インタビュー
» 2014年09月26日 12時30分 UPDATE

明治図書出版はなぜDRMフリーの電子書籍販売に踏み切れたのか――担当者に聞いてみた

電子書籍をDRMフリーで販売する取り組みは、常に注目の的となる。教育関連分野で100年以上の歴史を持つ明治図書出版もDRMフリーの電子書籍販売を7月から開始している。その取り組みの背景を聞いた。

[西尾泰三,eBook USER]

 書籍の電子化でどの出版社も頭を悩ませる問題の1つに違法コピー対策が挙げられる。いわゆるDRMの問題だ。Amazon Kindleや楽天Koboなど、並み居る大手電子書店も、扱う書籍のほとんどは何らかのコピー対策がほどこされている。

 そうした中、自社の専門書をDRMフリーの電子書籍で販売開始したのが明治図書出版。創業100年以上の歴史を持つ老舗出版社の取り組みを、同社で電子書籍事業を担当する花田昌之氏に聞いた。

明治図書出版の歩み

明治図書出版 メディア事業課の花田昌之さん 明治図書出版 メディア事業課の花田昌之さん

―― 御社は教育関連分野で100年以上の歴史を持つ老舗出版社ですが、最初に明治図書出版の歴史を簡単にご紹介いただけますか。

花田 弊社は創業が明治45年(1912年)ということで、今年で創業102年になります。学校教員向けの「教育書」と、児童・学生向けの「学習教材」の2つを扱っています。

―― 教育書は教科書や学習教材と呼ばれるような書籍とはまた異なるものなのですか。

花田 異なります。「教科書」というときは、いわゆる教科書検定に合格して正式に採用された、小中高校で子どもたちが使用する書籍を指します。その教科書を補完するための補助的な教材が「学習教材」です。

 一方、子どもたちを指導する際、どのように指導すればよいかといった方法論などを解説する教員のための専門書が「教育書」と言われるジャンルになります。

―― 例えばどんな内容の書籍があるんですか?

花田 教科別、対象学年別にいろいろとあります。例えば、初めて担任を持つことになった先生がどのようにクラスを指導すればいいのかといったことを解説した本や、算数の掛け算などのように、特定の単元に特化してその指導方法を説明した本、といったものです。弊社の場合、一番多いのは小学校の先生を対象としたものです。

―― 教育書の市場というのはどの程度の規模なんでしょう。

花田 全国の先生の数=マックスの市場規模、ということになります。小中高校、全部合わせておよそ100万人といった規模でしょうか。

―― 明治図書出版からは、年間どの程度の冊数が発行されていますか。

花田 2013年には、教育書を150点ほどを出版しました。学習教材は100点ほどでしょうか。

EPUB化に当たっての苦労

―― 今回お話のメーンとなる、DRMフリーの電子書籍の出版物ですが、これは何点くらい出しているのですか。

花田 今回電子書籍で出したのは、まさにこの2013年の書籍です。さまざまな理由から電子版で出せないものがありましたので、約100点を現在販売しています。

―― 今後は、このラインアップも拡大していくお考えであると。

花田 そうですね。今はまだ紙の本が売り上げが圧倒的に多い中、タイミングなど、いろいろと難しいところはありますが、ユーザーのニーズに応えないことには売り上げも上がりませんので、まずは季節ものやロングセラーなど、そういったテーマを持った本から、徐々にラインアップを拡大できればと考えています。

―― この取り組みは御社として初めての電子書籍になるのでしょうか。

花田 いえ、実は、弊社は新しい市場でやっていくのが結構好きな会社で、2004年から雑誌のバックナンバーをPDFにして販売する事業を開始しています。紙の書籍の製作は社内の製作部門と社外の組版所が連携して行っていて、今回出した電子書籍も、そうした組版所と協力して進めている、という形ですね。

 また、雑誌についてはバックナンバーのPDF販売以外に、バックナンバーを“記事単位”で購入してWebブラウザ上で閲覧する「教育記事データベース」というサービスを2010年から開始していますが、これも電子書籍サービスの1つと言えます。

―― 電子版を制作されるに当たって大変なことなどはありましたか?

