「タブレットでの読書をもっと気持ちよく」――“電子出版用”新フォント、凸版印刷60年ぶりの挑戦

凸版印刷が開発する、電子コンテンツの閲覧に特化した新日本語フォントの第1弾がこの秋リリースされる。急速に電子化が進む中、活版印刷時代から出版文化を支え続ける印刷会社ならではのこだわりとは。

» 2013年10月03日 09時00分 公開
[山崎春奈,ITmedia]

 電子コンテンツの閲覧に特化した日本語フォントの開発に着手――凸版印刷が新プロジェクトを発表したのは3月。紙の印刷物のノウハウを豊富に持つ大手印刷会社が取り組む、電子デバイス上のコンテンツ閲覧に焦点を絞ったプロジェクトには業界の注目も集まる。第1弾となる「新凸版明朝体」のリリースを間近に控え、急ピッチで制作を進める今、新フォント開発の意図や目的、今後の展望や「印刷会社だからこその譲れないこだわり」について聞いた。

photo タブレット上で見る「新凸版明朝体」

60年ぶりに刷新、読みやすさを追求

 ゼロから作り上げるオリジナル新フォントは、タブレットやスマートフォンを始めとする電子デバイス上での利用と閲覧に最適化し、“電子出版用”をうたう。今秋、本文用明朝体をリリースするのを皮切りに、来年秋に見出し用明朝体と本文用細ゴシック体、2015年春に見出し用ゴシック体、16年春に本文用中ゴシック体――の5書体を順に発表していく予定だ。書体設計や開発に字游工房、監修には「平成明朝体」の作者・小宮山博史さんとブックデザイナーの祖父江慎さんを迎えた。

photo 開発中の新フォント5書体(クリックで拡大)

 従来同社で使ってきた書体は、1956年に活版印刷用に設計されたもの。紙に版で押した際に生じる文字の太り(つぶれ)を想定して細身に作られており、ディスプレイに載せるとかすれて見えがちという問題があった。これまでも多少のアレンジは加えていたが、大幅な刷新は約60年ぶりになる。「急速に進む電子化の中で、改めて今この環境に最適な文字の在り方を考え直したかった」と、開発を指揮する同社の田原恭二 情報コミュニケーション事業本部デジタルコンテンツソリューションセンター課長は話す。

photo 旧フォントと新フォントの比較(明朝体)

 新書体の設計時に徹底してこだわったのは「読みやすさ」。SNSに投稿される短文などではなく、書籍を始めとした長文を読むことを一番に考えて作られ、「文章に感情移入しやすく、いい意味でくせがない」(田原課長)のが特徴という。

 「明朝体は縦組み、ゴシック体は横組み」と推奨利用形態を割り切り、それぞれで最高の読み心地を得られるよう設計している。明朝体は、「はらい」や「しんにょう」の入りを太めに整えるなど、特に横線の弱々しさを軽減。ゴシック体は「少しひっかかりがある方が読みやすいと感じることがわかり」(田原課長)、文字の大きさや高さをあえて揃えずばらつかせている。見出し用の文字は、本文用書体を単に太くするだけでなく別の字体として開発し、大きなサイズで見た時の最適なプロポーションを追求した。

「電子書籍の読書はもっと気持ちよくなる」

 全ての文字を1文字ずつ書き上げる作業を開始したのが4月のこと。本文用書体は、和文欧文含め計2万3058文字という膨大な数になり、「通常はこの倍以上をかけて作る」ところを急ピッチで制作を進めている。昨年度1年間は試作とユーザーテストを何度も繰り返し、電子デバイス上で人間が読みやすいと感じる要素は何か、紙の印刷物と異なる点はどこか、手探りで分解。仮説と検証を積み上げる日々だったという。

photo フォント制作プロセスのイメージ。1文字ずつ文字を起こしていく

 60年ぶりの大刷新に関しては「社内でも応援の声が大きい」という。「手間のかかる作業ではあるが、それ以上に社会的意義を感じる。文化や情報により多くの人に触れてもらうのが印刷会社の使命であり、今の時代ならフォントの見直しに行き着くのは自然な発想だった」(田原課長)。

 完成した新書体は自社の出版物に使用するほか、電子書籍デバイスへの搭載や個人/法人へのライセンス提供など、積極的に外部での使用を推進していくという。「自社の技術として囲い込むのではなく、とにかく広く使ってもらいたい。一般のみなさんにもアクセスしてもらえるよう、どのような形がいいか今模索しています」(田原課長)

photo 田原恭二課長

 「文章を読むのって、気持ちがいいことなんですよ」。田原課長が特に自信を持っていると話すのはひらがなの美しさ。文章の6〜7割を占めると言われるひらがなは、作品全体の印象に大きく関わってくるため、運筆の残し方やとめはらいの処理などを何度も吟味したという。5書体すべてのリリースが終わるのは16年の春の予定と、まだまだ先は長いが士気は高い。

 「版組みと印刷がセットだった活版印刷時代が終わり、フォント単体が商品となったのは電子化以後の話。選択肢が多くなり誰でも気軽に変えられるからこそ、印刷会社が作る意味やオリジナリティを感じてもらえなければ意味がない。60年前に旧書体を作り上げた先人のこだわりやマインドを継承し、負けないくらい長く愛される書体を作りたい。時代の変化は速いが、だからこそ今できる最高のものを提供し、みなさんの電子デバイス上での読書体験をもう一段気持ちよくできれば」(田原課長)

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