インタビュー
» 2015年05月01日 10時00分 UPDATE

渋谷をマンガ文化発信の地に、マンガサロン「トリガー」が目指すもの

クラウドファンディングで目標金額の800万円を達成し、6月のオープンが決まったマンガサロン「トリガー」。運営を担当する「サーチフィールド」の代表・小林琢磨さんに聞いた。

[宮澤諒,eBook USER]

 マンガは日本が誇る文化だ。「かめはめは」はどこの国へ行っても通じるし、コスプレイベントや、日本の作家が参加するマンガフェスタを開催する国だってある。

 だが、そのマンガを熱く語り合える場が、日本にはまだまだ少ないのではないだろうか。

 マンガを読める場所としてまず思い浮かぶのはマンガ喫茶だろう。しかしそこでは、個室にこもり、一人黙々とマンガを読むことしかできない。巨人の謎について議論できる相手はそこにはいない。

 今年6月、東京・渋谷にオープン予定のマンガサロン「トリガー」は、渋谷、そして日本に新たなマンガ文化の旋風を巻き起こすかもしれない。

 同サロンのオープンに向け3月18日に開始されたクラウドファンディングは、目標金額の800万円を約1カ月で達成。レビューサイト「マンガHONZ」がプロデュースするこの店は、3000タイトル、1万冊以上のマンガをそろえ、マンガ専門のコンシェルジュがその人に合ったマンガをお勧めするのだという。

 トリガーの運営は、マンガHONZのレビュワーでもある小林琢磨さんが代表を務める「サーチフィールド」。トリガーとは一体どういう店なのか、なぜ渋谷なのか、何を目的としているのか、小林さんに聞いた。

サーチフィールド代表取締役社長・小林琢磨さん サーチフィールド代表取締役社長・小林琢磨さん

ネットだけでは1人1人に向き合えない

―― クラウドファンディングをスタートするまでの経緯を教えてください。

小林 僕は現在、マンガHONZでマンガのレビュワーをボランティアでやらせていただいています。マンガHONZは、「あまり知られていないけど素晴らしいマンガを、レビューの力で売っていく」ことを目的に立ち上げた団体です。

 参加して1年ぐらい経ったときに、レビューの力だけでは訴求に限界があると感じるようになりました。マンガの新刊は月に1000冊ぐらい出ていますが、そのすべてが全国の書店に置かれることはないですよね。

 そういったマンガをもっと発信できる場、とりわけリアル店舗をマンガHONZで運営できないかという検討を始めました。しかし、マンガHONZはボランティア集団ということもあり、店舗を構えるのは難しいとの結論に至った。そこで、僕が代表を務めるサーチフィールドの新規事業の1つとしてスタートすることにしました。サーチフィールドが運営を、マンガHONZがプロデュースを担当しています。

マンガHONZでは、マンガ好きなボランティアレビュワーによって日々熱いレビューが発信されている マンガHONZでは、マンガ好きなボランティアレビュワーによって日々熱いレビューが発信されている

―― ネットだけではマンガをお勧めすることは厳しい?

小林 マンガHONZだけでも、過去に1本のレビューで4500冊のマンガを売った実績があります。でも、やはりネットだけではレコメンドすることが難しく感じることがあるんです。

 例えば、あるAという人には響くレビューでも、Bという人にはそれが響くとは限らないですよね。ネットだと1人1人に向き合うことができないので、どうしても一方通行の情報ばかりになってしまうんです。

 でもリアルの店なら、お客さんから好きなマンガをヒアリングすることで、その人に合った作品をお勧めすることができる。マンガHONZではできないことを、トリガーで補完して相乗効果を生めればと思っています。

―― トリガーを通じてお客さんに何を提供していきたいと考えていますか?

小林 “知らないマンガに出会う喜び”ですね。トリガーは、知らないマンガに出会うきっかけ――つまり“トリガー”になることを目的としています。

 また、トリガーでは、マンガを全巻置くようなことはしません。最大でも3巻まで。お勧めした作品を3巻までお試しとして読んでいただいて、続きが気になった作品は購入してもらえればと考えています。その代わり、なるべくたくさんのタイトルを置くつもりです。書店さんのように取次を介して本を仕入れるのは難しいので、ネットで購入していただくか、店内で先払いの予約をしていただき、後日郵送するような方法などを考えています。

―― 店内でお勧めされた本を試し読みでき、気になった本はその場で注文できる。しかも、レコメンドするのはマンガHONZのマンガ読みたち。発信地を渋谷としたのはなぜでしょう?

