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» 2012年05月25日 10時00分 UPDATE

赤松健は隣接権とそれを巡る議論をこう見る (1/3)

電子書籍の普及に向け著作権法の改正議論が白熱している。議論の争点は出版社にどの程度権利を付与すべきか。ここ数カ月でもめまぐるしい動きを見せるこの問題について、本稿では、漫画家であり絶版コミックの無料配信サイト「Jコミ」を運営する赤松健氏に著作権者の立場から話を聞いた。

[まつもとあつし,ITmedia]

 漫画家、そして絶版コミックの無料配信サイト「Jコミ」を運営する赤松健氏。同氏が3月に「出版社が著作隣接権を求める理由」を講談社に直接問い合わせたことは、編集者のみならず法曹関係者もネット上の議論に参加するなど大きな波紋を広げた。

 AmazonのKindleが年内に日本でもサービスを開始するともされる中、Googleブックサーチが引き起こした「本は誰のものか?」という議論が再燃した形だが、この動きは現在、中川正春衆議院議員(現・内閣府特命担当大臣、元文部科学大臣)の勉強会が一定の方向性を出し、著作権法の改正試案としてまとめられつつある。その過程で「出版物原版権」、「出版物に係る権利」と抽象的な名前に変化してきてはいるが、ポイントは出版社へどこまで権利付与するか。それが、権利付与に慎重な姿勢を示す作家たちとの着地点といえる。

 そこで本特集では、これまでの過程をなぞる形で、著作者たる漫画家(赤松健氏)、知財に詳しい弁護士(福井健策氏)に、それぞれの立場からの見解を聞く。なお、取材は4月に行っており、赤松氏へのインタビュー時は、まだ改正試案の全容が見えなかった時期でもある。作家としての立場からどういった懸念があったのかを中心にまとめた。

意外な展開を見せた隣接権論議

赤松健氏 漫画家の赤松健氏。Jコミの運営でも知られる同氏だが、そのビジネス感覚の鋭さは折り紙つきだ。そんな赤松氏は出版社への権利付与について何を思うのか

―― 講談社(清水保雅常務取締役・編集総務局の五木田直樹氏)との会談を振り返って改めていかがでしょうか?

赤松 誤解があってはいけないのですが、会談は終始和やかな雰囲気で行われました。とても丁寧に対応して頂きましたし、私が乗り込んで文句を言ったとかそういうことはありません(笑)。Twitterで私が出版社への隣接権付与について危機感を表明したところ、講談社の清水さんから説明させてほしい、と申し出があったんです。

―― 講談社側からだったということですね。

赤松 はい。それで「ありがとうございます。ぜひお願いします」とお返事して。ネット上のコメントを見ていると、どうも出版社と漫画家が喧嘩した、という構図で捉えられていたようですが、私としては本意ではありません。

―― ある出版社の編集者の方からは、「著作権法第90条があるのだから、出版社への隣接権付与を警戒する必要はない」といった意見も表明されました。

著作者の権利と著作隣接権との関係

第90条 この章の規定は、著作者の権利に影響を及ぼすものと解釈してはならない。


赤松 それがですね、現場では編集者の「次からウチでは描かせないよ」の一言で、契約書さえなくても漫画家を自由にコントロールできてしまうのが現状です。よほどの大御所作家でもない限りはね。それどころか「作品の著作権は出版社にあるから、自分の好きにはできない」と思い込んでいる漫画家さんも多いくらいです。われわれ漫画家の著作権に関する知識というのは、通常その程度なんですよ。

 そこに著作隣接権まで与えられたら、出版社のパワーがあまりにも強くなりすぎる。それを私は危惧していたわけです。

 ただ、1つ失敗だったのは、「出版社に隣接権が付与されると、編集者にいじめられる新人作家が増えますよ」と私が直接書いてしまったことで、そうしたら「過去、こんな酷い目にあった」みたいな体験談が本当にいっぱい寄せられてしまって(笑)、編集者イコール悪者みたいな流れになってしまった。真面目にやっている編集者の方が多い中で申し訳なかったな、と思っています。まあホントに酷い人もいるんですけどね。

―― そこを指摘したかったわけではない。

赤松 そう。まさに著作権法90条があるから、著作者に不利益になることはない、とある編集者の方が仰ったので、それに反論する意図で書いただけです。「無い」って言われたら「有るよ」って言うしかない(笑)。漫画家が酷い目にあったと言えば、世間は漫画家側を支持しがちだし、編集者の方にも言い分があるのは分かるんですが。

―― そもそも先生が出版社への権利付与に対して問題意識を持ったきっかけはなんだったのでしょう? TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の辺りからですか。

赤松 もう少し前ですね。実はJコミを発表したころに小倉秀夫弁護士に相談に行ったことがあったんです。そこで偶然その話が出てきた。具体的には、「A社で発行したコミックスを、その絶版後にB社で再刊行したい場合に、A社がそれを禁止できる可能性がある」ということを知ったんです。

 その半年後くらいにeBook USERで出版社への著作隣接権付与についての記事を見たときに、それを思い出して「出版社への著作隣接権の付与だけはマジやばい」とツイートしたところ、2000回近くリツイートされた。

当時のツイート

―― 議論自体は1990年代からあったものの、2010年のいわゆる電子書籍元年をきっかけに、出版社が電子出版展開をスムーズに――つまり著作者に改めて交渉することなく、当然の権利として――行いたいという主張もあります。これはJコミの障害になるという危機感もあったのでしょうか?

赤松 いいえ。私が出版社への権利付与について抱いている危機感とJコミとは無関係です。Jコミは現時点で絶版、つまり過去の作品を対象にしていますが、仮に隣接権のようなものが成立したとしても、過去に遡って適用されることはないと考えています。最短で3年後に隣接権が付与されたとして、現状でも5〜10年以上前に出版された作品しかJコミでは扱っていませんので、影響を受けるとしたら最短で8〜13年後からですね(笑)。

 仮に隣接権や版面権でJコミでの展開を差し止めようとしても、もし出版社がその作品を出版したり電子化するわけではないとしたら、単なる作家に対する嫌がらせになってしまいます。そんなことをやるほど出版社はヒマでも馬鹿でもない。そんな出版社には新人作家も来なくなるでしょうし。

―― しかしイニシャルコストが掛からずに電子化が行えるパブリッジの枠組みもスタートし、出版社としてはこの際、絶版作品も含めて電子書籍としては自ら展開したい、ということにはなりませんか?

赤松 Jコミは出版社が「もう刷らない」と言った作品を展開しているわけですが、もし出版社が電子書籍版を改めて展開したい、そして作者もそうしたいということであれば、Jコミからは喜んで作品を削除させていただきます。Jコミは手数料0%の会社ですので、作品を削除しても会社の収益が減るわけではないのです。もちろん、それまでの広告収益を返還して頂く、といったこともありません。

 そこを勘違いしている人たちが、Jコミをある種の利権のように考えているようですが、それは間違っています。Jコミとしては、作家さえ喜べば、あとはどうでもいいのです。私自身も作家だから、主に「作家の幸せ」を追求するのは、自然な成り行きだと言えるでしょう。

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