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» 2013年01月08日 18時30分 UPDATE

“町の散歩”が役立った歴史的事件とは?

現代にも役に立つ、歴史上の人物のエピソードを紹介。

[新刊JP]
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 勝海舟、江戸川乱歩、大隈重信、東郷平八郎などなど、歴史的人物の言葉やエピソードは、非常に面白く、そして現代に生きるわれわれにとっても大いに役に立つ。では、歴史に名を残した人物たちは、どんな人で、どんなエピソードを残したのだろうか。

fhfigsj052.jpg “町の散歩”が役立った歴史的事件とは?

 『人生の達人』(出久根たち/著、 中央公論新社/刊)では、渋沢栄一、泉鏡花、後藤新平といった財界、文壇、政界などで活躍した人々の人生のエッセンスといえる多彩なエピソードを紹介する。

 まず、第8・17代内閣総理大臣であり、早稲田大学創設者でもある大隈重信は、「人生125歳」説を唱えていた。生物は成熟期に達したときの年の5倍は生きる。人間だと25歳が成熟期で、その5倍だから125歳となる。これが大隈説の根拠だ。

 早稲田大学は2007年に創立125年を迎えたが、125年という半端な数字にもかかわらず、大々的に新聞などで報じられたのもこの大隈説があったからだ。

 大隈は早稲田大学の創立者として有名だが、手掛けたのは早稲田大学だけではない。新島襄が同志社を立ち上げる際、寄付集めに奔走した。さらには、成瀬仁蔵の日本女子大学開校にも尽力し、わが国は女子の高等教育を疎かにしていた、そのため、わが国力は半分であった、半分損失していたわけである、と演説したという。

 江戸城無血開城の立役者である勝海舟は、明治の世になって「どうも近ごろの人間は元気がない。人間に勢いがある時は、頭の上から陽炎のように炎が立っている」と嘆いていた。

 海舟は若い者に、時間があれば町をぶらつくことを勧めた。長崎留学の際、オランダ人教師に「何事となく見覚えとけ、いつかは必ず用がある。兵学をする人はもちろん、政治家にもこれは大事なことだ」と教えられたという。海舟はステッキの頭に磁石をつけ、長崎中を歩き回った。これが習慣になり、どこへ行っても単独でぶらついたのだ。だから、東京は知らない所がない。日本橋京橋はむろん、下町の裏通り、米屋がどこの横丁にあり、豆腐屋がどこの角にあるか、すべてのみこんでいた。「市中観察」は、無血開城策に役立ったと述べている。

 歴史に名を残した人物も生きた時代は違えどわたしたちと同じ人間。成功もしていれば、失敗もした。歴史的人物たちのエピソードや言葉に、親近感が湧いたり、参考になることがあるはずだ。

(新刊JP編集部)

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