インタビュー
» 2015年02月10日 13時00分 UPDATE

「女性」を描き続けてきた30年間――唯川恵さんインタビュー

出版界の最重要人物にフォーカスするベストセラーズインタビュー。今回は、短編集『逢魔』で初の時代小説に挑戦した唯川恵さんにお話をうかがいました。

[新刊JP]
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 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。今回は、短編集『逢魔』(新潮社/刊)で初の時代小説に挑戦した唯川恵さんです。

 恋愛小説の名手として知られる唯川さんですが、本作は“恋愛×官能×時代物”。「牡丹燈籠」「番町皿屋敷」「源氏物語」など日本の古典文学作品をベースに艶やかな言葉でつづられる官能的な物語世界に、思わず引き込まれてしまうはず。身分違いの恋や、魔との邂逅などを描いた8編の作品が収録されています。

 今回は唯川さんに本作『逢魔』の内容を中心に、恋愛について、作家活動についてお話をうかがいました。

(新刊JP編集部/金井元貴)

「女性」を描き続けてきた30年間

「女性」を描き続けてきた30年間――唯川恵さんインタビュー 「女性」を描き続けてきた30年間――唯川恵さんインタビュー

―― まずはデビュー30周年、おめでとうごうざいます。30年間の作家活動の中で、どのような変化を感じてきましたか?

唯川恵さん(以下敬称略) ありがとうございます。小説を書くということは変わらないけれど、例えば原稿用紙に手で書いていたのがワープロになり、さらにパソコンになりという手段の変化はありましたね。また、原稿を送る手段もFAXになり、メールになりという風に変わってきました。

―― 小説のテーマとしてはいかがでしょうか。

唯川 駆け出しのころに、いろいろな女性を書きたいと考えていたのですが、それは30年間変わっていませんね。テーマというほどの使命感を持っているわけではないのですが。

 わたしはよく恋愛小説の書き手だと紹介されることが多くて、それは大変ありがたいことです。でも、女性を描くという上で、生きていれば、恋愛だけではなくていろいろなことが起こりますよね。仕事もあるし、家族のこともある。友人との葛藤もあるはずです。もちろん人生において、恋愛は大きな要素ではあるけれど、それを含めた女性の生き方を描きたいというのがあったんです。

―― 本作『逢魔』は、日本の古典作品をベースに唯川さんがアレンジを加えた短編集です。昔の日本の言葉遣いの鮮やかさが映える文体ですが、まずタイトルの『逢魔』という言葉がとても官能的です。

唯川 最初の短編を書き始めたときから全編通したタイトルを考えていたのですが、なかなか決まらなかったんです。それで、「ろくろ首」をモチーフにした『悪魔の甘き唇』という短編の一行目に「男が現れたのは逢魔が時である」という言葉が出てきて、「あ、『逢魔』っていいな」と思ったんです。物語すべてに共通するのは、「魔と出会う」ことですし。

―― 「逢魔」は夜になる瞬間という意味ですね。

唯川 時間的な意味合いももちろんあるし、人間の世界ではない、何か異形の世界に足を踏み入れるような意味だったり、もしくは人生の日の当たらない部分をのぞきみるような、そんな感じもします。

―― 装丁は桃色を基調に魅力的な装画が載っています。

唯川 これは「怪猫伝」をモチーフにした『漆黒の闇は報いる』を書いたときに、画家の新井由木子さんに描いていただいた挿絵なんです。とっても素敵だったので、そのときから単行本にするときには、ぜひ装丁にこの絵を使いたいとお願いしていました。

―― 『逢魔』は唯川さんにとって初めての時代小説となるそうですが、どうして時代小説を選んだのでしょうか。

唯川 1つ大きな理由としてあるのが、現代の恋愛小説を書くことに息苦しさを感じていたところがあります。現代の女性を描くとしても、その人を取り巻く環境や状況がとても複雑になっていて、それを無視することができません。

 例えば若い女性を主役に据えた場合、例えば就職難であったり、貧困であったりというのも1つ大きな要素として出てきます。どうしても恋愛に主軸を置きにくくなるというか、窮屈になってしまうんです。思いきり男女の恋愛を書くというのが難しい。また、若手の作家たちの小説を読んでいると、かなわないなと思うところもある。そんなことを編集者さんたちと話している中で、「時代物を書いてみたらいかがですか?」と言われて。

―― 新しいジャンルに挑戦することに、気負いはないのですか?

