知識を得るということはやっぱり読書、万物が流転しても作家と本(1/3 ページ)

紙か電子かというミクロな議論ではなく、“本”の話をしよう。本連載では、作家へのインタビューシリーズとして、本への思いやその魅力を語っていただく。記念すべき第1回目は、天台宗名誉住職にして小説家の瀬戸内寂聴さんに聞いた。

» 2012年11月09日 15時15分 公開
[ITmedia]
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 これまで多くの著作を発表し、最近では、いわゆる『ケータイ小説』のジャンルにも進出し、新しい挑戦を続けている瀬戸内寂聴さん。執筆以外にも『写経の会』や『法話の会』を定期的に開催するなど多忙な寂聴さんに、文学や電子書籍の今後の在り方について座右の銘である『生きることは愛すること』の通り、愛情いっぱいの熱い想いを寂聴さんならではの分かりやすい言葉で、語っていただきました。

瀬戸内寂聴(天台宗名誉住職・小説家)

1922年5月15日生まれ。僧位は僧正。1997年文化功労者、2006年文化勲章。学歴は徳島県立高等女学校(現:徳島県立城東高等学校)、東京女子大学国語専攻部卒業。学位は文学士(東京女子大学)。徳島県徳島市名誉市民の称号を取得。京都市名誉市民。元天台寺住職現名誉住職。比叡山延暦寺禅光坊住職。元敦賀短期大学学長。代表作には『夏の終り』や『花に問え』『場所』など多数。古典に造詣が深く、特に『源氏物語』に関する著書は多数。1998年『源氏物語』の現代語全訳完成。近年では『源氏物語』に関連する著作が多い。これまでの著作により多くの文学賞を受賞した。


電子化は必ず、どんな邪魔をしてもそうなっていく

寂聴 はい、どうぞ。何でも、何でも聞いてください。

―― ではまず、現在の一日の流れ、どういった風にお過ごしになられているかからお聞きしたく。

寂聴 そんなこと聞かれたって、もう毎日むちゃくちゃだから(笑)。仕事が山のようにあって。それをいかにこなすかということだけでせい一杯。暇さえあればとにかく書いてますね。どうしたって間に合わないですから。

―― 書くときは原稿用紙をお使いだったり?

寂聴 そうです。

―― それは何か、こだわりがあるからですか?

寂聴 こだわりはないけれども。パソコン習っている間にペンで書いた方がずっと早いでしょ。

 ただね、今は編集者の方も若い人が多いでしょう? 私の原稿を渡してもそれが読めない人がいる。じっと立っててね、だからフッと気が付いて「読めないの?」と言ったら「はい」って。仕方がないから私が自分の原稿を読んであげるのよ(笑)。

―― そうなんですね。出版業界も世代交代がどんどん進んでいるんでしょうね。

寂聴 こっちが悪いんだけれどもね。向こうは書かないで打ってくれってね。それをそのままパッと雑誌に載せちゃえるから、そうすると楽じゃないですか。だから私のような汚い字で読めない原稿は、それを打ち直さなきゃならない。だから嫌われるの。それでもこだわっている方は大分いますけれどもね。若い作家さんでも絶対ペンでないと嫌だという方もいますよね。

―― そうですね。今回のこの取材というのが本にまつわることと、あと電子書籍と呼ばれているものですね。これは、今のペンとパソコンの話にも通じてくると思うんですけれども――。

寂聴 私はね、自分はなかなか機械の操作ができないんだけれども、世の中はこれから電子化の時代だと思っています。グリオという電子書籍も含めたコンテンツ製作をしている会社があって、私はそこに投資しているんですよ。電子化は必ず、どんな邪魔をしてもそうなっていく。だって今、若い人、出版社に勤めている人が(原稿を)読めないような時代でしょう。今の子どもは小学生のころから電子機械をいじっているじゃないですか。遊ぶのだって何だってね。だから、やがて教科書も電子化されるでしょうね。

―― 教科書も。

寂聴 近くにそうなると思います。だからどんなに騒いでもダメなんですよね。だけど紙の出版社が邪魔しているのね。何故かというと、電子化されると儲からないから、紙が要らないでしょう。それから編集者が要らなくなる、ほとんどね。そうすると本が非常に安くできるの。そうすると著者が貰う印税を、もっと高くしてもらっていいんですよね。今は1割だけれども、それを4割ぐらいにしちゃっていいわけ。で、それが嫌なのね、会社は。今のままでやっている方がもうかるの。だから急がないんですよ。

