「朗読」にスポットをあて、本を朗読している人にお話を聞くインタビュー企画。今回は、『思い出のマーニー』オーディオブック版のナレーションを担当した笠原あきらさんにお話を伺いました。
普段、作家や著者たちに話を聞いている新刊JPが、「朗読」にスポットをあて、本を朗読している人にお話を聞くインタビュー企画。今回は、『思い出のマーニー』(ジョーン・G・ロビンソン/著、松野正子/翻訳、岩波書店/刊)のオーディオブック版のナレーションを担当した笠原あきらさんだ。
『思い出のマーニー』は2014年、スタジオジブリによって映画化もされたイギリスの児童文学で、イングランドの田舎の町を舞台に、少女の成長を描いた作品として評価が高い。1967年にイギリスで発表され、日本では1980年に翻訳され出版されている。
笠原さんは声優だけではなく、舞台や歌手活動をはじめ幅広い活動をしているが、「朗読」については「これまで縁がなかった」と語る。今回は、前編では「朗読する」ことの難しさ、『思い出のマーニー』という作品への想いについて、後編では笠原さんのご活動について話をうかがった。
(新刊JP編集部)
―― 今回、笠原さんはオーディオブック版『思い出のマーニー』でナレーターを務められています。この作品は13時間を超える大作となっていますが、この作品の朗読をすることになったとき、収録にあたってどんな準備をされたのですか?
笠原あきらさん(以下敬称略) 普通は、始まる前に一通り台本を全て読んで、物語の流れをつかんだ状態で収録に入るんですが、実は今回、あえて最後まで読み切らずに最初の収録にのぞみました。
―― それはなぜですか?
笠原 例えば、外画(日本以外で制作された映像作品)だったりアニメだったりのアテレコの現場では、自分のセリフ以外のところも全て読んで頭に入れてから収録に入るのは当たり前で、作品をつかんだ上で、自分の役がストーリー上どういう位置にいるかを把握しておくんです。
でも、この『思い出のマーニー』のオーディオブックを任せてもらえることになったとき、実は読んだことがなくて、どんな作品か調べてみたら「心の成長を描いたお話」と書かれてあったので、自分も主人公と一緒に成長したいという気持ちであえて最後まで読まないようにしたんです。
本当は、物語をすべて理解して、このとき主人公のアンナはこういう気持ちで誰々と接して……という風にイメージしながら演じなければいけないと思うのですが、今回は目線をアンナと同じ位置にしたかった。だから不思議な読み方をしましたね。
―― アンナという主人公については、どのような印象でしたか?
笠原 アンナは「何も考えないことが好きな女の子」ですが、実はわたしも一人っ子で、何もしないでいるのが苦ではないんです(笑)。一人でいることも好きですし、友だちと外ではしゃいでいるのも好きなのですが、何も考えない楽しさというのも小さな頃からありました。だから、作中で言われているような「何でこの子はこういう風に思うんだろう」という不思議さはなかったですね。
アンナは周囲から理解してもらえないところがあったり、「わたしはこうだから」という意思も持っていますが、自分の小さな頃を思い出しましたね。読んでいて、わたしもマーニーに憧れを抱きましたし(笑)
―― この『思い出のマーニー』という作品の中で、一番感情移入しやすかったのはアンナなんですね。
笠原 それはアンナですね。
―― すごく笠原さんがナレーションをするのにピッタリの作品だったのかもしれませんね!
笠原 ありがとうございます(笑)
―― この作品にはさまざまな登場人物が出てきますが、キャラクターによって声色を変えていらっしゃるように思いました。すごく特徴が出ていて、分かりやすかったです。
笠原 実は収録が当初、声を使い分ける予定はなかったんですよ。本って、読み手が作者と1対1になる世界で、それぞれの違った受け止め方をしますよね。だからオーディオブックも、聞いている方々が自由に受け止められるように、声を使い分けたり感情を出したりしないほうがいいのかなとも思っていたんですね。
―― 収録に入る前からそう思っていた。
笠原 そうですね。それと、わたし自身、これまで朗読に縁がなかったので、どういう風に読めばいいのかという部分もすごく悩みました。最終的には現場でディレクターさんに相談しようということで収録にのぞんで、今回はわたしひとりでこの本を一冊読むから、お芝居をしすぎないでやってみようという話になって。
初日はすごく丁寧に指示してもらいました。だから、意識して声を変えたというつもりはないのですが、さすがに終盤になって4兄弟が出てきた頃には、多少意識した方がいいかなというのはありましたね(笑)。
―― 例えば、上巻の最初の方にワンタメニーという、寡黙な老人が登場しますよね。あの声やしゃべり方がすごく印象的だったんですね。
笠原 ワンタメニーはちょっと苦労しました(苦笑)。でも、声も芝居も変えてほしいのであれば、それぞれのキャラクターに別の役者さんをあてると思うんです。じゃあ、わたしがこの本を一冊朗読する意味はなんだろうと考えたとき、あまり声を変えたり、感情を入れたりしないで、全体を通して一つのテンションを保とうというのは収録のときに意識していました。
―― 『思い出のマーニー』を朗読すると、13時間強。実際収録はどのくらいかかったのですか?
