還元。そしてニコニコできる創造の世界へ――niconicoが電子書店になる本当の理由(1/3 ページ)

「なんか金稼ぎにきたな、とは思われたくないんです」――niconicoの電子書籍サービス「ニコニコ静画(電子書籍)」がこのほどリニューアルし、約3万2000冊の電子書籍を取り扱う“ストア”へと生まれ変わった。単に本を売るだけではない、CGMプラットフォームであるniconicoだからこその狙いが、そこにある。

» 2012年11月02日 13時00分 公開
[山田祐介,ITmedia]
photo ニコニコ静画(電子書籍)のPC向けWebサイト

 「なんか金稼ぎにきたな、とは思われたくないんです」

 10月24日、ドワンゴがniconicoの電子書籍サービス「ニコニコ静画(電子書籍)」で有料作品の本格配信を始めた。同サービスではこれまで、角川グループの電子書店「BOOK☆WALKER」で販売する一部作品を有料展開していたが、基本的には無料配信が中心だった。しかし今回、124の出版社との提携により、約3万2000冊の電子書籍を取り扱う“ストア”へと生まれ変わった。

 奇しくも同日、Amazon「Kindle」端末の国内向け予約販売がスタート。大物プレーヤーが出そろい、いよいよ日本でも電子書籍が本格化する――そんな期待も高まっている。しかし、こうした他の電子書籍事業とドワンゴのそれは、取り組むスタンスがどうも違うようだ。

 「クリエイターの支援とニコニコ文化の進化が、ニコニコ静画(電子書籍)を本格化する本当の目的」――ドワンゴでニコニコ静画を指揮する企画開発部部長 伴龍一郎氏はそう話す。niconicoを支えるクリエイターや創作文化を豊かにするためには、コンテンツ産業全体が豊かにならなければいけない。そのためにも、「原作を生み出すエンジン」として大きな役目を果たしている出版社の「ビジネスに寄与」したいという。

 また、コンテンツホルダーの理解を得ながら“誰もがニコニコできる創作環境”を作りたいという狙いもある。一見、単に出版社の作品を販売しているだけのようだが、CGMプラットフォームであるniconicoらしい仕掛けがある。

 電子書店という「一手」の先に、niconicoが目指しているものは何か。伴氏に聞いた。

コンテンツホルダーにniconicoのパワーを「還元」

photo ドワンゴの企画開発部部長 伴龍一郎氏

 “ニコニコの2次元担当”とも言われる伴氏がニコニコ静画を担当するようになったのは2010年のころからだ。同氏はニコニコ静画をイラスト投稿サイトとして進化させる中で、「ニコニコ全体の創作文化と出版業界をつなぐ」必要を感じたという。

 「ニコニコのクリエイターたちは霞を食って生きているわけではない」と伴氏は言う。彼らへの支援策として、人気作品の投稿者に奨励金を付与する「クリエイター奨励プログラム」も展開しているが、支援の程度には限界がある。そこで、ニコニコ静画では出版社とクリエイターの架け橋となる施策にも取り組んできた。例えば、春原ロビンソンさんがニコニコ静画で連載している漫画『戦勇。』は、集英社のジャンプSQ.でも連載され、アニメ化も決定している。


photo ニコニコ静画で第2章が連載中の『戦勇。』

 伴氏は「出版業界は原作を生み出すエンジン」だと説明する。漫画や小説は、アニメや映画などの原作としてよく採用され、クロスメディア展開の原動力になっている。「出版業界にお金が回れば、コンテンツが生み出されるエンジンが回る。業界全体がうるおえば、結果的にniconico発のクリエイターが活躍できる可能性も広がる」(伴氏)――そんな考えの下で、出版社を支援すべく立ち上がったのがニコニコ静画(電子書籍)だった。

 ニコニコ静画(電子書籍)は、ユーザーにとってはニコニコらしいコメント機能で電子書籍を楽しめるサービスとして始まった。一方、出版社にとっては自社の雑誌や作品を宣伝できるプラットフォームとして機能してきた。そして今回、有料販売も始めることで、出版社のビジネスに直接的に寄与できると伴氏はみる。コンテンツホルダーへniconicoのパワーを「還元」する仕組み――その1つが、ニコニコ静画(電子書籍)といえる。

 iOSアプリで電子書籍業界的には珍しい「薄利」な仕様を受け入れたのも、単に売上を追っていないドワンゴの姿勢の現れだろう。iOSアプリでコンテンツを販売するには、Appleが用意した「アプリ内課金」の仕組みを導入する必要がある。そうするとAppleに売上の3割を渡さなければならず、1円単位の細かな価格設定もできないなど制限が増える。そのため多くの電子書店のiOSアプリはストア機能がなく、“Webで購入してから作品をアプリに落とす”という手順が必要になる。

photo アプリ内で「ニコ書券」というポイントを購入し、そのポイントで買い物ができる

 一方、iOS版「ニコニコ静画(電子書籍)」はアプリ内課金でポイントを購入する仕組みを取り入れ、作品の購入も閲覧もできるようにした。Appleに3割を渡した上で出版社とレベニューシェアするため、iOSアプリでの売上は「逆ざやとまではいかないが薄利」(伴氏)。それでも、アプリとしての使いやすさを優先したという。

 ところで、ドワンゴは有料販売の開始にあわせ、124の出版社から一気に3万冊以上の作品を集めてきた。まとまった量のコンテンツを早期に集められた背景には、ニコニコ静画(電子書籍)によるプロモーション効果が出版社に認められたこともあったようだ。「各社さんとやってきた無料の雑誌展開などに、ある程度の効果があったようで、出版社さんからポジティブに見てもらえたのかもなと」(伴氏)。また、出版社が持つ各種の電子書籍ファイルをニコニコ静画独自の形式に自動変換するツールを提供したことも、コンテンツを早期に集められたポイントだった。

 なお、ニコニコ静画(電子書籍)でBOOK☆WALKERの作品を販売していく取り組みは、今後も継続していく。niconicoとBOOK☆WALKERの両方で取り扱う作品については、双方の購入ボタンが選択肢として現れ、好きな方を選べるようになるという。「ニコニコ静画側は現状Androidアプリがないんですが、BOOK☆WALKER作品として購入すればBOOK☆WALKERのAndroidアプリでも作品が見られます」(伴氏)。ニコニコ静画(電子書籍)のAndroidアプリは「出したい気持ちはある」が、まずはiOSアプリの機能改善に集中することが先決と考えているという。

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