“既成概念だけで測らない”――プロゲーマー梅原大吾がちきりんに明かす『勝ち続ける意志力』

今年に入ってからAmazonでランクインし続けている『勝ち続ける意志力』の著者、梅原大吾氏と「Chikirinの日記」の管理人であるちきりん氏による刊行記念トークが行われた。

» 2013年04月02日 09時00分 公開
[渡辺まりか,ITmedia]
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 「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」としてギネスに認定されたこともあるプロゲーマー、梅原大吾氏。「ストリートファイター」シリーズに代表される「2D格闘ゲーム」の世界大会では2度優勝。ほかのプレイヤーからは神とまで呼ばれることもある類いまれなゲームの腕は、例えば以下の有名な動画で見られる会場の異常な盛り上がりから、普段ゲームをしない方でもその難しさと、そんなスーパープレイを目撃したが故の興奮が感じ取れるはずだ。

 日本人初のプロゲーマーとして知られる同氏が小学館から昨年4月に出版した『勝ち続ける意志力』が、今年に入ってからAmazonでずっとランキングに入り続けている。

 きっかけは、社会問題をゆるく考えた内容が人気の“おちゃらけ社会派”ブロガー、ちきりんさんが自身のブログで1月3日、「Chikirinの日記―『勝つこと』と『勝ち続けること』」で同書を取り上げたこと。ブログで紹介され、Amazonへのリンクが貼られていたことから、紙の書籍はAmazonで即日完売、Kindle版も数千のオーダーで爆発的に売れ、今なお売れ続けている。紙と電子の両方で販売していたことの勝利とも言えよう。

 今回、「ビールも飲める本屋」として知られている「下北沢B&B」で梅原氏とちきりん氏の対談が行われたので、その模様をレポートする。

自信と不安の入り交じった子供時代

ちきりん 著書の中で、14歳で既に「世界で俺より強いやつはいないと思っていた」とものすごい自信を見せてますけれど、それと同時に不安な気持ちが併存していたとありますよね。どんな状況だったんでしょうか。

『勝ち続ける意志力』著者梅原大吾氏

梅原(以下、ウメハラ) 10歳から一人でゲーセンに行くようになって、格ゲー(格闘ゲーム)にのめりこんでいったんですが、本当に強かった。それなりに強い人たちが集まる場所で勝てるし、ある時秋葉原で外人さんと対戦しても、「日本人のレベルは高い。世界の中でレベルの高い東京で勝ち続けている俺はきっと世界一」と思えたんです。子どもなので、考えが浅はかだったんでしょうね。

 もちろん、本当に世界一の人が目の前に現れてくれたらな、とは思っていましたよ。そういう人に立ち向かうために頑張りたいという気持ちがありましたから。でも、現れなかった。頑張れるという自信を証明できなかったんです。

 それに、「ゲーム」を社会がどうとらえているかもありました。どんなにゲームで強くても友だちからは「で?」みたいな顔で見られてましたし、先生からも「ゲームに強いのは分かる。だけど、それでどうなるんだ? 将来生活していけるのか?」と、虫けらみたいな目で見られていました。もっともこれはゲームのせいだけではなく、俺が面倒くさい子どもだったというのもあったんですけどね。

 テレビのニュースを見ていても、サッカーの話題は割と長い時間を取って放映してるのに、ゲームの話題は「もうおしまい?」というくらい短くて軽い扱い。世の中的なゲームの扱いを思い知りました。

 すごく好きだし得意なのに、これだけでいいとは感じられなかった、そういう不安も抱えていました。

ちきりん でも結局ゲームの道を選んだわけですよね。

ウメハラ ほかの、もっと世の中の役に立ちそうなことも考えたんですが、熱くなれなかったし、興味も持てなかったんです。そういうものでは一番になれないんじゃないかと思いまして。

ちきりん で、一番になれたわけですよね。

ウメハラ そうですね、15歳の時に全国大会で、17歳、19歳と世界大会で優勝しましたからね。でも、勝った時に対戦相手から「だから?」という顔をされたんです。自分も勝つことだけが目的だったから、勝ち続けていたときに、「俺ってくだらねぇな。面白くない人生を送っているな」とずっと考えるようになってしまったんです。よく「俺様キャラ」だって言われるんですけど、結局、自信がないから虚勢を張っているだけ、今の若い子と同じですね。

離れてからはじめて抱けた本当の自信

ちきりん その後、23歳から27歳まで、ゲームから離れて介護の仕事をしていましたよね。この期間は、自分にとって必要だったと思いますか?

