インタビュー
» 2013年11月28日 11時00分 UPDATE

小学館の電子雑誌戦略――Adobe DPS採用のワケ

『CanCam』『AneCan』など小学館発行の女性ファッション誌9誌が9月から電子雑誌でも配信開始となった。これから進むとみられる雑誌の電子化、小学館はどういった戦略の下、パートナーとしてAdobeを選んだのか。Adobe DPS採用の理由と合わせて聞いた。

[西尾泰三,eBook USER]
CanCam

 『CanCam』『AneCan』『Oggi』『Domani』『Precious』――言わずと知れた小学館発行の有名女性ファッション誌の数々。書店やコンビニエンスストアでこれらを目にする機会も多いだろう。

 そんな小学館のファッション誌9誌がこの9月から電子雑誌でも配信が始まった。雑誌は制作ワークフローやビジネスモデルが一般書籍とは少し異なる。一般書籍の電子化は順調に進みつつあるが、それと比べると雑誌の電子化はまだ少なかったが、2013年に入ると、5月に集英社、そして9月の小学館と、大手出版社が電子雑誌の配信を相次いで開始している。

 このうち、小学館の電子雑誌を支えているのが、アドビ システムズが提供する電子出版ソリューション「Adobe Digital Publishing Suite」(DPS)。ここでは、小学館 デジタル事業局 コンテンツ営業室課長の小沢清人さんに、なぜ今大手出版社が相次いで電子雑誌の配信に踏み切っているのか、そして、DPSの採用に踏み切ったのはなぜなのか、配信に至るまでの考えを聞いた。

消費者のライフスタイルの変化に合わせて選択肢を

小沢清人さん 小学館 デジタル事業局 コンテンツ営業室課長の小沢清人さん

―― 大手出版社である小学館が、書籍とは異なるジャンルである雑誌の電子配信にアドビのDPS(Digital Publishing Suite)を採用するまでの経緯・背景をお聞きできればと思います。最初に、小学館の電子に対する基本的な考えを教えてください。

小沢 小学館としては、電子や紙の区別をなくしたいと思っていて、消費者のライフスタイルの変化に合わせて選択肢をもっと広く――紙で欲しい方には紙で、電子で欲しい方には電子で――提供していくべきだろうと考えています。紙しか出さないのは、ある種それを強要してしまっていることになるので。

 今回の電子雑誌配信は、「紙からデジタルへの移行ではない」ということが社内での共通認識でした。供給側の都合だけではなく、欲しい人が欲しいように入手できるようにすることが大事なんだという話をしました。

―― 雑誌にも電子という選択肢を用意する考えは前からあったということですね。実際にDPSの検討に入ったのはいつごろだったのでしょう。

小沢 DPSについて言えば、2年以上前に『MEN’SPrecious』のアプリをDPSで制作したころからですね。2013年秋に向けて電子雑誌を配信しようという話が社内で進み始めたのは2012年末で、2013年3月に社内ワーキンググループが立ち上がりました。

―― ファッション誌から始めた意図は?

小沢 小学館の女性誌は年齢層、ジャンルなどカバーしている範囲が広く、今後の電子雑誌ビジネスのモデルケースがいくつか想定できました。また、複数の雑誌を同時に行うことで、コスト面だけでなく、社内の意思統一など多くの面で効率化をはかることができました。

 5月に集英社が電子配信を始めたことも大きな要因です。女性誌の電子市場を一気に活性化させるチャンスと感じましたので。

 また、権利処理でいうと、女性誌も3年ほど前にその動きがありました。当時はまだ女性ユーザーが多くないこともあり、大きな展開には至りませんでしたが、権利処理は進んでいました。社内ではずいぶん前から(女性誌の電子雑誌を)「いずれやる」という空気がありました。

DPSの魅力は「解析」「実績」「サポート」

―― 電子雑誌のソリューションというと、アドビのDPSを筆頭に、例えばKoboのAquafadasやPixelMagsもあります。実際の検討ではどういった点を重視したのでしょうか。

小沢 我々の検討項目は多岐に渡りましたが、総合的に我々の理想の実現に最も近かったのがDPSでした。さまざまな要件にアドビはかなりアグレッシブに対応してくれました。

 次がコストです。導入のイニシャルコストで考えると、かつては『DIME』1誌しか電子雑誌にしていなかったので高く感じたのですが、今回は9誌を同時にスタートすることで、1誌当たりのコストは他のソリューションと大差ないところまで下がりました。

 そして「読者のコンテンツへの接触」を分析できることが必須だと考えていました。DPSはデフォルトの解析機能でもそれなりに行えますし、より詳細な解析をしようと思えばAdobe Analyticsもあり、拡張性の高さも十分です。

