── 本のボリュームが、PDF版が600ページ、紙版も300ページとかなり多いのですが、これらは意図してこの量になったんでしょうか。これが1冊あると、類書が未来永劫出せないような内容ですよね。
西野 ソフトウェアで使う用例は全部盛り込みたいという意図は最初からありました。中途半端な形で出してしまうと、隙を狙った類書が出てくる可能性があるので、とにかく全体的に網羅できるものを、ということですね。発表の形式も、ブログなどで小出しにするのではなく、最初にドーンと全体像を出す形を選びました。なので、多少厚くなっても構わないかなと。
── それがこの膨大な索引につながっているわけですね。
西野 そうです。高橋さんにお願いして付けてもらいました。最初は難しいという話だったのですが、これは辞書みたいなものだから、索引がないと格好がつかないと粘りまして。
── 高橋さんは、その辺りのご苦労は?
高橋 弊社の本は電子版なので、索引は基本的に付けないんですよ。検索で読んでいただくのが一番確実ですし、リフロー対応だと結局ハイパーリンクになってしまいますので。あと今回はReVIEWという、1つのプレーンテキストに手を入れずにPDFとEPUBの2つのフォーマットを出力する組版システムを使っているのですが、索引の機能は決して強くないんです。なのでお断りしようかと思ったんですが、ただ西野さんのお話にもあったように、これは辞書ですのでぜひ!ということで。
── 組版の仕組みをもう少し詳しく教えていただきたいのですが。
高橋 今回はExcelから書き出したCSVをオリジナルのソースとして、自動でReVIEWフォーマットの本文と索引に変換するスクリプトを専用で用意して、それを使ってCSVから幾つかコマンドを実行するだけでEPUBとPDFを自動生成しています。入稿後にデータの変更があった際、原稿に手を入れると収拾がつかなくなるので、必ずCSVに手を入れて、そこから生成し直すというルールです。だから正式版を出すときに来た変更点も、CSVを基に修正して、それで発刊しました。
── 達人出版会へ持ち込むよりも前に、実はインプレスジャパンをはじめとする紙の出版社数社に打診されていたとのことですが、そのやりとりの経緯をぜひ。
西野 インプレスジャパンなど技術系の出版社数社と、英語関連の本を出している会社、その後に達人出版会、合わせて5、6社に持ち込みました。紙と電子書籍という分け方ではなく、エンジニアや技術者に確実に届くようにと思いまして。
── 対象層へのリーチを考えたときに、候補に挙がったのが結果的に紙の出版社中心だったわけですね。ただ、その時点では紙の出版社からはあまり前向きな回答が得られなかったと。
西野 はい。アプリの英語化に興味のあるプログラマーや技術者が果たしてどのくらいいるのか、市場の大きさが読めない、ということを言われましたね。
── その際にダメ出しをされた1社であるインプレスジャパンから鈴木さんに今日はお越しいただいているのですが、そのあたりのいきさつ、当時の企画会議の結果を教えていただければ。
鈴木 はい。いま西野さんがおっしゃったように、誰が読むのかという話がありました。持ち込みの段階では英語ライティングについて解説した3部が存在せず、1部と2部(編注:単語集と構文集)だけだったんですね。なのでパッと見ると辞書に見えるわけです。普段われわれが扱っているのは、プログラミングなどの技術書や、エンジニア向けの読み物が中心なので、どう扱っていいかは結構悩みました。
ただ、最近Androidアプリの技術書を作っていることもあり、需要があることはすぐ分かりました。アプリの中には、言語ごとのテキストデータを持っている部分があり、言語設定を英語に変更すればすぐにUIの表示が切り替わるので、この本の使い方そのものはすぐ見当がついて。ただ読者層がパイの大きさも含めて見えないので、もう少し別の形にした方がよいのでは、という話になりまして。
そこで考えたのが2パターンありました。1つは、アプリのUIを英語化する「作る側」の話に加え、海外へ出す場合の権利上の問題やブランディング、つまり「売る側」のノウハウまで含めることで網羅性を高める案です。
西野 私も最初それは考えていました。アプリのダウンロード時に表示される「同意しますか」といった使用許諾まわりの文や、マーケットに出す時の宣伝文ですね。ただ、それも入れるとあまりに本として厚くなりすぎるので、とりあえず開発に必要な英語だけに絞ろうと。
── 鈴木さんの立場からすると、ニーズは分かるが紙の商業出版物としては出しにくいという、難しい立場だったのではないかと思うのですが、出版社が書籍化を企画するに当たり、売れる売れないを判断するために社内でどんな話し合いをされているんでしょう。やはり類書の売れ行きがひとつの判断基準になるんでしょうか。
