力が無い販売サイトは料率を下げるべきなのか?電子化が迫る著者と販売サイトの新たな関係

佐々木俊尚氏が、ブクログのパブーが料率をそれまでの30%から60%への変更を求めてきたとTwitter上で明かし波紋を呼んでいる。それは中間業者の搾取なのか。著者と販売サイトの関係を再確認する意味でこの動きを幾つかのポイントに沿って見ていこう。

» 2012年08月09日 17時30分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]

 佐々木俊尚氏が、ブクログのパブーが料率をそれまでの30%から60%への変更を求めてきたと、Twitter上で明かし波紋を呼んでいる。

 氏は「(販売の)力がない中間業者が搾取するのは妥当ではない」とし、Amazonなどが採用する「グローバル水準」料率30%よりも、もっと低い5%程度の料率でも良い、と断じている。

 筆者は佐々木氏の主張に同意するものではないが、koboが出足でつまずき、一方でAmazonのKindleが何度目かの「まもなく」スタートとされる中、著者と販売サイトの関係が再確認されるべきタイミングであることは間違いない。幾つかのポイントに沿って見ていこう。

コンテンツ調達に苦心する販売サイト

 7月19日にスタートした楽天グループのKoboが運営する「koboイーブックストア」だが、7月中に累計タイトル数を3万にするという目標を果たせていない。にもかかわらず8月中には6万、年内には20万を目指すという目標を掲げている。

 koboについては日経新聞が「検索などの使い勝手が悪い」と報じた。確かに書誌情報が正しく反映されていないためか、koboイーブックストアでの日本語検索はまだ実用的とは呼べないレベルだ。楽天は現在その改修に努めているとするが、タイトル数が少ないままではたとえ検索が正確に行えてもユーザーが望む結果が得られないことはいうまでもない。

 4月に株式会社となった出版デジタル機構のパブリッジは、5年後に100万タイトルの電子書籍化を目指して作業を進めているが、koboが現在唯一対応するEPUB 3は、まだ描画側の処理のための仕様が確定していないこともあり、その進捗は緩やかだ。原稿データを自動変換すれば良いという段階までは達しておらず、手作業でのタグの修正が必要となることがその速度を落している。

 楽天の三木谷浩史社長は、koboが海外で展開する出版機能を持つことは国内版元との関係から否定したが、自費出版についてはやりたい、と明言する。タイトルを提供する国内出版社に配慮しつつ、それ以外の個人――例えば著名ブロガーなどによるコラムやメルマガなども販売することで扱いタイトル数のかさ上げを図りたいはずだ。

 このような状況は先行しXMDFや.bookといった既に資産のあるフォーマットを採用する販売サイトでもさほど変わらない。従来も各サイトの扱いタイトルに大きな違いはなく、そのショップで本を買う必然性には欠けていた。等距離外交を謳うパブリッジは、Amazonにも電子化したタイトルを提供すると表明している。タイトルに相違が無ければ、利便性に勝るKindle Storeでの購入を選ぶ消費者も多くなるだろう。

 書籍化されたタイトルとは別に数を確保し、しかも独自色を出すために、メルマガ、コラムなどの調達に力を入れる販売サイトが今後さらに増えるはずだ。ブクログのパブーなどが扱う個人発のタイトルもそこで存在感を増してくる。

販売サイトの手数料は搾取なのか?

 これまで自費出版や同人誌の枠で捉えられていたこれらのタイトルの書き手は、自ら生み出すコンテンツの経済的価値を再認識する機会が増えるはずだ。今回の佐々木氏の指摘はその先鞭をつけるものとも言えるだろう。電子出版時代を控え、詰めの協議に入っている出版に係る権利(≒隣接権)が新たに設けられることも著者の権利意識を強くしている。

 だが、販売サイトの手数料を搾取とまで言ってしまうのは飛躍がある。その中身の大きな部分を占めるマーケティング、プロモーションコストや、力があるサイト=例えばAmazonがそのコストをどのように捻出しているのかを正しく捉えておく必要があるはずだ。

 Kindle DTPのように著者が原稿データをアップロードすれば販売可能になるサイトもあるが、原稿がそのまま商品の域に達するケースは希だ。多くの作品では編集者が著者のサポートを行うし、販売サイト側でテキストデータをEPUBなどの最終データへの整形・変換を請け負っているケースもある。人手が掛かるこれらの作業は制作コストとなる。

 プロモーションコストも重要だ。リアルな書店はショーケースとしての機能も担っているが、目視での面積に劣り、またユーザーの生活動線に必ずしも組み込まれていない電子書店においては、作品をプロモーションすることが成否を分ける。もちろんこれにもコストが掛かることは言うまでもない。

