インタビュー
» 2012年12月12日 13時00分 UPDATE

Koboが目指す電子書籍のオープンな未来とは?

「読書革命」を掲げ国内の電子書籍市場に参入した楽天のKobo。新端末も発売され、理想に邁進するKoboだが、彼らが目指す電子書籍、サービスの未来の形についてKoboのマイケル・サビニスCEOに話を聞いた。

[まつもとあつし,ITmedia]

 7月のサービス開始から何かと話題を集めてきた楽天のKobo。新端末「kobo glo」が発売され、ストア検索の不具合も解消されつつある。またタイトル数も他の電子書店同様のレベルには達しており、EPUBのみに対応するという制約を考えれば、現場の努力が形になって表れていると言えるだろう。

 しかし、グローバルに展開するカナダの会社を買収するという大胆な手を打った三木谷浩史社長だが、AmazonがKindleを日本でもスタートさせてなお、氏のいう「読書革命」の姿は不鮮明だ。Koboが目指す電子書籍、サービスの未来の形についてKoboのマイケル・サビニスCEOに話を聞いた。

日本展開の手ごたえは?

Koboのマイケル・サビニスCEO Koboのマイケル・サビニスCEO。氏の名刺の裏には米作家、マーク・トウェインの自伝から「I've been on the verge of being an angel all my life, but it's never happened yet」の一節が印字されていた。氏が本への強い思い入れを持つ人物であることが伝わってくる

―― 日本でのサービス開始から約4カ月(取材時)が経ちました。ここまでの展開や手ごたえを聞かせてください。

サビニス 非常に強力な立ち上げだったと思います。kobo Touchの発売とともにコンテンツのラインアップも充実してきましたし、流通におけるパートナーとの協力体制も築き、その過程の中でいろいろなことを学びました。

 特に日本市場や消費者の特殊さを痛感しています。一例として日本の読者は海外と比べ、シリーズとなっている本、特にマンガの続きをすぐに読むという傾向は高いです。以前から聞かされていたことではありますが、それを目の当たりにしています。

 もちろん、初期の段階ではいろいろなチャレンジもありました。しかし、初めて市場に参入するときにはこれはつきものです。もし簡単ならほかの企業がどんどん参入してきますから(笑)。

 楽天スーパーWiFiというLTEサービスに申し込んで頂ければ、kobo Touchを無料でプレゼントするキャンペーンも始めました。デバイス、コンテンツの売り上げとも劇的に伸びています。コンテンツラインアップは6万7000点を超えましたし(注:取材時)、毎日増えています。また、コンテンツのカテゴリーも追加しているし、新しい出版社からもコンテンツをいただいています。マンガも重要なカテゴリーととらえていますし、日本向けにさまざまな改善を行っています。フロントライト搭載のkobo glo(11月15日発売)もmicroSDメモリーカードに対応していますので、コミックを約600〜1500冊持ち歩くことに造作もありません。12月18日発売予定のkobo miniは持ち歩きに適しているといえるでしょう。kobo arcの発売日は未定ですが、間もなく発表できると思います。

新端末と今後の展開

tnfigkceo3.jpg 「さまざまな端末を市場に出していき、それらのライフタイムバリューを最大化していきたい」とサビニス氏

―― コンパクトなkobo miniは先日の発表会でも取材記者らに好評でした。kobo gloにはフロントライトを搭載したのにminiでは搭載しなかったのは何か理由があるのでしょうか?

サビニス kobo gloは最新世代のE Ink技術を採用した高解像度のディスプレイと、高品位なフロントライトを備えたモデルです。ライトの位置にも工夫を凝らしていますので、明るさにムラもありません(注:Kindle Paperwhiteは画面下部分の照度にムラがある)し、持っていて熱くなることもありません。屋外外を問わずいつでも本を読みたい人向けの最高の1台といえるでしょう。

 一方、kobo miniはフロントライトを省くことで消費者が買い求めやすい価格にした端末ですが、将来的にはライトを備えることもあり得るでしょう。

―― Amazonのジェフ・ベゾスCEOはKindleのハードウェアからは利益を得ていないとコメントしていますが、Koboの場合はいかがでしょうか?

