「ゲームセンターあらし」を無料連載、その意図とは? 太田出版の“web連載空間”「ぽこぽこ」に迫る(2/3 ページ)

» 2013年05月13日 08時00分 公開
[山口真弘,ITmedia]

旧作をWeb連載する取り組みはなぜ生まれた?

ぽこぽこの『ゲームセンターあらし』のページ

── オープンから約2年間、新作を連載して単行本でペイするスタイルだったぽこぽこで、今回のあらしのように旧作を連載する試みが始まったわけですが、これはどういうきっかけだったんでしょう。

 ぽこぽこは2012年暮れまで、連載中の漫画は1話と最終話だけ載せていて、真ん中の話は読めなかったんです。真ん中が抜けていると途中で興味を持っても追いつけないなどの課題は理解していましたが、単行本になる前提の作品がWebで全話読めてしまうのはやはりきついだろうというのが社内的なコンセンサスだったんです。

 そんな時に竹熊(健太郎)さんとお会いする機会がありまして。竹熊さんはクイックジャパンからのお付き合いで、僕は復刻版の「アストロ球団」巻末の解説で直接お仕事させていただいて以来、いろいろ相談に乗ってもらっているんですが、「いやそこは全話公開でしょ、売上が落ちると言う人もいるけど絶対に落ちない」と言われて。

 そういう中で、2012年11月ぐらいに全話公開に踏み切ることになって、著者に確認をとったところ、ほぼみなさんOKと。つまり連載が終わって単行本が出るまでの間はWebで全話を読める形ですよね。単行本が発売されている作品を全話読むことはできないんですけど、結果的にはアクセスも大幅に増えて、よかったよかったということになりました。

 竹熊さんは、旧作の「ファミ通のアレ」を電脳マヴォで連載したり、「同人王」という、同人誌で完結している作品を公開したところ、すごい反響があったので、過去のコンテンツを連載でやればいいのに、という話もされていて、これもなるほどと。

 じゃあ何をやろう? と考えたときに、僕は2000年に復刻版のあらしを担当していて、すがや(みつる)先生とはその後もやりとりさせていただいていたので、「吹き出しコメントシステムであらしを読めるようにしたい、共通体験としてみんなで読むというのをWebでやりたい、かつ全話公開」というのをすがや先生に提案させていただいたんです。

── 少し話が戻りますが、長らく絶版になっていたあらしを十数年前に御社で復刻した際、林さんがそれを担当されたんですね。

 そうです。当社は1990年代、竹熊さんや米沢(嘉博)さんに関わっていただいた『QJマンガ選書』や、大泉実成さんの『消えたマンガ家』など、1960〜1970年代の作品を再評価する流れが社内にありまして。1999年に『アストロ球団』の復刻版を僕が担当して、それがすごく売れたんです。5巻構成で、1冊が800ページというとんでもない装丁だったんですが。

ドンッ!と置かれるアストロ球団やあらしの復刻版

 これと同じ判型で別の作品をやれないか、ということで、最初に平松(伸二)先生の『ドーベルマン刑事』を打診したんですよ。ところがアストロが売れちゃったんで、出版社さんが昔の作品を囲い込むようになって、うまくいかなかった。

 それで範囲を広げて調べてみると、どうもあらしが読めなくなっているらしいと。だからすぐにすがや先生のご自宅にアストロの復刻版を全巻送りつけて(笑)。

 すがや先生も、それまであらしを何回か復刻したけどうまくいかなかったそうで、最初は難色を示されていたんですが、この判型で全話を読めるやつを作りましょうとご提案して、すがや先生に調べていただいたら権利も大丈夫だったので、あとはトントン拍子でした。「炎のコマという必殺技をやっていた」というだけの理由で復刻版の解説を桜庭(和志)さんにお願いしたりもしましたね。

 結果的に復刻版のあらしはすごく売れて、そのあとに似たような復刻本がたくさん出て、ひとつのムーブメントになったのでよかったかなと。僕はその後に『コンティニュー』を創刊することになるんですが、すがや先生とはお付き合いが続いていまして、今回もあらしだったらすぐに話ができる、と。今回の版面は当時僕が作ったものなので、どこに遠慮せずにやることができました。

すがや先生直筆サインをみせながら当時の思いを語る林氏

 コロコロは月刊のほかに別冊もあって、すがや先生は両方にあらしを描いていたんですが、当時発売されていたてんとう虫コミックスは、別冊コロコロをほとんどフォローしていないんですよ。復刻版は全4巻ですが、てんとう虫コミックスに収録されていないページが約400ページとかあって、恐らくいまだに僕らの復刻版でしか読めないはずです。

── あらしの電子書籍版は、イーブックジャパンで配信されているのが唯一のようですが、あれは御社の復刻版と同じ内容なんですか?

 並び順はうちのを参考にしているようですが、中身は違うと思います。ただ、今回のぽこぽこでの公開に当たっては、すがや先生に少しでもメリットがあるように、イーブックジャパンのURLをサイト内でフォローしているんですよね。

── あらしの電子書籍版がイーブックジャパン以外に出ていないというのも、おもしろい話ですね。同じキャラが出演している『こんにちはマイコン』も含め、電子書籍との相性がよさそうな作品だと思うのですが。

 そうですね。あらしを電子で読むのは意外にレアで、みなさんほぼ初めて読んでおられると思います。あらしって、みんな途中で卒業しちゃって、全部通して読んだ人が少ない作品なんです。僕自身も、うちの復刻版でいう2巻の途中でもう読んでいなかったですから。

── 私も当時途中から読んでいましたが、終盤は記憶にないです。御社の復刻版で初めて最終回を読んだくらいで(笑)。別冊版も含めると、通しで読んだことがある方は皆無かもしれませんね。

 すがや先生ですら後半は記憶にないっておっしゃっていましたから(笑)。後半、インベーダー・キャップがどうでもよくなっていく過程が面白かったですね。キャップがない状態で勝っちゃって「なくても勝てるんじゃん!」って(笑)。

── (笑)。今回のWebでの公開ではイーブックジャパン版の宣伝はしているが、それはすがや先生への還元であって、ぽこぽこ自体に直接の売上は特にないわけですよね。

 そうですね。ただ僕らとしては、まずは竹熊さんがおっしゃっていた旧作を新連載するという取り組みが、果たしてユーザーに受け入れられるかを試してみたかったんです。

 この取り組みでイーブックジャパン版『ゲームセンターあらし』の売り上げが目に見えて伸びることが実証されれば、今後、同じように旧作をWebで全話公開して電子書籍の売上を伸ばすビジネスがやれるわけですから。

 それを判断するにはまずやってみる必要がありましたし、やるのなら知名度が高い作品から始めるのがいいだろうと。盛り上がっているのかはっきりしないよりは、今回のあらしのように、公開時にちょっとした祭りになるぐらいの方がいい。あらしじゃなかったらやらなかったかもしれませんね。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.