電子から紙への大跳躍(グレートリープ)――『オービタル・クラウド』藤井太洋さんに聞く(2/2 ページ)

» 2014年03月19日 10時00分 公開
[まつもとあつし,eBook USER]
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「電子」から「紙」へ――セルフパブリッシングの課題を考える

―― Gene Mapperのときはセルフパブリッシングで『Gene Mapper -core-(ジーン・マッパー コア)』を電子版として出し、少し間を空けてから紙でGene Mapper -full build-を出版しました。今回のオービタル・クラウドは電子と紙で早川書房からの同時発売です。

藤井 もともとGene Mapperも1000部くらい売れたら出版社に持ち込むつもりでした。紙の書籍に比べれば、電子書籍のシェアはまだまだだったので、電子で売れれば紙ならもっと売上が期待できるのでは、という理屈でね(笑)。

 それはさておき真面目な話、1000部以上を目指すのは、セルフパブリッシングでは限界があると考えていたんです。それは市場へのリーチという面でもそうですし、内容としてもそうです。

左:セルフパブリッシング版の『Gene Mapper -core-』。右:早川書房版『Gene Mapper -full build-』

 Kindleストアは大きな存在ですが、販売チャネルとしては小さい。一般的な読者が家電量販店や書店で購入した電子書籍端末から、セルフパブリッシングの書籍はなかなか購入してもらえませんし、そもそもその端末の販売元である電子書店で、扱いがなかったりしますから。Kindleストアを擁するAmazonのユーザーはおおむねGoogleを使っています。つまり、Googleで検索して、Amazonで買うというわけです。でも、そのほかのお客さんはそういった導線をたどるわけではなく、セルフパブリッシングは「蚊帳の外」にあるわけです。

 もちろん、セルフパブリッシングにも良さがあります。それは例えれば路上ライブのようなものかもしれません。偶然の出会いがあって、リアルタイムだからこその盛り上がりがそこにはあります。わたし自身もそれが好きだし、大事な場なので続けていきたいと思っています。

 けれど、ライブとしては味があっても、商業エンターテインメント、例えばCDとしては残れない「粗さ」というものもあると思います。同じように、わたし自身の「商業小説を書く」というスキルにも限界がありました。これは率直に認めなくてはなりません。何せ小説としてはGene Mapperが処女作ですし、三人称視点ではオービタル・クラウドがはじめてなのですから。

―― そうなんですか? 読んでいてとてもそうは思えませんでした。

藤井 実はとても苦労したんですよ! 企画や構想はわたし自身によるものですが、物語としてブラッシュアップしていく――粗さを削り落としていく作業は早川書房の編集さんとの二人三脚があったからこそです。編集さんに指導してもらって、最初、一人称で書き溜めていものを、三人称での小説らしい表現を目指して何度も書き直しました。

―― なるほど。先ほど「持ち込むつもりだった」とお話しされたGene Mapperですが、1000部近く売れてから早川書房さんに持ち込まれたのでしょうか?

藤井 いえ、かなり早いタイミングでご連絡を頂きました。早川書房さんも早くから電子書籍に取り組んでおられましたが、「どの電子書店でも、Gene Mapperがランクインしている。われわれの本よりも売れている」ということで(笑)。セールも積極的に仕掛けましたし、ジャンルをしっかり「SF」と設定して打ち出したのもランクインに貢献したのだと思います。

―― 今回、紙と電子を同時に出されています。先ほどライブとCDという例えがありましたが、Gene Mapperのように別々のエディションで出版するという選択肢はなかったのでしょうか?

藤井 それはありませんでした。Gene Mapperと違い、初めから幅広い読者の方にも楽しんで頂けるよう書きましたし、複数の版があると読者にとってみれば、「いま買ったものがすべてではないのか」とストレスになってしまうからです。電子版では短編だったものが、紙では長編になるなどそこに必然性があればまた話は別ですが。

―― そうなると、前作では「電子書籍への取り組み」で注目された藤井さんですが、今後は紙と電子で同時出版というスタイルを続けていくことになりますか?

藤井 そうですね。専業作家になりましたから、広く自分や自分の作品のことを知ってもらうためにも紙の本として出版することはとても重要ですね。もちろん、先ほどお話ししたようにライブとして、あるいは電子版でしか表現できないインタラクティブな絵本のようなものは電子で手掛けていきたいと考えています。そういったものは、従来の出版社とではなく、音楽やゲームを手掛けているパートナーと組んで――ということになるかもしれませんが。

―― 最後にオービタル・クラウドが刊行されたばかりではありますが、次回作の構想などあれば教えてください。

藤井 一般向けのスリラーや、SFの準備をしています。こちらも楽しみにしておいて頂ければと思います。

藤井太洋氏 著書を手に

 電子出版のプラットフォームの整備が進む中、セルフパブリッシングの動きは日本でもさらに盛んになるはずだ。そんな中、電子から紙への大跳躍(グレートリープ:この言葉は本作でも重要な意味を持つ)を果たした藤井氏の歩み――読者や出版社、そして自身の「書く力」との率直な向き合い方は、これからこの分野に挑戦しようという人にも学べる点が多い。その姿は作中で見えない飛翔物体と、発想とテクノロジーを駆使して格闘する登場人物たちにも重なって見える。『オービタル・クラウド」は単に宇宙をテーマにした小説というだけではなく、いまという時代が色濃く反映された作品だといえるだろう。

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