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» 2014年10月28日 10時40分 UPDATE

日本で初めて「ホームページ」を作った会社

最初に個人ホームページを制作し、公開した会社の歩みを紹介。

[新刊JP]
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 今でこそ、誰もが気軽に使えるようになったインターネットだが、日本の社会に浸透し、一般的に使われるようになったのはここ20年ほどであり、その歴史はまだ浅い。

 そんな日本のインターネットの歴史で、最初に個人ホームページを制作し、公開した会社をご存じだろうか?

 「デジタルガレージ」は、日本のインターネット黎明期に産声をあげ、「ロボット型検索サービス」「オンラインCDショップ」「コンビニ決済」といった、今では当たり前になっているインターネットサービスを次々と生み出し続けてきた企業である。

 そんなデジタルガレージの書籍『ファーストペンギンの会社』(株式会社デジタルガレージ 創業20周年記念プロジェクトチーム/編著、ダイヤモンド社/刊)には、日本のインターネットの歴史そのものともいえる、同社の歩みがつづられている。

日本で初めて「ホームページ」を作った会社 日本で初めて「ホームページ」を作った会社

 デジタルガレージの創業を決定づけた大きな出来事がある。

 それは1993年、創業者の一人となる伊藤穰一の自宅マンションにインターネットの専用線が導入されたことだ。

 当時、インターネットは、エンジニアや研究者などごく限られた人々のものだった。そんなインターネットが伊藤の自宅に導入されたのは、すでに米国でインターネット接続事業を手掛け、日本進出を狙っていたインターコム社が、役所の手続きの問題でサービスを開始できなかったことによる。その問題が解決するまで必要機材を保管させてほしい、という依頼がインターコム社側から伊藤のもとに届けられたことですべてが始まった。(伊藤は米国での生活が長く、知人も多かった)。

 カウンターカルチャーを愛し、関連する先端技術に人一倍強い関心を持つ伊藤は、インターコム社が持ちこんだネット回線を「自由に使用する」ことを条件に、その依頼を引き受けた。すると次第に、彼の部屋にはジャンルを問わず多くの仲間が集まるようになり、好奇心の赴くまま、米国の政府機関や大学の研究所などにアクセスして情報を得たり、海外の人々とメッセージを交換したりするようになっていった。その過程でインターネットについての知識を蓄えていったのである。冒頭で触れた「個人ホームぺージ」はこの過程で制作されたものだ。

 同じころ、デジタルガレージのもう一人の創業者、林郁もまたインターネットの必要性に迫られていた。

 広告プロモーションの会社を経営していた林だったが、1994年に入るとインターネットが徐々に浸透しはじめ、大手広告代理店やコンピュータ関連企業から「ホームページを作りたいのだが、どうすればいいか」といった依頼が舞い込むようになってきたのである。

 インターネットに関心を持つほとんどの企業は「接続事業」をすればもうかると考えていたが、林にはホームページ制作がビジネスになるという直感があった。そこで、旧知の仲だった伊藤が仲間たちと創業していた「エコシス」にホームページ構築を発注するようになった。

 こうして、伊藤・林両者が運営していた会社のスタッフが、ホームページ制作業務によって相互に行き来するようになり、「それなら会社を一緒にしまった方が合理的」ということで、二人を共同創業者として「デジタルガレージ」が誕生した。

 ところで、林の読みは「ホームページ制作」だけではない。ホームページの次には「検索システム」が、さらには「Eコマース」が必要とされることがもう彼には見えていた。彼のビジョンに向かってデジタルガレージの歩みは始まったのである。

 本書は、デジタルガレージの軌跡だけでなく、ITとテクノロジーが次の20年でどこに向かうのかについても言及される、予言的な内容となっている。

 卓越した予測力と行動力でインターネットの未来を切り開いてきた同社が次に向かうのはどこか。ネットにかかわる人は必見だろう。

(新刊JP編集部)

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