本屋探訪記:駒澤大学近くにある「スノウショベリング」は本を中心にしたコミュニティーをつくりたい

BOOKSHOP LOVER=本屋好きがお届けする詳細な本屋レポ。本屋が好きならここに行け! 今回は駒澤大学の近くにある「スノウショベリング」を紹介。

» 2014年03月14日 23時30分 公開
[wakkyhr,eBook USER]
※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 東京芸術学舎の講義「いつか自分だけの本屋を持つのもいい」。その第1回講義でブックディレクターの幅充孝さんはこう言っていた。

僕が講師をしていた本屋関係の講義の受講生が本当に本屋を開いた

 それを聞いたときから行きたいと思っていた。幅さんの講義を聞いた方が開いた本屋さんならきっと本棚に思い入れがあるはずだろう。またアートブックフェアで素敵なフライヤーを手に入れていたこともある。今回の本屋探訪記は東京・駒沢にある「スノウショベリング」(以下は2013年4月27日の記録だ)。

本屋とは文化的雪かきである

 「スノウショベリング」という店名を聞いてニヤッとした人は少なくないと思う。何を隠そう、村上春樹先生の著作から取られた名前なのだ。

「君は何か書く仕事をしているそうだな」と牧村拓は言った。
「書くというほどのことじゃないですね」と僕は言った。「穴を埋める為の文章を提供しているだけのことです。何でもいいんです。字が書いてあればいいんです。でも誰かが書かなくてはならない。で、僕が書いてるんです。雪かきと同じです。文化的雪かき」(村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』より)

 「誰もやりたがらないけれど、誰かがやらないと、あとで誰かが困るようなことは、特別な対価や賞賛を期待せず、1人で黙ってやっておくこと」ということだ。

 確かに本は利益率も異常に悪いし作業も重労働だ。純粋にビジネス的な観点から言えば誰にとっても「やりたくないこと」になるだろう。だが、誰かがやらなければ確実に誰かが困る。Webや電子書籍によってその存在が危ぶまれているが少なくとも僕はそう思う。きっと店主も同じ思いなのだろう。だから、良いとは言えない立地で始めた。周りに本屋がないようなこの場所に。しかし、大学からほど近いこの場所に。

 自己紹介をして撮影の許可を貰ったときに、「自分も本屋好きとして各地の本屋を回っている」と店主は楽しそうに話してくれた。実は相当に大変であろう本屋の仕事を軽やかにこなしているその姿は本屋になりたい僕から見てカッコイイと思えるものだった。

駒沢大学駅から徒歩20分

 遠い! 正直言ってかなり遠い! 玉川通り(246号線)から駒沢公園通りに入り駒沢通りまで歩いてようやく見つけることができた。散歩日和だと駅から歩くことにしたのを後悔する距離だ。

 しかし、心配しなくて良い。実は渋谷駅からのバスに乗り「深沢不動前」で降りれば徒歩1分の距離なのだ。帰り道はもちろんバスを使った。ちなみに入口はかなり分かりにくい場所にあるので、スノウショベリングのWebサイトなどで場所を確認してから行くことをお勧めしたい。

広がるのは異人館的空間

 マンションの裏手階段を昇り入口を開けるとそこに広がるのは神戸の異人館のような空間。雑多に置かれたレトロな家具や雑貨。奥の壁を見ると剥製まで飾られている。これほど写真の撮り甲斐がある本屋さんも久しぶりだ。レトロ好きな僕としては店内に入った時点で興奮してしまった。

横置き縦置き何でもアリ

 そんなレトロ雑貨に混ざって本がディスプレイされている。本棚に置くのではなくテーブルでの横置きや、ガラスのフードカバーの中に入れたり、塔のようにしたり、トランクケースを積み重ねた上や秤の上、暖炉の上。もう何でもありの「生活の中の本」といった趣だ。壁一面の本棚もあるので量が少ないのではという心配も無用。しっかりしたものだ。