サビニス Kindleは初期モデルのころは300〜400ドルで端末を販売していました。Koboは始めからお求めやすい価格を設定しています。われわれはこの価格を(Koboの利用を広げるための)コストとしてとらえています。さまざまな端末を市場に出していき、それらの(コンテンツ購入による)ライフタイムバリューを最大化していきたいと考えています。

―― arcについてはいかがでしょう。名前の由来や端末の利用シーンなどを教えてください。現在、海外では音楽や映画についてはGoogle Playにあるコンテンツを利用する想定ですが、日本ではどうなるのでしょう。

サビニス arcという名前はストーリーのアーチ(arch)という意味が込められています。Tapestryと名づけた独自のUI(注:コンテンツの関連情報がメディアを横断して収集され、ひとまとめにできる機能が特徴)によって、例えば、本の次の章を読み進める前に、映像を見たり、ほかのストーリーを楽しんだりすることができる――もしかすると楽天トラベルのような旅の情報と連携しても面白いかもしれませんね――わけです。

 消費者というのは一様ではありません。読書が好きな方もいれば、映画や音楽が好きな方もいる。そして、コンテンツ提供で強みを発揮できるのは多くの場合1つのカテゴリです。本と一言で言っても、絵本から参考書までカテゴリはさまざまで、それらの充実も大事です。音楽や映画などほかのコンテンツカテゴリについては、もちろん国ごとに異なりますが、日本の場合は楽天を通じてそれらのコンテンツパートナーとの提携を進めていきたいと考えています。

―― 日本ではあまり知られていませんが、10月16日にはフランスのアクアファダス社(Aquafadas)を買収しました。この狙いは?

サビニス 3つの重要なポイントがあります。1つはセルフパブリッシングツール、もう1つはマルチデバイス対応のリッチコンテンツビューワ、そしてこれらの提供を受ける出版社へのサポートが行えるという点です。

 既にディズニーや、世界の大手出版社や新聞社との取引実績があり、Koboにとってもメリットの大きい買収でした。競合がまねできないサービスも展開できるようになるでしょう。2013年初頭にはこれらのツールの提供を始めたいと考えています。

Koboが目指す「オープン」とは?

tnfigkceo4.jpg サビニス氏は「koboイーブックストアにグッドプライスで本が存在し、顧客がそこに価値を見いだせることが大切」と話す

―― AmazonのKindleはグローバルでほぼ同じ垂直統合の仕組みを採っていますが、Koboの場合は楽天をはじめとする現地パートナーとの提携がベースとなっています。それぞれの国やパートナーに応じた個別のカスタマイズ、チューニングが必要となるわけですが、その辺りの体制や苦労などはいかがでしょうか?

サビニス 市場もそれぞれ異なりますし、われわれの強みは現地パートナーとの関係です。スケーラビリティを確保するには、初期参入が必要で日本も重要な市場となっています。そのためにも楽天のようなパートナーの存在が不可欠です。

 そうしたパートナーによって、均一なサービスではなく、言語だけでなく文化の違いも踏まえた上で各国、地域のニーズ、ライフスタイルに合わせたものを提供できるわけです。カナダだけでなく、アイルランドやシカゴ、もちろん東京にもエンジニアが居て、技術的な対応――できる限りスピーディーに――に当たっています。

―― なるほど。言語の違いについてですが、KoboはEPUB 3にのみ対応しており、.bookやXMDFには未対応です。そのことがフォーマットの変換作業や検収に時間が掛かり、立ち上げ当初からのコンテンツ調達に苦労された理由となっているかと思います。

