出版権提案、TPP交渉参加、絶版作品のダウンロード――福井弁護士に電子書籍を巡る著作権の現状を聞く(後編)まつもとあつしの電子書籍セカンドインパクト(2/2 ページ)

» 2013年04月18日 08時00分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]
前のページへ 1|2       

著作権保護期間延長は「死に至る病」

―― いま挙げて頂いた3項目のうち、特にやっかいなものはどれだとお考えですか?

福井 非親告罪化は赤松健さんの最近の提言をお読み頂くとして(笑)、長期的な“死に至る病”は「保護期間の延長」です

 これは一見地味なのですぐには重大さが伝わらないのですが、わたしが著作権について積極的に発言するようになったきっかけでもあります。保護期間の延長は最終的に誰の得にもならない、という確信があったからです。今年は特に吉川英治など著作権切れを迎えた作家が多い「ビッグイヤー」で、保護期間に注目が集まりました。

 著作権の期限切れを迎える作品は毎年新たに生まれます。期限を延ばし続ければ文化にとって壊滅的な事態を招きかねない。さらに古いコンテンツについて言えば、米国は圧倒的な輸出超過国で、日本はその逆。保護期間は、ビジネスのヘゲモニー(覇権)にも直結した問題なのです。

 実は、期間延長を求める団体のうち、この問題で最もロジカルに振る舞っているのはJASRACかもしれません。音楽は古いタイトルが継続的に利益を上げており、保護期間が延長されれば短期的には収入が増える。収入が増えるから期間を延長してほしい、というのは少なくとも論理の筋道は通っている。これに対して、「作家や作品へのリスペクト」を保護期間を延ばす議論と結びつける発言もありますが、間違っています。著作権は財産権であって、人の心を支配する力はない。著作権を延ばさなくても、皆が愛する作品には永遠の命が与えられています。シェークスピアやモーツァルトが日々証明していることです。作品にとっての死とは、著作権で保護されなくなったときではなく、皆に忘れ去られたときなのです。

―― 作品(著作物)はコピーされなければ拡がらないといった意見もあります。ニコニコ動画などでの作品の楽しまれ方を見ていても、そう感じます。

福井 同感です。『レ・ミゼラブル』という19世紀の小説がありますよね。岩波文庫で約2400ページの大作です。普通なら通して読もうという方は少ないでしょう。しかし、あの作品は今なお世界中で愛されています。原作の力はもちろんですが、キャメロン・マッキントッシュという天才的なプロデューサーがミュージカル舞台にしたからです。さらに昨年は映画化もされて、日本でも社会現象といわれた。オリジナルが著作権で守られているからではなく、作品を愛して止まない人々がそれを繰り返し語り伝え、また二次創作されて拡がっていくことで、作品に新たな命が与えられたのです。

 翻案だけでなく、アーカイブされることも重要です。国内の調査によると、書籍では著者の死後50年を待たずして98%もの作品が市場から姿を消してしまいます。売られていないものの保護期間をいくら延ばしたところで、収入が増える訳がない。むしろ売られていない、ということは非営利セクターが頼りなのです。つまり、図書館や青空文庫のようなデジタルアーカイブ、研究者による研究活動によって人々に伝えられることが生命線なのです。

 映像で言えば名画座の上映、演劇で言えば復活上演――そういった活動によって、作品が再び人々の目に触れ、ファンを増やすことができます。宮沢賢治も金子みすゞも、死後埋もれかけていた作品群が研究者による地道な紹介によって、いまのような評価につながっているのです。こういった活動はお金がないのが通常です。権利処理や許諾のために手間とコストを掛けろ、と言った途端立ちゆかなくなります。保護期間を延長する、ということは、こういった地道な活動の幅を狭くすることにほかなりません。

文化庁 eBooks プロジェクトへの思い

文化庁 eBooks プロジェクトで配信されたコンテンツを示しながら取り組みを振り返る福井氏

―― そんな中、文化庁 eBooks プロジェクトに取り組まれました。ここでは福井先生はどのような役割を果たされたのでしょうか?

