沖縄発の書籍のみに特化したユニークなラインアップで、プレオープンから注目を集めていた電子書籍販売サイト「沖縄eBooks」。沖縄eBooksは、どのようないきさつを経て生まれたのか。また、そこには電子書籍ビジネスを考える上で重要な何かが隠れているのだろうか。運営元である近代美術に聞いた。
「沖縄の本は県民の財産。誰も電子書籍化してくれないのなら、うちがやろう」――沖縄発の書籍のみに特化したユニークなラインアップで、プレオープンから注目を集めていた電子書籍販売サイトが「沖縄eBooks」だ。
沖縄eBooksには、ウチナーンチュ(沖縄人)しか知らない地元の観光情報はもちろん、沖縄そばに限定したグルメガイド、SPAMやゴーヤーだけの料理本といった、県外では手に入れることが難しい特徴的なタイトルが並ぶ。中でも、沖縄唯一の月刊写真ニュース誌「オキナワグラフ」は、1958(昭和33)年の創刊号からのバックナンバーが順次電子書籍化されつつあり、歴史的にも貴重なコンテンツといえる。
こうした沖縄eBooksのコンセプトは、どのようないきさつを経て生まれたのか。また、そこには電子書籍ビジネスを考える上で重要な何かが隠れているのだろうか。数カ月の試験運用を経て5月23日に正式オープンした沖縄eBooksについて、運営元である近代美術に聞いた。
── まずは「沖縄eBooks」の立ち上げに至ったいきさつから教えてください。
小井土 沖縄eBooksは電子書籍の販売サイトですが、弊社としては必ずしも電子出版に重きを置いているわけではありません。ただ、メンバーと方向性を詰めていく中で、沖縄に特化したものにしようという方向性は早い段階で固まっていました。
沖縄には全国では流通していない本が数多く存在します。これらを電子化できれば、沖縄県民の財産になり得るのではないか、誰もそれをしないのであれば、うちがやろうじゃないかと考えたのです。電子書籍を“売りたい”という考えが先にあったのではなく、手段の1つとして電子書籍になったという感じですね。
全国では流通していない本の中でも「オキナワグラフ」は創刊が1958年という歴史ある本なのですが、今回ご縁があって、その創刊号から電子書籍化して提供することができました。現在はもう在庫がほとんどないこともあり、たいへん貴重なモノです。
榎本 今年の10月に「世界のウチナーンチュ(※)大会」というイベントが行われるのですが、それに合わせて自分が生まれた当時のオキナワグラフのバックナンバーを欲しいという要望が版元に寄せられているそうです。しかし版元にも在庫はほとんどなく、流通しているものも数千円のプレミアがついています。これらを電子化して提供できれば、世界中から寄せられるそうした要望に応えることができるというわけです。
── 電子版「オキナワグラフ」は当時の広告もそのままなんですね。
榎本 現在、新星出版という会社がオキナワグラフの出版を引き継いでいるのですが、そちらにお伺いを立てた上でそのまま掲載しています。読者の方に当時の雰囲気を感じてもらいたいというのもありますし、当時出稿していた企業に現在勤めている方にも興味深く見ていただけるだろうと考えたんです。誌面の4分の1以上のサイズで広告が入っていれば、社名を全部拾って目次に載せています。
── 観光ガイドブックなどのタイトルについても、本土で手に入る観光ガイドとは違う、マニアックな内容のものが多いですね。
榎本 沖縄への観光客は昨年550万人を突破したのですが、その7割以上はリピーターといわれています。リピーターになればばるほど、本土で売られているガイドブックでは飽き足らないんですね。だから、普通の観光ガイドに載っていないようなビーチや、地元の若い方にはよく知られたカフェ、あるいは村の外れに突然現れるきれいなブティックといった独自の情報を出していきたいと考えました。
単に観光という表面的な部分ではなく、もっと深みのある沖縄を本土の人に知ってもらいたいと考えています。文化にしても、例えばエイサーは太鼓をドンドン鳴らすようなものではなく、もともとは盆に家々を回ったり、庭先で踊ったりしていた、手踊り中心の念仏踊りだったのが、1950年代から始まったさまざまなエイサー大会がきっかけで、大太鼓を打ち鳴らす勇壮なスタイルに変化していったという歴史があります。一方で「日本の音風景百選」に選ばれた平敷屋エイサーのように伝統的な踊りを継承しているエイサーもあります。
私自身、沖縄戦などいろいろな話を知る中で、1つは琉球文化、もう1つは戦争、この光と陰の両方を知っていただいてこそ沖縄なんだと考えています。「本当の沖縄文化」を知れば知るほど、沖縄に興味を持っていただけると思います。そこでまずは新しい本よりもオキナワグラフのような古い本を中心にピックアップしたのです。
── まず沖縄の本を県民の財産として残したいという文化事業的な構想があり、そこから物流コストの問題などを1つずつ検討した結果、残った選択肢が電子書籍だったということですね。
小井土 はい。少し補足すると、弊社で発刊している「OKINAWA100シリーズ」を電子書籍にしたいという声がスタッフから上がってきていました。県外へはほとんど流通していないこのシリーズ本を県外の方に見ていただくにはどうすればよいかというアイデアの先にあった電子書籍での配信に、私は私で(文化事業としての)思いをぶつけ、結果的に今の形ができあがったというわけです。
榎本 沖縄は周囲が海に囲まれているので、本土、つまり沖縄県外へ流通させるのが結構大変なんです。物流コストも掛かりますし、ある程度売れないと返品になってしまう。(OKINAWA100シリーズは)観光計画を立てるのにうってつけの本なので、ぜひ県外の人が観光に来る前に手に取っていただきたい。しかし、ネットショップでの販売だけでは、どうしてもリピーターの方にしか買っていただけない。ガイドブックの判型はiPhoneに近いものだったこともあり、これ(ガイドブック)をiPhoneに入れて沖縄を旅してもらうのはぴったりではないかと思っていました。
── そうしてできあがった沖縄eBooksのプラットフォームを、県内の他社にも提供しているというわけですね。
榎本 今日の印刷は全部デジタルですから、電子書籍販売のプラットフォームさえあれば、そこにデータを展開するのはそう難しいことではありません。ですから、弊社と取引があるかどうかといったことはさておき、同じ志を持つ県内の出版社には参加していただだきたいと声を掛けていったのです。うちもまだ無名な存在ですから、リスクは近代美術が負いますからということで。
── 印刷会社である近代美術が、沖縄県内の各出版社の製版データを有しており、それを有効活用しようといった流れではないということですね。
榎本 違いますね。弊社と取引がなくても声は掛けられるので、ほかの印刷会社さんに出されていても構いません、データさえもらっていただければあとはうちがやりますというスタンスです。版権の問題までは各版元にお願いし、その先はやりますという感じですね。
── 5月の時点で、沖縄eBooksのプロジェクトに賛同されているのは16社とありましたが、沖縄の出版社や印刷会社はどのくらい存在しているのですか?
榎本 出版社だけでも沖縄県内には数十社あります。印刷会社が独自に出版しているケースもありますが、2、3人でやっているところが多く、5〜6人だと大きい方です。印刷会社についても、組合に加盟している印刷会社だけで150社くらいありますね。母数からみればまだまだ参加いただいているところは少ないですが、沖縄を元気にしたいという部分に共感していただけるなら、どなたにでもお越しいただきたいと思っています。
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