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» 2011年03月22日 12時00分 UPDATE

eBook Forecast:3月前半の注目すべき電子書籍市場動向

「電子書籍ってどこを押さえておけばいいの?」――忙しくて電子書籍市場の最新動向をチェックできない方のためにお届けするまとめ記事「eBook Forecast」。今回は、戦後最悪の自然災害となった東北関東大震災の前後で起こったトピックスを中心にお届けします。

[前島梓,ITmedia]

 戦後最悪の自然災害となった東北関東大震災で列島全体が大きく揺れている中、震災により被害を受けた方々、ご関係者の皆さまに心よりお見舞いを申し上げます。

 わたしたちのライフスタイルそのものを価値観のレベルから変えることになるであろう今回の災害で、電子書籍の市場もまた、大きく変わることになるのかもしれません。今回は、東北関東大震災前後の電子書籍市場についてまとめておきたいと思います。

EPUBを推す富士通、電子書籍事業参入へ

tnfigef2.jpg 左から富士通の寺師氏、大谷氏、大日本印刷の北島元治常務取締役

 3月上旬は大きな発表が連続しました。まずは、富士通の電子書籍事業参入のニュースです。

 富士通は3月3日、大日本印刷(DNP)と連携し、電子書籍配信サービスへの参入を宣言しました。5月に開始予定だという同社の電子書籍配信サービスでまず目を引くのは、コンテンツの数です。

 DNPおよび同社の関連会社「モバイルブック・ジェーピー」、富士通のグループ会社「ジー・サーチ」、富士通エフ・オー・エムのFOM出版などからコンテンツ提供を受け、30万点を超えるラインアップで臨む姿勢です。ただし、ビジネス分野の書籍・雑誌、白書のボリュームがかなりの割合になると見られます。

 富士通が電子書籍配信サービスに参入するということで、同社独自の電子書籍専門端末が登場する可能性も出てきましたが、記事によると「富士通としては現状そうした考えはない」と一蹴(いっしゅう)、「もしそうした必要があるのなら、例えば富士通フロンテックが提供しているカラー電子ペーパー端末『FLEPia』などと連携することで目的は達せられるだろう」とやや否定的な見解を続けています。このことから、ハードウェアを売るための参入ではないのだと考えることができます。これは、「メーカーもハードウェアを売るだけの時代ではない」という富士通 執行役員常務 ユビキタスプロダクトビジネスグループ長の大谷信雄氏の言葉からも裏付けられます。

 ハードウェアではないとすれば、富士通の強みはどこで発揮されるのでしょうか。それは、富士通が3月7日に発表した内容からわずかに読み取ることができます。同社はこの日、ミドルウエア製品群「Inspirium」に「電子書籍ブラウザ」と「手書き文字認識ライブラリ」を追加しています。「Inspirium 電子書籍ブラウザ V1.0」はいわゆるEPUBビューワですが、日本語禁則処理に対応した自動レイアウト機能と、EPUBの次版「EPUB 3.0」でサポート予定となっている日本語の縦書きやルビなどにいち早く対応しているのがポイントです。

 EPUB 3.0でサポートされる縦書き/ルビ/禁則/傍点など日本語の組版仕様については、すでにWebKitのようなレンダリングエンジン側での実装も進んでおり、3月8日に公開されたGoogleのWebブラウザ「Google Chrome 10.0」では縦書きやルビなどの表示がサポートされています。これらのWebブラウザが順調に進化するなら、Webブラウザこそ最良のEPUBビューワであるという流れになるでしょうが、そうした流れをにらみながら、すぐにできることとして、日本語の組版はEPUBでも十分表現できることを示しながら、組み込みが容易なEPUBビューワのインストールベースを拡大する戦術を採っているのだと考えられます。同社の電子書籍配信サービスがEPUBを標準ファイルフォーマットにすることは考えにくいですが、この動きは、長期的にはシャープのXMDFに比肩するような動きとなっていく可能性もあり興味深いところです。

 一方シャープは、これまでメディアタブレット「GALAPAGOS」など一部の端末に向けて提供していた電子書籍ストア「TSUTAYA GALAPAGOS」を自社のAndroidスマートフォンから利用可能にするアプリ「GALAPAGOS App for Smartphone」を3月2日にリリースしました。これは主にユーザー層拡大を狙ってのものです。

 「種のバリエーションは目的に合致した遺伝子を生むか――GALAPAGOS Appの狙いは」で紹介されていますが、2010年12月に発売されたメディアタブレット「GALAPAGOS」は、40代がユーザーのボリュームゾーンで、30代から50代のユーザーで全体の75%以上を占めるといいます。これをスマートフォンユーザーにも拡大することで、若い世代にも訴求し始めたのだと考えればよいでしょう。

電子書籍の小売価格は出版社が決める――米国でも総意形成

 米国の電子書籍市場はどのような動きが起こっているのでしょうか。大きな動きとしては、大手出版社Random Houseが3月からエージェンシーモデルへ移行したことが大きな話題となっています。

 エージェンシーモデルの引き合いによく出されるのが「ホールセール(卸売り)モデル」です。前者は、出版社が販売価格を小売店に指定するもので、後者は、小売店が販売価格を決めるというものです。分かりやすく言えば、小売店は出版社の代理(エージェント)であり、出版社の代わりに(出版社が決めた価格で)電子書籍を売る。その代わり一定のコミッションを手にする、という形がエージェンシーモデルです。

