QuickJapan、ついに電子化――太田出版の「根源的・挑発的」な出版魂

“今”という瞬間に関わり続け、多くのファンを持つ太田出版の『QuickJapan』が電子化された。「太田出版にとって本当に大事な雑誌」と話す同社代表取締役社長の岡聡氏に電子化の経緯、そして同社の考える出版について聞いた。

» 2012年10月01日 10時00分 公開
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 太田出版――『Mの世界』『完全自殺マニュアル』『バトルロワイヤル』、最近だと『四畳半神話大系』『永遠の0』、あるいは『QuickJapan』や『マンガ・エロティクス・エフ』などの刊行物で知られる同社は、インパクトのある作品を世に送り出すユニークな出版社だ。

 そんな太田出版の『QuickJapan』が、ついに電子雑誌として配信開始されることになった。独自のテーマで深く切り込んだ特集などが特徴的なこの雑誌が電子雑誌として登場することにワクワクする方も多いだろう。

 ここでは、太田出版代表取締役社長の岡 聡氏に、同社の出版、そして電子書籍に対する取り組みと、その背景にある考えを聞いた。

タレント本、サブカル、コミック……太田出版のイメージは?

太田出版代表取締役社長の岡 聡氏

 「初期の外からのイメージは、タレント本やTV関連の本に強い会社というイメージだったんじゃないでしょうか」と岡氏は自社を評する。もともと太田出版は、太田プロダクション、という芸能事務所にビートたけし(北野武)さんがまだ所属していたころ、氏の興味を書籍という形で出すことが多かった。だから太田出版の取締役には氏が名前を連ねていた時期もある。業界の中でも早期に人気ドラマのノベライズ化を手掛けたり、タレント本を手掛けたことによるテレビとの親和性も高かった。

 実際にはタレント本だけではなく、早い段階から、扱うジャンルは多岐にわたっていた。その一つがサブカルチャーだ。

 (サブカルに)ぐっと傾斜したきっかけは『Mの世代』(1989年)という宮崎勤事件を扱った本ですね。宮崎勤という人物が幼児誘拐殺人を起こして、テレビ局が彼の部屋に入ったら、ビデオで埋め尽くされていたと。「だからダメなんだ!」みたいな感性を攻められたことに対して異議申し立てする形で本を出しました。香山リカさんなど現在ではよく知られている方々が出てきた本でもあります。そのころ同時に『QuickJapan』が始まりました。隔月なんで全然クイックじゃないんですけど(笑)。

 その後も『完全自殺マニュアル』(1993年)、『バトルロワイヤル』(1999年)など、社会を大きく騒がせた作品を世に送り出した太田出版。その一方で、“エロの巨匠”と呼ばれている山本直樹氏と始めた『マンガ・エロティクス』、その後刊行された『マンガ・エロティクス・エフ』なども手掛け、最近ではコミックが同社の売り上げの大きな割合を占めるようになってきた。

 エロティックなものというのは力量が求められます。エロとお笑いって、エロくないエロはどうしようもないし、笑えないお笑いももうどうしようもない。つまり、エロで面白いものは全体的な質も高いんですね。そこから出てきた小説や漫画は、いい形のものができます。書店さんによっては、サブカルチャーよりも、コミックのイメージで太田出版を見ているところもあるかもしれませんね。

 さまざまな意味で強いインパクトを持つ作品を世に送り出す太田出版。作り手としてのポリシーのようなものがあるのか岡氏に尋ねると、同社のFacebookページのカバーイラストにある「根源的・挑発的」を挙げた。

 世間の流れの中で、何をやると先入観をひっくり返せるか、という意識は当初からありました。できるだけ“今”を根源的に見て、一番影響力の大きいタイミングで挑発的にやりたいと考えています。

 そして、「根源的・挑発的というのは、作る本だけじゃなく、企業活動もそうありたい」と岡氏。そうした姿勢は、同社が2009年から導入している著者へのアドバンスにも見て取ることができる。アドバンスとは、出版に先立って印税を支払うシステムだ。

 太田出版の場合、アドバンスは著作物利用契約が出版活動の両輪になっています。『出版契約』でなく『著作物利用契約』。創造物、著作物があって、これは面白いとなれば、最初に世に出すのは、必ずしも紙の本ではないかもしれない。Webや電子書籍かもしれない。Webからそのまま翻訳されることもあるでしょう。一次がないというか、全部が一次でぶら下がって、その条件が一番最初の段階で決まってる契約書を持ってるんです。あらゆるチャンスから、本に結びつけるという意図もあります。

