「Kindle初の日本語漫画」から3年──電子書籍×漫画はどう変わったか〜うめ・小沢高広氏インタビュー(3/5 ページ)

» 2013年01月23日 08時00分 公開
[山口真弘,ITmedia]

編集者の持つ過去の“魔法”と今の“魔法”

―― 3年前のインタビューの際、自費出版は告知方法がネックという話がありましたが、今回の件をはじめとして、うめさんはTwitterのフォロワーだけでかなりの宣伝力を持ちつつあるように思うのですが、いかがでしょう。

小沢 編集部もしくは編集者個人のアカウントで、フォロワーが1万人を越えているところはそんなにないんですよね。うちはいま1万人くらいですけど、2万人、3万人という作家さんもたくさんいらっしゃいますし、宣伝力はあると思います。ただ、やっぱりTwitterという世界の中でのことなので、クラウドファンディングでお金を集める限界というのは100万円ちょっとが限界というのはありますよね。

―― 今回のCAMPFIREのプロジェクトは、ある程度Twitterに合わせたサイズで設計をして、実際にTwitterで爆発的に話題になったわけですが、サイズの設計を誤っていたら何日経っても埋まらない可能性もあったという認識であると。

小沢 はい。紙の本を一冊作るのって、原稿料まで乗せると相当な金額が掛かりますよね。仮に新人で1ページ1万円だったとしても、ページ数だけで最低経費が200万円。そこに印刷代などを乗っけると数百万単位のプロジェクトです。その金額すべてをクラウドファンディングで集めることはまだできないでしょうし。

―― それは主に知名度の問題ですか?

小沢 そうですね。Twitter上の世論と、世間でいう世論って大きく違うじゃないですか。例えば今やってる「ONE PIECE」の映画は、館数も入場者数も「ヱヴァQ」より上ですけど、自分のタイムラインを見ているとONE PIECEを観た人はほとんどいない。ヱヴァQはみんながネタバレに気を遣って裏のサイトでネタバレ合戦をしていたりで、もうこの世にヱヴァQを観ていない人は存在しないくらいに思ってしまうけど、実際はそんなことはない。本当に売れるというのは、恐らくTwitterの影響力じゃないところで動かなくちゃ売れないんですよ。

―― なるほど。自費出版周りの告知で万能と呼べる方法は今のところはまだなくて、ある程度「告知方法に合ったものを売る」のが現状の解ということでしょうか。

小沢 現状ではそうですね。ただ、デビューした10年くらい前と比べると、自分でできることが増えて、息苦しさがなくなってきた感じはあります。

―― 3年前のインタビューを改めて読むと、うめさんが現状に対して息苦しさを感じていることが分かる発言が随所に見られますが、今お話を伺っていると、そういう発言がまるで出てこない。だから周りが変わったのかなと感じます。

小沢 変わったと思いますね。月並みな言い方ですけど「風通しが良くなった」という表現が一番しっくり来ると思います。

―― あのインタビューのあと、うめさんがデジタルハリウッド大学で講師をされた時に、同じ漫画家の鈴木みそさんやひうらさとるさんが来られたり、それと前後して竹熊(健太郎)さんがブログで反応されたりして、周りの漫画家さんとのお付き合いというか、同志が増えてきているという印象があります。

小沢 ありますね。デジハリは、来た人の半分以上が漫画家だったという。あれはイヤでしたね(笑)。自分より売れてる人しかいないっていう。でもあれは1つのきっかけでした。

 漫画家同士って、今まで横のつながりが薄かったんですが、Twitterで爆発的に繋がった。それによって今までタブーとされていた情報が、どんどん横に広がっていったんです。例えば作家さんが書店営業に行って、その場でサイン本を頼まれて書くことに関しても、「作家がそんなことするもんじゃない」と怒る担当もいれば、「積極的に行きましょう」と言ってくれる担当もいたりと、いろいろな事例があったんですね。

 しかし、今はそれをみんなが普通にやるようになった。「今日は(単行本の)発売日だから書店を覗きに行こう」とか「挨拶してきた」とか「サイン本を書いた」とツイートすると、「あ、行くっていう選択肢もあるんだ」というのが分かる。今まで原稿を描く以外のことはやっちゃいけない空気があったのが、横で繋がったことで変わったんですよね。

―― 編集者さんや担当さん側の意識面での変化はどうですか?

小沢 ずっと一人の担当さんと付き合っているわけではないので、変化までは分からないですが、イメージでいうと変わった気はします。以前は「そんなことをしている作家さんは他にいません」という殺し文句で使えたんですよ。「あなただけですよ」とか「特別に認めますよ」とか言っていたんですけど、実はそれは編集者が持っている“魔法”の1つだった。その魔法が使えなくなっちゃったので、編集さんによってはやりづらくなったかもしれないですね。

 逆にそういう“魔法”に頼らないで、どれだけ情熱を持って作っているかをTwitterなどで積極的に発信している人は、作家から見て「こういう編集さんと一緒に仕事をしてみたい」と思ったりするので、そういう意味では新しい別の“魔法”を使えるようになったということじゃないかと思います。

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