―― 先ほど集英社の取り組みが少し出ましたが、集英社はAquafadasを採用しました。一方小学館はDPS。それぞれ大手が別のソリューションを採用しているのが面白いですね。

小沢 Aquafadasも検討しました。先ほどお話しした理由でいうと、1つは解析の部分で我々はアドビの方が優れていると判断したということと、採用実績、特に北米市場ではDPSが最大手だったことも判断材料でした。AppleもAmazonも米国企業ですので、そこで多くの採用実績があることの意味は大きく、それはサポートにも現れます。技術的な部分はもちろんですが、海外企業との手続き作業でも手厚いサポートがありました。実績を基にしたアドバイスは、安心感につながりました。サポートは導入時には見えないところではありますが、アドビのサポートは本当に素晴らしかったです。

―― DPSはコンテンツにインタラクティブ性を持たせられる部分が強調されることが多いですが、むしろ、大手であればあるほど既存のワークフローとの親和性も重要視されますよね。

小沢 そうですね。現状、小学館の電子配信のワークフローは、紙の校了後に始まります。雑誌制作に関わる方々は大変多く、ワークフローや環境を変えるのは現実的ではないですし、避けたいと考えていました。

 現時点では、大部分の人のワークフローは今までと変わらず、実際の現場ではDPSを使っていることを意識せずに作業してもらっていると思います。いずれ、ワークフローに変化があった場合も現場ではアドビの製品は多く使われているので、混乱は少ないと想定しています。

雑誌の特異性と電子雑誌でそれをどう生かすか

tnfigdps3.jpg

―― DPSの可能性について、ここまでの話は、コンテンツそのものではなく、ワークフローなどに着目したものでした。例えばインタラクティブなコンテンツ制作についてはどう考えていますか?

小沢 提供されるコンテンツがPDFベースなのかリッチなものなのかよりも、まずは我々の提供するコンテンツをどこでも手に入れられる状態にすることが優先的なことでした。ここは実書店とのギャップがある部分で、紙版は、「日本全国、どこでもお買い求めいただけます」と言えるほどに流通は整備されていますが、デジタルコンテンツの流通はまだ遠く及ばないと感じます。それを解消することが、市場の拡大につながると考えています。

 また、消費者に新たな選択肢を用意しても、選択していただくためには、新しい選択肢を体験していただく必要があると考え、今回はLite版という編集ページのダイジェスト(各誌100ページ以上)を紙版にバンドルしました。本誌に掲載されているコードを入力することで、Lite版を無料で楽しむことができるというものです。これは、電子雑誌の体験促進だけでなく、紙版の利便性を高めることを目的としています。このクーポンコードを付与する仕組みもDPSは備えていたので助かりました。

 雑誌は商品としての性質がコミックや書籍とは大きく異なります。コミックや書籍はロングテール商品ですが、雑誌はバックナンバーの売上げは全体の数%で、ロングテール商品ではありません。“1巻無料”で続きを買っていただくことも期待できません。各書店とのコミュニケーション、プロモーションをもっと頻繁にやっていくことが必要な商品なのだと感じています。

 電子化による可能性は、販売チャネルの拡大といったことだけではありません。閲覧ページの分析はいままでは大変コストが掛かりました。また、アプリケーションの形でのコンテンツ提供は、読者とのコミュニケーションの場にもなり得ますし、雑誌のWebサイトとの融合が進むのではないでしょうか。雑誌の可能性の広がりを感じます。

想像以上の気づき――データ解析の可能性

tnfigdpsx.jpg Adobe DPSの解析画面。こうしたデータ分析が雑誌制作に生かされる時代となってきた

―― 実際に本格的な電子雑誌配信を開始し、どのような気づきがありましたか。

小沢 今回、ファッション誌9誌の電子配信を開始したことで、図らずも幅広い年齢層の女性のデジタルデバイスの使用法が見えてきました。世代ごとの情報摂取の方法が見えてきたことは、雑誌そのもののつくりや方向性にも役に立つと思います。

 解析についていえば、各ページの閲覧傾向がPV数としてリアルタイムで分かるのは大きいですね。紙雑誌では読者からのハガキなどがありますが、時間が掛かりますし、印象に残ったことが正確かということもあります。1回しか読んでいなくてもすごく面白いページもあれば、何回も読んでいるページもあるでしょうし、DPSでとれる数字は、それをどう判断するかは別として、我々が今までとることができていなかった資料です。

