インタビュー
» 2014年12月23日 10時45分 UPDATE

「わたしに“食べる”という行為は存在しなかった」―話題のレシピ集著者・Mizukiさんインタビュー

壮絶な闘病の末、“奇跡”を通して生まれたレシピ集の著者、Mizukiさんにお話をうかがいました。

[新刊JP]
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 奥に緑と赤が映えるサラダが添えられ、中央には美味しそうなソースがかかったハンバーグの写真。ピンク色が貴重の可愛らしい表紙に、思わず目を奪われる。そして、美味しそうな料理に思わずお腹が鳴りそうになる。

『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん 『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん

 2014年11月に出版された『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』(扶桑社刊)は“奇跡”を通して生まれた一冊だ。

 2012年12月、和歌山県新宮市という紀伊半島の南部にある人口3万人ほどの小さな街に、一軒のカフェがオープンした。名前は「31CAFE(サンイチカフェ)」。こぢんまりとした店内に18席が並んでいる。客層は女性が中心だが年齢層は幅広く、下は女子高校生から上は90歳のお婆さんまで。新宮の女性たちの憩いの場となっているようで、オーナーのMizukiさん(28)は「狭い街なので、(お店にくれば)誰かに会えるんです」と笑う。

 『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』は、Mizukiさんが初めて出版したレシピ集だ。2年前に自分のお店をオープンしたばかり、そして初めてのレシピ集にも関わらず、Amazonのクッキングレシピ部門ランキングで1位を獲得した。

 どうして、ここまで熱狂的な支持を受けているのだろうか。表紙の素晴らしさ、充実したレシピ、とてもキレイな料理の写真たち……それらも、もちろんこの本のヒットの要因の1つではあるだろう。

 でも、それだけではない。本書の最後に書かれているMizukiさんの半生をつづった「My Story」に触れないわけにはいかないだろう。

「わたしに“食べる”という行為は存在しなかった」

 Mizukiさんはつい数年前まで拒食症によって死の淵にいた。最も低かったときの体重は23キログラム。身長は162センチだから、その数値がどれだけ異常であるかが分かるだろう。

 Mizukiさんは、高校生の頃まで病気をほとんどしたことがない健康優良児だったそうだ。中学生の頃はバレーボール部のキャプテン。活発で誰とでも話せるような明るい性格で、食べることも大好きだったという。

Mizukiさん(以下敬称略) ただ、すごく負けず嫌いなところがありました。どうしても1番になりたいんです。親からは勉強しろと言われたことがなかったのですが、テストでは1番がほしい、もし1番になれなくても、通知表で5が取りたい、みたいな。そうやって形で示して、親に喜んでほしいんです。ほめられたい。だから、勉強しろと言われなくてもテスト3日前くらいになると、徹夜をして頑張って良い点をとる。そして、良い点を取ったら、次のテストではその点から下回ることが自分の中で許されなくなるんです。

 一番になりたい、喜んでほしい、認められたい。数字に対する執着。Mizukiさんへのインタビューの中で幾度も出てきた言葉だった。

 「My Story」の中で、高校生の頃にMizukiさんは両親が不仲になったことを明かしているが、そのストレスも大きかったのだろう。勉強していると、次第に涙が出てくるようになり、ついにはテストの前になると学校に行けなくなってしまった。

 病院からはうつ病と診断され、同時期に拒食の兆候が見られるようになる。

Mizuki わたしは痩せたいと思って食べなくなったわけではないんです。体重を減らしたい、体重計に表示される数字を減らしたいというだけなんです。(拒食症に)なりはじめのころは52キロくらいあったのですが、45キロ、40キロと減っていくのが嬉しくてしょうがなかったですね。

『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん 『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん

 Mizukiさんは体重の数値が減っていくことに喜びを覚えていたという。体重が減っていけばいくほど、精神的な調子も少しずつ変わってくる。

Mizuki 40キロになったら、次は35キロになりたい、35キロになったら30キロになりたいって。その数字を上回ることは自分の中ではありえないことで。でも、27キロになったとき、心の中で『やばい!』って思ったんです。怖くなってしまって。『自分、どうなるんやろ』って。

 でも、時は遅かった。「やばい」という想いとは裏腹に、食べ物を見ても、食欲はまったくわかない。Mizukiさんは「自分に食べるという行為はなかった」というところにまで陥ってしまっていたという。

 さらに、身体はどんどんと衰弱していき、次第にベッドで寝たきりになる。何度も家族はMizukiさんを病院に連れ出そうとするが、彼女はそれを拒否した。

Mizuki 病院に行ったら太らされると思っていたので。胃の調子が悪いから食べられないからと言い続けていました。多分、周囲は嘘だと分かっていたと思いますけれど、母親だけはわたしの言うことを全部信じてくれて、肯定してくれたんです。

 母親はMizukiさんの唯一の理解者だった、というよりは「(母も)感覚がマヒしていたように思う」とMizukiさんは語る。病床の彼女はそんな母親が運んでくる小皿におかれた小さな寒天や、甘さが感じないようになるくらいに薄めたポカリスエットを飲んでいた。

