インタビュー
» 2015年09月26日 06時00分 UPDATE

「大和言葉」とは一体何なのか? 『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』上野誠さんインタビュー

[新刊JP]
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 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!

 今回は、話題の単行本『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』(幻冬舎/刊)の著者で、万葉集や万葉文化の研究者として知られる奈良大学文学部教授の上野誠さんに登場していただきました。

 言葉とは使ってきた人たちの歴史を背負っているものであり、その時代によって日々変化する“歴史的存在”。その中でも、古くから変わることなく使われ続けてきた日本固有の言葉が「大和言葉」です。

 この本では大和言葉を定義しなおしつつ、万葉集の第一人者だからこそ書ける、日本語の奥深い物言いを紹介する一冊。メディアへの出演経験も豊富で、引き込まれるトークも評判の上野さんのお話をぜひ楽しんでください。

そもそも「大和言葉」とは一体何なのか?

『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』書影 『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』書影

―― 今、大和言葉がクローズアップされています。大和言葉と聞くと、何となく古い言葉という漠然としたイメージがあるのですが、上野さんの定義から教えていただけないでしょうか。

上野 大和言葉とは、今ある日本語から外来語――中国語起源、ポルトガル語起源、オランダ語起源、英語起源など外国からやってきたものを差し引いて残った言葉です。でも、僕自身は、外国語起源の日本語でも大和言葉に入れていいと思っています。

―― それはなぜですか?

上野 例えば「さぼる」という動詞は、フランス語の「サボタージュ(Sabotage)」が由来です。この言葉のすごいところは、その「サボ」に活用語尾を付けることで日本語に取り込んでしまっている部分です。日本語が海外の言葉をどんどん自分のものにして、より豊かになっているということを表しています。

 言葉をたくさん持つということは、表現がより自由になるということです。心の小さな機微でさえも言葉として表現できて、自由に思いを伝えられるようになるのですから。

 「大和言葉と外来語は明確に分けるべきだ」と訴える人もいますが、僕はそうは思いません。言葉の性質を知らない人の言い分だと思います。もともと日本人は外来語をうまく取り込んで自分たちの言葉にしてきた歴史があるわけですから、外来語と大和言葉を明確に区別する必要はないはずです。

―― では、大和言葉の最大の特徴とは何でしょうか。

上野 「情」を伝える言葉だということですね。一方で、漢語は「理屈」を伝えます。例えば「ありがとう」は大和言葉で、「感謝」は漢語です。比較してみると、言葉の質感がまったく異なると思いませんか?

―― 漢語になると妙によそよそしい雰囲気が出てきますね。

上野 自分が臨終を迎えたときに、妻に対して「あなたとの50年の夫婦生活について感謝致します」なんて言わないですよね。「ありがとう」を使いたいじゃないですか。

―― この『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』を読んでいて、人間の体の名称を使った比喩表現が豊かだなと思いました。

上野 それはあるでしょうね。自分の体を使って置き換えて表現することに意味があるのでしょう。

―― この本の中で特に上野さんが好きな大和言葉はありますか?

上野 そうですね……。「しなやか」(本書143ページ)は良いですね。これは自分自身心がけていることで、原理原則を明らかにするのが学問ではあるけれど、それをどう伝えるのかというのも大事なんです。そのとき、しなやかに相手のことを考える、しなやかに考えられることが必要だということです。

 「しなる」は、ものが曲がるという意味だけど、弾力性がある場合に使います。いろいろな形に変えつつも元の形に戻る力を持っている。この元の形に戻るということが非常に重要なのだと考えています。

「日本語を間違えている!」と騒ぐ人たちを学者はどう考えているのか?

『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』著者・上野誠さん 『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』著者・上野誠さん

―― 確かに「しなやか」という言葉から、一本筋がありつつ、変化にも柔軟に対応できるイメージが浮かびます。

上野 「しなやか」という言葉を一番分かりやすく例えられるのが「竹ひご」ですね。僕が子どものころは竹ひごで飛行機を作って飛ばして遊びましたが、飛行機に姿を変えることができるし、元に戻ることもできる。それが「しなる」ことの強さなんです。

―― 優しさと強さが同居した言葉ですよね。

上野 優しい言葉って、強さも感じるでしょ。それは母親のイメージからくるものなんですよ。そして、そこにあるのが情感です。人は理屈だけでは動かない。やはり動くときの決断として、必ず「情」があるんです。

―― 「情」ですか。

上野 「万葉集」では、「情」と書いて「こころ」と読みます。「なさけ」というものです。「情報」っていうでしょ。これは「情をつかむ」ということなんですよね。人の情をつかめば、それは強い。どんなときもそうです。

―― 日本人は日本語の使い方の間違いに対して厳しいところがあると思います。その点について上野さんはどのようにお考えですか?

