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» 2014年06月17日 13時30分 UPDATE

アソコに突然異変が! 女流作家、注目のデビュー作

出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。今回は、新刊『甘いお菓子は食べません』を刊行された田中兆子さんにお話を伺いました。

[新刊JP]
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 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。今回は、デビュー作「べしみ」を含む連作短編集『甘いお菓子は食べません』(新潮社/刊)を刊行した、田中兆子さんが登場。

 結婚、セックス、夫婦関係などなど、様々なことに悩み、苦しみながら生きる40代の女性たちを、時に哀しく、時にコミカルに描いたこの短編集は、女性なら誰でも他人事とは思えないはず。

 今回は執筆時のエピソードや、込められた思いなど、この作品の裏側について語っていただきました。

『甘いお菓子は食べません』に込められた意味

アソコに突然異変が! 女流作家、注目のデビュー作 アソコに突然異変が! 女流作家、注目のデビュー作

―― いきなりですが『甘いお菓子は食べません』とは面白いタイトルですね。

田中 ありがとうございます。本の中の作品のどれかの名前を取って全体のタイトルにするというやり方もあるのでしょうが、そうではなく収録されている作品すべてに通底するタイトルをつけたかったんです。それでアイデアを出そうと各作品の共通点を探していたら、どの作品にも主人公がお菓子を食べている場面がないことに気がついたんです。

―― 言われてみると、確かにそうですね。

田中 お酒を飲む場面はあるんですけど、お菓子を食べる場面はないんですよ。それは単純に発見で、このことをタイトルにしてみたら、読み手の方々に色々な意味を持たせられるのではないかと思いました。

 「甘いお菓子は食べません」というと、文字通りの意味にも取れますし、「“いつまでも若々しく”などという甘い言葉にはだまされない」という意味にも読めます。また、「甘いお菓子を好むのは女性」という価値観を踏まえた上で、「そういうものではないですよ」というニュアンスもありますよね。

―― 心理描写や、主人公が内省する描写が多く、どれもとても切実だと思いました。この本で書かれている女性ならではの悩みや問題は、田中さんご自身のものとも重なるところがあるのでしょうか。

田中 恐らく無意識の中には入っているんだと思いますが、それをそのまま作品にしたわけではありません。

 この短編集には、結婚やセックス、出産などさまざまなことで悩む女性たちが出てくるのですが、どれも女性にとっては普遍的で切実な悩みです。こういった悩みによって追い込まれた精神状態に置かれた人はどう考えるのかということを、登場人物たちでシミュレーションする感じで書きました。

―― 『甘いお菓子は食べません』は、田中さんのデビュー作である「べしみ」だけがある状態に、他の作品を加えていくことでできあがったということですが、書いていてどんなところに難しさを感じましたか?

田中 短編集を作るにあたって「べしみ」を最初には持ってこないということだけは決めていました。結局最後に置いたのですが、そこまでたどり着けるのかな、という不安はありましたね。

―― それぞれの作品同士で少しずつ接点がありますよね。それが最後の「べしみ」までうまくつながるのかという。

田中 そうです。そういう不安がありましたし、一つ一つの短編はどれも非常に苦労したのですが、今振り返ると「この作品で出てきたこの人を、こっちの作品では主人公にしよう」とか、作品同士をうまくつなげていくのはすごく楽しかったです。

―― 「べしみ」は悲しくもどこか滑稽ですよね。主人公の女性器に奇妙な異変が起こるわけですが、その異変に驚くと同時に「起こってしまったことは仕方ない」と切り替えてしまうたくましさが可笑しかったです。

田中 これが20歳くらいの女性だったらものすごいショックを受けると思うんですけど、この主人公は40代ですからね、年齢を経た女性のたくましさというか(笑)。

―― 同じく年齢を重ねていても、男性ではこうはいかないのでしょうね。

田中 例えばEDになった時ですよね。「べしみ」のように女性器に異変が起こるというのは、男性に置き換えるならEDになるようなものか、と人に聞いたことがあるのですが、その人いわく、男性がEDになるというのはそれどころではなく、もっと一大事だということでした。

 「性」というものへの関わり方は、男性と女性で全く違うんだなと思いましたね。「べしみ」の主人公のように、気持ちを切り替えられてしまうというのは女性ならではかもしれません。

―― アルコール依存症の妻とその家族を描いた「残欠」もすばらしかったです。これは、かなり調べてから書かれたようですね。

田中 そうですね、文献も読むのもそうですけど、アルコール依存症の方々のグループにお邪魔してお話を聞いたり、ということもしました。

 それと、わたし自身はアルコール依存症ではないのですが、お酒は大好きで、ちょっと若いころにものすごく飲んで記憶がなくなったことがあったんです。そういうこともあって、アルコール依存症についての興味だとか、他人事じゃないなという気持ちは以前からありました。