唯川 それはなかったですね。むしろ楽しかったですよ。時代物を書くときは、たくさんのことを調べるんですね。その時代ではどういうものを食べていて、時間感覚はどうで、どういうお店があったのか。そういった調べる経験はあまりなくて、初めてすることが多かったのですが、調べて理解して書くって難しいことではないんだなと思いました。

「恋愛はそもそも理不尽で傷つけあうもの」

 「恋愛はそもそも理不尽で傷つけあうもの」 「恋愛はそもそも理不尽で傷つけあうもの」

―― 本作もそうなのですが、時代物の作品は言葉遣いがとても多様ですよね。

唯川 そう思いますね。今は花柳界に行かないとこんな情緒ある言葉はなかなか聞く機会はないのでしょうけど、言葉一つとっても、時代が変わればこんなに色っぽく書けるのだなと思いました。

 例えば性行為そのものも、今は「セックス」という言葉でだいたいひとくくりにできますけど、昔はいろいろな言葉があって使い分けができていたんですよね。

―― こんなに「まら」という言葉が出てくる小説はなかなかないと思います。ただ、「まら」は男性器を指す言葉だというのは知っていましたが、「ホト」は分からなかったですね。

唯川 そうだと思います(笑)「ホト」は女性器を指すのですが、そういう日本語があるんですよね。

―― 男性と女性の恋愛のみならず、女性同士の交わりのエピソードもあります。

唯川 「番町皿屋敷」の加代と菊の話ですね。「番町皿屋敷」はとても有名な話ですが、実はその作品自体に色っぽい話はないんです。だから、自分なりにアレンジを加えて、女性同士の恋……昔の言葉では「合淫」というのですが、その要素を加えました。今までは0からストーリーを考えていますが、この短編集は1をどう広げていくかという作業だったので刺激的でしたね。

―― 「合淫」という言葉もそうなのですが、昔の表現は艶やかで妄想がかき立てられますね。

唯川 先ほど「ホト」と「まら」の話が出ましたが、女性器と男性器も調べていくいろいろな言葉があって、それこそ地方によっても、時代によっても違うんですよね。現代の方が、言葉があふれていると思うのですが、表現という意味ではかなりしぼられていると感じました。

―― この8編の短編、すべて魅力的な作品ですが、男性目線でいうと「山姥」をモチーフにした『真白き乳房』が好きでした。

唯川 あ、やっぱりそうなんですね(笑)実は「山姥」が好きという男性が多いんですよ!

―― すごく分かります。主人公の吾助と息子の草太、どちらも感情移入できました。

唯川 なるほど。今の男の子たちの感情は吾助に近いのか(笑)。

―― 吾助は草食系なところがあって、山姥の誘惑に対して必死に抵抗しようとするけれど、あの感覚がすごく分かるんです。

唯川 わたしはあの作品を書いていたとき、男性にとって母親という存在はとても大きくて、その母親を象徴するものが乳房なんだろうなと考えていました。でも、とてもエッチですよね(笑)それとね、「山姥」って日本の代表的な伝承の1つですけれど、実は日本中に散らばっているんですよ。

―― その土地ごとに山姥がいる。でも、それぞれの山姥に違いはあるんですか?

唯川 まず共通している点は人を食べるというところですね。違う点は……ときどき、すごく縁起の良い存在だとされていることもあるんです。そういうのも調べていく中で分かったので、面白かったです。

―― いろいろな解釈があるんですね。でも、この短編集を通して「女性は怖い」という感覚がどこかにありました。

唯川 そう思ってもらえるのは嬉しいです。女性にとって、恋愛は時によって命がけなんですよね。今はそうではないのかもしれないけれど、かつては生き死にをかけた気持ちのやり取りだったのではないかと思うんです。『逢魔』ではそういったところを描きたかった想いはありますね。

―― 確かに「身分違いの恋」というのは、今ではあまりないですね。

唯川 ないでしょう。でも、今でもそういったテーマがわたしたちの心を惹きつけるのは、恋愛は越えられないものがあればあるほど燃えるものだからだと思います。

―― むしろ最近よく言われるのが、若者たちの恋愛離れやセックス離れです。唯川さんはそういった風潮があることに対してどのように考えていますか?

