科学技術とSF――2人のSF作家は語る、その過去・現在・未来を藤井太洋×長谷敏司 対談(3/3 ページ)

» 2015年04月07日 07時00分 公開
[宮澤諒eBook USER]
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二人が電子書籍に期待することを激白

長谷 Googleで検索してすぐに分かってしまうような嘘はつけないですよね。

藤井 そうですね。検索する分にはすごくありがたいんですけど。

長谷 GoogleとWikipediaでツッコミが入らないようにしようとは思っています。

藤井 Kindleで電子書籍を読んでると、単語に触れるだけでWikipediaに飛べたりするじゃないですか。やばいな……って思いますよ(笑)。

長谷 やばいですよね(笑)。でもそれも一種、人間の知能の進歩だと言えます。端末が1つあればそれぐらいのことは誰でもできてしまうわけで。人間と本という関係で見るとそれも悪くないんじゃないかな。いまの小学生の読者なんかは、そういう電子書籍から検索が当たり前になってきている世代だと思います。

―― 長谷さんはTwitterでKindleについて言及されてましたよね。お父様にKindleをプレゼントしたものの、ページめくりはできても、新しく本を開くのが難しいと。いろいろ機能が付きすぎて、便利になったからこそ使いにくい人もいるということが書かれていました。

長谷 便利というのはつまるところ、読者がやりたいことを実現する機能と、端末を販売する会社にとってマネタイズにつながる機能が総合的に入っていることだと思うんですが、高齢になって自分の能力が限定されるようになると、それだけの機能が重たくなるんですよね。

 Kindleは買った人が自分で使うことを想定した端末であって、ユーザーがインターネットを使えないことを想定していないわけです。今まで紙の本しか読んだことがなかった人にプレゼントするものとしては専用端末は難しいんですよ。

 紙の本っていうのは、めくって文字を読むだけというシンプルなインタフェースなわけで。めくるという手段だけで本の最初から最後まで読めるじゃないですか。本棚から本を取ってきて、ページを開くというのも本に特化した手段ではない。欲しいものを取ってきて手に持つのは子どものころからやっていることであって、本を読むとき以外にもやる一般性の高い動作。電子書籍は読むために覚えなければならない操作が多すぎて、まだ一般性を獲得しているとは言い難いんです。

藤井 車に乗れる乗れないくらいの違いがあるんじゃないかな。私は自動車免許を持っていないんですけど、それぐらい電子書籍はハードルが高いものだと思っています。

 Kindleストアにアクセスして自分で電子書籍を買える人、というのが対象の最低ラインになっているのは間違いなくて、逆にそれができる人であれば高齢者でも使える。

長谷 電子書籍に関しては、そこのところの問題を解決しないと一定以上の人には広まっていかないと思いますね。そこを突破できる端末だったりが出てくると、少なくとも本を本棚に置いたりっていう管理方法は間違いなく電子書籍の方が楽なはずなので。

―― そうした状況に、現在何かアイデアをお持ちでしたらお聞きしたいです。

長谷 少なくとも、要らない機能をカスタマイズして使えなくするようにしてほしいです。例えば、Kindleの日替わりセールの画面を消したり、電子書籍を読み終わって閉じたら、次に開いたときには1ページ目が開くようにするとか。

藤井 何開いても奥付けが表示されるんですよね(笑)。

長谷 そうなんですよ。だからスワイプでページをめくるっていうのが分かっても、奥付けから先はまた操作方法が変わってくるので、慣れていないとそこで行き詰ってしまう。それこそSiriみたいな感じでAIを搭載すればいいのにとか思ってます。本を読みたい人って活字を読みたいのであって、電子書籍の操作がしたいわけじゃないんです。高齢者は今後も増え続けるわけで、もっと高齢者でも使える端末になっていってほしい。と、入院中の父にKindleを差し入れてみて思いました。

