インタビュー
» 2014年09月02日 11時35分 UPDATE

朗読で広がる声優による復興支援の輪――声優・井上喜久子さんインタビュー

声優の井上喜久子さんたちが立ち上げた東日本大震災の復興支援を目的とした朗読チャリティー企画「文芸あねもねR」。今回は井上喜久子さんご本人にお話を伺いました。

[新刊JP]
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 識字率の低かった時代は「黙読」よりも主流で、さらに教養のある家庭でも娯楽の一環として楽しまれてきた「朗読」。今では「読み聞かせ」や「朗読劇」などとして子どもから老人まで幅広い層に親しまれている。

 普段、作家や著者たちに話を聞いている新刊JPだが、今回は「朗読」にスポットをあてて、本を朗読している人にインタビューを試みた。声優、ナレーターをはじめさまざまな人が登場することが予想されるこの企画の第1回は、「ああっ女神さまっ」ベルダンディー役や、「らんま1/2」天道かすみ役などで知られる声優の井上喜久子さん。

声優・井上喜久子さん 声優・井上喜久子さん

 井上さんは2012年に同じく声優の田中敦子さんとともに、東日本大震災の復興支援を目的とした朗読チャリティー企画「文芸あねもねR」を立ち上げた。10人の女性作家によるオムニバス短編集『文芸あねもね』(新潮社/刊)の作品を人気声優たちが朗読するというもので、2人のほかに浅野真澄さん、大塚明夫さん、小野大輔さん、釘宮理恵さん、小山力也さん、ささきのぞみさん、佐藤聡美さん、杉田智和さん、たかはし智秋さん、田中理恵さん、浪川大輔さん、山寺宏一さんらが参加している(五十音順)。

 この朗読作品はオーディオブック配信サービス「FeBe」で有料配信され、その収益は全額震災の復興支援に寄付される(詳細はこちら)。

 今回はこの「文芸あねもねR」の話を中心に、井上さんの思いを聞いた。

(新刊JP編集部)


最初から自分たちの手作りで立ち上げた朗読チャリティー企画

―― 今回のインタビューでは、声優朗読チャリティー企画「文芸あねもねR」を中心にお話をうかがいたいと思います。こちらの企画は、井上さんと田中敦子さんが発起人となって、たくさんの声優さんが参加されている東日本大震災の復興支援活動ですが、どうしてこのようなチャリティー企画を立ち上げられたのですか?

井上喜久子さん(以下敬称略) 大きなきっかけは本屋さんで『文芸あねもね』という本に出会ったことです。

 もともと本屋さんはすごく好きで、その日も鼻歌を歌いながら面白そうな本がないかなと思って行ってみたら、ちょうど『文芸あねもね』という文庫本が平積みにされていて。まず、「私の事務所(オフィスアネモネ)と同じ名前だ!」と目を引かれて、複数の女性作家さんが書かれたオムニバス形式の文庫本だったので、すごく読みやすそうと思って手に取ってみたんですね。

 それで後ろの方のページをめくってみたら、『文芸あねもね』が全額寄付を目的としたチャリティーの本だということが分かりました。なぜかというと、最後のページにこのチャリティー小説ができるまでの経緯がインターネットの掲示板風に書かれているんですよ(笑)。

 すごくユニークで、こんな風にしてこの本が出来たんだなと思いながら買って読んでみたら、小説一編一編もすごく面白くて。「宝物を発見しちゃった!」という嬉しい気持ちと同時に、この本がチャリティーを目的にできたということから、自分も声優として何かできないかという気持ちが膨らみました。

 それまでも寄付をするとか、日常の中でできる限りのことはやってきたけれど、継続的にやっていける活動ができるのがベストだと思っていて、一人の職業人として、できることを探していたんです。

―― この『文芸あねもね』という本の企画と、井上さんが思っていたことが線になってつながった。

井上 まさにそんな感じでした! それで、すぐに仲の良い声優の田中敦子ちゃんにこの本を渡して、この本を朗読するチャリティーの企画をやりたいって言ったら、あっちゃん(田中さん)も「やろう!」と賛同してくれて。気持ちが一緒だったんですね。

 ただ、私は思い付いたら走り出すタイプなのに対して、あっちゃんは頭が良い方だから「まずはTwitterで作家さんに連絡してみるね」って言ってくれて。冷静でした(笑)

―― 作家さんにSNSで直にアプローチをされて、この企画が本格的に動き始めたんですね。

井上 そうなんです。そのとき、あっちゃんが連絡をしたのが柚木麻子先生だったのですが、何とここで奇跡が起こって!

