eBookJapanの電子書籍販売手法とはJEPAセミナーリポート

2010年代にオープンした多くの電子書店と比べると、2000年に立ち上がったeBookJapanはもはや老舗の電子書店と言える。なぜ同社はこれほど早く、そして今日まで電子書店を運営できたのか。

» 2013年08月12日 08時00分 公開
[鷹野 凌,ITmedia]
イーブックイニシアティブジャパン代表取締役社長 小出斉氏

 一般社団法人日本電子出版協会(JEPA)は8月7日、電子書店「eBookJapan」を運営するイーブックイニシアティブジャパン代表取締役社長の小出斉氏と同社編集部長の宮腰五郎兵衛氏を講師に迎え「eBookJapanの電子出版への挑戦」と題したセミナーを行った。同セミナーの映像や資料は、epubcafeで配信されている。

eBookJapanの歩みとこれから

 小学館で「週刊ポスト」の編集長などをしていた現会長の鈴木雄介氏が2000年5月17日に設立したイーブックイニシアティブジャパン。セミナーの前半では、小出氏が、eBookJapanの沿革と今後について語った。

 同社設立のきっかけは、1998年に始まった「電子書籍コンソーシアム」。これは、大手出版社、書店、取次、流通、通信、ソフトウエア、メーカーなど145社の企業が参加し、通商産業省(現・経済産業省)からの補助金を受け、衛星回線を通じて電子書籍の配信を行う大掛かりな実験プロジェクトだった。当時はまだブロードバンドが普及しておらず、大容量配信が行える衛星回線に大きな期待が寄せられていたという。

 しかし、2000年3月でこのプロジェクトが終了したとき、プロジェクトの仕掛け人である鈴木氏は愕然とする。鈴木氏は、プロジェクト終了の後、参加した企業のどこかが引き継いで事業化を行うだろうと見込んでいたが、どこもそうしたアクションを起こすことはなかった。そのため、鈴木氏はしばらくして小学館を退社し、コンソーシアムのメンバー数名とともに自ら会社を設立した。ちょうど日本でITバブルが崩壊した直後のことだ。

 同社の創業理念は「Save Trees!」。鈴木氏が出版社勤務時代に 大量の返本が断裁処分されることに胸を痛め、電子書籍の普及によって木を救おうと考えたことに起因している。樹齢20年の木1本からは1冊300グラムの本が約200冊できるとし、eBookJapanでの累計販売数2600万点をこれに当てはめると、13万本の木を救ったことになると小出氏は話す。


創業理念は「Save Trees!」
アクティブユーザーの平均月額利用額は約5000円

創立当初からマンガのラインアップに注力してきた理由を「(電子書籍コンソーシアムでは)マンガの反響がすこぶるよく、マンガならいけるかもしれない、という手応えを鈴木は感じていた」と小出氏は説明し、創業期に最も大きかったのは、手塚プロダクションと直接契約が結べたことだという。小出氏は、契約金として当時の資本金の約9割をつぎ込んだと明かし、「私がその時に社長だったら、とてもそんなギャンブルはできなかったと思う」と振り返った。

 次に話はeBookJapanの経営における「選択と集中」へ。同社が設立された2000年代初頭、当時一般的だったフィーチャーフォンでは「ケータイ小説」や「ケータイコミック」などが流行していたが、同社は、「小さな画面でマンガは見せられない」という考えを持ち、大きい画面で楽しめるPCビューワにこだわったという。当時、ベンチャーキャピタルなどからはフィーチャーフォン向けのサービスをなぜ提供しないのか何度も聞かれたが、版面のコマ割り加工などフィーチャーフォン向けのサービスにコストを掛けるよりは、ラインアップを増やす方にコストを掛けるべきと判断したそうだ。

 その後、2007年にはいち早く、「トランクルーム」というクラウド型の保管サービスを提供。また、iPhoneやiPad、Androidなどのスマートデバイスの登場により、「これならマンガもいける」とマルチデバイス対応も開始。モバイルデバイスにおけるスマートフォンとタブレットの利用比率はほぼ半々だという。

 2013年に入ってからは、マンガ以外のラインアップも急激に拡大しているeBookJapan。現在のラインアップは約13万5000点で、うちマンガは7万6000点と国内の電子書店と比較してもトップクラス。登録会員数は累計約81万人で、月間アクティブユーザー数は約5〜6万人。アクティブユーザーの平均購入額は月約5000円で、シリーズをまとめて「おとな買い」する30代〜40代が多いそうだ。また、2012年にはモバイル向けストアからの売り上げが、PC向けストアのそれを逆転していることが紹介された。


電子書籍市場のカテゴリー別売上推移
紙と電子のカテゴリー別売上比較

データ出典:インプレスR&D社「電子書籍ビジネス調査報告書2013」、出版科学研究所「出版月報」2013年1月号・2月号


 インプレスR&Dの「電子書籍ビジネス調査報告書2013」によると、現在の電子書籍市場は、約8割がコミック。一般書籍はコミックに比べると電子化率も低いが、小出氏は、「いままでは“コミック以外は売れない”だったが、今後は“コミック以外も伸びる”と考えている」とし、ラインアップの拡充に引き続き注力する考えを示している。「池袋のジュンク堂書店には在庫が約150万冊あるわけで、それに比べたら(電子書店の)ラインアップはまだまだ少ない」(小出氏)。

 eBookJapanの今後の取り組みについては、フェーズを分けて説明。第1段階は「電子書籍なら何でもある」状態に、第2段階は「すべての良質な本が電子でも手に入る」状態に、第3段階は「電子ならではの本の拡充」だという。電子ならではの本、に関しては、そうしたリッチコンテンツのスタンダードが定まっていない状況なので、力を入れるのは時期尚早と判断しているという。


