「沖縄発の本」を電子書籍で全国へ──沖縄eBooksの挑戦(2/2 ページ)

» 2011年06月16日 08時00分 公開
[山口真弘,ITmedia]
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注力すべきはシステムではなく、ストアとしての特徴を出すこと

電子書籍販売サイト「wook」の書棚。購入したコンテンツはダウンロードでもストリーミングでも読める。iPhoneやiPad、Androidなど、複数のデバイスで読むことも可能

── 電子書籍販売サイトのプラットフォームとして「wook」を採用していますが、wook選択の理由はどの辺りでしょうか。

榎本 最初はシステムの自社開発も考えたのですが、スピードとリスクを勘案した結果、システムはwookを用いつつ、ストアの特徴を出すことに注力する戦略に切り替え、1月25日のプレオープンにこぎつけました。アプリレベルの話、いわゆるアプリ戦争のところで戦ってもしょうがないと思いましたし、小井土がとにかく早く始めろと(笑)。

 wookを選択した最大の理由は、いわゆる電子商店として、沖縄のものだけをアップできるためです。沖縄を活性化するためにやっていることを明確にする意味からも、沖縄に特化している部分は外せなかったんですね。ほかのプラットフォームだと全国の本が並ぶなかの1つの本という形になってしまい、埋没してしまいかねないですから。App Storeで売れているアプリは結局ベストテンなど上位にあるものだけで、それ以外はロングテールとはいえなかなか売れない。それは避けたかったんです。

 ただ、wookだけでは沖縄の本をさらに「英字新聞」「平和学習」のように、独自にカテゴリ分けしたり、新着本/オススメ本を告知することができなかったので、wookとは別に「www.okinawa-ebook.com」のサイトを設けて、「沖縄本専門サイトの入り口」らしさを出しました。

沖縄本のカテゴリ分け、オススメ本を紹介する「沖縄eBooksのサイト」(左)。「ここだけは沖縄品だけの専門店という形がよいと考えました(榎本氏)」。ここからwook内の「沖縄eBooks」書籍販売サイト(右)にリンクされている

── 収益の配分などはどのようになっているのでしょうか。

榎本 電子書籍が売れたら版元に代金の50%をお渡しするという形にしています。残り50%はwookさんが25%、わたしどもが25%という内訳です。現状はコンテンツの約半分がフリーペーパーで、利益が出ているわけではありませんが、少なくとも2012年の3月までは、電子書籍化して沖縄eBooksに並べるところまではお金をいただかないつもりです。

小井土 弊社としては、事業化の前段階のプロジェクト、という位置づけで考えていて、沖縄eBooksが今後どのように発展していくかを見守っている状態です。

── なるほど。ところで、オキナワグラフは誌面をそのままスキャン、よく言われるところの「自炊」に近い形ですよね。スキャンしたものをPDFに変換して、それをwookで読み込むという形なんですか?

榎本 そうです。wookはもともとPDFでのワークフローを想定したサービスなので、版元からのデータはPDFフォーマットしか受け付けていません。wookはEPUB出力もサポートしていますが、沖縄eBooksでは既刊本を対象に考えているので、EPUBは使っていません。

オキナワグラフを電子書籍化する工程を再現してもらった。まずは業務用の複合機でスキャン。オキナワグラフのバックナンバーは希少本のため、裁断せずに手作業で1ページずつスキャン作業を行うという(写真=左)/スキャンしたPDFを編集した後、wookに取り込んで電子書籍化する。その間、目次などを手作業で入力する工程が加わる

── 現在はPDFベースということですが、例えばEPUBなどのリフローが可能なファイルフォーマットも登場しつつあります。こうした部分にはどういう見通しを持っていますか?

榎本 沖縄の印刷会社は写真をふんだんに使ったビジュアル重視のものを得意としているので、1ページはここまでという固定された体裁で、その中で写真が動くとか、レシピの動画が見られるとか、わたしどもが得意としている印刷と電子書籍でデータを相互利用する方向に進むと考えています。ですので、今のEPUBでできることのレベルで満足する出版社は多くない気がします。

埋没している沖縄の魅力を県外に発信することで、沖縄を元気に

── 正式公開からまだ日も浅いですが、当面の予定をどのように考えていますか。オキナワグラフも、現時点ではすべてのバックナンバーが公開されているわけではないですよね。

榎本 沖縄では、沖縄戦が事実上終了した6月23日が慰霊の日となっているのですが、それまでにはいま用意している60冊のバックナンバーを閲覧可能にしたいと考えています。

 途中抜けているバックナンバーについても新星出版の同意を得られたので、特別保存版をお借りし、ほぼ全バックナンバーに近い状態で提供できそうです。ただ、あまり新しいものは読者の興味も薄いでしょうから、海洋博のあった1975年ごろまでのバックナンバーを公開します。