鈴木 はい、類書の販売データは非常に重要ですね。出版社はパブライン(PubLine)という、紀伊國屋書店のPOSデータをベースとしたシステムからデータを購入しています。テーマなどによってバラつきがあるため、もちろん一概に言えないのですが、紀伊國屋書店の全国のシェアとそのPOSデータを掛け合わせると、他社の本も含めてだいたいの市場が見えてくるんです。
ただ今回の本は、類書そのものが思い浮かばなかったです。見た目は辞書に近いですが、最終的に辞書の棚ではなく、われわれが普段扱っているプログラミング本と呼ばれる本の棚に置くことになる。そうなると類書が存在しないよねという話になってきて、数字は非常に読みづらかったです。
また、アプリの開発者は増えているとはいえ、その開発者自身が英語化を手掛けるケースがどのくらいあるのかは分からない。大きい会社であれば外部に任せているでしょうし、個人であれば世界に目を向けている人がどれだけいるのか。なので、開発者の母数から人数がどの程度狭まるのか予想できなかったんですね。
── 結果として、御社の基準となるラインに届くだけの材料がそろわなかった、と。
鈴木 そうですね、ですので先ほどお話ししたように、アプリを海外で売るためのノウハウの部分を足せばより幅広い層がカバーできるので、そうやって出す案がまず1つ。もう1つは、「最初はWebで出す」案。紙で出すとなるとどうしてもイニシャルコストが大きくなってしまうので、まずはWebや雑誌に分割掲載して反応を見る案ですね。この2案をご提案したんです。
── しかし西野さんは今回、そのまま出せる形にこだわって、他社への打診を継続されて、そして達人出版会にコンタクトされたわけですね。達人出版会に持ち込まれたきっかけというのは。
西野 先ほどと同じく、いかにしてエンジニアにリーチできるかを考えた時、候補として挙がってきました。
── 専門性を評価されたわけですね。そこで改めて高橋さんに、達人出版会について簡単にお伺いできればと。
高橋 達人出版会ではIT、エンジニア向けの技術系電子書籍の制作と販売を行っています。持ち込まれた原稿をPDFとEPUBのフォーマットに仕立てて、弊社サイトで販売をする。つまりデジタルコンテンツのダウンロード販売という形です。私自身が原稿を書くのではなく、誰かほかの方に書いていただいたものを弊社で販売する形ですね。
── 印税に関しては、決まったラインがあるのでしょうか。
高橋 著者の印税は46%です。いま弊社の決済システムはPayPalを使っていますが、将来的にPayPal以外の決済システムを使うことも考えて、決済フィーは8%まで見ておけば大丈夫だろうと。残りの92%を著者と折半で、それぞれ46%というわけです。
── そうして達人出版会からリリースされた電子書籍版ですが、当初の反響の大きさは記憶に新しいところです。はてなブックマークではホットエントリ入りしていましたし、Togetterで反響がまとめられたりもしました。特定クラスタとはいえ、一冊の電子書籍であれだけ盛り上がったのは珍しいと思うのですが、あれは高橋さんのツイートがきっかけであそこまで盛り上がったんでしょうか。
新刊の『アプリケーションをつくる英語』はいろいろすごいです。索引(!)含めて630ページ(特に単語・構文が多い)。 tatsu-zine.com/books/english4…
— masayoshi takahashiさん (@takahashim) 6月 20, 2012
高橋 弊社の本は比較的ソーシャルネットワークベースで伝わりやすく、逆にそれ以外では伝わりにくいんですよ。私の周りにいる方や、弊社の本を何度もご利用いただいてる方や気に掛けていただいている方の中には、ソーシャルネットワーク上で影響力のある人が多いんですよね。
ただそれ以前に、エンジニアの人はみんな電子書籍が好きなんですよ。買ってくれるかどうかは置いといて(笑)、一般にはなかなかバズらないものまで話題にしてくれる。なので弊社がどうこうではなく、そういうターゲットに向けた電子書籍を出せば、同じ形になるのではと思います。
── プレスリリースを出されたり、あるいは見本を事前に配布したりといったわけではなかったわけですね。達人出版会が過去に出された書籍の中には1000部突破のリリースを出されていた本もありましたが、それと比較して初速の勢いはどうですか。
高橋 直接の比較は難しいのですが、「エキスパートObjective-Cプログラミング」という本と、あともう一冊「はじめる! Rails3」というRuby on Railsの入門書がありまして、後者は最新のバージョンに対応した日本語の本が紙よりも前に出たことで盛り上がったのですが、これと合わせてベスト3に入る売れ行きですね。
── 発売直後の反響の大きさは、著者である西野さんはご覧になっていていかがでした?