藤井 そういった意味では電子書籍はまだまだな部分は多いですけど、ちょっと改善するだけで急激によくなったりもするんです。

 例えば最近ですと「X-Ray」に対応したノンフィクション作品は、索引を見ながら読んでいるような感覚です。いままでの紙の本にないような索引の形になっている。欲を言えば、「〜をしたいときには」みたいに設問に対して答えてくれる指南的な索引が出てほしいですね。あと、小説の場合はネタバレが含まれてしまうのでできればやめていただきたい。「○○は撃ち殺された」とか(笑)。

長谷 本の概要を掴むという意味でもX-Rayってすごく使えますよね。重要な言葉がどのページに登場するのかが分かると、何も知らずに頭から読み進めるよりも理解が早まる。

藤井 小説に関して言えば、もっとエンターテイメント性を重視してほしいですね。例えば3日ぶりに作品を開いたとして、そこまでのあらすじが表示されるようになってほしい。章ごとにあらすじのデータを差し挟んでおいて、数日間後に開いたときにそれが出てくるみたいな。長い小説を読んでいて間が空くと途中で挫折することもあって、紙の本だと前の部分をペラペラとめくれば何となく分かると思うんですけど、電子書籍だとそれも難しいので。

変化する世界の中でSF作家に求められるものとは

―― 年々、技術進歩のスピードが増していると感じているのですが、お二人は技術の進歩に対してどのようにお考えなのか、SF作家という視点でお聞きしたいです。

藤井 いや、スピードが上がっているというよりトレンドがものすごい勢いで変わっているんですよ。

 例えばGoogle Glass。2〜3年前にはあの方向性で流行るって皆が思っていたじゃないですか。でも今年になってGoogleが一時的に撤退したことで、今度は「Oculus Rift(オキュラスリフト)」の存在感が増してきた。技術が革新的に進歩しているわけではなくて、トレンドが急速に変化するんです。なので、そのコアの部分だけは押さえるようにしています。

 「Gene Mapper」でいうと、高精度のバーチャルリアリティをコンタクトレンズ越しに投影するというアイデアが登場するんですが、コンタクトレンズという現実にあるものをそこに持ってきたのは、さっき言った手触りが伝わるからなんです。

 「Gene Mapper」の中には、さらにより進んだ拡張現実を投影するためのスーツがあったり、そうかと思えば発展途上国の人たちはグラス状のもの使用している。この3世代の技術を1つの作品の中で描いたことで、主人公たちが普段使っているコンタクトレンズによる拡張現実というものが、どういう経緯を経て作られて、将来的にはどうなっていくのかということが伝わるわけです。

長谷 技術が進歩することで、そういう使える技術のストックが増えていくのは大変ありがたいことです。あと、こんなことをいうと読者さんに怒られるかもしれないですけど、作家としては古い作品がどんどん古くなっていくのはいいことなんですよね。新しいものを買ってもらわないと困るので(笑)。

 僕は世界が変化していく中で、この作家はどういう問題意識を持って小説を書くのかっていう期待をされたいと思っているんです。仮に世界が変化しないのなら、それは過去に書かれたSF小説を読んでいればいいわけだし、新しい状況なったり新しいものが出てくるからこそ、読者の人たちに、この人はこの時代にどういう作品を書くんだろうっていう風に期待してもらえる。それはSF作家としてはありがたいことだし、そういう期待のされ方をしてもらえる作家でありたいと思っています。

藤井 素晴らしいですね。ジョー・ホールドマンという米国の作家がいますけど、『終わりなき戦い』という作品でベトナム戦争時の米国の情勢に対する強烈な風刺を書き、『終わりなき平和』という作品では遠隔操作する無人兵器機の登場を受けて、複数人で操る歩兵兵器を描いている。そこには現実の戦場を知っているホールドマンによる強いメッセージが書かれているわけですが、私もそういった形で、変わっていくことに対して常にメッセージを出し続けられるような作家でいたいと思います。

