なぜWebではなく電子書籍なのか?HTML5とか勉強会レポート

電子書籍って何ができるのか? EPUB3ってどうなの? 作り方は? 電子書籍の基本から現場のプロの本音がぶつかった電子書籍ナイトをレポートする。

» 2012年02月21日 10時00分 公開
[佐藤翔,@IT]

電子書籍のプロフェッショナルが大集合!

 電子書籍はこれからどうなるのか。EPUB3は実際どうなの? 気になる仕様は? そもそも電子書籍ってどうやって作ればいいの? 電子書籍ビジネスのあらゆる課題や疑問に真っ向から対峙し考えるイベントをレポートします。

 2012年2月9日、リクルートGINZA8ビルのWeb CAT Studioで『第26回HTML5とか勉強会』が開催されました。HTML5とか勉強会とは、HTML5に関心のあるエンジニアやコーダー、デザイナ向けの勉強会です。今回のテーマは電子書籍。定員をあっという間に上回るほど多くの参加者が集まり、電子書籍に対するかなりの関心の高さがうかがわれました。

 EPUB3の詳しい仕様の解説から電子書籍の現状、iBooksAuthorの動画による紹介など、それぞれの業界で活躍する電子書籍のプロフェッショナルから多種多様な最先端のお話を聞くことができ、非常に濃密で興味深い内容のイベントとなりました。パネルディスカッションではEPUBや電子書籍の将来について熱い本音が語られました。

はじめてのiBooksAuthor

 最初のライトニングトークでは、システムエンジニアのひらいさだあき氏がiBooksAuthorの解説をしました。

 実際に作ってみたiBooks形式のファイルを触っている様子が動画で紹介され、「iBooksAuthorで何がどこまでできるのか」を短時間で知ることができました。(プレゼン資料:はじめてのiBooks Author

EPUB3の仕様を勉強しよう

 EPUB2の仕様をブログで翻訳公開している、まさにEPUBエバンジェリストのイーストの高瀬拓史氏はEPUB3の仕様を詳しくかみ砕いて解説してくれました。

 この話を聞けば一通りEPUB3について分かってしまうんじゃないかと思えるほど、カリスマEPUB講師的なセッションでした。時折「電書ちゃん」というオリジナルキャラが登場し、少し込み入った仕様の解説を和らげてくれました。セッションで使用したスライドは公開されています(プレゼン資料:いいパブッ!! - よくわかるEPUB3)。

今、電子書籍はどうやって作るべきか 

 最近、EPUB3の本を世界初で発売した、フリーランスで活躍するこもりまさあき氏は「FLEXIBLE&RESPONSIVE EBOOKS」というタイトルで、電子書籍の現状と、リーディングデバイスの増加やアプリの多様化にどのように対応するかについて話をしました。

 セッションで使用したスライドは公開されています。(プレゼン資料:FLEXIBLE & RESPONSIVE EBOOKS

 以下、こもり氏の発言の要約です。

 電子書籍を作る上でまず考えることは、固定型のレイアウトにするのか、それとも、リフロー型にするのかということです。デザインやレイアウト込みのコンテンツならば固定型で制作し、文字情報が中心の読み物コンテンツならばEPUBのようにリフロー型にします。また、多様な配信形態があります。Webコンテンツとして配信するのか、リフロー型の電子書籍形態なのか、あるいは専用アプリを作るのか、そのどれにでも柔軟に対応することが今後求められてくると思います。そのため、ワンソースをマルチに展開する上でHTML5を中間フォーマットとして使用し、WebコンテンツやEPUB、KindleそしてiOSアプリ(BakerというフレームワークとHTML5を用いて電子書籍のiOSアプリ開発が可能)などを制作するのがいいでしょう。

 多くのデバイスで読めることが大事ですが、紙でできることがすべて電子書籍で可能とは考えない方がいいです。紙のルールは必ずしも通用しません。どこまでやるか、やらないかを明確にして妥協点というか着地点を見いだすことが大事です。無理をして盛り込み過ぎずにまずは「ちゃんと読める」ことを最優先して制作すべきでしょう。