―― 可能な範囲でそうした傾向をお聞きできますか。

小沢 iOSでの傾向を簡単にお話しすると、『CanCam』や『AneCan』などはiPhoneで読む方が多いですね。実は、iPhoneよりiPadで読む方が多い雑誌は1誌もありませんでした。

 ほとんどの雑誌で8割前後が、iPhoneで雑誌を見つけているようで、雑誌を読む段になって、iPhone、iPadとデバイスの使い分けが始まります。年齢層によって、iPadの所有率が違うことが原因かもしれませんが、僕らが思うほど、大きい画面で見たいと思っていないのかもしれません。いずれにせよ、我々の想像以上に、読書方法のデジタル化は進んでいると感じました。

 誌面のページ数とPV(ページビュー)の関係を見ると、基本的にはiPhoneでも1冊丸ごと以上(PV>ページ数)読まれています。例えば200ページの雑誌があったとして、iPhoneだと50〜100ページくらいしか読んでもらえないと思っていたのですが、230ページくらい読まれています。どの雑誌もその値はiPadの方が若干高いですが、そう大きくは違わない。ただ、PVがページ数を割る雑誌もあり、世代によって雑誌の楽しみ方が違うのかな、と考えたりできる興味深い数字が取れています。

―― DPSに対しての課題などはどうみていますか?

小沢 正直、不満が生じるほど、まだ我々が作りこみをしていないです。新機能のアップデートなどは頻繁にあるので、それをスペシャルイシューのような形で実験していくことなどを社内で議論しています。雑誌は、多い月で500ページを超えてきますので、その中の一部分だけ何か変えるのは負担が大きいですから。スペシャルイシューの方が、最初からそれに合わせた企画で動けますし、分量も少なくて済みます。今後はリアルイベントとの連動なども行っていきたいと話しています。

紙の拡売を一生懸命やればデジタルの数字が伸びる

―― 雑誌というパッケージそのものについてはどう見ていますか?

小沢 今、雑誌離れをしているのは30〜40代という印象です。何らかの理由で雑誌から少し離れてしまった方がたくさんいらっしゃって、そういう人が例えば電子だと、若干安く、邪魔にならず、買いやすいということで、もう一回雑誌を手に取っていただけるのではないかと。中でも今回、『Oggi』『Domani』はすごく動きました。雑誌コンテンツへの期待はまだあると感じました。

―― 紙と電子は食い合うという議論はまだまれに見ますよね。しかし小学館の実感でも紙と電子の食い合いはないと。

小沢 はい。今の市場は、紙とデジタルが食い合うほどの規模ではなく、紙版でも数十万部、日本の人口比でいえばすごく少ないと思います。デジタルが数百部、数千部売れても食い合うという規模ではないように感じます。

 紙が落ちて電子が伸びる、という状況は想像できません。紙の部数が伸びた上で電子も伸びるということであり、極端な話、紙の拡売を一生懸命やればデジタルの数字が伸びる、くらいに思っていたりします。我々のようなデジタル部門としては、雑誌をより多くの方に楽しんでいただけるような、デジタルの特典を開発するが必要だと考えています。紙なのか、電子なのかを選択するのはあくまで読者の皆さまですから。

―― 日本と海外、例えば米国市場と比べて、電子雑誌の潮流に違いは感じますか?

小沢 日本と米国は違う部分が多いと思います。米国は定期購読モデルですから、デジタルに移行するだけで出版社側のメリットは大きいですが、小学館でいえば、定期購読者の割合が1%未満の雑誌もあります。米国における大きなメリットは、我々にとってはあまりありません。

 海外のプラットフォーマーに、印刷費や配送料がかからないんだから儲かるはずだと言われたこともありますが、日本独自の電子雑誌ビジネスモデルを考えなければいけないと感じています。消費のデジタル化、グローバル化が進んでいく中で、出版だけ今までのままという訳にもいかないでしょう。ナポリタンのような「日本独自の洋食」ビジネスモデルを構築して行きたいと考えています。少なくとも米国のように電子雑誌配信をiOSに集中させることは日本では適切ではないと感じています。

―― 「スマートデバイス」と呼ばれるスマートフォンやタブレットが普及してきて、中でもスマートフォンは世界的にみても爆発的な普及を見せていて、これに加え米国だとiPadも多いわけですが、日本ではAndroidもカバーする必要性があると。

小沢 そうですね。今回のLite版ダウンロードでいうと、iOSとAndroidの割合は4:1だったので、思ったよりもAndroidユーザーの方にダウンロードいただいたなという印象です。特に女性はAndroidを使っている方も多いので、この辺りも日本ではポイントになりそうです。



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