―― アルコール依存症患者である主人公の心理が怖いほどリアルでした。彼女はアルコールを求めてしまう自分を極度に恐れているわけですが、そうやって「自分以外の何か」ではなく、「自分の中にある何か」に怯えて生活するのは精神的にものすごく辛いんだろうなと。

田中 一番辛いのは、一生抱えていかないといけないことですよね。完治というのはないので。

 やはり物語なので、どこかで結末を作らないといけないのですが、主人公の内面の戦いは一生続きます。その部分はちゃんと書かないといけないとは思っていました。

―― また、主人公の夫のようなキャラクターは現代の男性に多いような気がします。非常に淡々としていて、困った時は助けてくれるけども本音を決して見せない。

田中 人間的には非常に優しいんですよね。だけど、その優しさの方向が奥さん(主人公)にうまく伝わらない。「残欠」では、こんな夫婦が人間関係の1つの殻を破るまでを書きました。

「小説演習」で最低点をつけられた大学時代

「小説演習」で最低点をつけられた大学時代 「小説演習」で最低点をつけられた大学時代

―― この短編集を通じて、内面に食い込むような描写が特徴的でした。作風に影響を受けた作家さんはいらっしゃいますか?

田中 単純に好きな作家さんということで言えば、古井由吉さんや金井美恵子さんなど、「何を書くか」ではなく「どう書くか」にこだわりを持っている作家さんが好きなのですが、それぞれに唯一無二の描写を持っていらっしゃるので、影響とか真似をするという次元ではありません。

 ただ、「べしみ」を書いた時、富岡多恵子さんのことは少しだけ念頭にありました。作品そのものへの影響というよりは、富岡さんの書き手のナルシシズムにおちいらない客観性にすごく引かれているんです。自分もそういう作家でいたいと思いますね。

―― 田中さんのプロフィールを見ると、8年間OLをされていて、現在は専業主婦とありますが、小説を書き始めたきっかけはどんなことだったのでしょうか?

田中 専業主婦になった当時、お芝居がすごく好きでたくさん観ていたんです。歌舞伎も観ていましたし、小劇場に足を運んだりもしていました。それもあって、最初は戯曲を書いていたのですが、賞に応募しても全く引っかかりませんでした。

 それが30代くらいで、40代になると、お芝居ってものすごい数の人を巻き込まないといけないし、若いうちじゃないと無理だな、と思い始めて、一人で完結させられる小説を書くようになりました。

―― いつか書いてみたいというのは若いころからあったのでしょうか。

田中 大学の授業に「小説演習」というのがあって、全員小説を書くんですよ。その授業の先生が平岡篤頼さんといって、小川洋子さんや角田光代さんを育てられた方なのですが、その平岡先生に最低点をつけられてしまったんです。それで「ああ、もうわたしは書いちゃいけないんだな……」と(笑)。そういうことがあったので書きたいとは全然思っていませんでしたね。

―― それは学生にはショックですよね。

田中 ショックといえばそうなんですけど、当時はヌーヴォー・ロマンだとか、高橋源一郎さんの作品だとか、筋のないものばかり読んでいて、頭でっかちだったんです。そんな時に書いたものですから、小説の体をなしてなかったと思うんですよ。その前は現代詩ばかり読んでいたので、物語を作るということができていなかったんです。だから、最低点で仕方なかったんじゃないかと今では思っています(笑)。

谷川俊太郎を追いかけて現代詩の世界へ

谷川俊太郎を追いかけて現代詩の世界へ 谷川俊太郎を追いかけて現代詩の世界へ

―― 小説演習の授業を受講するだけあって、かなりの読書家だったんですね。

田中 でも、育った家には絵本や児童文学が全くなかったんですよ。幼稚園などで多少読んだりはしているんでしょうけど、そういったものにはほとんど触れませんでした。

 記憶にあるのが、幼児向け雑誌を買ってくれると言われたのに、「そんな子どもっぽいものは読みたくないから漫画にしてくれ」と言って『りぼん』とか『なかよし』を買ってもらっていたことです。それが幼稚園くらいでした。

 小学校にあがってからは、父が買ってきた『週刊新潮』と、母が毎月取っていた『家庭画報』を読んでいましたから、子ども向けの本は読まずじまいでしたね。

―― それはかなり変わった読書歴だと思います。

田中 週刊新潮の中でも好きだったのが「黒い報告書」でしたから、いきなり下世話なものに入ってしまいました(笑)。図書館にも行っていましたが、読んでいたものは小説ではなくて、歴史などの本が多かったです。だから文学的なものとなると、現代詩が最初だと思います。

―― いきなり現代詩!