 しかし限界はやってくる。2009年夏、胃けいれんで救急搬送され、そのまま病院に入院。そのとき、Mizukiさんの体重は23キロになっていた。大きな病院への転院が必要だったが、病院の先生はこう言ったそうだ。「あかん! 今動かすとこの子は死んでしまう」。

 Mizukiさんは、極限の状態を迎えていた。

寝たきり、錯乱状態……壮絶な闘病――

 「食べる」という行為が自分の中になかった――Mizukiさんは当時を振り返りながら、そう告白する。拒食症は彼女の心身を蝕んでいく。「痩せたい」という想いはない。体重が減っていくことが喜びであり、ただ体重計に表示される「数字」が下がることが重要だった。

 そのうちに体は衰弱して、寝たきりになる。もう動けない。病院は「自分を太らそうとする敵」だから、必死に拒んだ。

『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん 『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん

Mizuki 結局入院することになるのですが……入院の直前だったかな、自分一人でお風呂に入れないし、栄養失調で髪の毛も抜け落ちるようになってしまったので、当時腰まであった髪の毛をバッサリと切ったんです。美容院の施術室ではなく、奥にある部屋で布団を敷いてもらって、寝たまま切ってもらったことを覚えています。そのときは何も思わなかったですね。『あ、切られたな』みたいな。『わたし、いつ死ぬんやろ』ってずっと思っていました。

 しかし、長い髪の毛を切ったことが、Mizukiさんの命をつなぐ上での1つの大きな分岐点となったという。

Mizuki 病院の先生に言われたんですよ。もしあのとき、髪の毛が長いままだったら、死んでいたかもしれないって。髪に栄養がいっちゃうそうなんです。

 でも、そのときは死んだ方が楽とばかり思っていました。変な話なんですけど、焦りがすごかったんです。ちょうど23、24歳くらいで、周囲の友人たちが結婚したり子どもを産んだり、仕事をバリバリしていて。なるべく(友人の情報を)聞かないようにしていたのですが、余計に気になってしまっていたんです。わたしは寝たきりの状況で、もし治ってもみんなに追いつけない。一番になれないって悔しくて。

 一番になれないことへの羞恥心があったことを、Mizukiさんは吐露する。体重だけではない。彼女はどこまでも「数字」に追いかけられていた。

きれいなものへの憧れと料理への道のきっかけ

『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん 『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん

 Mizukiさんの入院時のエピソードはとても壮絶だ。

 24時間の高カロリー点滴に、何種類もの薬。骨髄検査に、血しょう交換、大量の輸血。それでも症状は一進一退を繰り返す。頭の中は錯乱状態になり、幻覚、幻聴に悩まされる毎日。奇行を起こしてしまう日もあったそうだ。

Mizuki ある日の夜、母と病院の外に出たことがあったのですが、目を閉じた瞬間、急に引き込まれるような感じがして、『わたし、このまま死ぬんや』と思ったんです。母は『大丈夫?どうしたん?』って聞いてくるんですが、わたしは『もう死ぬ、もう死ぬ』って叫んで、暴れました。すぐに病室に戻されて、看護士さんに抑えられたのですが、わたしはそのとき『何か食べさせて』と泣きじゃくりました。やっぱり死にたくなかったんだと思います。

 そんな厳しい闘病の中でMizukiさんが夢中になっていたのが、「ジグソーパズル」と「料理」だったそうだ。

 パズルは藤城清治さんの絵のもので、幻想的でとても色が鮮やかなのが特徴的だ。それまでお見舞いにパズルを差し入れられたことがあったものの、一切やる気は起きなかった。でも、藤城さんのパズルは違った。Mizukiさんの心を奪った。最初は300ピースのパズルからはじめた。完成までに相当な時間がかかったが、完成したパズルはとてもきれいだったそうだ。

 すぐに病室はMizukiさんの作ったパズルでいっぱいになったという。「自分の側から母が離れるということをわたしは許さなかったから、親戚の方が(パズルを)届けてくれたんです」

 もう1つ、Mizukiさんがはまっていたのが「料理」。もちろん、実際に料理をするわけではない。食べ物や体重のことばかりを考えるうちに、カロリー表や栄養素の本、そして料理本を読みあさるようになっていたのだという。このときに身に付けた知識は、後に調理師免許を取得するときや、実際に自分のお店を出すときに役立つことになる。

 2009年12月、体重27キロまで回復して、退院。

Mizuki 実はどうしても退院したくて、食べたんです。このまま病院にいたら太らされてしまうと思って。だから、退院したら絶対食べないと決めていました。

 母親とともに、半年ぶりに自分の家に戻ったMizukiさん。しかし、待っているはずの家族は、そこにはいなかった。

両親に「ありがとう」と伝えたい――

『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん 『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん

