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インタビュー

出版権提案、TPP交渉参加、絶版作品のダウンロード――福井弁護士に電子書籍を巡る著作権の現状を聞く(前編)まつもとあつしの電子書籍セカンドインパクト

2013年、電子書籍は新たな局面に直面していた。この連載は、そんな場所にいち早く踏み込み、変化の最前線を行く人々にその知恵と情熱を聞く物語である。今回は、弁護士の福井健策氏に、出版と著作権を巡るトピックスについて聞いた。

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 KindleストアそしてiBookstoreが日本でもスタートし、電子書籍は新たな段階に入った。端末やサービスにも引き続き注目が集まるが、過激な言い方をすれば従来のシステムの「破壊と再構築」はこれからが本番だ。この連載ではそんな変化の最前線にいる人々に話を聞いていきたい。

 第1回となる今回は弁護士の福井健策氏に、動きが激しさを増している出版と著作権を巡るトピックスについて伺った。具体的には、渦中の出版者の権利をめぐる最新の動き、TPP交渉参加と著作権の関係、そして氏が中心となって進められた「文化庁 eBooks プロジェクト」について振り返ってもらった。前半となる本稿では、折りしも4月4日に発表されたばかりの「出版者の権利のあり方に関する提言」について、問題を整理して提言の意図を聞いた。

福井健策(ふくい・けんさく)

福井健策

弁護士(日本・ニューヨーク州)骨董通り法律事務所代表パートナー 日本大学芸術学部客員教授

1965年生まれ。神奈川県出身。東京大学、コロンビア大学ロースクール卒。著作権法や芸術・文化に関わる法律・法制度に明るく、二次創作や、TPPが著作権そしてコンテンツビジネスに与える影響についても積極的に論じている。著書に『著作権の世紀 ――変わる「情報の独占制度」』(集英社新書)『「ネットの自由」vs.著作権』(光文社)などがある。Twitterでも「@fukuikensaku」で発信中

骨董通り法律事務所Webサイト


どうなる隣接権(出版に係る権利)?

福井健策弁護士
福井健策弁護士

―― 先日のシンポジウムではパネルディスカッション「著作物の公開利用ルールの未来」でモデレーターを務められ、TPPの知財問題や出版者の権利についても相次いで提言を出されるなど、主体的な動きをされています。まずは隣接権問題について現状をどうご覧になっているか、そしてご自身を含む法学者・弁護士の皆さんが公表したばかりの新たな提言の内容を、教えてください。

福井 出版社の顧問も務めていますが、いわゆる「出版者の隣接権」については長所と短所があり、運動とは少し距離を置いてきました。ただ、版面を利用した海賊版対策などでの現場の苦労は分かるので反対ではなく、「消極的賛成」くらいですか(笑)。

 出版者の権利を巡っては、出版社・著者・経済界などからさまざまな危惧や提案が出て、ちょっと出口が見えにくい状況ですね。関係者の落としどころを見つけ、デジタル流通の推進などより大事な課題に歩みを進めようと、中山信弘東大名誉教授の呼びかけで6名の法学者・実務家が議論を重ね、今回提言を公表しました。

 出版社にとって隣接権は古くからの悲願でしたが、Googleブックスにはじまるいわゆる電子書籍の衝撃を背景に、今度こそ、という空気になったのだと思います。実際、昨年7月に行ったシンポジウム「出版文化の今後と出版者への権利付与」では、外から見ても(隣接権を)獲得しそうに感じましたね。漫画家でJコミを運営されている赤松健さんとも、「これは通るのかな」と感想を交したのを覚えています。しかし、そこから時間が経ち、また政権交代もあり難しい状況になったというのが現状ではないでしょうか。

―― そんな中、経団連から「電子出版権」が提言されました。赤松先生もJコミ会員向けメルマガ『はんぺん』で、「電子出版権によって迎える著作隣接権の最期・・・?」と銘打った内容を出すなど、「隣接権は終わった」かのような印象も受けます。

福井 いや「終わった」は言い過ぎでしょうけど(笑)。経団連や漫画家協会が反対し、出版社としては逆風も強いので、さてどうしたものかという段階なんだろうと思います。

出版社の求めていた「隣接権」と経団連の「電子出版権」、それぞれの課題


経団連から2月に出された電子出版権(仮称)の提言

―― 経団連(日本経済団体連合会)からの対案はどう捉えていますか?

