Magnetは作家と読者の関係を変えられるか――コルク佐渡島庸平氏に聞くまつもとあつしの電子書籍セカンドインパクト

» 2014年07月30日 10時00分 公開
[まつもとあつし,eBook USER]

 電子書籍の普及によって、作家(書き手)と読者(読み手)の関係が大きく変わりつつある。

 セルフパブリッシングという形で直接作品を送り届ける手法が確立されたのもその1つだが、読者に本の存在を知ってもらう上でも、デジタル化された書籍というコンテンツは重要な役割を果たす。今回は、そんなツールの1つ「Magnet」について、その活用を進めているクリエーターエージェント「コルク」の佐渡島庸平氏に話を聞いた。

Magnetとは?

 Magnetはマンガや本を、さまざまな環境に最適化された状態で読むことができる仕組みだ。

 Webサイトに直接コンテンツを埋め込み、画面の遷移などなくその場で読んだり、買ったり、共有することも可能。いわばコンテンツの購入までをサポートした電子書籍版YouTubeと言えるかもしれない。

 現在は、コルクがサポートする一部のクリエイターがクローズドで利用している状況だが、近い将来、一般への開放も視野に入れて開発が進んでいるという。


適正な価格を探して形を作っていきたい――コルクに芽生えた思い

コルク代表取締役社長 佐渡島庸平氏 コルク代表取締役社長 佐渡島庸平氏

―― どうしてコルクとしてMagnetを活用しているのでしょうか?

佐渡島 まず、前提となる、クリエイターを巡る環境についてお話しましょう。

 例えば絵画の世界では、技術が円熟する晩年に後世に残る名作を生み出すことが多いのですが、マンガの世界はと言えば、50歳を超えてそんな作品を残せる人はごくまれです。圧倒的に若い、デビューまもない作家が名作を残しています。

 それは何故かといえば、「雑誌」の存在が大きかったわけです。絵画など他の芸術の分野だとクリエイター自らが構築するほかない創作の「枠組み」があらかじめそこに与えられているのです。例えば“少年向け”あるいは“30代男性向け”といった具合に。加えて、週刊・月刊といった刊行ペースと、そこへの連載が作家の創作のペースも規定してしまっているのです。

 それには善し悪しがあって、本当は連載が終わった後に半年くらい全く異なる創作に取り組むといったことがあっても良いはずなんです――広告やゲームの分野のアーティストと一緒に仕事をすることで、新しい発見・刺激を得ることだって本来可能なはず。でも、担当編集としては、雑誌の売り上げを考えると「早く次回作を」となる。作家も信頼する編集者と仕事を続けたいからその期待に応えようとするわけです。

コルクのサイトでみられるロゴ。そこに込められた意図は?

 でも、いろいろな創作のスタイルがある中、そのペースで働ける人は限られています。そんな現状を変えたい、作家一人一人の個性に応じた創作のあり方を追及したいと考え、コルクというエージェントを立ち上げた経緯があります。

 クリエイターを巡る環境、市場は変化し続けています。良いワイン(コンテンツ)を世界中に届けるには、良質なコルクで栓をすることが大切で、そういう存在になりたいと考えてきました。

―― 確かに漫画家さんの中には大ヒットを飛ばしたあとで、次の展開に苦労される方も多いですね。

佐渡島 そうした立ち上げたコルクですが、実は、もう1つ取り組みたいことが出てきました。

 例えば、ワインであれば「いつ」「誰が(どこで)」作られたかで値段が異なりますよね。ワインはボトルの形状(パッケージ)ではなく、中身(コンテンツ)に価値がある。本だって本来はそうであってもよいはずです。

 しかし、流通上の事情で、現在はCDなどと同じくパッケージごとに――例えば紙の単行本は200ページ強で600円といった具合に――一律の価格になっています。

 でも、これがデジタルになればどうか? フリー(無料)になってしまう、という意見もありますが、これは短期的にはユーザーにとって嬉しいかもしれないけれど、長期的にばクリエイターが作品を作り続ける原資が失われてしまうことを意味します。ひいてはユーザーが楽しめるような良質な作品が生まれにくくなってしまうことにもつながりかねません。