『終わりなき戦い』(ジョー・ホールドマン) 『終わりなき戦い』(ジョー・ホールドマン)
『終わりなき平和』(ジョー・ホールドマン) 『終わりなき平和』(ジョー・ホールドマン)

 現実に対してメッセージを届けるという点では、SFというのは大変強力な手段なんです。真摯(しんし)に考え抜かれたシチュエーションであれば、突飛なものであっても物語として提供できて、それを読んでくれる人がいる。そういう意味で素晴らしい表現ジャンルだと思いますね。

 ISILや原発の問題を一般小説で取り上げようとすると大変苦労すると思う。でも、SFというジャンルでは、もちろんSFなりの苦労はありますが、もう一度状況を分解して再構成することで新しい世界を作り、問題について問いかけていくのは比較的スピーディーにやれると思います。

長谷 取材を綿密にするとなると1年どころじゃ済まないでしょうけど、その辺はSFのスピード感というのはありがたいですね。

 SFっていま起こっていることや、これから起こることに対して非常に小回りが利くし、テクノロジーと関係することならだいたいどんなことでも接触できるので。

藤井 日本にはSF小説を出してくれる出版社がいくつもあるのはありがたいことですよね。

長谷 そうですね。それにSFファンじゃなくても、話題になったSF作品などは一般の読者でも読んでくれる。伊藤計劃さんの作品も、ここまで広く若い世代に読まれるっていうのはすごいことだと思うし、同ジャンルの作家としてありがたいことです。

作者による二次創作支援という可能性

―― 長谷さんは自著『BEATLESS』の二次創作をやりたい人向けに、アナログハック・オープンリソースと呼ばれる作品のデータをまとめたものを作られていますが、改めてどういったものなのか教えてください。

膨大な資料が置かれている「アナログハック・オープンリソース」

長谷 何が作品の寿命を決めるのかという話ですね。作品は絶版になったときに寿命を終えるのか、それとも――という。

藤井 話を初めて聞いたときに、「ああ、やるんだ」って思いました。というのも、私も「Gene Mapper」のセルフパブリッシング版では、買ってくれた人に対してクリエイティブ・コモンズの一次原稿を提供していたんです。二次創作をやりたければ使ってくださいと。本来ならキャラクターシートやプロット、舞台設定などをオープンにできればよかったんですけど、かなり面倒くさいんです。だから長谷さんがやられているのを見て感心したんです。

長谷 あれは実験なんですよ。物語に対してお金を払ってくれたり、二次創作をしようというのは、物語のどこに価値を感じてそうするのか。それを知りたいというのが、あのオープンリソースを始めたもともとの理由です。オープンのルールなので、商業の一次創作もできるように門戸を開いてあります。触発されて作るのは一次創作もそうですし。

藤井 理想的な方法だと思いますね。設定を公開して、二次創作として使っていいものといけないものを明示する。原作の安易なコピーをさせず、二次創作を安全に楽しんでもらうにはこの方法しかないわけです。

長谷 あのサイトは、僕と版権担当者の間で意思疎通はあるものなので、いまのところ1年、2年スパンでは維持できています。けど、もしも人が変わってもこれが5年、10年と維持していけるのか。オープンリソース自体の寿命はどれくらいなのかというのも世界中に前例が見当たらないので、これから試していくしかないですね。

 SFって作品作るのにいろいろと手間が掛かるので、もしアイデアを思いついて、でもそれを補足するためのデータが必要になったときに、勢いでそのまま書けないことも多い。オープンリソースに使えるデータがあれば使って欲しいし、そういうサポートになればいいなと思っています。

藤井 長谷さんのような熱意をもってオープンリソースを公開できる作家はなかなかいないんじゃないかな。

長谷 でも、20年後、30年後にはAIが自動でオープンリソースを作ってくれるようになるかもしれないですね。そうしたら、昔の人はこんなめんどくさいことを本人が自力でやってたのかって思われそうですけど(笑)。

受賞作を手に
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