インタビュー
» 2014年08月19日 11時11分 UPDATE

夏休みの読書に最適? 『村上海賊の娘』誕生秘話

出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。今回は、著書『村上海賊の娘』が2014年本屋大賞に選ばれた和田竜さんにお話を伺いました。

[新刊JP]
新刊JP

 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。今回は、『村上海賊の娘』(新潮社/刊)が2014年本屋大賞に選ばれた和田竜さんです。

 戦国時代の瀬戸内海で活動していた海賊・村上水軍と織田信長の軍勢の戦を描いたこの作品は、これまでの歴史小説にはない圧倒的スケールと臨場感で、読者を魅了し続けています。

 今回は、話題を呼んだ圧巻の戦闘シーンや、主人公・村上景のキャラクターについて、一度シナリオを書いてから小説に直すというちょっと変わった執筆スタイルについてなど、和田さんにたっぷりと語っていただきました。

「読者に喜ばれる本を書いたんだと認定してもらえたような気がする」

夏休みの読書に最適? 『村上海賊の娘』誕生秘話 夏休みの読書に最適? 『村上海賊の娘』誕生秘話

―― 本屋大賞受賞おめでとうございます。少し時間が経ってしまいましたが、受賞の感想からお聞かせ願えますか。

和田 いまだにこうやって取材していただけるんですからうれしい限りですよね。

 最も読者に近いところにいる書店員さんたちに選ばれたということで、自分は読者に喜ばれる本を書いたんだと認定してもらえたような気がしています。

―― 受賞作となった『村上海賊の娘』ですが、瀬戸内の海賊、村上水軍が織田信長の軍勢と戦った「木津川口の戦い」を題材にしています。この戦いに注目した理由は何だったのでしょうか。

和田 僕は生後3カ月から中学2年生まで広島に住んでいたのですが、両親に連れられて瀬戸内海の因島に行ったことがあって、その時に昔ここには海賊がいたということを教えられました。

 その海賊というのが村上水軍で、子ども心に悪そうで強そうで、でも自由な雰囲気があってかっこよかった。そういう子どもっぽい理由で村上水軍を好きになったんです。

 大人になってひょんなことから歴史小説を書くようになったのですが、いずれは村上水軍について書きたい気持ちはずっとありました。特に織田信長の水軍と大阪湾で戦って勝利した「木津川口の戦い」は、村上水軍が一番輝いていた時だと思っているので題材にしようと思いました。

―― 主人公の村上景しかり、景の父である村上武吉しかり、登場人物が非常に魅力的です。同時代に生きていない人物を生き生きと書くために気をつけていることはありますか?

和田 これは当たり前のことですが、まずは史料を徹底的に読むこと。そこからその人物の性格やキャラクターを考えていきます。

 その上で気をつけているのは、史料やそこに出てくる人物を現代風に解釈しないことですね。その時代の空気というものがありますし、その空気はその時代に生きる人の考え方に大きく影響します。

 例えば、命についての考え方は、今と戦国時代ではかなり違います。

今でこそ「人の命は大切なもの」とか「だから戦争はやってはいけません」という考えが定着していますが、当時戦は日常的なもので、人々は今の人よりもずっと暴力的なことに慣れていましたから、そういう考えはあまりなかったはずです。この感覚をもって人物を解釈しないと時代の空気が見えてこない。そこはいつも気をつけています。

―― しかし、戦に出れば当然命を落とす可能性もあるわけです。そういった恐怖を当時の人はどう捉えていたのでしょうか。

和田 史料によってはそういった恐怖心について書かれているものもあるのですが、読んだ印象として言えるのは、恐怖に対して鈍感だったということです。それはもう当時の空気というしかないもので、そういう時代だったということだと思います。

 そういう、現代人と古い時代の人の考え方の違いが僕にとっての歴史小説の面白さで、作品の中で表現しようと思っていたことです。

―― 作中にも「――進者往生極楽/――退者無間地獄」という旗を見た一向宗たちが奮い立つ場面がありました。確かにこういった感覚は現代の日本人にはないものです。

和田 そうですね。宗教の信者で農民というとか弱いイメージがあるかもしれませんが、当時の一向宗は勇敢で、一時は信長の軍勢を圧倒するほどの力があったんです。そういうところからも、この時代の人は武士ではなくてもある種の乱暴さがあったんだろうと思いますね。

 実際に、信長は一向宗に弟や重臣を殺されていますから、彼は彼で相当頭にきていたはずです。信長が信心深い宗教信者を一方的に弾圧していじめていたように思われがちですが、そういうわけではないんですよ。