 実は柚木先生は「フレンズ」という海外ドラマの中のフィービーという登場人物が大好きで、その吹替えを担当していたのがあっちゃんだったんです。だから柚木先生も「田中敦子さんから連絡がきた!」っていう感じだったらしくて。打ち解けるのは早かったですね。その後、他の先生方の賛同ももらって、出版社(新潮社)の方にもお話をしてくれて。

―― 朗読のチャリティー企画が少しずつ具体化していく中で、戸惑ったこともあるのではないでしょうか。

井上 もちろんありましたし、今でも課題はたくさんあります。でも、本当にひとつひとつクリアしていくしかなくて。

 例えば、作品を朗読する声優は、私とあっちゃんが一人一人声を掛けていったんですけど、声優個人が持っている考え方はそれぞれ違います。是非やりたいと言ってくれる人もいれば、声優を職業としている限り自分はできないという人もいました。この「文芸あねもねR」の企画は無償でご協力いただいていますから。

 また、すでに別の支援活動をしている人もいらっしゃいました。ただ、それぞれ復興支援のために何かをしたいという気持ちがあることは事実ですし、その中で協力していただけるという人にお願いをするようにしています。

―― 普段はキャスティングされる側に立たれていると思いますが、自分たちでキャスティングを考えるという経験はなかなかないのではないですか?

井上 そうなんですよ(笑)。あっちゃんと2人で本を読みながら、この作品は朗読にしようとか、ドラマ風にしようとか、あの子に読んでほしいね! とか、どうすれば聞いてくれる人が楽しんでくれるかということを考えて。ディレクター気分で(笑)自分たちの仕事ってこうやって作られていくのかと思いながらやっています。

―― 他に大変だったことはありますか?

井上 もう1つ大きな壁が録音ブースでした。ちゃんとした録音ブースをレンタルするとすごくお金が掛かってしまうんです。でも、文化放送さんのご厚意でクリアできることになって……。その他にも目に見えない部分でやらなければいけないことがたくさんあって、とても大変でしたね。

―― チャリティー企画のブログを拝見していると、奇跡が起き続けている企画だと感じたんです。昨年の10月に7作品目になる豊島ミホさんの『真智の火のゆくえ』を収録されていましたが……。

井上 そうそう、『文芸あねもね』の中では一番長い豊島ミホ先生の作品なんですが、これがもう、大作でして(笑)、今は編集しているところですね。

―― その作品を朗読している浅野真澄さんが、豊島ミホさんの大ファンだった。これは不思議な縁だと思います。

井上 これはね、本当に奇跡でした! 長い作品って読むのにも大きなエネルギーが必要なんです。だから、誰にお願いをしようかってすごく悩んでいたとき、ますみん(浅野さん)が喜んで受けてくれて、事務所の青二プロダクションさんにもご協力いただけて、「神様!」って思いました(笑)。ますみんは豊島先生の作品を全部読むくらいの大ファンで、やっぱり愛情と読み込む力がすごいんです。これはぜひ聞いてほしいですね。

―― 今年の4月には宮城県石巻市で田中敦子さん、大塚明夫さんとともにチャリティーイベントを開催されました。活動がはじまってから2年、復興支援が1つの形として結実しているようにも思えました。

井上 被災地でのイベントというのは、私たちとしても1つの大きな目標でした。これを始めたころ、先生方との打ち合わせでイベントをしたいという話をしていたとき、「ぜひ、被災地でイベントをしてほしい」という言葉があがったんです。皆さん、同じ想いなんですよね。でも、1回だけではなく、どのように続けていくかが一番大切なんだと思います。