 「適正な価格」というものがそこにはあるはずで、それを探して形を作っていきたい。それがコルクに求められる役割ではないかと考えたんです。

いまの電子書籍は「セールをやっている時に買いたいモノ」

―― 作家を支えるには作品作りだけではなく、作品の価格にも新たなアプローチが必要ということですね。

佐渡島 そうですね。市場を創り出さないと支えられないくらい環境が激変している、と言い換えることもできると思います。

 ただ実際、それをやろうとしている人や会社はなかなかいないんですよね。AppleやAmazonが整えた仕組みというのはユーザーにはメリットはあったけれど、クリエイターにとって必ずしも良いものではない。ユーザーとクリエイターの両方にメリットのある仕組みを考えないといけない。でも、その両方を結ぶITとクリエイティブについて詳しい事業者はなかなかいないのです。

 例えば、Googleブック検索という仕組みがありましたね。書籍をスキャンして、クレームのある人は申し立てるオプトアウトのルールを採ってしまったがために、コンテンツの権利者からは猛反発がありましたよね。

―― IT事業者がユーザーにとっての「良かれ」を追及した結果、コンテンツ事業者からは「あり得ない」という反応を招いてしまった一例ですね。

佐渡島 インターネット事業者がその感情を理解していなかったんです。一方でコンテンツ事業者側もインターネットの世界で求められるルールや心地よさを理解していなかったともいえます。時間が経って互いに理解は進んだ部分もありますが。

 我々コルクも、契約作家だけでなく、皆にメリットがあるような環境を整えていきたいと考えています。

 ある程度文明が進化して、モノがあふれ社会が豊かになってくると、「安い」ということはそれほど価値を持たなくなります。そうではなくて「心の満足」が求められるようになる。

 僕は南アフリカ出身ですが、なかなか日本の小説やマンガに触れることができない中、遠藤周作の本をずっと読んでいました。中学生の時に彼にファンレターを書いたりもしたんですよ。

 ファンレターをどこに送れば良いかも分からない。何を書けば、自分の作品・作者への「愛情」が伝わるかも分からない。そんな中「あなたの本は500〜600円で売られているけれど、僕は自分のお年玉全てを払ってでも買いたい」と言う風に真剣に考えていたことをよく覚えています。

 これってAKB48のファンの人がたくさんCDを買うのと同じ感覚ですよね。あるいは、「量販店よりも高いかも」と思いつつ、AppleストアでMacを買うのと似ているかもしれない。作者・クリエイターに感謝の気持ちや敬意を伝えるのに、言葉でうまく伝わらない時に「おカネ」というコミュニケーションの道具を使いたいという風に思うのは、ある意味、自然なことなんですよね。

 モノがあふれていくと、モノの値段は下がっていく。いまの電子書籍はまさに、「セールをやっている時に買いたいモノ」になってしまっている。いま有効なプロモーションはセールしかない状態です。

 1巻無料が3巻無料になり、5巻無料になっていく。それによってたくさん売れて、たくさん読まれるかもしれない。でも、作者は本当に嬉しいのか? という疑問もありますよね。読者も読み終わったあとに、何か作者に感謝の気持ちを届けたくなるかもしれない。

 いままでは、買うか買わないか、の2択しかなかった。でも、いまの仕組み、例えばソーシャルゲームでは満足度に応じておカネを払う仕組みが整っている。パズドラは無料で遊べるけど、ゲームに満足している人は沢山、繰り返しお金を払ってくれていますよね。それは作品に関わる人が、みな満足している状態でもあります。

 握手もそうですが、そこに価値を認めない人にはコストを払う意味を見いだせなくても、それによって心が満たされる人にとってはかけがえのないものになるわけです。「心が満たされる」=自分を感動させてくれた人と、何らかのコミュニケーションが取れるというのはすごいチャンスなんですよね。

作者から直接買うことでそれは「モノ」ではなくなる

―― デジタルの世界で一般的な個別課金・定額課金・プレミアム課金という仕組みではなかなか超えられなかった壁を、そうした体験型の課金は越えられるという指摘はよく聞かれます。

佐渡島 でも今の電子書籍の仕組みだとそれがなかなかうまく行かないわけです。Webで検索しても、本の中身が検索対象になっていない。(ディープリンクのような)シェアするための仕組みが含まれていない。しかもDRMによって「書店」に囲い込もうとしている。YouTubeなら「面白い!」と思ったら、(場所も指定して)一瞬でシェアできるのに、面白いマンガを描いてもシェアされづらいので、なかなか拡がらないわけです。

 まずこのシェアができる仕組み、そして作者から直接買える仕組みが整うことがとても重要だと思ったのです。作者から直接買うことでそれは「モノ」ではなくなるのです。それは自分の心の満足する瞬間を得たくて買うわけです。値引きしなくても買うことになりますし、作者が直接、例えば「今日は僕の誕生日だから値引くよ」となっているとその理由が分かるし。