西野 さっきもお話ししたように、紙の出版社に最初持ち込んだ際、そんなに市場は大きくないんじゃないかと言われたのですが、執筆前に知り合いのエンジニアやプログラマーに、こういう本があれば買いたいか? とヒアリングして、そこで好意的な回答はもらっていたので、ある程度の需要はあるだろうと信じていました。
── 西野さんの見通しが正しかったことが証明されたわけですね。電子書籍版がリリースされたのが6月で、最初に出版社に持ち込まれてから4カ月ほど経ってネットで盛り上がったわけですが、そのときのインプレスジャパン社内での反応はいかがでした?
鈴木 僕のいる編集部はいま5人のスタッフがいますが、そのうちの1人が、いまネットでこの本がすごく盛り上がっているという話を始めまして、タイトルを見て「あっ!」と(笑)。実はそのスタッフは西野さんがうちに提案いただいたときの最初の企画会議を欠席していたんです。つまり経緯をまったく知らないスタッフが、先入観のない状態で気づいたという。
新しい企画を立てるときもそうですが、全然違うラインから盛り上がっている情報が入ってくると「来てるな」という感じがするんですね。彼が反応したあと、私のFacebookなどソーシャルつながりの人たちも盛り上がって、さらにTogetterも作られて。本でTogetterが盛り上がることはあまりないので、これは紙の本でもいけるんじゃないかと。
なので、その日のうちにすぐ連絡を差し上げまして、あのときはすいませんでした、とは言わなかったですけど(笑)、社内で再度検討させてくださいという話をしまして、追って達人出版会での実売数も教えていただくことになりました。それが発売直後の6月20日で、6月の締めの段階で実売部数のデータをいただいたのですが、私たちが予想していたよりもはるかに多く、早速その翌週に社内で内諾を取り付け、企画を進めることになりました。
── となると、7月上旬に社内で承認が取れて、きょう(編注:取材日である9月21日)発売になったわけですが、実質2カ月強で発売にこぎつけられたわけですね。
鈴木 実際にはもっと短いです。まず部内の企画会議があって、その次に売り方やコスト面を含めた社内の全体会議で正式承認されるフローなので、部内的にこの企画は絶対いけるだろうと思っていても、全体会議で承認されるまでしばらくお返事はできなかったのです。というのも、A4で600ページ強というページ数の多さがネックでして(笑)。ひとまわり小さいB5だとさらにページ数が増えるわけで、コスト面で営業や管理のスタッフをきちんと納得させる必要がありました。
ただ、達人出版会から購入して本文を見たところ、レイアウトはかなりゆったりとしていて、かつ1行のメッセージが短く、説明文もそれほど多くないので、2段組にすれば単純計算で半分の300ページ、多くても400ページ以内で収まるのではという結論になりました(編注:最終的なページ数は328ページ)。そこから、制作をお願いしている外部のプロダクションを交えて試算をしたのち、正式にGoということになりました。
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