾスCEOが謝罪に追い込まれるという一件が2009年に起こった。この一件は、購入済みの電子書籍であっても事業者側の意向で削除できるという「怖さ」を示したものだったが、それによって巻き起こったユーザーからの多大な反発は、むしろその後のAmazonにとって大きな教訓になったと考えられる。この事件が起こったが故に、現在Kindle Storeで購入した電子書籍がいきなり削除されて読めなくなる危険性はむしろ低くなっていると考えるのは、ややAmazonという企業を信頼しすぎだろうか。

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.