福井 もともと契約中心の出版権的な構成は私の持論でもありましたが、かなり練られた、検討の価値ある案だと思います。現状や隣接権提案への危惧を正確に紹介しているからです。ただ、なお若干の課題も指摘されました。

 最初に、出版社の求めていた「隣接権」と経団連の「電子出版権」の違いを解説すると、隣接権は出版を行えば当然に発生する「総付け」の権利です。そのため、「出版社といっても関与の度合いは多様」「文芸とマンガなどジャンルで事情が違う」などの指摘が出ました。

 また、これは文字通り著作権に「隣接」する、著作権とは別建ての権利です。作家などの持つ「著作権」との関係をいえば、双方が併存しており、版面の利用についてはどちらも「ノー」と言える。だからこそ、作家が原告にならずに海賊版などを取り締まるには役立つ訳です。ただ、別建ての権利ゆえに、例えば作家が版面を使った電子出版を他社に許可したい時に、出版者が理論上は「ノー」と言えることになる。つまり、権利の分散化=作品の死蔵ということが危惧として言われた。もちろん出版社側も、そういう事態に陥らないような運用を検討したわけですが、権利の性質は確かに二本立てに違いない。

 それに対して、経団連提案は、現行の「出版権」と同じように作家との契約で与えられる権利として「電子出版権」を創設しようというものです。著作者がいわば著作権の一部を期限決めで事業者に委ねるようなもので、作家側が同意しなければそもそも発生しない。しかも、権利窓口は一元化されているので、分散化や死蔵にはつながりにくい。まさに、電子配信を促進する権利と期待されたわけです。

 作家と事業者の単なる「独占配信契約」との違いは、例えば、電子出版権なら海賊版などに対する差止め請求が可能になる点です。

―― 経団連案の課題とは何でしょうか?

福井 「出版権」と「電子出版権」を別立ての権利として提案したことです。これは昨年明治大学でのシンポジウムで、私が挙げた「出版権の拡張」とは異なる点ですね。

 つまり、出版権はこれまで通り設定契約で「紙」だけに発生し、電子出版に対してはそれとは別の契約によって、「別の出版権」として新たに権利を設けることを意味します。

 ところが、現在、特に出版権設定を受けそうな商業作品の場合、同じ作品が紙先行か、紙と電子の双方でリリースされるケースがかなり多数ですよね。すると、同じ事業者が「出版権」と「電子出版権」双方の設定を受けるケースも少なくないでしょう。無論、同じ契約書に両方の権利を記載してしまえば済む話でもありますが、例えば登録の際にも権利を2つ登録するのか、ちょっと複雑な気もする。

 果たして両者のビジネスはそこまで切り分け可能か。現在、インターネット上の海賊版は紙の出版物から作られることが多いですね。電子出版権を別建てにすると、紙の出版権の設定を受けた者はその対策を直接にはできないことになりそうです(ただし経団連案も脚注でそのニーズへの気配りはしています)。

「出版者の権利のあり方に関する提言」

―― そこで、今回の6名での提言を出された。元知財高裁判事の三村量一弁護士、上野達弘早稲田大学教授などそうそうたる顔ぶれですね。

福井 はい、経団連提案を取り入れつつ、権利の複雑化・分散化を抑える発想から、現行の「出版権」を電子出版にも拡張する提言を行いました。提言は、明治大学知的財産法政策研究所のプロジェクトの一環として有志が協議し、4月4日に公表しました。

 メンバーが時間をやりくりして中山研究室にこもって、これでもかというほど青臭い議論を(笑)して作ったものです。提言はシンプルですが、6名それぞれ意見も盛り込みたいことも違うので、元はずっと長く複雑でした。それを削って削って、最後はエッセンスを残しました。

―― こちらの提言はクリエイティブ・コモンズ(CC)ライセンスで公開されたのですね。

福井 提言については、途中かなりうわさが先行して問い合わせなどが大変だったのですが、広く議論して頂きたいとCCライセンス「表示−改変禁止」(CC-BY-ND)で公表しました。皆さんに考えて頂ければうれしいです。

―― エッセンスを残したシンプルな提言ということですが、シンプルが故に、その深慮遠謀を読み取るのが難しい部分もありそうです。こちらの内容を教えてください。

福井 当然に発生する隣接権ではなく、著作者との契約に基づく専用権である点など、かなりの部分は経団連案と共通です。隣接権の場合は当然に発生するが故に、法改正後の出版物にしか及ばないルールになりそうです。しかし、契約に基づく権利であれば、現行の出版権のように当事者が合意すれば既存の出版物を対象にすることも可能です。そうすることで、著作者の意思に基づいた作品の広い活用を促すことが目標です。

 経団連案と一点異なるのは、現行の出版権を拡張する形を採ったことです。つまり著作者との契約で出版権を設定した場合、原則として電子出版にも及ぶようにする。これにより、現状のオンライン海賊版への対応も取りやすくなるでしょう。権利の種類は一本化して分散を避けつつ、当事者が特約で合意すれば「紙だけ」「電子だけ」という設定も可能にすることで、さまざまなニーズに対応できるよう考えました。

