大ヒット『月とにほんご』作者・井上純一さんインタビュー(2/2 ページ)

» 2013年05月28日 16時43分 公開
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(自分は)中国語は全然話せません(笑)

矢島 このインタビューに臨む前に、井上さんのお名前の『一』の字が難しいとき(井上純弌名義)のTRPGなどの活動を調べさせていただきまして、やはりこだわりが深い方だなと思いました。最近は希有馬という名前で同人活動を行っているほか、フィギュアの作り込みもすごい。奥さまとそのこだわりの深さが起因して喧嘩することはないんですか?

井上 夫婦生活でそれはやってはいけないんです。作品であればこうしようとコントロールできますけど、夫婦生活をコントロールしようと破たんするでしょう。多かれ少なかれ受け身じゃないと長続きしないと思います。基本的には相手が何をしたいか聞き出すのが大切です。

 そういう意味では国際結婚って良くて、相手のことを理解しないと先に進めないので、基本的に相手の話を聞く姿勢ができるんですよ。言葉の面も含めて、ちゃんと考えて話すので、冷静になれますよね。

矢島 違う環境で育ってきましたし、そもそも常識としているものも違うということが頭に入っていますからね。

井上 そうですね。この人は日本人じゃないんだ、と。差別じゃなくて、そう認識しないといけないんです。だから僕の結婚生活の中で、中国嫁日記はすごく役に立っていますよ。マンガを描くために、相手の話をよく聞かなければいけませんから。

矢島 なるほど。井上さんは聞く力をどういう風に身に付けたのですか?

井上 うまくいく経験を重ねることですね。僕はマンガやTRPGのほかに模型を造ったいますが、こうするとうまくいくんだという発見の連続で、それで上達していくんです。問題は、どうにもならないものですね。コントロールできないもの。それがインタビュー前半でお話させていただいたのですが(笑)

矢島 お聞きしたいことがありまして、井上さんはクリエーターとしてさまざまなトライ・アンド・エラーをしてきたと思います。僕はTRPGをプレイすることがあるのですが、このルールを作るのにどれだけ試行錯誤したんだろう、と。

井上 TRPGはサイコロや台紙、鉛筆を使い、人間の会話によって進めるゲームなので、コミュニケーションによって物語を創るという遊びなんですね。すると、このゲームの創り手はコミュニケーションとは何かということを考えるんです。

 例えば、この遊びには『マスター』という、人の話を聞いて物語をまとめてくれる役目の人がいます。そのマスターという立場の人が、例えば見知った仲間である場合と、初めてその卓についた知らない人の場合だと、物語を作る上で状況はまったく異なりますよね。後者の場合、そこにいる人に物語を作る仲間だと認識させないといけないんですが、そうさせるためのテクニックが実はゲームのシステムそのものに落とし込まれているんですよ。『アルシャード』と検索をかけてその本を買って欲しいのですが(笑)、コミュニケーションのやり方が分かるはずですよ。

 TPRGのプレーヤーって、人当たりがすごく良くて、話をよく聞くんです。それは、人とコミュニケーションをしないと楽しめない趣味だから。具体的にどんなゲームか知りたい人は『リプレイ』というジャンルがあって、TRPGの様子を文章で表したライトノベルがあるので、それを読んでほしいです。

矢島 『中国嫁日記』シリーズについてお話をうかがいたいのですが、世の中に自分たちの結婚生活を公開して、普段の生活は変わりましたか?

井上 知名度はかなり上がりましたね。50万部を越えるとこれほど違うのか、と実感しています。出版社さんの待遇も違いますし(笑)、ファンの目も違います。ただ、自分がやっていることはあまり変わっていないですね。毎日の生活もそんなに変わっていないです。

矢島 普段はどんな生活を送っていらっしゃるんですか?