小林 渋谷はカルチャー発信の地で、マンガは日本が誇る文化の1つですが、渋谷と聞いてもマンガをイメージする人って少ないですよね。

―― 若者の街、ファッションの街、音楽の街という感じですね。

小林 だからこそ渋谷にマンガ文化を根付かせたいんです。

 渋谷=マンガというイメージが根付けば、それこそ世界中にマンガをもっと発信できると思いますし、いまの若い人たちにももっとマンガを読んでもらえるようになると思うんです。

 ちょっと前までは電車で雑誌やマンガを読む人を見掛けましたけど、いまって皆、スマートフォンを持ってLINEやゲームをしてたりしますよね。そういった人たちにもう一度マンガを手にして欲しいと思います。

マンガを読んで人生が変わるという体験をしてほしい

―― マンガをレビューする立場の小林さんですが、自身がマンガに影響を受けたことや、それにまつわるエピソードなどはありますか?

小林 僕はいつも大切なことはすべてマンガから教わったと公言していますが、そもそも起業しようと思ったきっかけがマンガだったんです。

 大学時代は教師を志していました。きっかけとなったのは、日本橋ヨヲコ先生の『G戦場ヘヴンズドア』というマンガです。「人生には勉強よりもっと大切なことがある」ことを教えたくて勉強していたのですが、教育実習で「教師は生徒がテストで点数を取れるように教えていればいいんだから」というようなことを言われてしまって……。それで教師の道を諦めてしまったんです。

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 僕が教師になろうと思ったのも、大事なことを発信していきたいというのが根底にありました。当時はバンド活動もしていましたが、才能がなくてプロにはなれなかった。でもバンド活動をする中で、本当に才能があるのにチャンスがつかめなくてプロになれない人をたくさん見てきて、自分が発信者になるんじゃなく、そういう才能がある人たちを支援することで一緒に発信していきたいと思うようになったんです。

 その後、うめ先生の『東京トイボックス』に出会いました。作中で描かれるチームで物を作っていく姿に心を打たれ、こんな風にクリエイターを支援する会社をいつか立ち上げようと考えるようになりました。それがいまの会社、サーチフィールドです。

 自分の人生の契機がマンガに影響されている部分もすごくありますし、いまの自分のアイデンティティを作り上げたのがマンガによる部分が大きいと感じます。

―― ほかの人にもマンガを通してそういった体験をしてほしい?

小林 青臭いかもしれませんが、マンガや映画、ドラマなどのエンターテインメント作品に教育的な要素を見出すなら、その時に出会わなくちゃいけない作品ってあると思います。読者の需要と作品の供給が重なり合う時というか、作品の効果が最大限になる収穫時期のような“読みどき”というか……。

 例えば、『ライ麦畑でつかまえて(The Catcher in the Rye)』は名作ですが、極端なことをいうと、少年の心を忘れて読んだ場合、下手したら「ただ家出して帰ってくるだけじゃん」とか思ってしまうかもしれません。しかし登場人物と同じ10代の渇望には衝撃的で、読む前と読んだ後では考え方がまったく異なってしまうような影響力がある。僕の場合は、「G戦場ヘヴンズドア」や「東京トイボックス」に、もっとも“読みどき”のときに出会いました。ものすごく幸運なことだったと思います。

 魂を揺さぶる作品と出会うことが、運命を変えるきっかけになる。映画を見て人生が変わった人とか、小説を読んで人生が変わった人がたくさんいるように、マンガにもそういった力があると思うし、僕自身がそうした経験をしてきたこそ、マンガを読んで人生が変わるというトリガーを僕らが作っていけたらと思っています。

―― 小林さんは作品を電子書籍で読まれたりもしますか?

