インタビュー
» 2015年07月28日 06時00分 UPDATE

芥川賞作家の考える「文体」――小野正嗣インタビュー (1/2)

[新刊JP]
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 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!

 今回は、新刊『水死人の帰還』を刊行した小野正嗣さんが登場してくださいました。

 小野さんといえば2015年1月に『九年前の祈り』(講談社/刊)で第152回芥川賞を受賞したのが記憶に新しいところですが、『水死人の帰還』は未発表だった「ばあばあ・さる・じいじい」から2009年に発表された「みのる、一日」まで、長期間にわたる創作が収録された作品集。小説を書き始めたころから現在までの、小野作品の変化を味わうことができます。

 1996年のデビューから19年。小野さんの文学はどのようにスタートし、築き上げられていったのか。たっぷりと語っていただきました。

「フランス語の中で暮らしたりした経験が、「距離感」を作っていった」

新刊『水死人の帰還』を刊行した小野正嗣さん 新刊『水死人の帰還』を刊行した小野正嗣さん

―― 小野さんの新刊『水死人の帰還』についてお話をうかがえればと思います。この作品集にはデビュー作の『ばあばあ・さる・じいじい』(1997年)から、2009年の『みのる、一日』まで、長期間にわたる作品が収められています。

 刊行にあたって、各作品を読み返されたかと思いますが、特にデビュー前後に書かれたものについてどのような印象を持たれましたか?

小野 いろいろなイメージや思念のようなものを、すごく詰め込んで書いているなという印象ですね。読み返してみて驚くくらい、息が詰まるというか、濃密な文章で書かれていました。

 今だったらこんな風に書くかな?と思いますが、またこういう文体で小説を書いてみたいという気持ちもあります。

―― デビュー当時と今とで、小説家としてのご自身に変化は感じられますか?

小野 今回の本に入っている『ばあばあ・さる・じいじい』と『夜神楽』を書いた当時は、生まれ育った大分を離れて東京に住んでいました。それ以降の作品はフランスに留学した後のものなので、そこで暮らしている間に見聞きしたこと、読んだものの影響があると思います。

 僕はずっと自分の故郷の土地をモデルにして小説を書いてきたのですが、その故郷への「距離感」が、フランスに行った前と後ではやはり違っていますね。

 もちろん、それは今でも作品ごとに変化するものではあるのですが、最初の2つの作品はあまり距離感がなくて、まだ故郷の土地の内部にいる感じです。実際は東京にいても、地方のある種濃密な人間関係や、入り組んだ地形の中で書いているようなところがある。それが留学を経験することで、少しずつ距離が出てきた。一度遠い場所に離れることが自分にとって重要だったんだと思います。

―― 故郷から離れることで、客観的に故郷を見ることができるということがよく言われますが、小野さんにとっては東京に出ただけではまだ不十分だった。

小野 そうかもしれません。留学中にパリ第8大学の教授で詩人のクロード・ムシャールさんに出会ったのが大きくて、彼との交流を通じて世界のさまざまな文学をフランス語で読んだり、フランス語の中で暮らしたりした経験が、「距離感」を作っていったんだと思っています。

―― 今おっしゃった『ばあばあ・さる・じいじい』と『夜神楽』は、非常に息の長い文体が特徴的です。読点で区切られつつ、長く伸びていくというのがどことなく外国語っぽさを感じさせるのですが、実は留学前に書かれた作品なんですね。

小野 留学前で日本にいたころに書いた小説の方が、文体が外国語っぽいというのは面白いですね。

 例えば「フランス語らしい文体」っていうのは、もともとフランス語を母語とする作家が書いていたわけですよね。僕の母語は日本語ですから、日本語で書いているときは自由度が高くて、日本語に負荷をかけるような書き方をしても大丈夫なんだという感覚がありました。それでああいう息の長い文体になったのかもしれません。もちろん本当は、母語だからといって自由度が高いわけではないのですが。

それと、僕の生まれ育った土地というのが、リアス式海岸で、海岸線が曲がりくねったすごく入り組んだ地形をしているんです。その土地の形を文体で模倣しようとしていたのかもしれないなと、今思いました。

―― 文体ということでいうと、先日芥川賞を受賞されたときの会見で「作品の内容が要請してくる文体がある」ということをおっしゃっていました。この「作品が要請する」という感覚はどのようなものなのでしょうか。

小野 書きながら、「これは違うな」と思うことがあるんですよ。あるべきところに言葉が収まっていない感じです。そういう感覚が少なくなる方向で書いていくのですが、これじゃない、これでもないとあれこれ探しているうちに、座りのいい表現に当たることがあって、そういうときは「ひょっとしたらこれかな?」と感じる。それが作品の要請している文体なんじゃないかなと思います。