 結局、一番初発のところで面白いものができない限り、二次利用などありません。誰もそれを映画化しようなんて思わないし、電子化しようとも思わない。単に制作したことをもって、権利を主張するのではなく、太田出版が組んだから、いいものが作れる。その上で、著者にできないことを著者に代わって行い、その実績を証明することで、出版社と著者の継続的な関係は構築できるのです。

 著者にできないことを著者に代わって行うというのは、例えば海外翻訳などに見ることができる。同社は出版点数に比べると翻訳率の高い出版社といえるが、これは、毎年海外で開催されるブックフェアに人を派遣し、海外出版社に作品を紹介したり、条件のとりまとめを行ったりしていることによる。著者自身がこれを行うのはなかなか難しい。そうしたことに誠実に取り組んで好条件を引き出し、著者が自分ではできないと思った瞬間を作り出していく。いずれも著作物利用契約があるから可能で、それ故、契約書を結ぶきっかけとなるアドバンスが前提となるのだといえる。著作権者との運命共同体といってもよいだろう。

 これからの出版社は“制作能力のあるエージェント”になっていく、と社内ではよく言っています。エージェントの形態はさまざまですが、制作能力を持っているのはやはり大きい。結局、面白いものじゃなきゃ次がないんですよね。だから、著者が『この人たち(太田出版)と組んで良いものが作れた』と感じてくれない限り、長い関係を構築できません。制作能力のあるエージェントとは、“流通を意識している”ということ、かみ砕いて言えば“届けてなんぼ”ということです。

読者への届き方が、紙でない可能性

 こうして岡氏の話を聞くと、“出版”という言葉に対する考えも一般的なそれとは少し異なるようだ。岡氏は「紙の束を作ることが出版だという意識はない。ある著作物を人に届く形にして、それを売るために、リスクを取るのが出版。書籍はいろんな著作物の1つ」と話す。その文脈では電子書籍もまた著作物の一形態だが、太田出版は昨今の電子出版をどのように見ているのだろうか。

 関わったのは早いです。パソコン通信の時代のパピレスに、団鬼六さんの小説を出していましたし、CD-ROM版の著作権判例をNIFTY-SERVEで配信したりもしていました。DTPが整備され、印刷所の中で、紙を作るのも、電子を作るのも、同じ過程を経るのがはっきりしてきた時点で、これは契約の方も整備して、できるだけ出せる形にしていった方がいいだろうと思いました。

 太田出版は、電子書籍が初発の場合には著者にアドバンスを払っています。その形を採らない限り、電子書籍が書籍として自立しませんから。例えば1年間かけてノンフィクションを書いてる人が、さあ印税は? というときに「ダウンロード数です」となったら、安心して仕事できないじゃないですか。ケース・バイ・ケースではありますが、電子書籍がこれからさらに重要になってくると考えるなら、紙と同じような一種の著作権使用料の保証が必要です。出版社側は一定のリスクを負うべきだと思います。

電子書籍もWebも出版の一環

 紙でも出せて、電子も出せてというのが一番だが、現時点で、読者に届けやすくて、コストを回収しやすいのは、やはり紙の本、特にコミックはそうだと岡氏はいう。現在、電子だけで出るものは、一般的には紙の本で出すのは難しいと判断しているということだとも話す。ただしこれは内容の優劣ではない。紙の書籍では諦めなければいけなかったものが電子だと出せるというケースが、太田出版でも現実的に出ているという。

 紙の書籍でやるには、値付けの問題や部数の設定で難しいかなというとき、諦めるのか、電子か、みたいな考え方が徐々に入ってきています。電子のために何か考えるというのはまだ少ないですが、内容を検討した上で、電子書籍向きと判断する局面はあります。相対的に安い電子書籍で出すことを利益の圧縮ととる著者もいますが、実際にやってみたらそれがグロスとして紙の本の何倍も売れるっていうケースができてきたときに、それは利益の圧縮ではなく、電子に向いてるものがあって、それに合った価格帯でやると、いけるということもあるんだと気づきました。著者にもそのことを説明しています。

 電子書籍もWebも、私の意識では出版の一環です。紙が縮小してるからといって、人の知的好奇心が縮小しているとも思えません。ただその届き方が、紙でない可能性はあります。

 出版社についていえば、作品が売れなかったらそれは業界のせいではなく作ってる出版社のせいだと考えています。「景気が悪いから」とか「出版はいま落ち込んでるから」ってのは、死んでも口にするなと社内でもよく言いますね。環境のせいにしても意味ないですから。