サビニス 現在われわれは190を超える国と地域にサービスを展開しています。ローカルなフォーマットとそれに伴う困難は日本に限った話ではありません。世界各地にそれぞれの既存の独自フォーマットがありますが、われわれはオープンなフォーマット(EPUB)にコミットしています。そしてEPUBはいまも進化を続けています。EPUB 3はその良い事例です。

 もちろん新しいフォーマットですから、コンテンツの調達や変換に困難が伴うこともよく理解しています。しかし、長期的にはこれは正しい決断だったといえると思います。EPUB 3というオープンなフォーマットを採用するメリットは、出版社にもやがて理解が拡がるはずです。

―― 三木谷社長もKoboはEPUB 3に対応したオープンな端末・サービスであると発表会で繰り返し強調しています。その本質の部分の理解が拡がっているとは思えないのですが、一方でそれがライバルKindleに対するアドバンテージであるとも感じられます。この辺りはいかがでしょうか?

サビニス EPUB 3は世界標準フォーマットですから、スケーラビリティ、変換の効率やそこにかかわるビジネスなどに大きなメリットがあることは自明です。短期的には従来のフォーマットと同様のクオリティを達成しようとするとコストが掛かりますが、長期的にはコスト構造も適正なものになるはずです。EPUB 3が対応するのはKoboだけではありませんから。仮に数十種類の端末に対して、別々のフォーマットで電子書籍を提供しようとしたら莫大な手間とコストが掛かるわけですから。標準フォーマットを採用しなければわれわれが最も重視しているイノベーションのスピードだって落ちてしまうでしょう。

―― しかしコンテンツがEPUB 3であっても、Koboの書籍タイトルのほとんどはDRMで保護されています。いま仰ったような「オープン」な本の世界はどうやって実現するのでしょうか? AZWフォーマットへの囲い込みを図るAmazonとの違いがやや分かり難いものになっていますが。

サビニス やはりその質問になりますね。個々人のライブラリ、つまり本棚ですが、それを充実させていくという行為はある意味、生涯をかけて行われるものです。デバイスからデバイスへ移動させることもあるでしょうし、1つの会社、サービスにロックインされないこと、つまりオープンなプラットフォームが必要です。

 われわれが提供する読書体験は、Koboだけでなくサードパーティーにも提供していきたいと考えています。そこでは確かにDRMの有無が問題となりますが、それを選択するのはわたしたちではなく、出版社や著者(コンテンツクリエイター)です。

 今日、ほとんどの音楽をわたしたちはDRMフリーで手に入れることができます。それは出版社が10年以上デジタル音楽市場と向き合った結果、それを選択したからです。電子書籍も状況は時間とともに変わっていくでしょう。それに現時点では電子書籍の世界では顧客はDRMの有無を意識することはほとんどないはずです。オープンかクローズか、どちらかを選んでください、と迫ればオープンな方を選ぶでしょう。

 しかし今、その問いかけの意味を理解している人はほとんどいないのです。100冊くらい読んで、そろそろ次のデバイスの購入を考えた時にはじめて「どうして、このデバイスではいままで買った本が読めないの?」となるわけです。電子書籍市場が早くから立ち上がった北米・欧州に比べ、日本やアジアでこの課題を議論するのは時期尚早ではないかなと思います。

―― いずれはDRMフリーで書籍が広く読めるようになることを見越してのEPUB 3対応だという理解でよろしいですか? また国ごとの状況はどのようにみているのでしょうか?

サビニス そうですね。国ごとに状況は異なると思いますが、オライリーのようにDRMフリーを選択する出版社が徐々に増えてくると考えています。われわれはそれを強制する立場にはありませんので、あくまでも選択肢を提供していきます。スペインのように海賊版が非常に多い初期のマーケットでは、出版社としてはDRMを選択せざるを得ないというのも理解できるはずです。いずれにせよカードを持っているのはあくまでも出版社です。

―― Kindleストアでのホールセール価格(アマゾンが販売者となり価格を設定する)も注目を集めていますが、Koboではいかがでしょうか? 三木谷社長は記者からの質問にKoboについても同様の契約条件を用意し、出版社と交渉を進めていると答えていましたが。

