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» 2014年05月08日 11時52分 UPDATE

復活熱望の声多し 『ブラタモリ』ヒットの裏側とは?

第3シリーズまで続く人気番組であった『ブラタモリ』。万人ウケする番組ではないにもかかわらずヒットさせることができた理由とは? 番組のプロデューサー・尾関憲一氏の著書から紹介します。

[新刊JP]
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 『笑っていいとも!』(フジテレビ系)が終わって1カ月。いまだに「ちょっと寂しくなったな」と思っている人も多いのではないだろうか。

 そんな中、復活への期待が高まっているのがNHKの『ブラタモリ』だ。でも、この番組、タモリさんのマニアックな一面を存分に見ることができるゆえに、決して万人ウケするような内容ではないように思えるのだが、第3シリーズまで続く人気番組となった。

 そんな『ブラタモリ』はどのように作られたのだろうか。

fhfig1139.jpg 復活熱望の声多し! 『ブラタモリ』ヒットの裏側とは?

 本書『時代をつかむ!ブラブラ仕事術』(尾関憲一/著、フォレスト出版/刊)は、『ブラタモリ』を作り上げたプロデューサー・尾関憲一氏が、ヒットの裏側と仕事の流儀を紹介する一冊だ。

 尾関氏は、NHK制作局・エンターテインメント番組部チーフ・プロデューサー。『ブラタモリ』をプロデューサーとして担当しているほか、『東京カワイイ★TV』『迷宮美術館』『BSマンガ夜話』『天才てれびくん』など、幅広い番組を手掛けている。

 『ブラタモリ』は2009年秋から半年間のシリーズとして放送され、これまでに第3シリーズまで放送された街歩き番組。タモリさんと久保田祐佳アナウンサー、そして各界ごとの専門家の先生が都内の1つの街をブラブラと歩く。そして、街を歩きながら何気なく見つけた石垣や街頭や坂道に立ち止まり、それをきっかけに街の秘密や歴史を発見していく。「身近にある意外な見どころ」に着目した番組だ。

 『ブラタモリ』の原型となる企画の始まりは2008年のこと。このときのタイトルは『タモリの時空ウォーカー(仮)』というものだった。内容は十分なリサーチをして、ほとんど実現可能なものという段階まで企画を進めた段階で、1つ確かではない部分があった。

 それはタモリさんの出演について。制作スタッフの中にタモリさんへのコネクションはまったくない。しかも、すでに人気の長者番組ばかりを担当していて、タモリさんは多忙だった。

 このような状態で、尾関氏はどうやってタモリさんを口説いたのだろうか。尾関氏は、どこかにつてを探すという発想もなく、正面から当たってみるしかないと覚悟を決めていた。かといって、ひたすら「出てください」といったところで話が進むものではない。具体的に「口説いた」わけでもないという。

 尾関氏たち制作チームがやったのは、とにかく自分たちの作ろうとしているものの面白さを伝えることだった。この番組は面白いものになるはずだ、という確信のもと、繰り返しそのことを訴えた。「出演してください」という言葉だけではなく、「この企画についてぼくたちはこれだけの情熱を持っている」ということをアピールし、出演のOKをもらうことになる。新しいものを作りたいというスタッフ一同の熱意が伝わったからではないかと尾関氏は語る。

 同じようなスタイルの番組が多いし、最近のテレビが面白くないという視聴者の声も多い。だが、新しいこと、面白いことをやろうとする番組も中にはある。間違いなく『ブラタモリ』もその1つだ。

 『ブラタモリ』がどのようなコンセプトで、どのようなポリシーのもとに作られていたのか。『ブラタモリ』の裏側を読むことのできる1冊だ。

(新刊JP編集部)

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