花田 私どもも、やればすぐにできるんだろう、という目測でスタートしていたのですが、専門書ということでレイアウトがかなり特殊で、EPUB化に当たっては結構苦労した本が多く、コストもそれなりに掛かってしまいました。見開きで見なければ意味がないページなど、レイアウトが変わると意味が分からなくなってしまうページは、画像に置き換えたりといった手法で対応しています。

なぜ明治図書出版はDRMフリーに舵を切れたのか――その軌跡

―― では、いよいよ本題のDRMフリーについて。電子書籍をDRMフリーで配信している電子書店はごくわずかで、そのほとんどが出版社直営です。今回、御社がこの取り組みに至った背景をお聞きできますか。

花田 まず、一番大きかったのは、ユーザーの使い勝手を損なってしまってはいけない、というところです。先ほどお話した、2004年に雑誌のPDFを販売しようとした当時の時点で、DRMをどうする、という話は相当議論がなされました。

 そこでポイントとなったのが、(DRMにより)使い勝手が損なわれるという部分と、DRMを掛けるのも相当なコストが掛かるということ。教員を対象にした専門書というニッチな市場で、そうしたコストを掛けてまで使い勝手を制限する必要があるのか、ということから、とりあえずDRMなしではじめてみたというのが当時の状況です。

 今回は雑誌ではなく書籍ということで、さすがにDRM完全フリーはまずいんじゃないかと、もう一度議論しました。ただやはり、DRMを掛けると、どうしてもユーザーの使い勝手を損なってしまうと。さらに、10年間DRMフリーで販売してきて、何か問題が起こったかというと、結局起こっていない。そうした事情で、DRMフリーに舵を切りやすい土台はあったと思います。

―― では逆に、今回最も懸念された点は?

花田:教育書というのは、執筆者の方もほとんどが学校の先生の方なんですよ。筆者と読者が割と近いところにいるわけですね。購入された読者の方がコピーをして配布したりしてしまうと、狭い世界なので大変なことになるんじゃないか、という部分の懸念がありました。
tnfigdrmf003.jpg 購入した電子書籍を表示すると、購入者情報が薄く表示される (C)明治図書/堀裕嗣,「THE 教師力」編集委員会

―― その辺り、執筆者の方の不安を取り除くための仕組みは導入されたのでしょうか。

花田 不正利用防止という点についていえば、社内的には、「紙に印刷して配布されること」が一番不安だという声が大きかったんです。

 そうしたプリントコピーが危惧されるなら、コンテンツに購入者情報を埋め込もう、ということになりました。画面に表示されますが、使い勝手を損なうのは最小限に抑えられるということでご納得頂こうと。

 ですので、購入時には、購入者の氏名とメールアドレス、それから所属の学校名などを最初に入力していただきます。その上で、そうした情報の一部が紙面上に表示されるようにしました。

―― 購入者情報を埋め込んだファイルを生成しているんですね。そうした埋め込みの手法などは、社内で検討されたんでしょうか。

花田 はい。私がフロントエンドを、もう一人サーバサイドを担当する者がいるのですが、二人で相談しまして。PDFを10年間販売しているということで、書誌データの中身をいじったりといったことはある程度ノウハウを持っていましたので。

―― 先ほど、今回第一弾として出されたのは2013年の書籍ということでしたが、ここから始めようというのはどのような意図があったのでしょうか。

花田 まず、過去の書籍を一気に全部やるのは事実上不可能であること。そして、やはりいきなり新刊をやるのは、怖がる部署も多く社内的な反対も強かったです。かといってあまりに古い書籍ばかり手掛けても仕方がないよね、という妥協点ですね。あとは区切りの基準が分かりやすいということで、去年1年分からまずは始めようということになりました。

学校教育のICT化に合わせた取り組みを

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―― もともと、紙の書籍の通販サイトをされていて、PDFでの雑誌バックナンバー販売もされていたと。そして今回、電子書籍を扱うことになったのは、読者の声などがあったのでしょうか。

花田 要望があったというよりは、学校教育の現場でどんどんICT化が進む中で、取り組みをしていく必要があるだろう、という判断の方が強いかもしれません。それはDRMフリーにしたということの要因でもあります。

 DRMフリーでわざわざ直販するのではなく、データだけ作って、AmazonやKoboなど、大手電子書店で販売する選択肢もありましたが、学校の先生がうちの書籍を使うシーンを想像した時、それではいろいろと問題が生じるのではないかということがありました。