制作より告知や宣伝が重要、“届ける”ことに努力してくれるパートナーを選んだ

 QuickJapanの電子化に話を戻すと、今回、それを陰で支えるのはモリサワだ。出版業界を長年にわたってサポートしてきた同社、モリサワフォントなどの製品は一般のユーザーでもその名を聞いたことがあるだろう。近年では電子出版領域のソリューションも用意、MCBookやMCComic、電子雑誌向けにはMCMagazineと呼ぶソリューションを持つ。

 MCMagazineには、電子雑誌コンテンツに変換するソフトと、そのコンテンツを閲覧するビューワがある。変換ソフトで、紙の雑誌のInDesignデータとPDFデータを組版情報を保持したまま直接変換して制作するので、紙版と同時に電子版も発売が可能だ。もちろんソフト上で動画、音声、各種リンクの挿入も行える。ビューワ画面は、誌面全体を表示する「テキストウィンドウ」と組版機能によるテキスト表示に特化した「テキストウィンドウ」で構成され、雑誌の世界観をそのままに、スマートフォンでもテキストが読みやすい。制作側には使いやすい、読者側には読みやすいソリューションといえる。

 QuickJapan電子版はこのMCMagazineによって、AppleがiOS5から追加した電子雑誌の定期購読・管理が行える「Newsstand」で配信される。さまざまな電子出版ソリューションがある中、MCMagazineを選択した理由について、岡氏は太田出版の制作体制とともにこう説明する。

 太田出版は電子書籍を自社で制作せず、外部にお任せする形、極端な話でいうと、条件が合うならできるだけ多くのところにお任せする形を採ってきました。これは、読者が支持するものが最終的に残るだろうという考えと、いいコンテンツを作る、という部分に自社がかかわれている限り、“届ける”ことに努力してくれるパートナーがいるなら、条件で譲ってもいいだろうし、いろんなやり方を知ることができた方がよいという考えからです。

 電子書籍に関して今までも、そしてこれからも最大の課題と考えているのが、告知や宣伝の部分です。制作の部分は大変ではありますがさほどでもありません。現在出版業界では出版デジタル機構が設立されたりしていて、うちも加入はしていますが、まだ出していないんです。作るということは現時点でもある程度やれているということもあります。どう届けるかが最大の悩みの種です。色々試していかなければならない。この前、朝日新聞に全5段の広告を出したんです。電子書籍だけの全5段広告は日本の新聞社で初めてじゃなかったでしょうか。

 今回、MCMagazineを選択したのは、作り手が発信したものを、ユーザーに一番いい形で届けたいというのが大前提で、なおかつユーザーが読みやすいものが肝要だな、と考えました。QuickJapanは文字量が凄く多くて、細かいんですね。それを、30〜40代のスマホユーザーの方たちがメインのユーザー層だと考えると、それで読ませるのに一番適したものはピンチ操作で誌面を拡大させてスクロールさせるという読み方ではなくて、MCMagazineで提供している「レイアウトイメージ」と「テキストウィンドウ」の組み合わせだと思ったので、これはぜひ、ということで決定しました。

「レイアウトイメージ」で誌面全体を眺めながら、読みたい箇所をタップして「テキストウィンドウ」開いて記事を読むのがビューワの特長。

 モリサワの吉野誠氏は、「出版社様の立場で物事を考えたとき、1回制作したコンテンツデータを、いろんな所で販売、いろんな方にお届けできる環境を可能な限り早く整えたい」と話す。まずはNewsstandでの配信となるが、そのほかの電子書店にも積極的にアプローチし、販路を拡大していく予定だという。

 「太田出版様には、非常に前向きに準備して頂きました。われわれとしてもその期待に応えるべく、データ制作や配信面での技術的なサポートを全力で行っていきます」(吉野氏)


 この取材を通して分かったのは、太田出版が出版を狭義でとらえず、著者との関係を最重要視しながら事業を展開していることだ。多くの読者にはQuickJapanが電子版で読めるようになる、という方が分かりやすいメッセージになるだろう。最後に、岡氏からQuickJapanについて一言熱いメッセージをいただいた。

 QuickJapanは、太田出版が、社会の最前線と出会ってきている雑誌です。“今”という瞬間に関わり続けてやってきている。太田出版にとって本当に大事な雑誌です。今回のように紙とは違う形態でも、読んでいただける可能性を追求していきたいですし、そういうチャネルもできているというのはとてもありがたいことです。

 電子化によって、紙とはまた違う人たちと関われるかもしれないという期待もあります。いい形で発展していってくれればいいなと思いますね。


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提供:株式会社モリサワ
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia eBook USER 編集部/掲載内容有効期限:2012年10月31日