ネットの中での電子書籍の位置付けと在り方

 達人出版会の高橋征義氏は「Webの有料化」と「書籍流通のネット化」という2つの観点から現状と今後の電子書籍の在り方について話をしました。

 達人出版会は電子書籍の出版社兼本屋で、主にITエンジニア向けの技術書の制作とWeb上での販売を行っています。セッションで使用したスライドは公開されています。(プレゼン資料:Webと書籍とEPUBと

 以下、高橋氏の発言の要約です。

Webの有料化としてとらえる電子書籍

 Webの特徴は、検索やブックマークなどあらゆるサービスやコンテンツが無料で使えるということです。もし、これらが有料化した場合、ユーザーにとってとても不便になります。課金と認証の仕組みを使えば有料化はできますが、その結果、クロールされづらくなり検索に弱くなります。また、シェアもされづらくなります。Webの良さを殺す結果になりかねません。

 もし「Webの有料化」を実現しようとした場合、それはアプリや電子書籍という形になります。つまり、電子書籍はネットの1つのサービスでありつつも、ネットとは切り離されたイメージを持っています。

 しかし、そのように見え方は異なりますが、使われている技術についてはWebも電子書籍もほとんど違いはありません。同じ技術を違う見せ方で演出しているだけです。このように有料化について話をしてきましたが、これは書籍を出す側の関心事です。ユーザーにとってのメリットは何かについてはこの後のパネルディスカッションで考えてみたいと思います。

書籍流通のネット化

 電子書籍の流通はとても効率的です。また独特の面白さを持っています。

紙の書籍と比較した際の電子書籍のメリットは、「無料で、いつでも、何度も送れる」というものです。また、通常の紙の書籍は、執筆から販売まで多くの細かい作業が存在します。一方で電子書籍は「印刷」「製本」「流通」という部分を省けます。

 さらに電子書籍流通の独自性は、β版のリリースにあります。オライリーのある電子書籍はページ数が全部で56ページのはずですが、実際は私が見た段階ではまだ17ページしかありませんでした。「取りあえずこれだけ執筆してみました。皆さんどう思いますか?」という意図で販売しているのです。このように紙の書籍のフローとはまったく異なり、執筆→編集ではなく、執筆から一気に購入へと至ることが可能です。執筆のプロセスを読者と共有できるのです。核として存在している1冊の電子書籍を取り巻く環境を上手にサービス化していくことこそが、電子書籍の普及にとって重要なのだと考えています。

日本の電子書籍はまだまだWeb1.0のような状況

 イベントの後半はパネルディスカッションがありました。パネラーは、ブクログのバブーの吉田健吾氏、BCCKSの田中孝太郎氏(自己紹介資料)、ドワンゴでニコニコ静画の庄司嘉織氏(自己紹介資料)、インプレスの福浦一広氏、そしてセッションを行った3名のメンバーです。モデレータはITmediaの西尾泰三氏です。それぞれの立場から電子書籍の現状やEPUB3に対する本音が語られました。

EPUB3ってどうよ?

 まず、庄司氏はEPUB3の仕様の複雑さについて触れました。「電子書籍には2つの側面があり、1つが紙の書籍をWebで読めるようにしたもの、もう1つが最初から電子書籍として出すものです。そのどちらとも、作る側からするとEPUBは仕様が複雑過ぎる。ビューワを作る側からすると、JavaScriptは解析しなきゃいけないし、動画や音声も再生しなきゃいけない。一方、今の紙の本を表現するには仕様が大き過ぎる。共通の仕様を考えてくれたのはありがたいが、紙のことを考えてない、というのが正直な印象です」。