笠原 伊藤さん、どれくらいでしたっけ?
ディレクター・伊藤 5時間を6日ですね。だから30時間くらいは掛かっているかな。
笠原 そんなにやりましたっけ(笑)! 5時間とはいっても、間に休憩を入れていただいたり、早めに切り上げていただいたりしたこともありましたから……。先ほども言いましたが、朗読は初めての体験だったので、集中力が必要で……。そこが一番の戦いだったかもしれない。
―― 『思い出のマーニー』の中で、特に好きなシーンはありますか?
笠原 風車小屋ですね!
―― 風車小屋のシーンは、この物語の中でも、最も重要といえるシーンの1つですよね。そのときの収録はどんな様子だったのですか?
笠原 伊藤さん、どうでしたか(笑)?
伊藤 あのときは笠原さんがすごくノッていて、その高揚と冷静さのバランスを保つに集中しました。物語の中でもすごく感情的なシーンの1つだから、テンションを保つのが大変だったと思いますよ。収録が終わったあとに、ちゃんと休憩を入れた記憶があります(笑)。
笠原 感情を引きずったら、ナレーションの部分まで影響が出てしまうし、そこでやりすぎてしまうと、答えが1つになってしまって、聴いてくださっている方々の自由度が低くなってしまうと思うんです。聴いて想像してもらうものですから……そこは難しかったかなあ。
―― 朗読の難しさを実感された。
笠原 そうですね。やりすぎないことは、朗読では大事です(笑)自分をいかにコントロールするか。わたしはキャラクターに入り込みやすいタイプなので、これは役者として未熟だと思う部分ですね。
―― 普段はどのような本を読まれるのですか?
笠原 『思い出のマーニー』のような児童文学はあまり読まないですね……。わたし、すごく偏った読書をしているんですよ。名言集にはまったり、自己啓発書みたいな本を読んだりとか。
でも、『思い出のマーニー』は読んでいて、懐かしさを感じたんです。わたしは東京育ちで、自然豊かなところで遊んだ経験はあまりないので、どうして懐かしく思えたのだろうと考えたら、たぶん家にあった絵本や、親が読んでくれた本の中にそうした風景があって、それがリンクしたのかな、と。
―― ここからは笠原さんのご活動について聞きたいのですが、声優というお仕事を志したきっかけはありますか?
笠原 忘れもしない高校1年生のときです。とあるきっかけで、声優という仕事があることを知りまして。あるアニメ映画を観ていたら素敵な声のキャラクターが出てきて、そこで初めて声優という仕事を意識しました。それで、エンディングのテロップでそのキャラクターの声を担当している声優さんを知って、学校の友だちに教えてもらって、その声優さんのラジオを聴くようになり……。だから学生時代はラジオばかり聴いていましたね。ラジオっ子でしたね。
―― では、それ以前の将来の夢は?
笠原 小さいころの将来の夢は「タイムカードがない仕事に就きたい」でした(笑)。保育園の卒園アルバムに将来の夢を記入するところがあって、そこには「OL以外」って書いていました。たぶん当時見ていたドラマの影響だったのだと思うんですが……。
ラジオを聴くようになってから、声優の幅の広さを知って、ラジオはもちろん、アニメもやるし、ナレーションもやるし、歌を歌う方もいらっしゃいますし、MCもやるし……。「これだ!」って確信しました。
―― 差し支えなければ、最初に影響を受けた声優の方の名前を教えていただけますか?
笠原 佐々木望さんです。
―― 佐々木さんの声を聴いて、名前を知って、ラジオを聴いて。そのときに声優になると決めてしまったのですか?
笠原 そのときに決めました。「わたしはこれをやる!」って。それで高校を卒業してすぐに養成所に入りました。
―― また、声優に限らず幅広い活動をされていらっしゃいます。「V.S UNION」というユニットで音楽活動もされていらっしゃいますが、これはどういうユニットなのですか?