田中 谷川俊太郎さんの詩が小学校の教科書に載っていたりするじゃないですか。そのプロフィールを見ていたら、著作のところに『二十億光年の孤独』とあって、そのタイトルにやられてしまった。「この人の詩は絶対分かる!」と直感して、そこから谷川さんを追いかけるように、現代詩を読み始めました。

―― 中学生以降の読書はいかがですか?

田中 『ぴあ』などを読んでいました。わたしは富山の田舎の出身なのですが、東京の情報が得られる雑誌を読むのが背伸びしたい中学生の流行りだったんです。

―― 東京でやるコンサートの情報を富山で調べる中学生。

田中 そうなんです(笑)。東京の情報を知ってるぞ、という自分が好きだったんでしょうね。

 あとは、当時『ビックリハウス』っていうサブカルの雑誌があって、そういうのを読んだ男の子たちが自慢してくるんですよね。それに対抗するように「現代詩手帖」を読んだりとか。だから、しっかり小説を読むようになったのは高校に入ってからですね。

―― 大学の授業で最低点をもらってからは、小説を書く熱意は冷めてしまったのでしょうか。

田中 そうですね。そこからはひたすら読むだけでした。大学を卒業して就職した会社では外回りの営業をしていたのですが、移動時間が長くてたくさん本が読めたんですよ。

 移動中に本を読んで、読み終えた本を会社のロッカーに入れて、ということを繰り返していたら、辞める頃にはロッカーが本でぎっしりになっていて、段ボールに詰めて持ち帰った記憶があります。その頃にはもう何でも読んでいましたね。

―― 田中さんが人生で影響を受けた本がありましたら、3冊ほどご紹介いただければと思います。

田中 まずは『詩のこころを読む』です。「日本人なら一家に一冊」と言いたいほどの名著ですね。『甘いお菓子は食べません』にもちょっとだけ登場する金子光晴さんの「寂しさの歌」ですとか、日本を代表するすばらしい詩が平易な言葉で紹介されています。岩波ジュニア新書なのですが、大人が読んでもまったく問題のない、とてもいい本です。

 2冊目は『描かれた女性たち――現代女性作家の短篇小説集』。これは米国の女性作家の作品を集めた短編集です。アン・ビーティが好きで買ったんですけど、他のラインアップも豪華なんですよ。先日ノーベル文学賞を受賞したアリス・マンローも、確かこの本で知ったんだと思います。

 読んだのはもう25年くらい前なんですけど、当時はアメリカの女性作家たちがフェミニズムを経て、古くからある「男性を支える存在としての女性」とは違う女性を書き始めた時期だったんです。それがすごく新鮮だったのを覚えています。

 最後は古井由吉さんの『小説家の帰還――古井由吉対談集』にします。どの対談も、一言一言が非常に深くて、きちんと読み取れているかは分からないのですが、小説を書くようになってからこの本のすごさがさらに分かったといいますか、示唆を受けています。例えば、夏目漱石の『道草』はこんな読み方ができて、この表現はこう解釈できて、など、気づかされることが多いですね。

―― 今後どんな作品を書いていきたいとお考えですか。

田中 「小説新潮」で書かせていただいた短編が昨日校了になったのですが、それが「昭和の不器用な男と女のいい話」というような作品なんです。

 これはもともと「いい話」を構想していたわけではなくて、編集の方のアドバイスを受けて、最終的にそういう話になったのですが、「自分にこんないい人の話が書けるんだ」という驚きがありました。自分では性格が悪い人の話を書くことばかりが得意だと思っていたので、しみじみとしたいい話も書けるというのは発見だったんです。

 こんなことがあったものですから、色々なお題をいただいて、どんな作品でも挑戦してみたいという気持ちはあります。あまり自分のコアがなく、色々なものに影響されやすいところがあるので、その中でどこまでのものが出せるのか、やってみたいですね。

―― 最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いします。

田中 人によっては全然共感することのできない本かもしれません。でも、その共感しない部分を探して読んでいただけたらうれしいです。特に男性の方には「女ってそうなのか、男とは全然違うんだな」と思っていただけたらいいですね。今の女性をかなり意識して書いているので、2014年の女性はこうだというのが分かると思います。

(インタビュー・記事/山田洋介)

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