 これに対し高瀬氏は「HTML5って盛り過ぎじゃね? とよく言われますが、確かにEPUB3もその通りです。いろんなところから要望を聞いていたらかなり仕様が膨れ上がってしまっていました。しかし、シンプルに作っていれば使い回せます。変換用や配布用として使えます。ないよりはいいと思います(笑)」と答えました。

 庄司氏はまた「あえて議論を面白くするために出版社側の立場で意見を言いますね。これは会社とてしてではなく個人としての意見ですよ。(笑)」と前置きをした上で、EPUBの素朴な不便さについて次のように述べました。

 「出版社側から見るとEPUB3の仕様はあり得ないんですよ。すごく頑張ってHTML5とCSSでデザインしてそれをビューワに載せたときに、ユーザーがフォントサイズを変えたらデザインが全部崩れてしまう。例えば、右ページと左ページが逆転してしまうことが起こるんです。EPUB3って出版社の意見を聞いているというけれど、本当なのかと疑問です。というスタンスで僕はここにいた方が面白いと思うのでそうしますね(笑)」。

 高瀬氏はこれに対しEPUBへの理解を求め、以下のように話しました。「出版社すべての意見ではないと思います。EPUBの特性を理解し「読める」ことを重視している出版社もいます。しかし著者の意見が一番大事なので、EPUBのこの体裁ではちょっと出版できないよ、という出版社もいます。そういう場合はPDFで作ればいいんですよ(笑)。無理してEPUBで作る必要はないんです。つまりEPUBに対する考え方によるんです。EPUBって作り手側が全責任を持つものじゃなくて、ユーザーとリーダーと作り手の関係によって形が変わるものだという認識が広まってないのが問題です。まだ混乱状態ですね」。

 この議論の中で高瀬氏が策定に関わるJBasicが話題に上りました。出版社やWeb業界からの要望に応えるために作られた、EPUBコンテンツを制作する際の指針です。EPUBでこれを表現するにはこのタグを使いましょうなどといった内容が示されています。

 プラットフォーム開発側のパブーの吉田氏は「まだまだEPUB3は黎明期というイメージ。早く落ち着いてほしい」と始め、「パブーではEPUBの表現力はあえて捨て、素人の方でもブログのような形で手軽に電子書籍を制作できることを大切にしている。しかし、縦書きで作りたいというニーズはあるので、その場合は現状では外部のオーサリングソフトを使ってくださいという認識です」と述べました。田中氏は「私もEPUB3は大き過ぎると思う。しかし足りない部分もあって、例えばページネーションについては細かく決まっていない。そういった部分はCSSを使って独自拡張する必要がある」と述べました。

電子書籍のUXやユーザビリティはまだ不十分?

 庄司氏はUXについて、「みんな紙を再現しようとしますよね。紙をめくるアニメーションをよく見かけますが、あれって実は邪魔だと思うんです。そういうのを含めて、まだまだUXは考え尽くされてなく不十分だと思います。まだまだニコニコ静画も試行錯誤中です」と述べ、さらに、電子書籍のUXについてはまだ多くの人が参入する余地があると呼び掛けました。

 福浦氏は、電子書籍の原稿を依頼したとき「1行何文字で書けばいいですか?」と聞かれ「EPUBに1行何文字もない」と答えたら怒られてしまったケースや、書体は指定できないことにがくぜんとしたデザイナのエピソードを挙げました。まだまだ書籍の体裁を重要視する現実があることと、デバイスによって表示が大きく変わってしまうことに触れ、結局はそれぞれにどう最適化するか、頭を働かせ続けることが大事だと述べました。

電子書籍はどこを目指すべきなのか

 最後に電子書籍の今後についてそれぞれのパネラーが思いを語りました。

 吉田氏は、電子書籍ならではのコミュニケーションに触れました。「ゲームはコンシューマーゲームが最初にあり、それからソーシャルゲームが出てきました。完成品として流通する電子書籍もありますが、ソーシャルゲームのようにコミュニケーションという相互作用の要素を持つネット書籍、例えば作家と読者がやりとりをしながら執筆されていくものやβ版のリリースをする書籍が登場したら面白いと思います。通常の本にはできないことですね。プラットフォームとしてはそのような新しい場を作り、ユーザーがそこで楽しんでくれたらと思っています」。