笠原 ざっくり言うと、アニメソングが好き過ぎて、アニメソングをカバーするライブをやるだけではちょっと物足りないなと思い、オリジナルの架空アニメソングを作って歌っているという組合です。
―― そのオリジナルの架空アニメソングを作るという発想がすごいです。
笠原 リーダーがそれを考えついて(笑)。だから、実在しない、架空のロボットアニメの主題歌をつくって歌っています。架空のロボットアニメだから、その主題歌も全てオリジナルなんです。
―― 聴いてみましたが、正統派といいますか、アツい曲ばかりですよね。
笠原 架空の必殺技を叫んだり、架空のロボットの名前を叫んだりとか(笑)。ライブもやるのですが、「みんな小さいころに見てたよね!」って煽ると、分かってくれているお客さんたちは「見てた!」って返してくれるんです。でも、初めての人たちはキョトンとしていて、「ロボットアニメには疎いんです」って言われることもあって。いや、うちの曲は全部オリジナルだから、って(笑)。
―― ライブはどんなテンションでステージに上がるのですか?
笠原 お客さんたちはそのライブという空間を楽しみにいらっしゃっていると思いますし、すごく全力で応援してくださるんです。だから、それに負けない!という戦いというか。戦っちゃいけないですよね(笑)。一体感がすごいです。
―― 声優のお仕事との向き合い方についてお聞きしたいのですが、笠原さんご自身は声優というお仕事についてどのようにお考えでいらっしゃいますか?
笠原 わたし自身の考えですよね。声優という仕事はやっぱり作品のことを一番に考えないといけないと思っていて、今回の『思い出のマーニー』は結末を読まない状態で収録に入ったというお話をしましたが、これはすごく特殊で、どんな作品にしたいかということは、わたしたち声優が声を入れる前から、制作をされた方々が何年もかけて作ってきた思いがあると思うんですね。だから、その制作されてきた方々がやりたいこと、表現したいことを考えることが、1つの作品としてまとまってユーザーさんたちに伝わっていくと思っています。
―― なるほど。確かに声優という仕事は、すごく特殊な立ち位置にいるように思います。俳優みたいに前に出て行って自分の姿かたちで表現するわけではないし、キャラクターが一番前にあって、その後ろから声をあてていくのが基本です。
笠原 確かにそうですね。わたしは舞台もやっているのですが、声優の場合はキャラクターありきなんですよね。ディレクターさんとの信頼関係がすごく重要で、すごく極端な表現をしてしまえば、ディレクターがOKを出すならOKという信頼関係しかないんです。そこで自分自身を出してはいけないものなので。
―― このインタビューは「新刊JP」で配信されるので、これを聞かないといけないという質問があります。笠原さんが影響を受けた本を1冊挙げるとすると?
笠原 これは難しい質問ですね……。学生時代は宗田理さんの『ぼくらの七日間戦争』シリーズをむさぼるように読んでいました。思春期にハマった本ってすごく影響を受けるじゃないですか。
他に挙げるとすると、戯曲になってしまいますね。お芝居を始めた頃から戯曲を読むようになったのですが、横内謙介さんの『愚者には見えないラ・マンチャの王様の裸』とか、つかこうへいさんの『熱海殺人事件』はすごく好きですね。
―― 幅広い活動をされている笠原さんですが、今後どのような役者を目指していきたいかというのはありますか?
笠原 これは、何で自分は役者をやっているのかという話になってしまうのですが、それを一度考えてみたことがあるんです。その結論が、自分の存在意義がほしいというところだったんですね。
与えられた役として作品の中でどう存在するか、どう生きていくかということは、役をもらったときに考えるけれど、それを役者としての自分の存在意義に結び付けて、自分が存在し続けたいという想いはあります。
今回の『思い出のマーニー』も、わたしがこの本を朗読する役目を与えられて、もちろん朗読者として、聴いている方々それぞれが自由にイメージを受け止められるように表現した上で、わたしらしい何かがそこに残せていれば、それ以上望むことはありません。
自分らしいものを残し続けたいというのは、舞台も、歌も、朗読も同じですね。いろいろなことをやりたいです。
―― オーディオブック版『思い出のマーニー』についてひと言お願いします。
笠原 『思い出のマーニー』は、アンナという少女の心の成長を描いた作品です。児童文学ですが、大人の方でも何か気づくことはあると思います。物語の受け止め方は人それぞれ違いますし、感想もきっと違うと思うので、それぞれの中で、朗読による『思い出のマーニー』の世界を楽しんでもらえると嬉しいです。
11月9日生まれ。神奈川県出身。
主な出演作品
世界でいちばん強くなりたい!(リングアナウンス)、ナンダカベロニカ(ゆい)、フリージング(マリン=マックスウェル)、ToHeart2(山田ミチル)、忘却の旋律(ケイ)、クイーンズブレイド リベリオン(ミリムの弟)
スティールクロニクル(ホダカ・レクレール・キョウコ)、Caladrius(エレノア・リーグル)、Borderlands 2(Gaige)
Bay FM「Bay LINE7300」パーソナリティ
アンタッチャブルのマキマキでやってみよう! ほか
BeeTV 好きっていいなよ(愛子)、BeeTV 近キョリ恋愛(峰藤コウ)、BeeTV GTO(神崎麗美)
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