 もう1つ面白い点がある。スノウショベリングは奥にソファーが置かれ、長居して作業できるスペースが設けられている。長居するとなると欲しくなるのがドリンクの類だが、入り口側にあるコーヒーメーカーを自由に使って良いのだ。料金は決まっておらず壁の掲示を見ると寄付制らしい(お酒もあるがこれは有料)。心憎い演出である。


店主はここに本を中心にしたコミュニティーをつくりたい

 店主と話した際、『コミュニティー』のようなものをつくりたい」と言っていたのが印象的だった。本を中心にしたコミュニティー。これは僕も大いに賛成である。何と言っても本を好きな人に悪い人はいない。これはもう日が東から昇り西に沈むかのように当然のことなのだ。だから、本好きたちが集まって本に囲まれながら話せる場所。自然と本好きたちが集まってくるような場所を僕も作りたい。

 1時間ほど店にいたのだが、その間にお客さんが何人も来て雑談が弾んでいた。中には何かを相談している人も。人が相談しにくる本屋さん。素晴らしい。人からこれほど頼られている素敵店主の人徳は、遠いけどまた来ようと思わせるものだ。

レイアウト

 ここからはスノウショベリングのレイアウトや品ぞろえを紹介しておこう。

 店舗の形は左に長い長方形で10畳ほどの広さ。正面には本棚となっているレトロ家具。左には手前に長テーブルが2つ。奥に広めのレジカウンター。左隣にソファセット。左に折れ曲がってコーヒーメーカーと店舗の説明(これは言われないと分からないのが不親切だった)。そのまま店舗入り口側の辺にギャラリー。

 左辺奥の壁一面が本棚でレジカウンターのある正面レジカウンターの左奥側にも左辺奥と繋がるように壁棚。暖炉が隣にあってレジカウンターとなる。ちなみに店主によると奥の本棚が基本的に古本でそれ以外は新刊本らしい。BGMはジャズ。イメージ通りだ。

 品ぞろえを紹介する前に値付けについて解説しておく。コーヒーメーカー近くにある店舗説明に掲示されているが基本は以下のとおり。新刊本と区別が付きにくいのが難点だが値段帯は良心的だったと思う。

  1. 古本の値段が付いていないものは半額
  2. 青い●シールは定価の1/3
  3. 赤い●シールは200円均一

品ぞろえ

  • NO文庫・新書

 では、品ぞろえを書いていこう。まず言っておきたいのがスノウショベリングには文庫・新書がないということ。単行本と大判本ばかりだ。利益を考えるとそちらの方が良いだろうし、ディスプレイ的にもカッコイイ。限られたスペースで面白い空間を作るためにはある意味での思い切りの良さが必要なのだ。

  • 正面のレトロ家具本棚

 目の前のレトロ家具から。目につくのがオノヨーコの写真。目につくのがオノヨーコの写真。店内に入ると正面にあるので嫌でも目に入る。写真の上に「yes」の文字。愛のある言葉だ。写真の周辺にはアイデアインクの新書や洋書、雑貨が並ぶ。

  • 左手前の長テーブル2つ

 長テーブルは手前と奥で2つ。手前にはさまざまな雑貨が雑然と置かれ、その合間に本が陳列されている。ガラスのフードカバーの中に本が入っているという場所はここだ。『ディックブルーナのすべて』『ロックの英詞を読む』『東京本屋さん紀行』『東京ブックカフェ紀行』『失われた時を求めて』『宝島』(古書)など。雑貨はビブリオフィリックの商品などが置かれていた。

 奥のテーブルは洋書を中心に本のみが置かれている。このテーブルは周囲が面白い。トランクケースが積み重なっていたり本の塔があったり。見ていて飽きないディスプレイだ。ここにあるのは『メディア都市パリ』『パリの電球』『パリは解放された』などフランス・パリ関連の本。

  • 左に折れ曲がって コーヒーメーカーと店の説明

 ここでは上述した寄付制のコーヒーメーカーと店の説明がある。もちろんコーヒーメーカーの横にはカフェの本を置くのを忘れない辺りはさすがだ。

  • ギャラリー

 訪問時はイラストレーター中澤季絵さんの「いきものの時間」という展示が行われていた。シンプルな線と色遣いが可愛らしい絵に興味を覚えフライヤーを手に取っているとソファにーに座っていた女性がお礼を言ってくれた。どうやら中澤季絵さん本人らしい。こういう触れ合いは嬉しいものである。