主人公の村上景のモチーフは「社会人になったばかりの女の子」

―― 村上景についてはかなり妄想を膨らませて書かれたそうですね。

和田 容姿や人となりはほとんど僕の想像です。というのも景に限ってはどんな人物だったのか分からないんですよ。

 ただ、作中では景を当時の平均的な日本人とはかけ離れたバタ臭い顔として書いているのですが、瀬戸内の辺りにはそういう顔の人が結構いたという話は聞きます。

―― その景ですが、戦に対して幼い憧れを持ったまま瀬戸内を飛び出したものの、大坂で戦のシビアな現実を知って打ちのめされます。そこから少しずつ成長していくわけですが、「挫折からの再起」というのもテーマとしてあったのでしょうか。

主人公の村上景のモチーフは「社会人になったばかりの女の子」 主人公の村上景のモチーフは「社会人になったばかりの女の子」

和田 それはありました。というのも、景については大学を卒業して社会人になったばかりの女の子がモチーフになっているんです。

 会社の先輩から仕事でやりこめられたり怒られたりして、家に帰って一人で泣いている。それでもがんばって働こうと思った時に、何を目標にするのか。出世をしようということを第一に考えるのではなく、自分の仕事がいかに他人の役にたっているのかということを起点におけばもっと元気が出るんじゃないか、というのはテーマの1つですね。

―― また、合戦シーンはこの作品の大きな見どころです。作品冒頭の地図と見比べて読んでいると、戦がどう動いているのかがはっきり分かって新鮮でしたし、何より臨場感がありました。戦いの潮目はこうやって変わるのかと。

和田 それはうれしいですね。本に地図をつけるかどうかで議論になったんですけど、物語の中で瀬戸内海を行ったり来たりしますし、出来事とそれが起きた場所がかなり細かく書かれているので、やはり地図はあった方がいいだろうということで、小説に出てくる地名は地図に全部載せました。役立ってよかったです。

 これまでの歴史小説って、合戦にいたるまでのプロセスは重視しても、合戦自体にはあまり重きを置いていないものが多いんですよ。そういう小説だと、戦のシーンはだいたい俯瞰で描かれて、戦略や経過は地図上で説明されていくだけなのですが、僕はそれだけではなく、戦を各登場人物の視点で書いて、しかもそれを頻繁に切り替えるということをしています。それが臨場感につながっているのかもしれません。

絵空事でなく、現実に存在した人間が動くのが歴史小説の魅力

―― 和田さんは小説を書く時に、まずセリフだけのシナリオを書いて、それを小説の形に直していくとお聞きしました。なぜこういった方法を取られているのでしょうか。

和田 僕は、元々小説家ではなくシナリオライターになろうと思っていて、シナリオを書いてはコンペに応募してということをやっていたのですが、運良く城戸賞というシナリオの賞を受賞し、その作品を映画化したいというプロデューサーが現れた。でも、歴史ものって製作にすごくお金がかかるんですよ。それもあって撮影するだけのお金が集まらなかったんです。

 しょうがないから、このシナリオを一回小説として出版して世の中の人にアピールしようとなった。それで小説の形に書き直したのが、デビュー作になった『のぼうの城』なんです。これがうまくいったこともあって、その後の小説も同じやり方で、まずシナリオから書いています。

―― 一般的な小説は作者が物語を考えて作っていきますが、歴史小説は史実があるので「ストーリー」はあらかじめ決まってしまっているとも言えます。こういった条件下で書くことの難しさと面白さはどんなところにあるのでしょうか?

絵空事でなく、現実に存在した人間が動くのが歴史小説の魅力 絵空事でなく、現実に存在した人間が動くのが歴史小説の魅力

和田 新しいことを知っていく面白さはありますね。書こうとしている題材について調べていると、それまで知らなかった色々な事実が分かってきます。それらを知ることも喜びですし、それを作品としてどう料理していくかを考えるのも楽しさの1つです。

 ただ、調べていると「余計なこと」が分かってしまうこともあるんですよ。例えば、僕は調べるまで村上海賊は一家しかいなかったと思っていたのですが、実は因島村上・能島村上・来島村上と3つの家に別れていた。それを知ってしまったからには、それぞれの家の当主を出さないといけない。それぞれ家の事情が違いますし、それぞれに兄弟家族がいる。その書き分けって結構面倒ですからね。難しさはそういうところだと思います。

―― 歴史小説専門に書かれているというイメージがある和田さんですが、ご本人としてはそういう意識はありますか?