ウメハラ 介護の仕事はそれまでの勝負の生活とは全然関係ないですし、苦手でした。でも、必要だったと思っています。その仕事自体が、ではなく、ゲームから離れている時間が、という意味で。

 その期間の終わりに、久しぶりにアーケードゲームをやったんです。そうするとすごく楽しかった。で、俺、こんなにも格ゲー好きだったんだ、あのころの俺、本当に頑張ってたんだなって自分を認めることができたんですよ。長い間ゲームから離れていたのに勝てちゃうんですから。逆に「この4〜5年の間、みんな何していたの? 何の工夫も努力も改善もしないで、漫然とプレーしていただけで、本当にゲーム、好きなの?」と思いました。

 それからは自分のことを「下らねえやつ」とか「面白くない」と考えなくなりました。勝つことを目的にしていたときとは違って、ゲームに「勝ち続ける」よう努力することで、そのほかの部分の成長ができることに気づいたのも大きかったです。

ブログ「Chikirinの日記」管理人ちきりんさん。覆面ブロガーであるちきりんさんお面で顔を隠しつつの対談となった

ちきりん 自信が本物になったという感じですね。トップを走り続けている、ということでいえば、将棋の谷川浩司名人にも通ずるところがあると思うんです。谷川さんが以前、「プロは研究者と勝負師と芸術家の三つの顔をバランスよく持たなければならない」と語ったことがありましたが、梅原さんも同じことをおっしゃっていますよね。本当のトップにいる人はそういう感覚になるのかな、と。

ウメハラ 実は俺、子供のころから腕力が強かったんですよ。なので、周りを力でねじ伏せちゃえたんです。力も強いしみんなも「梅〜!梅〜!」って来てくれるから、自分は人気者なのかなって錯覚していました。

 でも、ある時、学校外でディズニーランドに行くという遊びに誘ってもらえないことがあったんです。別にディズニーランドに行きたかったわけじゃないんですが、結局人気者なんかではなく力でねじ伏せていただけで、それ以上のものではなかったんです。

 強いのはいいけれど、勝つのなら相手も納得するような、そういう美しい勝ち方でないと子どもの時に経験したのと同じことになってしまうんじゃないかなと思うんです。仕事でも力でねじ伏せるだけだったら、たとえ勝てても決していいようには転ばないんじゃないんでしょうか。

 缶蹴りでも、ずるい手を使って、鬼のやつをずっと鬼にし続けることはできます。でも、それではそのうち誰も相手にしてくれなくなりますよね。本当は、誰かを鬼にするのが目的ではなくて、みんなで遊ぶのが目的なのに、それができなくなっちゃう。みんなが納得のできる勝ち方でないと意味がないんです。

ちきりん それも仕事に通ずるところがありますよね。以前、日本企業が一人勝ちしていたときに、ほかのメーカーが引いてしまって、結局その分野が廃れてしまった、とか。それにしても子どもの時の経験は大きいですね。

ウメハラ そうですね。あと、自分はゲームを前に口実を作って逃げない、ということも徹底しています。俺は力が強かったから、腕相撲で負けたことがなかったんですよ。でも、中学生になって、ゲームしかしていない自分に対して、同級生は運動部で頑張ったりしているから、だんだん腕力の差が出てくる。明らかに向こうのほうが上だな、と思えたとき、逃げちゃったんです。いろいろと言い訳をして。で、何度も逃げ続けて結局逃げられなくなってとうとう対戦したときに、やっぱり負けたんですよ。負けたことも恥ずかしかったけど、それ以前に逃げていたことが恥ずかしくて。それ以来、逃げないって決めたんです。だから、そういう意味でも、今、自分に自信はありますね。

既成概念を打ち破る勇気を

ちきりん ゲームだけではない、深い話ですよね。そうした幼少期の経験を今でも生かせているのは早熟でもあり……と思いますが、今度ニューヨーク大学で講演をされますよね? 米国で呼ばれると、日本の学校からもお声がかかるかもしれませんが、そうした場でどんなことを話したいと思いますか?

ウメハラ 自分は、子どものとき、周りの価値観のため自分に自信が持てませんでした。でも、自分の好きなことを認めてもらうのは大切なことだと思うんです。大人の方たちには自分たちの価値観を子どもたちに押し付けるのではなく、子どもたちの好きなことを認めてあげてほしい、と言いたいですね。それから子供たちには、「マイナーなことをやるのであれば、社会に恥じないよう、普通以上にしっかりとやれよ」と。

 あと、これはすべての人に言えるんですが、自分が長い間苦労して築いてきたことを捨てる勇気を持ってほしいな、と。変化しなければならないときには、すぱっと諦める勇気と言うんですかね。これもゲームから学んだことですが、1年とか2年とかやり込んで強くなったゲームがあったとしても、新しいゲームが流行ると、それまで楽しんでやり込んできたゲームが終わってしまいます。ゼロスタートなんです。積み上げてきたものも手放さないといけなくなるんですよ。手放さなければいけなくなったとき、それに固執するのは美しくないので、変化を恐れず、捨てる勇気を持ってほしいですね。

ちきりん 最後になりますけど、この本を出そうと思ったきっかけって何でしょうか?

それぞれ著書を手に

ウメハラ 子どものころから好きでやっていたゲームが世間に認められていなかったからでしょうかね。自分のしていることをみんなに知ってほしい、認めてもらいたい、という思いはいつもありましたが、若造が本を書いたところで誰が読んでくれるわけでもない、というのも分かっていたので自分からは言えませんでした。

 それが、ゲーム界に復帰後、自分に自信が持ててから、出版社さんからお声がけしてもらえたんですよ。これはタイミングですね。ちょうどいいタイミングでした。

ちきりん 今日はどうもありがとうございました。

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