 そうすると、あなたよりもずっと年が上でもうすぐ定年なんていう人は、定年までそのままでいたいわけ。変わったら面倒くさいじゃない。だから何となく邪魔をするのよね。

 この前ブックフェアがあったでしょう。私、講演を頼まれたんです。その時に出版社の社長が並んでいたから言いました。今、日本で(電子化が)なかなか進まないのは大会社が邪魔をしているからだって(笑)。

 でも、それもできなくなったね。よそからどんどん来てね。新聞でもアメリカからそういうのがドッと来るって出ていましたよ。

すべては変わる、進化する

―― そうですね。まさしく幕末のような状態ですよね。

寂聴 そうそう。だからまあ1つの革命ですわね。でも、これは仕方がない。1000年前に源氏物語ができたときはね、印刷技術がなかったんですよね。だから紫式部は筆で書いて、それを他の人たちが写したの。自分で写したの。時には写し間違えもあるじゃないですか。それで異本ができるわけ。

 ちょっと文章を書く人なら「こんな下手なのは少し直したいわ」とか「この会話、私だったらこうするわ」とか直すじゃないですか。そんな風だったんですよ。それをまた次の人が写すのです。黙読じゃなくて当時は声に出して読んだんです。

 それで今度は仏教が入ってきて、そうしたらお経が入ってくるでしょう。そうするとお経はやっぱり活字じゃなきゃ……活字というのは木に掘った版字で刷ってあるでしょう。そういうのがだんだん増えてくるじゃないですか。それもだんだん進んできて。私が子どものころは活字工がひとつづつ活字を拾っていましたよ。それがもう活字を拾わなくなって今度は大きなのでパッと刷るようになったでしょう。どんどん変わっていくんですよね。

―― 変わっていく。

瀬戸内寂聴さん

寂聴 仕事も時とともに変わっていく。変化していく。まあ進んでいくわね。だから人間が便利なように発明していくでしょう。だから電子化もますます進むと思いますね。世の中のすべては流転します。

―― はい。そうですね。

寂聴 私ね去年の3月11日、あのころちょうど半年ほど圧迫骨折で寝込んでたんですよ。その時に電子出版の話が来たのね、一緒にやりましょうと。で、私は絶対に電子化の時代が来ると思っているから、やるやると言いましたね。そうしたら新しい本を書いてくれというの。で、寝ながら小説を書いてね。それが電子ブックになってきました。

 それで、読み方教えてもらって。寝ながら……パッパッパってね、とても便利なのね。本だと重くて大変なんだけど、こんな板でしょう。で、フッと手が触ったら(字が)パッと大きくなったのね。だから、これは若い人だけじゃなく年寄りや病人にいいと言ったんですよ。だからお年寄りがこれを覚えたらね……まあ、なかなか覚えにくいけどね。

―― そのときに初めて電子書籍に触れてみて、これはいいと思われたんですか?

寂聴 そうです。もうすべては変わるんだからね。仏教でもすべては変わるっていうんですから万物流転です。西洋にもパンタレイ(万物は流転する)という言葉があるじゃないですか。だからすべては変わるのよ。すべては変わり、進化するんです。

―― それは人々に幸せをもたらすと思いますか? 先ほどの話で言えば老人や病人にも。

寂聴 これまでの過去を見てきたら、段々と進んでいって。やっぱり便利なんですよね。いちいち写さなきゃならないのはしんどいじゃないですか。便利になったと思います。本が楽に読めれば知識が豊富になって幸せでしょう。

―― ご著書でも電子書籍として出されていますが、反応はいかがですか?

寂聴 まだ売れないわね。私ぐらいの年齢じゃ、もう持てないでしょう。それと何ていうのあの本の元(編注:iPadなどのタブレット端末)、あれが高いのね。まだ5万円も6万円もするでしょう? それが7000円ぐらいになりそうなんですって(編注:最近の電子書籍リーダーは1万円を大きく割り込む価格帯になっている)。そうしたらみんな買えますよね。若い子は4万とか5万といったらちょっと買えないわね。

―― 買えないですね。

寂聴 だからまだそんなパーッとなんて売れないけれど、安いのが、1万円以下のが行き渡ったら、しめたものですよ。お年寄りでも使えるようなものが出てきたらね。お経なんか短いのをチャッチャッと説明したって喜ぶんじゃないですか。私の電子書籍で出た『ふしだら』という小説もちゃんと音楽が入っていましたよ。それは便利よね。(今は9冊電子化している)

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