上野 タレントさんの言葉の使い方が間違っているとかね。指摘するのは簡単だけれど、間違っていたとしても同世代の人たちに伝わるものがあるならば、それでいいと思います。なにも国語のテストをしているわけではないですしね。

―― インターネットで炎上するケースもあります。

上野 悪いところを探してしまうんですよね。僕もこの本に漢語起源の言葉も載せたので、「純粋な大和言葉じゃないものが載っている!」と指摘する人はいるでしょう。

 でも、そうした言葉を排除していっても豊かにはなれません。ここに載せた外国語起源の大和言葉は、日本語のしなやかさから生まれたものです。そういうしなやかさが表現を自由にしていくわけですし、その部分はより一層磨いていくべきところだと思います。

 学校の授業では、「的確に正しく」国語を学ぶよりも、「楽しく深みのある」国語を勉強した方が正しいと思うんですね。「あの先生のような話し方がしたい」「あの先生が書くような文章を書きたい」と生徒に思わせるような授業が、国語の正しい教え方だと考えています。

―― 生徒たちのお手本となるような言葉を使う先生ですね。

上野 好きなものは勉強するでしょ。でも「これはやっちゃいけない」という教え方をすると、苦手意識を持ちやすくなってしまう。

―― 上野さんは大学教授として教壇に立たれていますが、そのような教え方を意識されているんですか?

上野 ○×ゲームみたいな教え方はしませんね。言葉の魅力を引き出すような教え方をするのが大切だと思っています。

「源氏物語」は文学の世界遺産!

―― 上野さんは万葉集や万葉文化の研究者として知られていますが、どうしてその道に進んだのですか?

上野 もともと歴史を勉強したかったのですが、大学の入試では国文学を選んだのです。ただ、それが良かった。人に対する関心が強かったから。歌の「情」に引き込まれたんです。

 折口信夫は、学問の究極は詩や演劇、小説、つまり文学になるということを言っているんですね。どういうことかというと、学問が学問の中に閉じこもり続けていても、人には伝わっていかない。学問を究めた人は、詩人であり小説家になるということです。実際に折口信夫は日本を代表する歌人でしたし、小説も書いていました。

―― 上野さんも「人に伝える」という道に進んでいらっしゃいますね。

上野 僕も一冊だけど『天平グレート・ジャーニー』という小説を書いたし、オペラの脚本を書いたりしていますし、そういう形を目指しています。その一方で研究者として論文を書き、学会発表したり、学会誌に掲載したり、という仕事も手を抜いていません。

―― 自分の仕事を複数の表現方法で発表する研究者はなかなかいないと思います。

上野 創作と評論と研究が分かれ過ぎていますね。昔の学者はそんな小さなことを考えていなかったと思います。

―― 上野さんが今、興味を持っているものは何ですか?

上野 40半ばを過ぎてから大和言葉や仏像のような動かないものの方が好きになってきましたね。若いころは動くものの方が好きだったのですが。例えば女性とかね(笑)。もちろん今でも女性は好きですけどね。

 大和言葉といえば、「源氏物語」ってものすごい作品で、紫式部は漢文の知識が豊富だったけれど、あえてこの物語を和文で書いているんです。だから現代に生きる私たちも、その言葉の肌触りを実感できます。これは同時代に書かれた菅原道真の漢詩と比較すると分かります。道真の漢詩もすごいけれど、現代に生きる私たちは彼がどんな詩を残したのかほとんど知らないし、そもそも中国の詩の二番せんじでもある。世界的評価を受けているのは「源氏物語」ですよね。和文で構成された長編小説を、11世紀に書いてしまったわけだから。

 以前、瀬戸内寂聴先生が「源氏物語に勝てる小説を書いた人はいないのよ」と言っていましたが、僕もそう思います。もし文学の世界遺産があるとすれば、「源氏物語」は最初に選ばれるべき作品です。その小説を作り上げている和文、大和言葉を日本の文化として大切に使いながら生きていくべきだし、それを生かしながら文化を豊かにしていくことが重要なのではと思いますね。

―― 上野さんがこれまで影響を受けた本を3冊ご紹介いただけますか?

上野 そうだなあ、3冊か……(しばらく考え込む)。

―― 3冊が難しければ1冊でも大丈夫です。

上野 レヴィ=ストロースとか言いたいけれど、ちょっと硬すぎるかもしれないから(笑)、夏目漱石の『坊ちゃん』にします。夏目漱石といえば、人生の深みを語る小説の書き手として名高いですが、そこ抜けに笑えて、坊ちゃんが好きになるあの世界を忘れてはいけないと常に思っています。だから、あえて『草枕』でも『明暗』でもなく、『坊ちゃん』を挙げます。

―― ありがとうございます。では、最後に読者の皆さまにメッセージをお願いします。

上野 この本に書かれている言葉って、恐らく皆さんが日常で使っている言葉であって、新しさはないと思います。でも、語源や使い方に触れて、自分の気持ちを伝えるときに使ってもらい、その言葉を好きになってもらえれば、この本を書いた意味はあると思います。

取材後記

 「日本語」や「大和言葉」について大変興味深いお話をしてくださった上野さん。特に「日本語のしなやかさ」については目からうろこが落ちるような思いで聞いていました。言葉は常に変わっていくものであり、正しいか正しくないかという視点も大事ですが、それよりも「楽しく深みのある」ものとして言葉を学びたいと思いました。

(金井元貴)

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