福井 文化庁から連絡があり、主査を務めさせて頂きました。国立国会図書館の資料をデジタル化し流通させたいと打診があったときには、「なぜそんな出版社から怒られそうな案件を私に?」と思わず聞き返しました(笑)。でも大賛成だったんです。出版社側には従来、国会図書館のデジタル化事業に対しては一種の不信感もあったように思うのですが、もうそれも見直されて良い時期かなと思っていましたので。

―― いわゆる長尾プランに対する反発がありましたね。

福井 そう。しかし国会図書館は国民の税金で運用されている公的インフラです。そこがほとんど市場流通していない過去の書籍のデジタル化を行い、大量に集積しようという時に、出版界がこれを活用しない手は無い。どんどんやれば良いと。民間がやれることを国会図書館がやるな、というなら分かる。でも民間がやれないことをやってくれるのであれば、むしろ積極的に役割分担して連携すればよいのではないかと。この仕組み作りはできるはずだと考えています。

 国会図書館のデジタル化資料を電子出版ビジネスに活用できるよ、ということを示し、そのノウハウを公開すれば、国会図書館に限らず既存の公的なデジタル化資料を民間が活用するビジネスに弾みが付くはずだと。

 国会図書館自体も「近代デジタルライブラリー」でデジタル化書籍を公開しています。けれども、あれは決して「電子書籍」ではなく、あくまで「書籍のデジタル化」です。よほど古典を研究しているような方でなければ、あれをそのまま読んで楽しむという訳にはいかないはずです。そこに工夫を加えれば市場は拡がるのです。

国立国会図書館デジタル化資料の場合、ページ単位に寸断されている
文化庁 eBooks プロジェクトの場合も、表示はページ単位だが、スワイプしたまま指を離さなければ、切れ目のない「巻き物」のように見えるなど工夫されている

 これ自体が図書館のデジタル化資料と文化庁、出版界、紀伊国屋書店、加えて青空文庫のリソースとノウハウのコラボになっています。例えば『羅生門』は国会図書館版と、青空文庫版で構成されており、異なる2つのラストを楽しめるようになっています。おかげさまでかなり報道され、Kinoppyへの登録が必要であるにも関わらず、1カ月でのべ9万以上もダウンロードされました。そのポテンシャルを確認できたのは大きかったと思います。

―― 絵巻物なども、ネット上で時々人気のある記事になっています。そういった背景はあったかも知れませんね。

福井 こういったものが1000年も前に書かれたと思うとなおさらですよね。

―― 今回は実証実験ということで、紀伊國屋書店さんも収益化は考えておられなかったと思いますが、今後、民間セクターがこういった枠組みを使ってビジネスができるものでしょうか?

福井 正直まだそこまでは見えてないと思います。簡単に儲かるなら実験など経ずに、もうビジネスが始まっているはずですから。とはいえ、これだけのステークホルダーが集まった実験でしたので、一定のノウハウ・知見は得られたし、現在それを報告書という形で公開に向け準備しています。

 例えば今回のプロジェクトでは一般ユーザー評価も行っています。道を歩いている方を呼び止めて、端末で文化庁eBooksを使ってもらい、その感想や利用意向、価格感度調査――例えば「こういうものが定額読み放題であったら、いくらなら利用しますか」という質問をして、かなり意外な、上に振れた数字が出たりしています。いわゆるネットユーザーは一般に財布の紐が固いと言われますね。でも本を読む層を中心にすると、ずいぶん様子が異なってくるな、と。個人的には、このサブスクリプションモデルが面白いのではないかと感じています。

 この報告書こそが今回の実験の意味です。今回はニュース性もあって古典でも9万ダウンロード行きましたが、それに掛かったコストを考えれば当然すぐビジネスになるものではない。けれどもデジタルデータとその活用ノウハウ、例えば権利処理や電子書籍化のヒントには満ちたものになっています。そういったノウハウが蓄積されることで、コストは相当に低廉化できるはずです。