和田 歴史小説を専門にしているつもりはないのですが、読者がいる限りは書いていこうと思っていますし、まだ戦国時代で書いていない題材もあるので、専門といえば専門ということになるのかもしれません。

 ただ、そもそもの始まりはさっきお話した城戸賞を取った時なんですよ。受賞パーティの時、いろんなプロデューサーに向かって「自分は歴史ものしか書きません」ということを言っていたんです。

 脚本家って基本的に何でも屋で、サスペンスを書けと言われたら書くし、歴史ものを書けと言われたら書きます。それが悪いということではないのですが、「この人の作品はコレ!」と一般の人に認知されにくい。これに対して、三谷幸喜さんといったらコメディ、山田太一さんといったら家庭ドラマというように、名のある脚本家はちゃんと自分の領域を持っています。自分もそうならないといけないなということで「歴史ものしか書かない」と言ったんです。

 当時とは状況が変わっていますが、今のところ書いているのは歴史小説ばかりですから、その時のことが影響しているのかもしれません。

―― さかのぼりますけども、シナリオを書きはじめたきっかけはどんなことだったのでしょうか。

和田 小説家でなくてシナリオライターになりたかったというお話をしましたが、最初の志望は映画監督だったんです。高校生の時に見た『ターミネーター』がものすごくおもしろくて、こういう作品を創る仕事に就きたいと思ったのがきっかけですね。

 ゆくゆくは映画監督になって、自分で脚本を書いて自分で撮りたいと思っていたのですが、僕が大学を出て就職するくらいの時期には、もう映画会社が映画監督を会社員として雇うということがほとんどなくなっていました。

 「じゃあテレビドラマでもいいか」と、テレビ局をいくつか受けたんですけど全部落ちてしまって、結局番組制作会社でADとして働き始めたんです。ただ、ADの先にあるのはディレクターで、ディレクターはカット割や演出を担当していて、ストーリー作りには関わらない。僕がやりたいことは物語の根幹部分を作ることだったので、ADをやめてシナリオを書くようになったんです。

―― 歴史小説の一番の魅力はどんなところにあるとお考えですか?

和田 事実をベースに書かれているということで、絵空事でなく現実に存在した人間が動いているところだと思います。歴史小説もフィクションといえばフィクションなのですが、現実に生きた人間が、こんな場面でこう考えてこう動いたんだというのが分かるので、勇気づけられることがありますね。

―― 人生に影響を受けた本がありましたら、3冊ほどご紹介いただければと思います。

和田 司馬遼太郎の『竜馬がゆく』は最初に読んだ歴史小説なので、影響は受けています。それと海音寺潮五郎『武将列伝』。これを読んで、歴史小説を書くにはこんなに調べないといけないんだ、ということが分かった。歴史小説を書くための調べ方を教えてもらった本です。

 最後は山田太一さんの『岸辺のアルバム』です。物語を作る時のセリフ回しはこの本から学ばせてもらったところが大きいですね。

―― 最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いします。

和田 歴史小説というととかく難しく捉えられがちですが、僕自身学校の歴史の授業は好きではなかったので、歴史が苦手という人の気持ちは分かる気がします。その上で、なぜ歴史に苦手意識を持ってしまうのか、どうして歴史は分かりにくいのかを常に考えながら、歴史がまるっきり分からなくても面白い作品を目指して書いているので、歴史が苦手な人にもぜひ読んでいただきたいです。

◯取材後記

 大ベストセラーとなった『村上海賊の娘』の成り立ちから、小説を書くに至った経緯まで、どんな質問にも丁寧に答えていただけてありがたかったです。

 淡々とした語り口の端々に自身の小説への情熱が感じられたのはもちろんですが、それだけではなく、小説自体をとても客観的な目で見ている方という印象。それはおそらくシナリオという「別ジャンル」に身を置いていたということと無関係ではないのかもしれません。

 シナリオから書くという独特の方法で、これからどんな物語を生み出してくれるのかと、期待せずにはいられないインタビューでした。

(インタビュー・記事/山田洋介)

Copyright(c) 2016 OTOBANK Inc. All Rights Reserved.

ITmedia Book Club会員登録がまだの方はこちら

電子書籍/紙を問わず、読書を愛する皆さまに向け、特別な情報提供、書籍の献本、著者や業界関係者との懇親会、執筆活動を検討されている方へのサポートなどを順次提供し、皆さまの読書を強力にバックアップします。

コンテンツパートナー

新刊JP
ラノコミ.com
hon.jp
新文化通信社
Good E-Reader Blog
ぶくまる