 庄司氏は、電子書籍をまずはユーザーに手に取ってもらうことが一番大事であると述べました。「音楽の場合、CDを借りてそれをカセットやMDでデータ化して所有するという流れがあったので、ダウンロード販売が登場したときもユーザーにあまり抵抗感はありませんでした。一方、電子書籍はそうではないので、いきなりデータの電子書籍を読んでもらおうとしてもなかなか浸透しません。まずは一般ユーザーに電子書籍に触れて読んでもらうことが大事。また、ニコニコ静画でやっているような本にコメントを付けられる機能は電子書籍ならではです。こういった紙の書籍にはできない付加価値をユーザーに提供することが電子書籍の課題です」。

 田中氏は、コンテナフォーマットとしてのEPUBに期待しています。「ブラウザでWebサイトを保存するときに、EPUBで保存ができたらそれを持ち歩き、いつでもiPadやiPhoneで読めます。書き出し形式の1つとして気軽にEPUBが使えるようになれば紙の書籍とは違う価値を持つし、もっと普及すると思います」。

 高橋氏は、世の中にコンテンツを増やす原動力としての電子書籍の役割に期待しています。「紙や電子書籍を問わずコンテンツの量を世の中に増やしたい。そのためにWebは有効だと思っていたのですが、ブログの人気も下がってきているような気がするし、みんなFacebookやTwitterを使っていて、あまりまとまった発言をしていない。この状況の中で、電子書籍の手軽さによってコンテンツを作る人が増えてくれればよいと思っています」。

 福浦氏は、自身の体験を例に電子書籍の価値が瞬時に見直された話をしました。自身が制作に携わる電子書籍「OnDeck」のエピソードを披露しました。「PDFで出しましたと言ったとき、弊社のWebニュースサイトのメンバーはまったく無反応でした。ところが実際にPDFを見た瞬間、彼らの目が変わったんです。電子書籍は立派なデジタル雑誌として紙の雑誌の代わりになり得るし、自分たちも参入が可能な世界であり、広告モデルに変わる新しい有料販売モデルだと気付いたんです。電子書籍のこのような役割に期待しています」。

 高瀬氏は、「日本の電子書籍のインフラはまだまだWeb1.0のような状況ですね。わざわざ書籍サイトで読みたい本を検索して、さぁ読もうと思ったら読めるフォーマットではなかったとか。もっと利便性が必要です。フォーマットを推進している私ですが、今年は流通にも力を入れるつもりです」と話し、電子書籍がもっと読まれる環境づくりの重要さを強調しました。

 ユーザーに手に取ってもらうためのインフラの整備や流通、紙の書籍にはできない電子書籍特有の付加価値を作ることなど、将来の電子書籍ビジネスを考える上で外せない多くの論点が挙げられました。

電子書籍が広まるのはいつだ!

 すでに電子書籍の制作に携わっている人は、実際に生かせる情報が数多くあったのではないでしょうか。電子書籍を作ったことがない人にとっては「早く作りたい! もっと知りたい!」と思うきっかけになったかと思います。これから電子書籍はさらに私たちの身近に存在になっていくだろう、そう思えたイベントでした。

 HTML5とか勉強会への参加は「html5j.org - Google グループ」から。

著者紹介:佐藤翔(さとうしょう)

ねこポッポ店長。猫の絵のTシャツを作ってます。

iPhoneアプリの開発を頑張って勉強しているのですが一向に上達しません。最近、運命の相手として、必ず僕の顔写真が表示される占いアプリを申請しましたが、リジェクトされてしまいました。現在cocos2dを勉強中。Facebook:http://facebook.com/satohsho


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