 体重は23キロから27キロにまで回復し、退院して家に戻ったMizukiさん。しかし彼女を待ち受けていたのは、残酷な現実だった。

Mizuki 家には誰もいませんでした。空き家状態になっていたんです。母はずっとわたしをかばってくれていましたが、父は『瑞季はおかしい』と言っていて、両親の仲が悪くなってしまって……。わたしには弟が2人いるのですが、母がわたしにずっと付き添っていてくれていたので、祖母の家に預けられていました。それからも母と2人で過ごすことになったのですが、弟たちにおかしくなったわたしの姿を見せたくなかったんでしょうね。

 家に帰ってから、またMizukiさんは食べなくなった。病院で食べ物を口に入れたのは、退院をするため。体重は再び23キロに落ちた。それでも医者から「瑞季ちゃんは絶対に治る!」と励まされ、投薬治療を続けた。

Mizuki 思考に作用する強い薬を飲んでいました。その薬を飲んでいる間は頭が働かなくなるんです。だから、体重が増えることに対する恐怖心がなくなって、食べられるようになりました。そのうちに、体重は30kgから35kgになって、35kgから40kgに増えていくのですが、人間って不思議なもので、体重が戻ってくると、どんどんプラス思考になるんです。

 また、その中で新たな“友だち”が、Mizukiさんの家にやってくる。それが、ブログでもおなじみのうさぎの「sherry」だ。少しずつ、Mizukiさんは未来に向かって歩き出した。奇跡を起こすための一歩を。

両親に「ありがとう」と伝えたい

 お店を出すまでの経緯は『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』の「My Story」の後半部分を読んでほしい。奇跡が一つ一つ起きていく、その様子が彼女の言葉でつづられている。

 今のMizukiさんの体重は当時よりも「30キロくらい増えていると思う」そうだ。でも、本当は分からない。なぜなら、また「数字」にとらわれてしまうから、体重計には乗らないようにしているのだとか。

Mizuki わたしの体重(23キロ)くらいになってしまうと、3人に1人は死んで、3人に1人はそのまま、3人に1人は回復すると言われています。わたしはずっと死ぬと思っていたのですが、運が良かったのだと思います。

 壮絶な闘病を振り返り、そう語るMizukiさん。ブログには同じ病気の人からメッセージが届いたり、31CAFEには病気に悩んでいる親子が訪れることもあるという。「Mizukiさんのレシピならば娘が食べてくれる」そんな声をもある一方で、拒食症の女の子が自分を睨みつけてくることも。「すごく気持ちが分かるんです、わたしも同じやったから。この人はわたしを太らせようとしている、と思うんです」――敵だと思われても、Mizukiさんは伝えられることを伝える。それは彼女だからこそ、できることだ。

 初めてのレシピ集。どのような人に読んでほしいと思っているのか。

Mizuki この『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』は、簡単、時短、節約をテーマにしたレシピ集で、誰でも簡単に可愛くつくれて、美味しく食べられる料理を選びました。だから、いろいろな人に読んでほしいです。この中で一品選ぶとすると……73ページの『マフィンチョコレートショコラ』ですね。初めて人に食べてもらったお菓子です。当時とはレシピがだいぶ違うのですが、これが原点ですね。母に食べてもらって、『美味しい!』って言われて……信じられなかったですよ。

それに、わたしと同じ病気の人にも読んでほしい。最後の『My Story』のところを。23kgまでになって、そこから回復する。何か嘘みたいな話だけれど、奇跡は起こるんです。

 最後に今、もっとも「ありがとう」と伝えたい人を聞いた。

『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん 『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』著者のMizukiさん

Mizuki やはり、母ですね。でももう一人、父にも言いたいです。実はわたし、父のことをあまり話さないのですが、昔からそんなに仲が良いわけではなくて、何だろう……ライバルみたいなところがあって。父の期待に応えたいという想いが子どもの頃からすごくあったんです。自分が1番をとって、父に認めてほしいというのがあったんだと思います。でも、父は優しくないわけではないんです。わたしが入院したとき、父が最初に泣いて『どんなにお金がかかってもいいから瑞季の命を助けてあげてくれ』と言ったと、先生が教えてくれました。

 この本を出すときも、最初に報告をしたのは父です。そうしたら「あっ」ってなって、あ、嬉しがっているなって。具体的な言葉は出てこなかったのですが、嬉しいと思っているのが分かるんです。わたしが退院して以来、一緒に暮らしてはいないのですが、この本をきっかけに連絡をとるようになって、この間は何年かぶりに一緒にご飯を食べました。

 わたしは何事も形にならないとダメなんです。だからこうした本ができたというのは本当に嬉しいです。でも、もしほめてくれるならわたしじゃなくて、両親に言ってほしいです。『娘さん、すごいね』って言ってほしい。

 『Mizukiの♡31CAFE♡レシピ』は、Mizukiさんの半生の結晶ともいえる一冊。Mizukiさんのブログから厳選されたレシピと未掲載レシピ135品が載っている。どのレシピも実に美味しそうだ。

(文章・構成:金井元貴)

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