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» 2014年10月07日 09時21分 UPDATE

『徘徊タクシー』坂口恭平さんインタビュー

[新刊JP]
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 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!

徘徊タクシー 徘徊タクシー

 今回は、『徘徊タクシー』(新潮社/刊)を刊行した坂口恭平さんです。

 徘徊タクシーは、これまで坂口さんが書いてきた『TOKYO 0円ハウス 0円生活』『独立国家のつくりかた』『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』など、フィールドワークや実際の体験・活動に基づいた本とはまた違った、「フィクション」という手法で物語が描かれています。

 徘徊老人を乗せて時空を旅するタクシー会社「徘徊タクシー」。この物語を通して、坂口さんが描こうとしたこととは一体なんだったのでしょうか?

(新刊JP編集部/金井元貴)

“日々の粒”とフィクションを書くこと

―― 坂口さんがこれまで執筆されてきた本、例えば『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』『独立国家のつくりかた』などとは違い、この『徘徊タクシー』は小説という形で書かれています。坂口さんが小説を選択したというのはどのようなきっかけがあったのでしょうか?

坂口恭平さん(以下敬称略) 以前からフィクションを書くという気配はあって、ノンフィクションを書いていても、どこかでフィクション的な要素が入っていたんです。

 例えば『TOKYO 0円ハウス 0円生活』に出てくる鈴木さんと川沿いで出会った話もどこか寓話的に思えたし、すごく物語性を感じていた。また、『独立国家のつくりかた』という本で僕は“新政府”を立ち上げたわけですけど、本当にそんなことをしたら僕は捕まってしまうわけですね。だから、“新政府”は物語であるということを前提に読んでもらわないと成り立たないんです。

―― 現実のことを書いているとはいえ、どこかでフィクション的な要素が含まれている。

坂口 僕は現実で出会う人間に対して、その人が持っている物語性をすごく感じるし、その物語性が迫真性を持つときがあって、そっちの方へと引きずられていくこともあります。人はそれを妄想と呼ぶのですが、僕の中では妄想と思えないときがある。それは僕が躁うつ病だからというのも一つあるのでしょうけど、じゃあ、そのことを少しずつ書いていけばいいのかなと思っていたんですね。

―― 徘徊タクシーも舞台は現実の日常に根ざしつつ、妄想が一気に広がるようなそんな展開を見せる小説です。

坂口 徘徊タクシーについては、嫁さんに一度「こういう会社をやりたい!」と企画書をあげているんです。嫁さんは「はい、分かりました」と言いましたが、僕らの間には、妄想だけして実際にはしないという約束事があるんです。そうしないと、北杜夫先生の轍を踏んでしまうことになるので…(笑)。

 その企画書は寝かせていたのですが、『ユマニチュード入門』という認知症の新しい介護のあり方を提唱した本の共著者であり、僕の小中高の先輩でもある本田美和子さんとお話する機会があって、「徘徊タクシー」について賛同してくれたんですね。

―― 「ユマニチュード」は認知症の高齢者の徘徊などといった周辺症状が改善するというケア方法として話題ですね。認知症の老人たちの「徘徊」を捉え直す徘徊タクシーともつながります。

坂口 そこで徘徊タクシーをやろうと思って嫁さんに電話をしたら、「小説を書いたらいいんじゃないの」という話をされて。ちょうど原稿用紙40枚ほどの短編小説を書いていたところだったし、高校時代、新潮文庫のさ行の棚に、自分の名前が入るのが夢だったこともあって(笑)新潮の編集者に小説を書いてみたいと電話をしました。そのときには、すでに結末のシーンができていました。

―― この物語は、主人公・恭平が祖父を危篤知り、祖父のことを回想するシーンからはじまりますが、これもすごく印象的でした。

坂口 まさにこの小説の中に出てきますが、祖父は子どもの頃よく入院していた僕をお見舞いしてくれたり、自動車で送り迎えをしてくれたりしてくれました。また、「お前はすごいやつだ」と言ってくれたりもしましたね。僕にとっての初めての理解者だったと思います。2001年に、ちょうどカンボジアに行こうとしていたそのときに祖父が倒れて、自分は何もできないまま(祖父は)いなくなったなあと思っていて。その年に今の嫁さん、徘徊タクシーではルーという名前になっていますが、彼女と出会っているんです。

 実はこういう話って、今まで書けなかったことなんですね。あまりにも日常的なことだったから。祖父の死も年齢がある程度いけばみんな接するものですから。

 日常ってあまり記録しない世界ですよね。僕は日常のことを「日々の粒」と呼んでいるのですが、その粒は知らない間に通り過ぎていった“ふり”をしている。でもその粒ひとつひとつが、とても印象的に見えるんです。祖父とのエピソードを思い出すと、もう無限大に粒があるような気がするんですね。写真にも、文章にも残していない、当時感じていたことが。特別な体験でもなんでもないから、すぐに忘れてしまうけれど、実はそれって忘れたふりをしているだけなんじゃないかな、と思えてくる。

―― 確かに記録はしていないけれど、記憶をたどると何気ない日常がエピソードとなって頭によみがえってきますね。

坂口 これはみんなもあると思うんです。写真にも撮っていない、人生にとって日常の中の印象的なワンシーンがね。

坂口恭平が熊本で書き続ける理由

――この作品の前に出版された『幻年時代』という小説でも、痴呆症の祖母が少しばかり出てきます。徘徊タクシーと幻年時代のつながりは意識しましたか?