小林 個人的には電子書籍にすごく可能性を感じでいます。マンガは電子書籍を中心に買っていますね。

―― 紙と電子書籍はどう選り分けしているんですか?

小林 基本的に電子書籍で買いますが、ものすごく好きな作品の場合は紙でも買います。電子書籍を利用することで圧倒的に読書量が増えました。特にKindleなどは下手したらポケットに入りますし、すきま時間に読むのに重宝します。

 マンガ業界と音楽業界は似ている部分があると思っていて、無料で音楽を聞けるようになったことで、音楽業界はライブに注力するようになってきた。マンガでいえば、ライトユーザーにとっては読むのは電子でも紙でもいいと思うんです。でも、コアなユーザーは紙でも読みたいと思っている。

 僕が考える電子書籍の問題は、まだまだ紙の本との同時発売ができていないこと。いろいろな理由はあるかもしれませんが、紙のマンガを売っていくためにも電子書籍をもっと売っていく必要があるんじゃないかと思っています。

理想は媒体にとらわれずあらゆるマンガを提供すること

―― トリガーでは電子書籍も読めたりするんでしょうか。

小林 はい。タブレットごとの違いが分かるように、KindleやKobo、iPadなど多数の端末を用意するつもりです。理想は紙のマンガだけじゃなく、マンガアプリだったり、Webコミックだったり、電子書籍限定のものだったり、すべてのマンガを読めるようにすることです。

 出版社じゃないからこそできることもたくさんあると思っています。あくまでも僕たちは場所を提供する側。外ではいろいろ販売競争などあるかと思いますが、トリガーの中では皆仲良くしていけたらいいなと考えています。

―― 内装で特徴的なところはありますか?

小林 本棚を天井に届くような形で設置します。ハシゴを上って本を取るみたいな形で。

―― そういう棚って本好きにはたまらないですよね。

小林 そうなんですよね。トイレに続く扉も本棚の後ろに隠してあって、本棚を横にスライドさせるとトイレまでの道が現れるような作りにする予定でいます。あとは、落ち着いた大人の雰囲気を演出したいので、テーブルなどにもこだわっています。女性が一人で来られるような店にしたいですね。

rmfigt5.jpg トリガーの内装予想図

―― もしかしてマンガをイメージした料理などもあったり?

小林 メニューとして提供するかは検討中ですが、月に1回、マンガ飯イベントのようなものを開催予定です。料理マンガとコラボして、作品に出てきた料理を店で出したり。

―― 最近料理系のマンガが人気ですし、面白そうですね。1人で楽しむというよりは、お客さん同士で交流する場として考えられているんでしょうか。

小林 基本的にはバースタイルなので、友達同士で来てもらうというよりも、マンガ好き同士をマッチングさせられるような場所にしたいですし、その手伝いができたらと思っています。

―― 「B&B」や「森の図書室」の影響も少なからずあるのでしょうか。お酒が飲めて、本を自由に読むことができてと。

小林 B&Bや森の図書室は本当に素敵な場所で、僕もいちユーザーとして足を運んでいますが、そのマンガ版を作りたいなという思いはありました。

 僕らがやっていることは、マンガ好きの夢を実現することなんです。マンガ好きが心の底から楽しめる場所にしたい。マンガ好きが「やっぱこれだよね、こういうお店を待っていたんだよ」といいながらお酒を飲める。そういう場所を目指したいと思っているので、楽しみにしていてください。

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ストレッチゴールを設定

 クラウドファンディングでは、支援金額を1000円から100万円まで9段階に分けて用意。金額に応じて、店に置くマンガのタイトルを選ぶことができたり、レセプションパーティーに参加する権利が得られたり、マンガHONZメンバーが支援者のために選んだ本をプレゼントしてもらえたりする。

 また、クラウドファンディングは達成したが、5月20日の終了に向けて新たにストレッチゴールを設定。900万円〜1500万円まで100万円刻みになっており、店内の椅子やソファーをグレードアップしたり、蔵書タイトルを3000から3500に増やしたり、1500万円に達するとイベントスペース専用の別館まで用意するという。

rmfigt4.jpg 900万円達成で制作されるマンガは、支援者全員にプレゼントされる

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