―― そこはもう少し深掘りして聞きたいです。

花田 まず、弊社の本は、本によって使い方がまったく異なります。

 幾つかのパターンがありますが、例えばビジネス書のように、先生が自宅で知識習得用に読む書籍、それから、学校の教壇で広げて、資料として使うもの、あとは、印刷して配布できるページが入っていて、生徒に問題を解かせるような使い方をするものなどがあります。少し変わったところでは、職員室で通知表を書くときに使うための本などもあります。

 例えば、教壇で開くような本だと、恐らくタブレットで使われるだろうと想像できます。今、先生にタブレットが支給されている学校もありますが、すべての教室にWi-Fi環境があるとは限りません。そうすると、オンラインで開くということはできなくなる。それなら、事前に端末にダウンロードしておけばいいじゃないかとなりますが、貸与されているタブレットにアプリケーションを勝手に入れたり、アカウントを設定したりしてはいけないことなどがある。そうすると、せっかく書籍を買って頂いたのに現場で使って頂けなくなってしまう、ということが起きてしまうんです。

―― それは確かに不便です。

花田 同様に、通知表を書くときに使う本だと、職員室のPCを使うけど、やはりアプリケーションを勝手にインストールしてはいけないなどとか。そういった不便を解消するためには、やはりDRMフリーにして、読む環境は、ご自身の周りの環境に合わせて調整をしていただければ読めますよ、という形で提供しようと。

 そうした、さまざまな条件を加味した時、現状のオンラインストアさんには、出せないわけじゃないけど、出したとして売り上げが上がるかな、と。

 もう1つは、教育書はニッチな市場ですので、一般の電子書店だとカテゴリわけがきちんとされていないんですよ。例えば、ストアによっては「教育書」というカテゴリ自体がない場合もあります。

 教育書というカテゴリはあっても、実際にユーザーが本を探す場合には、小学校教員向け、中学校教員向け、あるいは特別支援教育向けと、そこまでジャンルを掘り下げて、初めて目的の書籍にたどり着けます。でも、一般の電子書店ではそこまでの細分化はできない。となると、たとえ刊行したとしても、あまり有効に機能しないのではないかなという懸念が強くありました。

―― 御社のストア上では、そういうカテゴリわけのほかにも、何かユーザーにリーチするための施策は採られているのでしょうか。

花田 はい。学校というのは1年サイクルで回りますので、季節ごとに売れ筋となる本があります。例えば、夏の時期には水泳指導の本、学期末ごろには通知表を書くのに参考にする本、4月前には担任を持った先生向けの学級指導書。そういった具合に、季節ごとに売れ筋の本をサイトの前面に持ってきてPRするということをやって、少しでもユーザーさんの目に、探している本が届くように調整しています。一般のオンラインストアさんではとてもそこまでの取り組みを望むことはできません。

 もう1つ、弊社では「教育zine」という、教育情報を掲載するWebマガジンサイトを運営しておりまして、著名な先生方の連載記事ですとか、学校の先生方が開催・参加する勉強会の情報等を掲載しています。いろいろな教育情報を先生方に見に来て頂いて、そこから通販へ誘導してお買い上げ頂こうという、いわゆる「コンテンツマーケティング」の取り組みも行っています。

―― なるほど。直販で取り組まれる理由が明確ですね。今後、取り組みはどう発展しそうですか?

花田 先ほど、閲覧環境を選ばないようにDRMフリーを、という話をしておいて少し矛盾するかもしれませんが、実はブラウザビューワを入れたいな、と思っています。

 というのも、PDFの場合は比較的誰でも簡単に読んでもらえるのですが、DRMフリーのEPUBを閲覧する環境を用意できる教員の方というのが、意外と少ないんですよね。タブレットなら比較的簡単ですし、もちろん、PCに詳しい先生であればブラウザの拡張機能を入れたりといった方法で閲覧できるんですが、PCの場合は意外と面倒で、そこにたどり着けない先生がいらっしゃる。

 であれば、自宅で読むタイプの本だけでも、購入された先生が、簡単に閲覧まで持って行けるような環境を用意するというのはあってもいいのかな、と思っています。

 今は企画を立てていて、技術検証をしている状況です。フリーのブラウザビューワ「BiB/i」などもあるようなので、そういったものをうまく活用できないかと見ているところです。

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