坂口 幻年時代は、ノンフィクションと呼ばれている世界と、小説と呼ばれている世界の境目にあるドアのような本でした。

 もともとは「幼少期の思い出を書いて下さい」と言われて書いたもので、なかなか幼稚園に行けなかった自分の話なのですが、自分の日々の粒を見ていたら、ノンフィクションとして書けなくなってしまったんです。

 時間という概念を入れてしまうとどうしても世界が嘘くさく思えるようになるし、記憶は形があるものではないから、どうしてもフィクション的な要素が入ってくる。つまり、文章でしか表現できないものになってしまうんです。このときに、ノンフィクションや小説といった概念を自分の中で飛び越えることができたように思います。

 だから、幻年時代は自分にとってすごく大きな本で、いわば人が立った瞬間です。この徘徊タクシーは立った後、今度は前を見て歩くという段階になります。ハンナ・アレントはヴァルター・ベンヤミンを「文の人」だと言いましたが、この「文の人」という表現が僕はすごく好きで、10年間原稿を書き続けてきて、自分が「文の人」、つまり作文家として立ちあがったのが『幻年時代』で、歩き始める第一歩が徘徊タクシーになると思っています。

―― この小説をつくる上で、大事にしたことは何ですか?

坂口 「これはLPであろう」ということです。

 LP(レコード)は片面で40分ほどしか入らないので、次の一曲にいかせたくなるように限定的な時間をどうつくるかというのが大事になります。自分の中で体験した風景を見せて、読み手の日々の粒とリンクさせる必要があるので、音楽のアルバムをつくるイメージで全体の構想を練りました。

 また、好きな音楽を聴きながら書いていたので、実はこの本の裏にはファラオ・サンダースのサックスの音とかが入っています(笑)

 あと、僕は小説を書こうと思って小説を書いているわけではありません。自分が今まで体験してきた日々の粒を文字として定着することで、写真にも撮れない、録音もできない、ビデオでも捉えられないような感覚を、人間が無意識の状態で共有できて、なおかつ行動に促すための装置として小説を選んでいるんですね。

―― 徘徊タクシーは坂口さんがお住まいの熊本が舞台になっています。もともと坂口さんは熊本のご出身でもありますが、熊本という街について特別な想いはありますか?

坂口 実はまったくなかったのですが(笑)熊本に帰って“新政府”を立ち上げると言ったとき、まず親から言われたのが、僕はどうやらアルベルト・フジモリ(ペルー元大統領、両親が熊本市河内町出身)の遠い親戚らしいということでした。また、徘徊タクシーにも出てきますが、曾祖父が山口県の宇部炭鉱の労働組合長だった。

 そんなエピソードがあるのですが、親はそれを僕にちょっとだけ隠していた気がするんですね。親は僕が口に出したこと全部実行することを知っていたから、なるべくその力を出さないでいてほしいという願いがあったようなんです(笑)

 そういった血縁的な話もありますし、熊本という土地柄のエピソードがあります。僕は東日本大震災のあと、原発事故からの一時避難施設である「ゼロセンター」というスペースを作ったのですが、その場所は築90年にもなる木造の建物で、目の前が夏目漱石の旧居だったんです。まさにそこは『三四郎』の熊本での舞台のようなところで、小川三四郎はそこから東京に上京するわけですね。さらに、その(夏目漱石の旧居)の横が、維新の十傑の一人である横井小楠の生家で、さらにその真横が宮部鼎蔵(熊本藩士)の旧居なんです。

 また、僕はそこから少し離れたところでポアンカレ書店という本屋を開いているのですが、目の前は宮本武蔵の旧居で、さらにその横は林桜園という幕末の思想家が開いた「原道館」という私塾だったんです。林桜園の思想は後の士族たちにも影響を与えていて、それが1876年に熊本で起きた「神風連の乱」につながり、西南戦争へと続いていきます。

 そういうようなことが少しずつ分かってきて、近代以前の文化というのが熊本にはまだ息づいているように感じました。これは僕にとってすごく重要で、ようやく根を張るための土壌を見つけた。だから、熊本で書くということが大切なんです。

―― 徘徊タクシーにはそんな裏もあるわけですね。

坂口 実は『徘徊タクシー』の裏にはそういうことがたくさん流れています。そういえば、Googleマップで地名を調べながら小説を読んだという方もいましたね(笑)

―― お話を聞いていて、坂口さんが知ってきた熊本の歴史は、いわゆる血液みたいなもので、外側からは見えないけれど内側にだくだくと流れているのだなと感じました。

坂口 小説ならば、そういうことを表現することができるんですね。個人それぞれにも、そういう歴史や物語が内包されていて、現実以外のもう一つのリアリティのある空間が広がっている。それを描くために、小説という装置を選んだということなんです。