漫画以外のラインアップを急激に拡大
「トランクルーム」の改良

 読書環境の改善に関しては、トランクルームの改善に取り組んでいるという。トランクルームの提供を開始した2007年当時は、出版社や著作権者の多くが「複数端末で同時に読めるような状態はダメだ」と考えていたため、当時、他の端末で読むためにはファイルのアップロードと再ダウンロードという、1つのファイルを「移動」させる形にせざるを得なかったそうだ。

 それが、2010年にiPadが登場し、次々と立ち上がった電子書店の多くが複数の端末にコピーできる「マルチコピー」型を採用したことで、相対的にトランクルームが不便な形になってしまったという。そこでこの5月にアップデートを行い、「移動」型だが1ステップでダウンロード可能な形に改良を行った。また、ダウンロードを開始したらすぐに読み始められる「即読みダウンロード」によって、待ち時間ゼロ化も図っているところだ。今後すべての権利者から了解が得られれば、マルチコピー型への移行も検討するとした。

 小出氏は、今後の電子書籍市場の拡大に欠かせない3条件として「最適な端末の普及」「品ぞろえの充実」「魅力的な価格」を挙げる。販売価格は、紙書籍の売れ行き鈍化を懸念する出版社が多く、低価格化には消極的だが、今後はより柔軟な価格付け――紙でいう文庫本のように、電子版も発売後しばらくしたら値下げをするなど――の方向に動くだろうとみている。

電子書籍販売における3つの工夫

イーブックイニシアティブジャパン編集部長 宮腰五郎兵衛氏

 後半は、イーブックイニシアティブジャパン編集部長の宮腰五郎兵衛氏が、eBookJapanにおける販売手法について説明。宮腰氏は、「ユーザーに支持される電子書店であれば、自ずと購入してもらえる」という考えに基づき、品ぞろえとその周知、書籍の魅力を紹介することに注力しているという。


直接契約している作品のダウンロード数合計は第6位

 品ぞろえに関しては、現在配信出版社数が約800社で、個人の作家やプロダクションも含むという。前述の手塚プロダクションや、松本零士氏、ちばてつや氏など、直接契約している作品のダウンロード数の合計は、2013年上半期で第6位とした。


 品ぞろえの周知については、2003年にYahoo!コミック(現・Yahoo!ブックストア)へコンテンツ提供したことは認知度向上に役立ったそうだが、こういった「取次」的な事業は、いまは手が回らないため優先度が低くなっているという。

 宮越氏は決済方法の幅広さについても言及。メインはクレジットカードだが、プロバイダ決済、電子マネー、携帯キャリア決済などにも対応している。また、ローソンと提携し、PONTAポイントを「eBook図書券」と交換できるサービスも行なっている。筆者がeBook USERで寄稿している「電子書店完全ガイド」では主要な電子書店のサービス内容を比較調査しているが、eBookJapanの決済方法は突出して幅広い。

 余談だが、先日、Google日本法人が「Google Play」の状況とアプリ開発者支援についての説明会を行った際に、携帯キャリア決済に対応してから売り上げが14倍伸びたという話があった。コンテンツの配信事業を行う上で、「支払いやすさ」は非常に重要な要素の1つといえるだろう。


決済方法は非常に多彩
ローソンとの提携でPONTAポイントとeBook図書券が交換できる

 このほかの事例として、ASUSとの提携で行った電子書籍と端末のセット販売や、終了予定の他社サービスユーザーの救済を行う「電子書籍お助けサービス」日本航空との提携で航空機内の個人モニターでマンガが読める「SKY MANGA」「宇宙初の電子本をみんなで創ろう!」プロジェクトなどを紹介。電子書籍お助けサービスで救済されたユーザーの数は非公開だが、試みそのものが反響を呼び、多方面から応援の声をもらったいう。



 「書籍の魅力を紹介する」事例としては、シリーズ1巻を無料でダウンロードできる「今週の無料の本」コーナーや、紙の書籍では入手困難な作品を紹介する「(得)希少本」コーナー、eBookJapanオリジナル電子雑誌「KATANA」などさまざまな取り組みを紹介。直近では、漫画誌の編集長140人に聞いた「編集長、オススメの漫画を教えてください2013」企画の評判がよいという。


eBookJapanオリジナル電子雑誌「KATANA」
出版社とのコラボレーション企画の事例

 質疑応答では、ブラウザビューワの対応書籍がまだ少ない点やEPUBなど配信ファイルフォーマットの対応状況に関する質問があったが、いずれも間もなく対応していく考えが示された。また、他社との本棚連携については、「総論としてはやっていきたいが、同時閲覧数などクリアすべき問題がある」と説明した。

 eBookJapanの行なっている販売手法は、単なる「安売り合戦」にならないよう、自らの強みを生かした形でユーザーに楽しんでもらう工夫を凝らしている。ユーザーの注意を引く工夫、ユーザーを飽きさせない工夫、ユーザーに不便を感じさせない工夫を、地道に十数年コツコツと積み上げてきたことが実を結んでいるということなのだろう。

著者プロフィール:鷹野 凌

 フリーライター。ブログ「見て歩く者」で、小説・漫画・アニメ・ゲームなどの創作物、ボカロ・東方、政治・法律・経済・国際関係などの時事問題、電子書籍・電子出版・SNSなどのIT関連、天文・地球物理・ロボットなどの先端科学分野などについて執筆。自主出版で電子書籍『これもうきっとGoogle+ガイドブック』を配信中。

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