2013年3月3日に行われた「文芸あねもねR」イベントでの写真=新刊JPニュースより 2013年3月3日に行われた「文芸あねもねR」イベントでの写真=新刊JPニュースより

―― 以前のイベントの際に、この『文芸あねもね』のあとがきで山本文緒さんが書かれていた「何事もやり始めることは簡単でやり切ることは困難です」という言葉を引用されていて、確かにすごく難しいなと思いました。

井上 そうなんですよね。だから、私もあっちゃんもくじけそうになるたびに、この山本先生の言葉を思い出しています(笑)。始める時の「やろうよ!」というエネルギーって、ワクワク感に溢れているのですが、やり遂げるまで続けるのは難しいなと。

 でも、このチャリティー企画って本当にパワーがすごいんです。先生方とも仲良くなってぶっちゃけトークをしたりして(笑)、そのパワーを持って続けていくことが大切なんですよね。人と人のつながりで生まれる楽しさやパワーを良い形に変えて広げていくことが、被災地の方々の手助けにつながるかもしれない。そんな風に思っています。

井上さんが高校時代にはまった意外な作家とは……?

―― 「文芸あねもねR」では、これまで『文芸あねもね』の中の6作品が配信されています。その中で井上さんの朗読を聞ける作品の1つが蛭田亜紗子さんの「川田伸子の少し特異なやりくち」ですが、これはかつて親友同士だった2人の女性のやりとりが非常に印象的な作品です。

井上 「これは私に読ませてほしい!」ってお願いしたんです(笑)。『文芸あねもね』には10編の作品が載っていて、バラエティに富んでいるんです。純文学作品から、かなり刺激的な作品もあり、子どもに読ませにくいものもあるのですが(笑)、全てが面白い作品である中で……。

―― この「川田伸子の少し特異なやりくち」が読みたいと思った。

井上 そうなんですよ。この作品の主人公の川田伸子という人物が自分と重なる……というほどではないんですが、とても共感できたんですね。川田伸子を読むのは私!っていう直感で決めて(笑)

―― 川田伸子はもともと学生時代にコスプレにはまるなどオタク一直線の道を歩んで、大人になってもそこから抜け出せないでいるというキャラクターですよね。で、ラブホテルの従業員として働いている。このオーディオブックを聴いているとき、クライマックスの川田伸子のセリフには本当にゾクッとしました。これはぜひ聴いてほしい!

井上 そう言っていただけてすごく嬉しいです! ただ、セリフには自信があるのですが、地の読みのところで読み癖が出てしまったりしている部分があって……。だから、ここだけの話、もう一度読みなおしたいという気持ちもあるんです。

―― 普段の声優のお仕事でもそういう風に思うことはあるのですか?

井上 それはありません。お仕事でもう一度録り直したいというのはプロとして言ってはいけないことだと思いますし、音響監督さんがOKを出しているのだから、そう言うことは失礼にもあたります。

 でも、この企画は私たちで作り上げているものだから、ナレーションの部分は変えたいと思ってもいいのかなって(笑)。例えば音楽を作って、もう一度アレンジし直したいという気持ちと同じかもしれません。

―― 主人公とかつての親友のルビィちゃんとのやりとりはじわっときました。

井上 この作品では、ルビィちゃんの役をたかはし智秋ちゃんが読んでくれたのですが、このキャスティングを考えているときから智秋ちゃんしか考えられなくて、お願いをしたらOKをもらえて……非常にありがたかったです。

―― 井上さんは本がお好きだったのですか?

井上 大好きでした。中学時代から色々と本を読み始めて、高校時代には完全に読書にハマっていましたね(笑)。こう、制服のポケットに文庫本を入れておいたりして。

―― 中学校の国語の教員の免許もお持ちなんですよね。

井上 そうなんですよ。でも、教育実習で挫折してしまって(笑)。私が授業をしていたら後ろの方で男の子たちがバドミントンをしていて、私、注意できなかったんですね。嫌われたくないと思ってしまって。でも、先生は叱ることも仕事だし、それが愛情だから、叱らないといけないんだけど、私にはできない!って思ったんです。

―― 学生の頃に読まれていた本で特に印象に残っている作家や作品はありますか?