―― ただのワゴンセールじゃありませんよ、と。

佐渡島 そう。そうすると「じゃあ、せっかくだから」となるでしょう。コルクでは作家に代わってFacebookやTwitterを運営していますが、例えば「今日はムッタの誕生日です」というツイートってもの凄くシェアされるんです。そこで、「折角だからとっておきのエピソードを読みませんか」ということも言えれば、読んで(買って)もらえる可能性も出てくるわけです。

 少し前置きが長くなりましたが、そんな風に考えていた時にMagnetというツールは有効だと思いました。実際にどんな風に活用しているのかご紹介しましょう。

ケシゴムライフ/羽賀翔一短篇集を読む

 この画面で操作してもらえれば分かりますが、画面の遷移などなしに、ページに貼り込まれた状態で試し読みをしていくことができます。そして、最後のページもしくはカートのボタンをクリックしてもらえれば、作者から直接購入できる。デジタル商品の購入では一般的な売上の7割が著者に還元される仕組みです。

 価格の設定も自由ですから、作者あるいは我々のようなエージェントが、「この作品の本来の価値」を真剣に考えるきっかけにもなります。現状はアマゾンの契約という縛りもあり、市場価格に沿ったものにはなっていますが、先ほどお話ししたように、安ければ売れる、というものではないはずなのです。

購入画面

 購入後はEPUBファイルとしてダウンロードすることもできます。DRMを掛けない状態で配信すればさまざまなアプリ/リーダーで読むことができる。最近問題になった電子書店の閉店という憂き目に仮にあったとしても、手元のデータはちゃんと残って読み続けることができる。しかもソーシャルDRMという形で、しっかりと海賊版対策は施されています。音楽の世界では既に売り場に囲い込まない形のDRMフリーが浸透しつつあるのに、本でできないはずはないですよね。

 いま多くの配信用データでは、モアレを防ぐため、あるいは電子書店がデータを扱いやすいよう、あえて劣化した状態でデータを作っていたりします。Magnetでは将来より高解像度のデバイス/サービスが出てきた際に備えて、かなり高解像度のデータをアップロードできるようになっていて、デバイスに応じた解像度でダウンロードできるようになっているんですね。だから、モアレが起こりにくいという利点もあります。

<p><a class="magnet-viewer-emded" href="https://magnet.vc/v/9uwtf7c" data-orientation="landscape">ケシゴムライフ/羽賀翔一短篇集を読む</a></p>
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サイトへの埋め込みは数行のコード

 そして、応援するというボタンをクリックすると、コードが表示されます。ブログなどでこの試し読みを埋め込んで、同じように読んだり、買ったりしてもらうことができるわけです。作者からは、どこにこのコードが埋め込まれて、そこでどのくらい読まれたり、買ってもらったりしているかが分かりますので、自分を応援してくれる人がネット上のどこにいるのかも把握できるわけです。

 こうやってNAVERまとめに貼ってもらい、そこから読む・買うということも可能です。作品をいろんな場所で「知ってもらう」機会が増えるだけでなく、直接買ってもらうことができる――そういう仕組みってこれまでなかったんですよね。

 例えば著者インタビューなどの稼働を作家にお願いする際に、「それって本当に買ってもらえるの?」という根本的な疑問がいつもあったわけです。でも、Webへの掲載の際、Magnetを使って作品そのものを試し読み→購入できる仕組みになっていれば、インタビューを読んだことをきっかけに作品を買う人が増える、ということも期待できるわけです。

 いま本の世界では「売れている人しか売れない」という問題が起こっています。ランキングで上位に来なければなかなかヒットしないのです。でもYouTubeでは無名のアーティストが突然ブレークして音楽が売れたりしますよね。マンガや小説の世界でも同じようなことがもっと起こって良いはずなんです。

―― なるほど。

作家が作品を生み、読者と結びつき、マンガを売っていく――ファンビジネス考

佐渡島 出版社が売っているのはあくまでも「本」というパッケージです。AppleもApp Storeで売っているのは「アプリ」であって、極論すればどれがどれだけ売れようが、あまり関係はない。全体として売り上げが伸びていればいいのですから。

 でも、我々コルクのようなエージェントの場合、「作家」に人気がたまっていかないと困ります。しかし、いまの本・電子書籍の売り方は、作家のファンも、そうでない人にも、等しくばらまかれている状態です。