―― 実際、auの「ブックパス」のように電子書籍の定額課金モデルも始まりつつありますし、パブリッジによる電子書籍化事業も徐々に成果を上げつつあります。そういったモデルを組み合わせ、コンテンツの価値を高める方法を試されたというところですね。

福井 そうですね、どれだけの手間を掛ければ既存の「デジタル資料」が「電子書籍」という商品になるかの実験だったとも言えると思います。幸いにも選んだ作品の顔ぶれもあって(笑)、皆さんに注目いただくことができました。

 こうした民間の「電子書籍」ビジネスは、国会図書館などのデジタル化プロジェクトとも十分に棲み分けが可能だと思います。例えば、「インコマース」(市場で売られている)かどうかで扱う作品を区別することが考えられます。市場で流通しているものは、特に作家や出版社の同意がない限り、図書館から電子で借りることも見ることもできない。そして、図書館での人気が確認できれば、ボタン1つでオプトアウトして改めて商業流通に乗せれば良い。

―― それJコミですよね(笑)

図書館の電子書籍貸出ソリューションを展開するOverDrive

福井 まさに。Jコミもあれ自体で儲けるというよりも、著者への還元というところも含めてモデルとして提示してみせたことが凄い。

 さらには、現在米国の公共図書館の95%で導入済みとされる「OverDrive」というサービスがあります。これは、図書館や電子書店が出版社などとの契約に基づいて電子書籍の「貸出権」を購入し、ユーザーが読んで気に入れば、同じ画面から電子書籍の購入までできるというものです。無論、購入されるのは出版などが制作した正規の電子書籍で、書籍のラインアップが広がればこんな選択肢も出てきます。

―― 今回の実証実験はそうしたモデルを探る一環であったと。

福井 そうですね。大量デジタル化はどこが担うのか、それを民間はどう連携して活用していくか、というモデル作りの一歩でもある。前半でお話しした出版権の議論も同じ動きの中にあります。作品への投資を促しつつ権利分散をどう避けるか、流通をどう活性化するか、その着地点を探る前向きな議論を進めていくべきですね。

小資源の日本こそ、世界最大のアーカイブ立国を目指すべき

―― そういった動きの中で福井先生としてはどのように取り組まれていきますか? またeBook USERのような書籍に愛着のある読者としてはこのような問題にどう向き合えば良いとお考えですか?

福井 私は本――今はまだ多くは紙の本ですが――や映画、美術が大好きです。舞台も毎週のように観ています(笑)。ネットやデジタル革命によるワクワクするようなイノベーションを感じつつ、他方で過去に優れた作品を生み出してきたメカニズムも愛しいと思っています。後者を前者に取り込んでいきたい。淘汰は必然ではありますが、古い、良い作品の遺伝子を新しいエコシステムの中に残していくにはどうすれば良いか。それを必要とする人たちに届けるにはどうすれば良いか、を考えたいですね。

 日本からは世界に誇れる作品が数多く生まれています。それらをきちんとアーカイブすることができれば、現代の「アレクサンドリア図書館」だって可能になるはずです。いま各国はデジタルアーカイブ対策にしのぎを削っていますが、小資源の日本こそ、世界最大のアーカイブ立国を目指すべきです。それは教育・研究、ひいては経済にとってもプラスになるし、コンクリートに毎年何兆円も使うより知に投資する方が絶対に効率も良い。

 そのためには、いまある種の「機能不全」を起こしている著作権。これを何とか解決していきたい。それが私のできる仕事だと捉えています。そうすることで、素晴らしい作品を社会のすべての人に、私の娘たちのような次の世代に残していきたいと思いますね。

 eBook USERの読者の皆さんには、こういった問題にぜひ関心を持ち続けて頂ければと。それは世論として政府にも伝わり、政策決定や予算配分に影響を与えますし、私たちにとっても大きな支援になります。

―― なるほど、ネット選挙も控える中とても大切なポイントですね。今回はありがとうございました。

著者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし

 ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。

 取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは@a_matsumoto


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.