唯川 例えば恋愛だけあってセックスがない関係、これも1つの恋愛ですし、セックスだけでもある種の恋愛だと思うんです。ただ、極端に分かれ過ぎている印象は受けます。ものすごく恋愛体質な子もいれば、まったく恋愛に興味がないという子もいる。昔からそういう子はいましたけれど少数で、その真ん中で揺れ動いている人がほとんどだったと思います。

 「恋愛をしたくない」と言っている子は、心のどこかに傷つきたくないという想いがあるのかもしれません。でも、恋愛なんてもともと理不尽で傷つけあうものです。傷つけられることを覚悟しなければいけないと思うし、逆に反対側に振り切ると、それこそ自分から背を向けただけで「殺す」「殺さない」みたいな話が出てくる。恋愛ってそういうものだから、その部分を受け入れられるかどうかだと思いますね。

「他の女性」がいるから、恋愛をすると感情が乱れる

「他の女性」がいるから、恋愛をすると感情が乱れる 「他の女性」がいるから、恋愛をすると感情が乱れる

―― 恋愛小説の名手である唯川さんですが、恋をする女性を描く際に気をつけていることはありますか?

唯川 恋愛をすると、優しい自分、醜い自分、嫉妬深い自分、いろんな自分が出てくると思うんですね。でも、それは相手の男性の存在だけではなく、他の女性がいるからなんです。他の女性の影が出てくるから、いろいろな感情が湧いてくる。だから、女性と男性だけではなく、別の女性の存在はとても大事にしていますね。

―― なるほど。それは単純に三角関係というわけではなく……。

唯川 主人公のライバルになる女性はもちろん、ロールモデルになる女性もそうです。そういった女性が物語をうまく作ってくれる存在になっていると思うんです。

―― 唯川さんが影響を受けた本を3冊ご紹介していただきたいのですが、お願いできますか?

唯川 そうですね……。では、まず森瑤子さんの『情事』を。わたしの年代としては当然好きになるような、とても濃密な小説です。

 次は、手塚治虫さんの『火の鳥』ですね。もう何度も読んで、買い替えも3回くらいしているのですが、小さなことから解放されるような感じがするんです。あまりにも壮大な物語で、読んでいて気持ちが楽になるというか。落ち込んだときに、手にとって読んでいます。

―― 3冊目はいかがでしょうか。

唯川 最後はアンデルセンの『人魚姫』です。わたしが初めて読んだ物語が「人魚姫」なんですが、あまりにも悲しい結末で、「恋愛は悲しいものなんだな」という刷りこみをされました(笑)。ただ、大人になるにつれて、人魚姫はなんて愚かな子なのだろうとか、王子はなぜ最後まで気づかないんだろうとか、いろいろなことを考えさせてくれる作品ですね。

 童話でいえば、特にアンデルセン童話は悲恋話が多いのですが、一方でグリム童話は少し残酷で、食べられちゃったりするわけですよね。でも、大人になって読むと、色っぽいように捉えることもできるのですが。食べられるということはやられちゃうということですし。

―― 今後、唯川さんが書きたいと考えているテーマはありますか?

唯川 取り立てて「これ」というテーマはないのですが、30年間作家をやらせてもらってきて、そろそろ自分は一体何が書きたいのかということを問いかけてもいいのかなと思うようになりました。

 今回は初めての時代物ということになりましたが、今後も「初めて」に挑戦していきたいですね。今年は実在の人物をモデルにしたフィクションを書くつもりでいますし、アンデルセン童話のような、子どもの頃に読んで影響を受けた作品を自分で翻訳してみたいとも思っています。

―― では最後に、唯川さんのファンのみなさまにメッセージをお願いします。

唯川 時代物を書くというのは初めてで、もしかしたら戸惑う方もいらっしゃるかもしれません。でも、恋愛の原点が詰まった一冊になっていると思っていて、ファンター小説のような感覚で読んでみていただけると嬉しいです。

取材後記

 『逢魔』を読んでいてまず感じたことは、日本語表現の多様さと艶やかさでした。とても官能的で美しいのです。そんな本作は唯川さんにとっての新たな挑戦となった意欲作。誰もが一度は触れたことのある古典文学が、唯川さん流のアレンジが加わって生まれ変わっています。

 ぜひこのインタビューを読んで、『逢魔』に興味を持った読者は、手にとってみてください。とてもエロティックで、とても美しく、とても儚く、とても怖い物語を味わえますよ。

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