井上 えーっと……三島由紀夫です。もともとは中学生のときに星新一の作品を教科書で読んで、「すごく面白い!」と思って本屋さんでショートショートを買ったのが、読書にハマるきっかけでした。その後、『どくとるマンボウ』シリーズの北杜夫さんも教科書を通して好きになりました。

―― 三島由紀夫にハマったきっかけは?

井上 高校生になって、本屋さんに行ったときに三島由紀夫のコーナーがあったんです。たくさん本が並んでいる中で、まずは一番ページの細いものを読んでみようと思って手にとったのが『仮面の告白』で、もうすごい衝撃でした。それまで幸せに育ってきた少女が毒を知ってしまったという感じで。

―― まったく触れたことのない世界を知ってしまった。

井上 そうそう! その世界をのぞいてしまったという感じです(笑)。そのころ、太宰治も読みはじめたのですが、同じような衝撃を受けました。

―― 太宰治の作品でお気に入りのものは何ですか? 「女生徒」のような作品もありますが……。

井上 そっちではないんです(笑)。「斜陽」や「人間失格」のような暗めの作品が好きで。言葉そのものにインパクトがありますよね。また、こうした作品を読みつつも、宮本輝さんの小説もすごく読んでいました。ドラマから入って。

―― 本が大好きな井上さんですが、声優を目指されたのはどうしてなんですか?

井上 声優という職業を意識したのは子どものころです。テレビの中から私の大好きな声が聞こえてきて、その人の声が聞こえるたびに反応していたんです(笑)。でも、そのときは誰の声なのか分からなくて、アニメを見ては「あの人の声だ!」って思っていました。

―― それは誰の声だったのでしょうか。

井上 増山江威子さんです。増山さんは当時も今も憧れの声優さんですね。ヒロイン役だけでなく、ちょっとした役でもその声を聞くだけで増山さんって分かっちゃうんですよ。だから、テレビを見ている人が声を聞いて「あっ、井上だ」って思ってもらえるような声優になりたいというのは、今でも思っていることです。

―― では、最後に「文芸あねもねR」の活動についてまたお話をうかがいたいと思います。山本文緒さんが『文芸あねもね』の「あとがき」で「何事もやり始めることは簡単でやり切ることは困難です」と書かれていましたけれど、井上さんにはこの活動の「やり切った」形は見えていますか?

井上 まずは全作品を録音して、音声に残すこと。そして、いろんな人に聞いていただけること。今は「FeBe」さんの方でオーディオブックという形で流してもらっていますが、子どもからご老人まで聞けるように、CD化も進めています。誰もが聞けるような形にできたらいいなと思っています。

 ただ、それは進むべき方向であって、終着駅はないのかもしれませんね。継続することが大切で、どこかで誰かにこの活動のバトンを渡したりすることもあるのかもしれませんが、どんどん輪が広がっていけばいいなと思います。

 だから、『文芸あねもね』という本を読んでほしいですし、音声も聞いてほしいです。そして、できるならばご家族やお友達、ご近所さんにもお勧めいただけたら嬉しいです。それがチャリティーの輪として広がっていくところにつながっていくと思います。

井上喜久子さんプロフィール

声優。神奈川県出身。

現在のレギュラー番組は「リゾーリ&アイルズ」(モーラ・アイルズ役)、「宇宙戦艦ヤマト2199」(スターシァ役)、テレビ東京「しまじろうヘソカ」(しまじろうの母役)、「FAIRY TAIL」(ミネルバ役)、「ハンター×ハンター」(パーム役)、「ガイストクラッシャー」(白銀ひのこ役)、文化放送超!A&G「It’s a voiceful world」。

朗読チャリティー企画「文芸あねもねR」について


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