アドビの「Adobe Publish」は電子雑誌の何を変える?

プライマリのターゲットをスマートフォンとし、そこで気持ちよく読めるコンテンツの形を選択肢として用意しようとしているアドビの「Adobe Publish」。さて、これは正しい選択だろうか?

» 2015年04月06日 07時00分 公開
[西尾泰三eBook USER]
Conde Nastと協力してiPad版「WIRED」が登場して5年。あの夢見たデジタル雑誌のさらに先が今求められている

 アドビ システムズが電子出版ソリューション「Adobe Digital Publishing Suite」(Adobe DPS、以下DPS)を発表したのは2010年10月のこと。当時、同ソリューションを用いて制作された「WIRED」などのデジタル雑誌の登場に、未来の雑誌の姿を垣間見たという方も少なくないだろう。

 それから数年。DPSを導入する企業は広がった。国内では小学館の採用事例がよく取り上げられるが、グローバルでは出版以外の業界でも採用が進んでおり、国内でもNTTドコモ、リコー、キヤノンなどの企業や、内閣府政府広報室のように官公庁での採用もみられる。

 そんな中、この2月にJEPAがアドビと小学館を招いて開催したDPSに関するセミナーで、DPSの導入企業から1つの興味深い質問が投げかけられた。

 『Newton』の電子版を配信しているニュートンプレスの方から投げかけられたもので、デバイスに最適化した形での配信形態について、Adobeはどのような考えを持っているのか、という趣旨のものだ。

 雑誌の電子版といえば、紙の版面をそのままデジタル上に持ってきたもの、いわゆる「プリントレプリカ」が現在でも主流。しかし、そこには数々の課題がある。

 その最たるものは、「スマホで読みにくい」というもの。上述のセミナーで小学館の小沢氏は、自社の状況として「電子雑誌の閲覧はスマホで見ている人が7割近くに上る」と明かしているが、レイアウトが固定された作りになっているため、スマホの画面で快適に読めると感じているユーザーはそう多くはないと思われる。だから、DPSで、モバイルデバイスに合わせた形でパブリッシュできるようになるのか、というのが質問の意図だ。言い換えれば、DPSが指し示す未来の雑誌の姿は今後大きな変化はあるのか、というところだろう。

 このときのアドビの回答は、「DPSの次のメジャーアップデートではそれに関連した機能が備わる予定」というものだったが、セミナー後ほどなく、米Adobeが男性向けのビジネス誌を手掛ける米Fast Companyとのコラボによるモバイルアプリをリリースした。

「記事中心のパブリッシング」は雑誌の弱みを補えるか

 このアプリは、この夏にDPSに追加予定の新機能を使ったショーケース的な位置づけのもの。そこには、出版社や読者からのニーズに応えようとする試みが取り入れられており、アドビが考えるこれからのDigital Publishingの方向が示されている。動画も用意されているので、まずはこちらを紹介したい。

動画が取得できませんでした

 動画を見ると、このアプリは、いわゆるニュースアプリやキュレーションアプリ、あるいは、スマホに最適化されたWebサイトのようなインタフェースになっているのが分かる。そこにはプリントレプリカなコンテンツの姿はなく、言われなければ、これが雑誌コンテンツをベースにしていると気づかないかもしれない。

さまざまなコンテンツの組み合わせで短い間隔の情報発信を行うFast Companyのアプリ。無料でダウンロード可能だ

 現在のDPSは号単位(Folioと呼ばれる)でコンテンツを配信することを想定したソリューションとなっているが、このアプリでは明らかに記事単位でコンテンツが扱われており、1日に5本程度の新着記事が配信される姿は、よりWeb的な印象も受ける。これは「記事中心のパブリッシング」(Article-based Publishing)や「コンテンツファーストの体験」(Content-first Experience)だと紹介されており、コンテンツができたらすぐに読者に届けるというモデルを提案している。

号単位でその下にさまざまなコンテンツがぶら下がっているのが現行のイメージ
さまざまなコンテンツをパッケージしたものと考えれば、例えば組み合わせ次第で、その年の特選集のようなパッケージも作りやすくなることになる(上記2点の画像はDigital Innovators Summitでのプレゼンテーション資料より)

 Fast Company自身は従来からDPSのユーザーで、雑誌を紙と電子(Newsstand)で配信しつつ、DPSと自社CMSをAPI連携させることで、Webサイト向けのコンテンツも作りつつ、アプリでも配信するという施策を採っている。WordPressなどのCMSとAPI連携したパブリッシュの仕組みは従来のDPSでも用意されているが、それを強化し、Webサイト向けのコンテンツをモバイルデバイスに最適化した形で提供するのがこのアプリだといえる。

 その後3月下旬、ベルリンで開催された「Digital Innovators Summit」で、このアプリのプラットフォームとなったソリューションの名称が「Adobe Publish」であることが明かされた。この夏にリリース予定で、DPSの既存ユーザーはAdobe Publishも利用できるとしている。

アドビの秋山直人氏(写真は2月のJEPAセミナーより)

 なぜAdobeはDPSにこうしたアプローチを取り入れようとしているのか。アドビでシニア ビジネスデベロップメント マネージャーを務める秋山直人氏は、「(DPSのユーザーから)いろいろとお声を頂く中で、“どれだけ読者の方に戻ってきてもらえるか”に課題を感じている顧客が多い」と背景を明かす。

 サービスに対する再訪率は、サービス提供者にとって常に悩みの種だ。例えば電子書店であれば、キャンペーンを毎日のように展開しているし、無料のコミックアプリも毎日新着コンテンツを用意するなどして、頻繁にサービス(あるいはコンテンツ)に触れてもらおうとする。そうすることで、継続的な関係を構築している。

 しかし、雑誌はどうだろう。例えば月刊誌なら1カ月に一度の配信で、次の号までの間隔が大きく空いてしまっており、読者との関係は希薄だ。提供の間隔が空きやすい号単位ではなく、記事単位で毎日のようにコンテンツ配信を行えるようにすることで、継続的に読者との接点を作るためのパブリッシュ形態を提供する。つまり、制作部分だけでなく、見せ方の部分でもデジタルのメリットを積極的に提案しようとしているのがAdobe Publishなのだ。

デジタル時代の雑誌のあり方を再考する機会となるか

 ただ、その制作の負荷が高くては魅力半減となるが、秋山氏によると、「できるだけワンソースで、ターゲットデバイスを指定すれば簡単にパブリッシュできる」仕組みになるという。ユーザーも多いiOSはもちろん、Android、Windowsがターゲットデバイスになるだろうと語ってくれた。

 また、今後のDPSが記事中心のパブリッシング形態のみになるわけではないと秋山氏は付け加える。これまで通り、単号の購入や定期購読といったモデルで配信することもできるが、そこに選択肢が用意されたということだ。読者との継続的な関係を構築するという文脈で考えると、「定額制」での購読契約も用意される予定なのが1つ注目される。

 プライマリのターゲットをスマートフォンとし、そこで気持ちよく読めるコンテンツの形を選択肢として用意しようとしているアドビ。さて、これは正しい選択だろうか? 恐らく、正しく素直な選択だ。少なくとも、一般的なユーザーが期待するデジタルのメリットはこういうものなのだろう。雑誌コンテンツとWebの融合が進むようにもみえるAdobe Publishは、デジタル時代の雑誌のあり方を再考させることになりそうだ。

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