動かした心の量と収入のバランスを――これからの編集者に求められること堀江信彦×佐渡島庸平対談(1/2 ページ)

トキワ荘プロジェクトが名編集者・堀江信彦氏とコルク代表・佐渡島庸平氏の対談イベントを開催。堀江氏が携わった作品の裏話や、低迷する日本のマンガ業界を救うため、これからの編集者に求められることが語られた。

» 2014年03月05日 11時00分 公開
[渡辺まりか,eBook USER]

 集英社で『シティハンター』『北斗の拳』などを担当し、「週刊少年ジャンプ」の黄金時代を築き上げ、現在では独立してコアミックスを設立、「週刊コミックバンチ」「月刊コミックゼノン」を創刊した伝説の敏腕編集者・堀江信彦氏。講談社で『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』を担当後、独立して作家エージェント集団・コルクを立ち上げた佐渡島庸平氏。トキワ荘プロジェクト主催で、両者による対談イベントが2月19日、阿佐ヶ谷ロフトで開催された。

 あのキャラクターはどのようにして生まれたのか、またこれからの編集者はどうあるべきか――3時間にわたるトークイベントを凝縮してお届けする。

「最初はハードボイルドを目指していた」

佐渡島庸平氏(以下、佐渡島) 堀江さんの担当した『シティハンター』では冴羽獠が「もっこり」と言い、『北斗の拳』ではケンシロウの服が破けるとか、歌舞伎でいうところの見得を切るといったたぐいの決めぜりふや決まり動作がありますよね。あれはどういう経緯で生まれたんでしょうか。

堀江信彦氏 堀江信彦氏

堀江信彦氏(以下、堀江) 北条司さんの、前作『キャッツ・アイ』がセクシー路線だったので、2作目はロサンゼルスを舞台にしたような、ハードボイルドでシリアスな作品でいこう、と決めていたんだよね。スナイパーとしての腕は超一流。クールでカッコイイ主人公。でも、連載が始まってから、どういうわけか人気が出なかった。

 読み返してみたら、確かに、シリアスすぎて重たい感じがしたから、あるとき、「もう、冴羽獠に、もっこり、とか言わせちゃった方がいいのかなぁ」とつぶやいたら、そのせりふを本当に使っちゃったんだよね。びっくりしたけど、そこから徐々に人気が高まって、『シティハンター』は大ヒット作品に成長していった。今考えてみれば、ハードボイルドでって注文つけちゃったばかりに、余計なプレッシャーをかけていたんだなぁ、と反省しているんだよ。

佐渡島 それがきっかけで、冴羽獠は愛されるキャラクターになったんですね。決めぜりふがあると、人気が出やすくなりますよね。

堀江 僕は少年誌出身だから、何となく「必殺技」があるとウケる、というのが分かるんだよね。分かりやすいじゃない、必殺技。それと同じで、決めぜりふも分かりやすいからウケるし、覚えてもらえるし、人気も出る。そういうことなんじゃないかな。

編集者に求められるのは「幸せになるもの」を作り出すこと

佐渡島 マンガ家っていうと、締め切りに追われて忙しいのに、あんまり稼げていない印象がありますよね。不幸そうっていうか。

堀江 それって、マンガを愛していない人が編集担当をしているからなんじゃないかな、と思うのよね。ただ単に、お金のために仕事をしているというか、言ってみれば、投資目的でやっているというか。でもそれだと、あまり誇りを感じられない。それより、マンガ家がお金を稼げるように、つまりそういう風に幸せにできるようにしてあげて、かつ、作品を読んだ人たちも幸せになるような仕事だったら、誇りが持てるんじゃないかなぁ。

 実際、多くの人の心を動かしたら、その分、収入があっていいんじゃないかと思うのね。MicrosoftやAppleに比べたら、より多くの人を感動させているんだから、それより多い収入があってもいいと思うんですよ。

佐渡島 賛成です。僕は、ドラゴンボールはすばらしい作品だと思っていて、作者の鳥山明さんは、世界中の子どもや大人の心を動かし、人生を変えるきっかけを与えました。だから、もっと何倍もの年収であっても不思議ではありません。マンガ家は莫大な収入を求めて描いているわけではないので、望まないかもしれませんが。でも僕は、出版社ではなく、マンガ家が、それなりの金額を出して新人賞育成のファンドを作ったりする方が健全だと考えています。

 我々は、まだ、心を動かした量を、収入に変えるための方法を知りません。収入の道は本しかない。メディアミックスの規模もまだ小さいです。今、時代は大きく変わっているので、作家のための新しい収入確保の道を、模索する時代だと思います。

堀江 そうね。出版社はその作品の版権を預かっているという権利を主張するだけではなく、その経済的効果を最大限にしなくちゃいけない、という義務があるんじゃないかな。僕たちが何で編集者になったかというと、読んで幸せになるものを作りたいからだよね。そういうものを作り出しているマンガ家の笑顔を見たいんだよね。そのために何ができるか、というと、しっかりマネタイズしていかなくちゃいけない。

 今のマンガ市場は、実は昭和38年レベルなんだよね。そんな中でこれだけのマンガ家さんたちを養えるはずがない。だとしたら、国外に飛び出すことも視野に入れなくちゃいけないよね。

主要漫画3誌販売部数 主要漫画3誌販売部数。堀江氏がジャンプ編集長を務めていた時期を頂点に全体的に右肩下がりなのが分かる
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