井上 マンガを描いたり、模型を造ったりしています。最近は中国に住むようになったのですが、あちらは家が広いので作業がしやすくなりましたね。TRPGだけは友だちがいないので残念ながらできないんですが、それ以外は何でもできるんですよ。後は不満を言えば、インターネットの回線速度が鈍いですね。

矢島 今は中国と日本を行き来していらっしゃるとのことで、すごく気になることがありまして、月さんは学んだ日本語をどこまで覚えているのかな、と。中国にいると日本語を使わなくなってしまうじゃないですか。

井上 これはですね、人間が話をするというのは2つの側面があって、1つは条件反射的に出てくる言葉、もう1つが本当に伝えたいことがあって理路整然と考えて話す言葉です。

 それで、月の日本語は、普段話しているときはまったく気にならないんですよ。日本にいたときのままのように思うのですが、マンガを描くためにネタを聴くと、日本語でのコミュニケーション能力が落ちていることが分かるんです。単語が出てこないし、伝えたいことを伝えられる語彙が並べられなくなっているんです。

矢島 それって、読者の目線からするとすごく面白い状況だと思います。

井上 よく、月のことを考えていないんじゃないかとか、もっと正確な日本語を教えるべきだといわれるのですが、僕は違っていれば違っているほど面白いと思うんです。

 でも、実は言語って女性の方が覚えるのが速いそうで、月もあっという間に日本語を覚えました。ものすごい勢いで日本人レベルの言葉を身につけましたね。

矢島 井上さんは中国語をしゃべられるのですか?

井上 全然駄目です(笑)。中国語で「これ一つ」というのと、「幾ら?」くらいは覚えていますが、それくらいですね。もっとほかの言葉もすんなり出てこないとやばいな、と。

矢島 井上さんがある程度コミュニケーションができるようになると、『日本夫日記』とか出せそうですね。

井上 それはあると思いますよ。おそらく中国人が知りたいのは、日本人が中国人をどう見ているかだと思いますからね。

矢島 『月とにほんご』の執筆に関してエピソードがあれば教えてください。

井上 『月とにほんご』を担当した編集者が、本当に真摯(しんし)になって編集をしてくれました。一回、ネームが1年ほど止まってしまった時期があったのですが、その間にもこういう内容はどうでうすか? アドバイスしていただいて。相当厄介な本だったと思いますよ。

 さらに、ですよ! 僕が尊敬しているデザイナーのよつばスタジオの里見英樹さんと、ブックデザイナーの祖父江慎さんに本のデザインや装丁をお願いしていただいたんです。日本で最高峰の2人に本を作ってもらったということがうれしくて、もうマンガ家じゃなくなってもいいかなと思っているくらい(笑)本当に尊敬するお二人なので、人生においてここまでうれしいことは……そうそうないですね。

矢島 では、最後にインタビューを読んで『月とにほんご』に興味を持たれた皆さまに、メッセージをお願いします。

井上 読んでいただきありがとうございます。『月とにほんご』や『中国嫁日記』は、いろいろ考えて詰め込んでいるので、読んでいただくとうれしいです。きっと、人生に損はないと思います(笑)。また、『中国嫁日記』はWebでもタダで読めるので、ぜひ読んでみてください。

矢島 ありがとうございました!

井上純一(井上純弌)さんプロフィール

井上純一(井上純弌)さん自画像

1970年生まれのTRPGゲームデザイナー、イラストレーター、漫画家、玩具会社 銀十字社代表、同人サークル希有馬屋(けうまや)代表。代表作:コミックエッセイ『中国嫁日記』シリーズ(エンターブレイン刊)、同『月(ゆえ)とにほんご』(アスキー・メディアワークス刊)、スタンダードTRPGシリーズ(SRS)『アルシャードセイヴァー』『エンゼルギア』『天羅万象』他。40歳の時に、20代の中国人女性、月(ゆえ)と結婚。その月が通った日本語学校で巻き起こる、日本語にまつわる、笑えて、ためになるトピックの数々をコミック化したのが『月とにほんご』(現在、15万部)である。

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