 電子書籍について例を挙げて説明すれば、Amazon.comは当初、ホールセール契約で出版社から仕入れ、思い切った値付けでKindleの拡販につなげていきました。出版社からすれば自ら決めた仕入価格をAmazon.comから支払ってもらっているとはいえ、Amazon.comに自由な値付けを許してしまうと、紙の書籍が価格競争力を失ってしまうリスクを抱えることになります。これが出版社の不満につながっていったわけです。この辺りの事情については、「米国の電子書籍周辺事情を整理する」が詳しいので、こちらを参照するとよいでしょう。

 こうした出版社の不満は、エージェンシーモデルへの移行という形で表面化していますが、今回、Random Houseもエージェンシーモデルへ移行したことで、電子書籍の小売価格は出版社が決めるという総意が米国でも形成されたことは注目です。

 Amazon.comは「エージェンシーモデルは電子書籍の価格が高くなり、読者・著作者・書店・出版社のいずれにとっても不利益が生じる」と警鐘を鳴らし、エージェンシーモデルを適用した有名作家作品の売り上げが48%減少したことなどを挙げ、必ずしもこのモデルが出版業界にとって好ましいものではないと主張しています。また、2月には英公正取引庁が電子書籍販売のエージェンシーモデルについて競争法違反の可能性を調査しているという報道もありましたので、折に触れて紹介していきたいと思います。

タブレットiPadは今年もシェア安定?

iPad 2 日本では3月25日に発売予定だった「iPad 2」は発売延期に

 2月末から3月上旬にかけては、各社からタブレット端末が発表されました。

 まずはApple。同社は3月3日にiOS搭載タブレット端末「iPad」の後継モデルとなる「iPad 2」を発表しました。初代iPadと比べ約33%薄く、最大15%軽量化されたiPad 2は全体的なハードウェアスペックが向上しました。逆に言えばハードウェアスペックが向上したほかはあまり目を引くポイントがないようにも感じたのですが、タブレット界の王者として堂々たる存在感を放っています。

 米市場調査会社IDCがまとめた2011年のタブレット市場予測では、年間で約5000万台が出荷されると推測されています。2010年におけるタブレット端末の全世界出荷台数は約1800万台でしたので、大きく成長している市場であることが分かります。IDCは、Android搭載タブレットなどの新たな競合も増えてくるが、iPad 2を投入したAppleのシェアは2011年も70〜80%程度を維持するだろうとしています。

 一方、IDCが“新たな競合”としているAndroidタブレットはどうでしょう。国内でiPad 2の競合になりそうなものとしては、NTTドコモが発表した「Optimus Pad L-06C」、KDDIが発表した「MOTOROLA XOOM Wi-Fi TBi11M」などAndroid 3.0を搭載したタブレットが挙げられそうです。これらの機種はAndroid 3.0を搭載したタブレットということで発表当時こそ盛り上がりましたが、これからユーザーのレビューを受け、その真の使い勝手が見極められようとしています。まずは1000万台の大台を超える販売台数を持つ端末が出てくるかどうかが1つのポイントですが、XOOMを試用してみた印象では、筆者はiPad 2以外のモデルがその座に就くのは難しいのではないかと思います。

期待される電子書籍の役割

 東北関東大震災の影響で、出版、印刷、製本といった一連の産業は大きな打撃を受けています。新聞用紙委員会によると、大王製紙のいわき工場、北上製紙の一関工場、日本製紙の石巻工場、岩沼工場、勿来工場、秋田工場など新聞用紙を生産する工場が当面操業不能な状態にあります。これらの製紙工場の新聞用紙生産能力は国内供給量の17%を占めるとされており、影響は甚大です。

 物流面でも、通常時より遅延遅滞が生じているようです。印刷と物流の両面から出版物はその価値を届けられずにいるといってもよさそうです。では、出版社はこうした未曾有の大災害で何ができるのでしょうか。

 残念ながら、現在までに出版社“らしい”対策を採ったところはないように思います。なぜなら、ユーザーに届ける導線が切れているのですから。もちろん、物流を早期に復旧させ、再び紙のコンテンツを届けようとすることは変わらず重要です。義援金を拠出するのもよいでしょう。売り上げを寄付するのもよいでしょう。しかし同時に、できることがほかにあるのではないかと思います。

 “できること”というのが何を指すのかは出版社によってさまざまでしょう。集英社のように、「ドラゴンボール」や「Dr.スランプ」の作者である鳥山明さんのイラストや被災者へのメッセージが書かれた動画をYouTubeに公開するというのもあれば、週刊アスキー編集部が3月14日発売号から数号分の記事をPDFファイル化し、無料配布することを決めたというのもあります。あるいは、Newtonが放射線について解説した過去記事を無料公開したことなども参考になるでしょう。

集英社がYouTubeで公開した動画。この動画の再生で得られたすべての収益を義援金として寄付するという

 こうした災害時におけるコンテンツプロバイダーからの情報提供は、見ている限りでは医療に関するものが迅速に展開されているようです。例えば、トーハンが自社が運営する医療従事者向け電子書籍サイト「Medical e-hon」で、災害医療関連コンテンツの無料配信が開始されたほか、医学書院が「今日の治療指針 2010年版」「救急マニュアル 第3版」「新臨床内科学 第9版」など医療従事者向けリファレンス書籍13冊を閲覧できるWebサービス「今日の診療 WEB版 法人サービス」を4月30日まで無償公開することを決めています。無料で公開されるものが重要ではなく、こうした動きを(さまざまな問題を抱えつつも)取れるかどうかが重要です。

 東北関東大震災が、今後の日本経済に大きな影を落とすことになるのは間違いないでしょう。ごく近い将来、出版業界、あるいは電子書籍市場にも部分的には質的な変化が起こることを期待しています。

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