 オキナワグラフという戦後の沖縄を代表するコンテンツを公開できたことは喜ばしいことですが、すでに別の歴史あるコンテンツ――これは25年の歴史を持つものなのですが――についても折衝を始めたところです。また、市町村、博物館、文化施設などにも提案するつもりでいます。今は売上を追いかけるよりも、コンテンツの種類を増やしていくのが重要な時期だと考えています。

近代美術の本社。沖縄の県庁所在地である那覇市の南東、南風原(はえばる)町に位置し、県内では印刷業の大手として知られる。同社から数分の距離には、「ウルトラQ」「ウルトラマン」などの脚本で知られる故・金城哲夫氏の実家がある

── 市町村、博物館、文化施設などからはどういったコンテンツの提供が考えられますか?

小井土 例えば各市町村の要覧などを集めて掲載したいですね。沖縄は移住率が高い傾向があるので、移住を考えているような方々に沖縄の状況を知っていただきたいのですが、そうした情報はあまりまとまっていません。

 例えば、弊社は南風原(はえばる)町というところにありますが、沖縄への移住を考えている方が検索するにしても、「はえばる」という読みを知らなければ、検索すらできません。沖縄eBooksに県内すべての市町村の要覧を並べることで、移住を考えている方が知らなかった市町村の姿をPRできるのではないかと考えています。可能であれば過去の要覧も入れて、どのように町が発展したかが分かるようになるといいですよね。

沖縄eBooksには元沖縄県知事であり社会学者の大田昌秀氏の著書や、元女子学徒隊の人々による著書もラインアップされる

榎本 ここ5年くらいで、県内の主だった市町村が、こぞって市町村史や字(あざ)史を作ったんです。例えば「読谷村史」「那覇市史」「仲田字史」など。一部は電子書籍化されていますが、多くは図書館にしか置かれていないので、電子書籍化して全国から見てもらえる環境を作りたいですね。

 このほか、弊社の近くにある沖縄県公文書館に保存されている歴史的文書の抜粋やカタログ類、企業の周年誌なども電子化して集約した形で提供できればと思います。

 教育的な価値もあるかもしれません。例えばこれから普及が予想される電子教科書の副読本として、オキナワグラフだったり、元沖縄県知事の大田昌秀さんの本や元女子学徒隊の方々の体験談(「沖縄戦の全女子学徒隊」)などが役に立つのではないかと思っています。第二次大戦を語る上で沖縄戦とはどういう意味を持っていたのかを知りたい、そうした場合の格好の教材というわけです。

小井土 もう1つ、県外の学校からのIターンUターンを考えている若者向けに、新卒採用を考えている中小企業のパンフレットをここから提供したいですね。沖縄電力や銀行、サンエーといった大企業もわずかに存在しますが、沖縄県内にある企業のほとんどは中小企業です。こうした中小企業のパンプレットを、県外の大学の就職課で目にする機会はまずありませんし、そもそもどこの会社が新卒採用しているかすら分からない。新卒採用をしている企業さんのパンフレットを沖縄eBooksに集めれば、有用だと思います。

── 沖縄eBooksのプラットフォームを使っていろいろなことを考えておられるわけですね。

小井土 そうです。あくまで手段の1つが電子書籍、ということなんですよ。企業のパンフレットにせよ、これからは企業の人事の方や社長さんが動画でしゃべっているような方向にいくと思うんですね。わたしどもは印刷会社ですので、印刷物としての体裁での取材もしつつ、同じ取材に行ったときに音も録っちゃう、動画も撮っちゃうことになると思います。紙の本にしても電子書籍にしても、どちらにも対応していくという形ですね。

榎本 沖縄は景色がきれいだとか南国ムードがいっぱいだとか、観光で来られる方に対してはそうしたアピールが主ですが、一方で米軍の基地問題や、さらにいまだに不発弾が毎月見つかっているなど、外に出ない情報もたくさんあります。もっと深い意味で沖縄を理解する方を増やしていきたいと思っています。

小井土 いまは小さなプロジェクトですが、沖縄の財産を残したいという思いに賛同していただける方を増やして、県外に沖縄の魅力をもっと発信していきたいです。何かのきっかけで沖縄eBooksのサイトに来ていただいて、そこで沖縄を知ってもらい、最終的に沖縄に足を運んでもらうことで沖縄が元気になれば、それ以上の喜びはありません。

オキナワグラフ1971年10月号より。「カメラルポ・尖閣の島々」として、今日まで続く尖閣諸島問題を取り上げ、沖縄の本土復帰・ニクソン訪中といった時事ワードに絡めた記事が掲載されている
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