 「ファンビジネス」をやっていくときに、例えば路上コンサートのころから応援していたわずか数人の人が、そこから評判を広げていってくれることで、その人気がべき乗のように増えて、階段を上がっていく。それが、作家が作品を生み、読者と結びつき、マンガを売っていくということだと思うんですよね。

―― 「インフルエンサーがバズを広げていく」という言われ方をされたりもしますね。

佐渡島 出版業界は本というパッケージを売る仕組みが非常に良くできていたために、このファンビジネスが成立してこなかったんです。

―― 現在はかなり役割も広がってきていますが、かつての音楽業界でいうところのレコード会社的存在かもしれませんね。

佐渡島 音楽の場合は一方でアーティスト事務所が存在していたから、ファンビジネスが成立していたわけです。だから、世間一般では過去の人、忘れ去られた人でも熱心なファンに支えられて、活動を続けられていたりする。

 しかし、本の世界ではそれがない。だから、「自分の作品を待っている人がいる」という手応えも得られない。ファンビジネスが成立していないから、出版社もそういう人に機会を与えることなく、本というパッケージの最小ロット=初版部数をはくことができる「旬な人」ばかりに作品を出させ続けることになる。結果として、そういう人が早く消耗してしまうことにも繋がってしまうのです。

―― 出版社がこれまで実質「書店」のみがマーケティングの場で、全国に配本しようとすると最低部数があって……というところから、ネットをうまく活用できる仕組みがあれば、より小さい規模からのファンビジネスが可能になる、ということですね。

佐渡島 そうですね。Magnetはまだ中身の検索はできませんが、その他求められる機能は既に備わっていると思います。その場で読んで、共有して、買える。コードを埋め込むことでいわば売り場がネット上に拡散していくことにもなるのです。

 Magnetを経由して買えば、例えばオマケマンガがメールで追って送られてくるといったような工夫も考えらえると思います。そういうことが可能になるのも、(購入者の情報を得ることができない電子書店経由での販売に対して)ファンと直接つながることができる仕組みならではですよね。

 もちろん、誰もがそこまでのサービスとかコミットメントを求めるわけではありませんから、従来の書店・電子書店で買ったっていい。要はそこに多様性が生まれることが大事だと思っているんです。

MagnetはクリエイターにとってのGmailのようなもの

―― 読者・ファンと作家・クリエイターをつなぐ仕組みとしては、ケイクスのnoteも例として挙げられると思います。Magnetはnoteとはどう異なりますか?

佐渡島 まず設計思想が違うと思います。クリエイターにおカネを直接支払うことができるという共通点はありますが、noteの場合はnoteというプラットフォームの「中」にコンテンツを収めていくことになる。実質、Kindleストアに本を並べているのと近いわけですよね。

 Magnetの場合は、クリエイターが自らのサイトの中で、まず作品を読んでもらい、買ってもらうことができる。ファンを自分の家に招いているような感覚ですよね。ケイクスの加藤さんは異なる感覚を持たれるかもしれませんが、noteはコンサート会場や握手会の会場でファンとクリエイターが会っている感じかもしれません。他のクリエイターの情報も目にすることになるけれど、Magnetで作品が貼り込まれた作家のサイトであれば、そういうことはないわけです。

―― その分しっかりとした演出やプレゼンテーションが求められるかもしれませんが、より濃密な空間である、と言えるかもしれませんね。

佐渡島 そうですね。そういう場所ですから、ファンからしてみればMagnetという仕組みの存在すら意識しないかもしれませんし、それが重要だと考えています。僕は、MagnetはクリエイターにとってのGmailのようなものじゃないかと思っているんです。

―― Gmail、ですか?

佐渡島 無料であれだけのことができるメール環境が整ったことで、多くの起業を Gmailはサポートしたと思うんです。言わば、ベンチャーを育んだ社会インフラの1つだったわけです。Magnetもそんな存在になって、多くのクリエイターが作品を世に問い、ファンがその活動を支えることができる道具になってくれれば、と思っています。

―― なるほど、Jコミ改め「絶版マンガ図書館」は、世に出なくなった単行本をデジタルで配信することで作家を支えようとしていますが、Magnetはさらにもっと前の段階、これから活動を本格化させたり、活動の規模は小さいけれど確実にファンがいるクリエイターを支えることができるかもしれませんね。今後の展開にも期待しておきたいと思います。

佐渡島 実際、僕も使ってまだまだ荒削りなところはあるなと感じているので、開発元にフィードバックしつつ、採用事例を増やして行ければと思います。

著者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし

 ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。

 取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは@a_matsumoto


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