1曲のポップスを聞いた時のような読後感を――『青きを踏む、花曇り、その他の短篇』唯野未歩子インタビュー

» 2014年10月21日 11時00分 公開
[西尾泰三,eBook USER]
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青きを踏む、花曇り、その他の短篇

 出版社における電子書籍の刊行は、まず紙の書籍を発売し、その後(または同時)に電子書籍を出すのが主流となっている。だが、マーケットが広がりをみせるにつれ、まず電子書籍で刊行する、いわゆるデジタルファーストの動きも進みつつある。

 幻冬舎もそうした取り組みを強化している。9月に同社から刊行された『青きを踏む、花曇り、その他の短篇』がそれだ。その中の一遍『花曇り』は試し読みとして無料配信されている。

 本書の著者は唯野未歩子さん。女優としてだけでなく、『三年身籠る』で長編映画を初監督(脚本・原作も担当)、そして小説家と幅広いジャンルで活躍している。

 本書に収録されている8編は、幻冬舎の文芸誌『GINGER L。』で唯野さんが執筆した連作小説。それまで幻冬舎でも作品を部分的に電子連載したケースなどはあったが、単行本のようなまとまった作品を電子版のみで刊行するのは初となる。

 「片思い」模様を繊細につづった本作について唯野さんに聞いた。

1曲のポップスを聞いた時のような読後感を味わえる作品にしたかった

唯野未歩子さん 唯野未歩子さん

―― 『青きを踏む、花曇り、その他の短篇』に収録されているのは“片思い”というテーマで書かれた連作小説なんですね。

唯野 はい。私は作品によって曲を決めて、そこから浮かんだイメージを基に書き進めていくんですが、その話をしたときに、“片想い”をテーマに「こういう曲はどうか」と提案いただいたんです。

―― それが奥田民生の「手紙」や、松田聖子の「制服」などなんですね。

唯野 今回は、初めに音楽があって、そこから頭の中でイメージした1枚の絵があって、それにまつわる話を書いていったんです。起承転結があるものというよりは、1曲のポップスを聞いた時のような読後感が味わえる作品にしたいなと。(『GINGER L。』編集長の)菊池さんと話しながら2編目に当たる「冬晴れ」を書いているときに、こうやってやっていくんだというのが見えた感じです。

―― 脚本・監督を手掛けられた『三年身籠る』では、出産にフォーカスされていましたが、今回はそれ以前に存在する男女の淡い思いを描かれています。

唯野 『三年身籠る』は映画化を意識した作品だったので、ビジュアル的に分かりやすいものを。今回は普通に暮らしているような人たちが、男女間のことで心の中で引っかかるような思いを抱える話を書きたかったんです。

―― 内容には唯野さんご自身の経験が含まれている部分もあったりするんでしょうか?

唯野 知り合いをモデルにした編もありますね。イメージで書いているので、その方の人生とは別物ですけど。自分自身に関係するものはありませんね。

 私は一人で作り込んでいくようなタイプではなくて、人との出会いの中で形作っていくことを大事にしているんです。意見をぶつけ合ったり、時には衝突したりしながら、少しずつお互いを理解していくんです。

 今回は、はっきりとしたコミュニケーションをとることができたと思います。普通、一緒に作っていくといってももっとぼんやりしたものだと思うんですけど、CDを用意してもらったりして、それが楽しかったし学ぶことも多かったんです。小説は文字だけなので雰囲気でしか語れないですけど、いろいろな意味で“がっつり”作れました。

―― タイトルの「その他の短篇」という表現も味わい深いなと思いました。

唯野 電子書籍ってどこか自由な印象があって、タイトルも電子書籍だからできるものにしようと思ったんです。こういったタイトルは昔の作品にはよくあって、わたしもやってみたいなと思っていたんですが、紙だと難しいかなと思ったりして。

―― 唯野さんは電子書籍にはどんな印象をお持ちですか?

唯野 数年前までは抵抗がありましたけど、最近は使ってみたいと思い始めています。ちょうど子育て真っ最中で、最近スマホにしたばかりなので、これから少しずつ電子書籍も利用してみたいと思っています。

 紙の本は重みなどを感じられるのでもちろん好きなんですが、ここ5、6年で1冊の本における値段とか、映画の入場料とかいったものの価値観が変わってきていますよね。古き良きものというのはありますが、そればかりだと面白いものに出会えないじゃないかな。

―― 普段、どんなジャンルの作品を読まれますか?

唯野 高校生くらいのころから海外文学を好んで読んでいます。ヤングアダルト小説などはよく読みましたね。『モンキーズ』や『欲望』という作品を書いたスーザン・マイノットという作家が好きで。もう何冊も持っているんですけど、古本屋で作品を見つけるとまた買ってしまうくらい好きなんです(笑)。

若いうちはキラッ、年齢を重ねると濃くなる「片思い」

―― 唯野さんは女優業、監督業、小説業とマルチに活躍されていますよね。それぞれの違いは感じられますか?

唯野 小説を書く上では、メリットとデメリットがありますけど、やはり担当の方とのやり取りがないと上手くいかないですね。女優は自分ですべてを決定することができないというのも違いとしてあるかもしれません。

―― 男女間の関係を軸にした作品を多く書かれている印象がありますが、それは望んで書いているもの?

唯野 恋愛小説というほどどっぷりとしたものではないと思いますが、男女が出会えば別れがあったり、ときには心の傷となったり、人数が増えたりもする。そういうことが面白いと思うんです。恋愛はそういった話が出やすいので、結果として恋愛小説を書いている感じですね。

―― 曲からイメージした絵を頭の中で思い浮かべて……といったお話も先ほどありましたが、とても感性が強そうだと思いました。美大にも通われていたとお聞きしましたが、そうした感性や経験は執筆に影響を及ぼしていますか?

唯野 そうですね……、例えば泣いている人がいた場合、そのときの気持ちを描写する方もいるでしょうが、私の場合はどのように泣いているのかとか、涙はどういう風に出ていて、鼻はどれだけ赤いのかといったことに興味が向きますね。その方が人間をいとおしく思えるんです。

―― これは個人的な興味ですが、片思いという行為の表現として、世代間でもまた描写が異なるだろうと思うんです。唯野さんはどんなイメージを思い浮かべますか?

唯野 若いうちはキラッとしているものが、年齢を重ねてさまざまな経験を経るとそれが濃くなる、という感じですね。やっぱり、人生には取り返しのつかないことがあるということを知ってしまうからなのかも。

―― そうしたさまざまな片思い模様が本書で描かれているんですね。最後に、読者に向けて一言お願いできますか。

唯野 物語に登場するのは年齢や性別、シチュエーションもさまざまですが、抱いている片想いの気持ちは似ている――そういう思いがあるということを描きたいと思って書きましたので、ぜひご覧になって頂ければうれしいです。

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