サビニス 実際のところ、わたしたちはホールセール、エージェントも含めて8つのモデルを用意しています。北米を見てもエージェント、出版社ともさまざまなスタイルの事業者が居ますし、顧客が値ごろ感を得られるような価格を設定する必要があるからです。

 重要なのはそういった契約条件そのものではなく、その結果、顧客が目にすることになる価格です。実際わたしたちが事業を始める前は、電子書籍は紙の本よりも非常に高価なものでした。現在では海外では5ドル〜8ドルくらいが中心価格帯となっています。

 日本の場合、既に紙の本が“文庫”などの形で値ごろ感のある価格で存在しています。従って、モデルもそれに応じて変化しています。koboイーブックストアにグッドプライスで本が存在し、顧客がそこに価値を見いだせることが大切だと考えています。

―― 契約の基本モデルというのはWebサイト上に公開されていたりするのでしょうか?

サビニス 公開はしていません。誰もやっていないのではないですか?(注:Kindle Direct Publishingにおいては基本モデルが公開されており、一部出版社はその条件の下で書籍を販売している)極秘情報ですから。ただフランスのように国によって公開が義務づけられている場合はその限りではありません。

―― ここまでお話し頂いたことを総合して、出版社にとってKoboに自社コンテンツを展開することのメリットとは何でしょうか?

サビニス やはり、わたしたちとパートナーになって頂くことで、世界市場でコンテンツを展開できること、そのサポートを受けて頂くことできる、という点でしょう。Koboが登場するまではこういった展開はなかなかできなかったはずです。そういったわたしたちとの協業を通じて、さまざまなノウハウやデータも得られます。

―― 従来は書籍の海外販売といえば、海外の代理店や出版社との契約になることがほとんどでしたが、Kobo上での事例は生まれているのでしょうか?

サビニス 日本からの展開はまだこれからという段階ですが、ストアをご覧いただければ分かるように、海外の作品がKoboでは多数販売されています。日本語のままでも良いんです。海外在住の日本の方は、日本語の紙の書籍を入手しづらく、また入手できても高価ですから。

―― 現状日本では個人出版サービスの「Kobo Writing Life」をオープンしていませんが、こちらはいつごろ導入予定ですか?

サビニス Writing Life自体がグローバルでも開始からまだ4カ月経ったばかりのサービスですが、既に4万人以上の著者が40カ国語以上で本を出版し、カタログは現在も増え続けています。個人による出版はもちろんですが、世界的にみても大多数を占める中小出版社にとっても有益なツールだと思います。日本での公開はすぐとはいきませんが、もちろんそれを目指しています。


 音楽コンテンツのようにDRMフリーの時代を見越してオープンプラットフォームを推し進めるKoboの理想と将来像がサビニス氏の言葉によってイメージすることができた。一方で、音楽のそれは10年以上掛かる道のりであることも示された訳だ。

 楽天が電子書店Rabooをクローズした際、購入済みタイトルがKoboに引き継がれることはなかった。グループ内の別事業での出来事とはいえ、取材を終え、「本を売る」というビジネスへの想いが、果たしてサビニス氏が思い描く理想と一致しているのか、やや不安を覚えたのも正直なところだ。

 そして、ライバルAmazonは国内では後発ながらも、すでに遥か先を行っているようにも見える。徹底的な顧客主義と垂直統合の優位性を生かしてサービスとコンテンツの充実を推し進めるAmazonに対して、果たしてKoboは一定の存在感を示すことができるのか? ――親会社としてだけでなく「現地パートナー」としての楽天がこの長期的なビジョンを共有し、かつ決して順風とはいえなかったスタートでの綻びをスピード感を持って修正できるのか? 三木谷氏はじめ楽天の力量が問われている。

tnfigkceo2.jpg kobo mini(12月18日発売予定)、kobo gloを手にするサビニス氏

著者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし

 ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。

 取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは@a_matsumoto


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