―― 「これだ」というのではなく「こうじゃない」を排除していくことで文体ができていく。

小野 そうです。次の一文で悩むこともありますし、ある程度書いた後に「違うな」と思って書き直すこともあります。全部消して最初からやり直すこともありますし。

 ただ、さっきの「息の長い文体」ということだと、書きながら自分もどこに着地するか分からない面白さがあります。後で読み返してみて「何じゃこれは?」と思ったりすることもありますが。

小さくて、風変わりな土地に生きる人を描く

芥川賞作家が舞台とした「浦」とは 芥川賞作家が舞台とした「浦」とは

―― 生まれ育った土地である「浦」を舞台に小説を書かれている小野さんですが、そう思ったきっかけはどんなことだったのでしょうか。

小野 大学に入って、全国のあちこちから出てきた人と友達になって話をしたり、先生と話をしたりするようになると、それぞれ出身地の話をしたりするじゃないですか。それで僕が自分の出身地の話をすると、みんな面白がって聞いてくれる。そのうちに、「自分の田舎は実はちょっと変わった場所なんじゃないか」と思うようになったんです。

 そういうことって、その土地に住んでいるうちはなかなか分からないことですよね。よそからきた人と話すことで、だんだんと自分自身が生まれ育った土地を「発見」していく。僕の場合もそうで、いろんな背景を持つ人と話すうちに、自分の生まれ育った土地には物語の種がたくさんあるんだということが分かってきたので、それについて書いてみたいと思ったんです。

―― それまでは普通だと思っていたものが、どうやらそうではなかったというのが分かってきた

小野 そうですね。でも、僕にとっても東京などの都市部で生まれ育った子の話は新鮮でしたよ。

 違ったバックグラウンドを持つ人が話すことで、お互いが自分を発見するというのは小説を読むことともつながっていて、いろんな友達や先生から「こういう面白い小説があるよ」と紹介してもらったものを読んでいるうちに、自分自身興味をひかれるものが、ある小さな土地を舞台にして、そこに生きる人たちの姿を描いた作品なんだと分かってきた。

 有名なところでは、ガルシア=マルケスだとか大江健三郎、中上健次の小説ですね。そういうものが僕にとっては面白かったんです。それもあって、僕も風変わりな土地に生まれたようだし、そこを舞台に書いてみよう、となりました。

―― 「小さな土地に生きる人々」を描いた文学というと、今挙げられたような偉大な作家が思い出されます。こうした作家の作品は小野さんが小説を書くうえでの道しるべになりましたか?

小野 小さな土地を舞台にした小説はいろんな作家が書いていて、フォークナーもガルシア=マルケスも素晴らしいけれど、自分がマネをしても同じように書けるわけではありません。

これは、さっきの「これじゃない」という文体の話と似ていて、自分は彼らのように書けないということが分かったからこそ、「これではないもの」ということで自分の書くべき道が見えてきたところはあります。そういう意味では道しるべになったと思っています。

―― 『水死人の帰還』のお話に戻りますが、ほとんどの作品に登場して「浦」の人々を困らせる猿が憎らしくもユーモラスでした。

小野 これは本当にそうで、山から猿が下りてきて悪さをするんですよ。この本に出てくるのは大体が僕がばあちゃんから聞いたようなことに尾ひれはひれがついたものなのです。「ばあばあ・さる・じいじい」の猿が民家に入ってきて仏壇の桃を食べてしまうエピソードは実話です。

田舎ということもあって泥棒などはいない前提で暮らしているので、家に鍵を掛けないんですよ。だから近所の人が勝手にあがりこんで仏壇に線香をあげたりするんですけど、ある時電気がついていない暗いなかで仏壇のところに何かいるから、どこかのお婆さんが線香をあげにきたのかなと思って電気をつけたら猿が供え物の桃を食べていた(笑)。

 僕自身は猿からひどい目にあったことはないんですけど、子どものころは「目を合わせたら襲われるから目を合わせないように」と言われていましたね。

―― 表題作の『水死人の帰還』は「オジイ」の記憶や実際にあった出来事が混然と描かれていてすばらしかったです。こういう書き方というのは計画してできるものなのですか?

小野 先の展開などはあまり考えていません。記憶って思った通りによみがえらないですし、思い出したくもないことをいきなり思い出してしまったりするものですよね。それを書きあらわそうとして、頭に浮かんだイメージをそのまま描写する感じになりました。

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