 また、現在の出版権は第三者に再許諾(サブライセンス)ができないのです。そのため、例えば単行本で一次出版した後で他社で文庫化したい場合、オリジナルの出版社は直接にその許可が出せない。だからといって出版権がある以上、作家も独自に文庫化の許可は出せず、少し複雑な取り決めが必要になっていた。この問題に対処できるよう、「特約がない限り再許諾可」としました。こうすることで文庫化や、電子出版でいえばAmazon.com、Apple、紀伊国屋書店など多数のプラットフォームでの配信などに対応できることが狙いです。

―― 複写利用にも対応することを提言していますね。

福井 ここはちょっと渋い個所なので覚悟して聞いてください(笑)。従来、本や雑誌を企業で複写したりイントラネットで利用することは「出版」ではありませんので、出版権の対象には入っていませんでした。ただ、本・雑誌の利用には違いないので、例えば複写なら出版社を通じて日本複製権センターなどの団体に利用許可の窓口を委任することが多かったのです。

 そうであればと今回、当事者が契約で選択した場合には、「特定の版面に対象を限定して、出版権の中に複写利用などを入れてしまう」ことを提言しました。特定の版面に限って、出版者がコピーなどの許可を出せる形です。本来の「出版」の概念からははみ出すのでためらいもありましたが、現場の実態を踏まえて踏み込んだ個所です。これによって、まだまだ不十分な、企業や研究現場での本・雑誌のデジタル利用の許諾も進むことを期待しています。

 最後に、対抗要件といって、現行の出版権では著作権者が二重設定などしてしまった場合、著作権課での登録で先行した者が優先されます。しかし登録は現状お世辞にも普及していませんので、国会図書館への納本と連動させるなどして制度を拡充し、登録しやすい環境を整備することを提案しています。登録が進むことで、権利の所在が明確になり、許可に基づくコンテンツ活用などを促進する狙いです。


権利情報の登録制度の拡充策として挙げられている内容のイメージ(出典:『出版者の権利のあり方に関する提言』)
名称 隣接権(出版に係る権利) 電子出版権(仮称) 出版者の権利のあり方に関する提言
提案主体 出版社 経団連 知財専門家
主な特徴 ・原版に対して著作隣接権が自然発生
・著作者に加え隣接権が発生する出版社にも訴権
・サブライセンス不可能
・紙の書籍と電子書籍に対して別々の出版権を契約で設定
・著作者に加え電子出版権を持つ出版社にも訴権
・サブライセンス可能
・出版権を拡張し原則として電子書籍にもその権利が及ぶように(特約で分割可)
・著作者に加え拡張された出版権(電子を含む)を持つ出版社にも訴権
・サブライセンス可能
留意点や課題 ・海賊版対策への実効性
・権利の分散や差止請求権の濫用が著作物の活用・流通を阻害?
・電子の権利だけ狙って好条件で持っていく「クリームスキミング」を招きやすい? ・出版権の中に複写利用も含める選択も可
・登録を国会図書館への納本と連動
話題に上った各提案の比較

この問題、そろそろ片づけてもっと大きな話をしよう――

―― 提言の狙いは何でしょうか。

福井 世界は今、米国対EUを軸に、作品・資料のデジタル化政策でしのぎを削っている状況です。それはわれわれや次の世代の文化体験をより豊かなものにするだけでなく、「知のインフラ整備」であって、シビアな国力の競争でもあります。

 こうしたデジタル化の潮流に大胆に対応して、すべての人々が多様な作品にアクセスでき、かつ作品を創造した側が収益によって次なる創造に取り組める社会を目指したい。そのために、提言では別紙で「ナショナルアーカイブと権利情報に関するビジョン」を述べています。

 ここは私もそうですが中山教授の思いも強かった個所で、コンテンツの収集・保存は国家事業として進めるべきだ(ナショナルアーカイブ)、それと権利情報を結びつけることにより権利処理を容易化し、コンテンツの商業利用を促進することが重要だと。権利情報を集約してデータベース化しようとすれば、元になる「権利と契約の明確化」が鍵です。そこで、まずは著作権法の中で、権利の分散化を避けつつ出版物の権利をどのように位置づけるべきかを提言したわけです。

 出版物の権利はもちろん大事なアジェンダですが、それ自体が目標ではない。目標は、「豊かな文化への人々のアクセスと新たな創造の仕組みをどう守るか」です。ありていに言えば、「この問題、そろそろ片づけてもっと大きな話をしようよ」ということです。

 「ビジョン」では、今後の出版権制度の詳細は文化審議会に委ね、われわれはナショナルアーカイブのあり方についてさらに議論を深めて行きたい、と結んでいます。この提言で、異なる立場を架橋し、本当の意味での前向きな議論の一助になれるならうれしいですね。


 インタビューの後編では、TPPや米国での保護期間「短縮」提案、文化庁のCCライセンス採用、文化庁eBooksなど、今回取り上げた出版者の権利のあり方と同様に現在最も注視される潮流と、それが電子出版に与える影響を伺います。

著者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし

 ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。

 取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは@a_matsumoto


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