  • 左辺奥の一面本棚

 ようやく本屋らしい本棚である。本棚がない場所に本があり本棚にも本がある。メリハリがあって楽しい見せ方だ。ここは本棚に小さく貼り紙でジャンル分けがしてある。「デザイン」や「小説」など既存のものではなく店主の個性がにじみ出たジャンル分けとなっていて面白い。多いので一部をそのジャンルにある書名とともに紹介しよう。

  • 本をつくる人たちとか:『雑誌的人間』
  • 60年代とか:『東京モンスターランド』
  • 60'sとか:『ヘルズ・エンジェルズ』
  • MURAKAMI、HARUKI、シャベルのマーク:さすが店名に掲げているだけあって春樹は3つも張り紙を使って主張している。『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の旅』はさすがになかったがこれだけ揃えるのは大変だっただろう。さすがである)
  • 読んだ本です:『ボレロ』などクラフトエヴィング商会の本
  • Life goes on:『軽くなる生き方』など松浦弥太郎本
  • Vagabonding:『世界しあわせ紀行』
  • 大好き:『カレーライフ』などカレー本

 どうだろう? 思わずどんな本があるのかじっくり見たくなるジャンル名ではないだろうか。

  • 店舗正面の辺 壁棚と暖炉と剥製

 そのまま繋がるようになっている壁棚は写真とアートが5段の本棚5本分ある。『写真論』『ヨーロッパの写真史』『ロシア・アヴァンギャルド』『世界のフローリスト巡り』『「かわいい」の帝国』などだ。

 その隣には暖炉。上には鏡がある。もちろん☆地下うには本が度買った積み重ねられている☆。もう少し上を見上げると先の写真にあった鹿の剥製。これには驚いた。異人館的空間と呼びたい理由である。

  • カウンター周りと梶井基次郎の『檸檬』

 そのまま壁沿いに進むとレジカウンターがある。もちろんここも本でいっぱいだ(ブックカバーや雑貨もある)。そのほかに店主の作業スペースがあり、iMacが置いてあった。カウンターの周りには席が置かれ店主と話せるようになっており、ここからもスノウショベリングがコミュニティー志向であることが伺える。

 レジカウンター周りを見ていくと「ん?」と思うものが本の上に置いてある。レモンの置物だ。本の上にレモン。店主に聞いてみると案の定、梶井基次郎へのオマージュのようだ。本屋探訪記を続けてきたがほかの店舗ではついぞ見たことがなかった。それがまさかこの店で見られるとは! 店名といいオマージュ好きなのかもしれない。

集まれ! 本好きたち!

 スノウショベリング。これですべて見終わったがいかがだったろうか。

 今回はまとめを初めに持ってきたのでここで書くことは特にないのだが、あえて書くならばこんなに素敵な本屋さんなのだから遠出する価値は十二分にあるし、貴重な休日をめくるめく本の趣味空間で過ごすことはこの上ない贅沢であることをここに進言したい。

 ソファーにうずくまって読書にふけるのもよし。本棚やディスプレイに見とれるのもよし。素敵店主との会話を楽しむのもよし。本好きにとってはたまらない店である。

著者プロフィール:wakkyhr

本屋開業を目指す本屋好きサラリーマン。ブログ「BOOKSHOP LOVER」を中心に活動。同名のネット古本屋も営む。このほか、電子雑誌「トルタル」や本と本屋とつながるWebラジオ「最初のブックエンド」、NPO団体「ツブヤ大学」に本に関するイベントの企画班として参加。「Cannes Lions 2013 Book Project」ではプロデューサーを務める。理想の本屋さんを開くべく本の世界で縦横無尽に活動中。好きな作家はクラフト・エヴィング商会。一番好きな本屋は秘密。

 TwitterのアカウントはこちらFacebookページはこちらネット古本屋はこちら


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.