―― 『独立国家のつくりかた』などで、坂口さんが「レイヤー」という言葉を使って表現されていた概念でしょうか。

坂口 そうです。あの本では、それを「レイヤー」と呼ばないといけなかったけど、小説ではそう呼ぶ必要がありません。

 9月に『現実脱出論』という、独立国家のつくりかたの続編が講談社現代新書から出版されるのですが(現在発売中)、これは無意識世界をダイブするという、徘徊タクシーの元になった考え方をまとめた本です。だから、実は僕の中では徘徊タクシーと現実脱出論は上下巻のつもりなんです(笑)版元も書き方も違うけれど同時期に書かれた本で、もし『徘徊タクシー』を読んで「短い」と感じたら、現実脱出論も読んでほしいです。

“謀反”を起こして一人で学級新聞をつくった?

―― 坂口さんは1日どのくらい原稿を書くか決めて書かれていらっしゃるんですか?

坂口 枚数ではなく、時間で決めています。だいたい朝4時か5時から、12時頃まで。人が使っていない時間を使うようにしています。

 基本的に書くことは一人ですることですが、一人で書いていても、たまに家の中に母ちゃんの激昂の声が響いたりするじゃないですか(笑)。そういうのが聞こえてくるから独りよがりにならないで済んでいるというか。

―― そういう何気ない声も、「日々の粒」の1つですね。

坂口 うん。だから、僕の中ではフィクションだとしても真実味があるんです。徘徊タクシーにもいろんな人の声が入っていますし。

坂口恭平さん 坂口恭平さん

―― それこそ、今おっしゃった、母親が子どもを叱る声も。『徘徊タクシー』は家族の物語ですよね。

坂口 僕が書きたかったのは、みんなが生きていたときの話なんですね。もう現実の世界では祖父も曾祖母も亡くなりましたが、みんなが生きていた頃の日々の粒ですね。それをもって敬意を示したかった。

 例えば親に対して感謝を伝えるときに、どういえばいいのか悩むと思います。たったひと言「ありがとう」と言えばいいのに、それが直接言えない。だから「ちょっと焼き肉でも食いに行かない?」とかそういう態度になってしまうことってありますよね。

―― それはすごく分かります。「ありがとう」という5文字の中に、ものすごくいろいろなものが詰まっているから、「ありがとう」だけでは勿体なくなってしまう。

坂口 そうでしょ。でも、自分の世界の中の感謝的な言葉も、結局は既存の言葉によってでしか他者に伝えられないんですよね。

 そうした自分の中の敬意を示すために、僕と曾祖母のエピソードや、あの相撲甚句を、この『徘徊タクシー』の中で書いたんです。

―― この「ベストセラーズ・インタビュー」では毎回同じ質問をしています。それは影響を受けた本を3冊、ご紹介いただきたいというものなのですが、坂口さんはいかがでしょうか。

坂口 まず小さいころに読んだ小説で、ポプラ社から出版されている『続芥川龍之介名作集』に収録されていた『三つの宝』という戯曲。次に、渡辺茂男さんが翻訳した『エルマーのぼうけん』、そしてトール・ハイエルダールの『コンチキ号漂流記』ですね。

 これらの本を小学生のときに読んで、僕はいじめ撲滅運動家になったんですよ。そして、『三つの宝』に影響を受けて、『浦島太郎2』という、いじめられている子をいじめる役に、いじめている子をいじめられる役にするという舞台上で役回りを反転させる戯曲を作りました。また、自分が住んでいる街のマンホールの下に地下世界があって、その中を探検するという『坂口恭平の冒険』という、この3つの作品を合体したような物語を書くために、「坂口恭平日日新聞」という新聞を立ち上げました。僕はもともと学校で新聞係りに入っていたのですが、一人で新聞を書きたいと謀反を起こして(笑)

―― 謀反を起こしてまで一人で書こう、と(笑)

坂口 徘徊タクシーにも出てきますが、小さなころよく入院していたんですね。そのうちに病院の人と仲良くなって、新聞をザラ紙に印刷してばらまいていました。

―― では最後に、読者の皆さまにメッセージをお願いできますでしょうか。

坂口  人間は忘れたふりをしていることがたくさんある。けれど、忘れたふりをしているということは、本当は忘れていない。そういうものに気づける本になっていると思います。自分の横にいる家族に対する目、思い、家族が集まっている風景を見る目が一変するはずですから、一読していただけると嬉しいです。

取材後記

 どうして小説としてこの『徘徊タクシー』を書いたのか、どうしてフィクションを書いたのかということが大きなテーマだったこのインタビュー。日常を“日々の粒”と捉え、そこに目を向けさせようとする姿勢は、非常に新鮮で、気づかされることがたくさんありました。

 徘徊タクシーは日常と妄想が入り混じった不思議な小説ですが、その裏に流れているのは、誰もが感じたことのある家族への感情であり、敬意です。ぜひ、読んでみてください。

(新刊JP編集部・金井元貴)

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