パブーでは佐々木氏の著作バナーが複数見られるが、これらもプロモーションコストに含まれるものだ

 著者が原稿をそのまま投稿、販売できるKindle DTPを備えるAmazonだが、「力」がある分、プロモーションコストも大きくなる。広告商品によってさまざまだが、例えばAmazonでのレクタングル(長方形型)広告は50万インプレッション(表示回数)で200万円前後。紙の書籍なら初版部数の原稿料でもなかなかペイしない金額だ(パブーはじめ他のサイトではこういったプロモーションコストはより抑えられている)。またKindle DTPでは70%を取り分とできる販売条件も用意しているが、価格設定や販売地域などすべてAmazonが求める条件に従い、さらにそこから配信コストが差し引かれる――その結果ほとんど利益が残らなかったという事例もある――ことにも注意が必要だろう。

今回パブーが開始した「外部ストア連携機能」のイメージ。外部ストアで扱ってもらうために営業コストが発生することが想像できる

 最後に営業コストの存在がある。プロモーションコストが消費者に対してリーチするためのものであるのに対し、営業コストは他の販売サイトでも預かりタイトルを扱ってもらうためのコストということになる。例えば動画配信サービスでは、他のポータルサイトに自社が扱っている動画を配信した場合には、そのポータルサイトでの販売手数料が差し引かれた後、自社の手数料も合算した上で、残りの金額を著作権者に戻す仕組みを取っている。単純に同じ料率ならばそれは倍になるだろう。

 このようにそのコスト構造を見ていくと、今回の一件(手数料が30%から60%になった)は、営業コストや制作コストが新たに生じたとみるのが自然ではないかと筆者は考える(※)。6月に株式会社paperboy&co.から新たな事業会社となったブクログが、採算性を重視する姿勢を見せていることももちろん背景にはあるはずだが、「搾取」と断じるためには、このコストの内訳を明らかにする必要がある。

※注:8月9日にブクログから楽天koboにパブーの作品を提供するオプションが加わったことが発表された。そのオプションを選択した場合、著者への支払いは売り上げの50%となるが、パブーのみでの販売の場合は従来通りの70%である。

力がない販売サイトは低い料率に甘んじるべきか?

 氏が指摘した「力がない販売サイトは5%程度の料率であるべきだ」という主張も考えさせられるものがあった。ダイヤモンド社で「もしドラ」などの編集を行った加藤貞顕氏が起業した株式会社ピースオブケイクは、週150円で以下のような執筆陣の記事が読み放題になるとして注目を集めている。

ピースオブケイクが展開しようとしているコンテンツ配信プラットフォーム「Cakes」の執筆予定者(同社サイトより)

 この陣容も、先に述べた新たな作品コンテンツの調達という意味で興味深いものがあるが、件の料率について、加藤氏はインタビューで次のように応えている。

  • cakesでは購読料の60%を(※)クリエイターに還元する
  • この60%のフィーは原稿料、印税、マーケティングフィーで構成される
※注:2012年8月17日1時16分追記:その後、cakeから「総収入の60%を還元の原資として、クリック率に応じて配分することを想定している」と回答があった

 原稿料、印税は従来の出版でも取られていた手法だが、マーケティングフィーという考え方はCakesならではのものだ。著者に対して作品への独自URLを提供し、アフィリエイトのようにその導線から購入が生じた場合は利益を分配するという。著者は書いて終わりではなく、自ら宣伝を行うことでもその取り分を直接的に増やすことができるわけだ。

 逆に言えば、情報発信力がまだそれほど大きくない新人作家などには現状では活用が難しいプラットフォームと言えるかもしれない。隣接権の議論の中でも出版社が持つ「新人育成機能」をどのように担保するのかが取り上げられるが、それを支えるものは手数料であり、その規模感を決定するのは料率ということになる。投資して育成した新人を、人気タイトルと一緒に電子書店に一本釣りされては堪らない、というのも出版社側の本音でもあるだろう。

 そんな中、電子書店、コンテンツ販売サイトにも多様性が求められるのではないか、というのが筆者の考えだ。人気があり、直接コンテンツを販売しても一定の売り上げが見込める著者と、出版社がその才能を見いだし育成する作家の二極の間にさまざまな作品発表と収益回収モデルが存在することが、出版界も繰り返し主張する多様性の担保には欠かせないはずだからだ。当然Cakesやパブーもそういった作品流通の経路の1つだ。

 不合理な搾取があってはならないことは大前提だが、たとえ販売力は小さくとも何らかの独自性や存在意義のある販売サイトであれば、料率を「水準」から下げる必然性はないと筆者は考える。そもそも独自色が強い=総売上が小さくなる傾向にあるのに、料率まで下げてしまっては、Kindle Storeのような総合力に勝るサイトと共存することができなくなってしまうからだ。マーケティング能力の低い中小中堅の出版社は著者に印税をより多く戻すべきだ、という主張に置き換えて考えてみると、明確になるだろう。

 筆者はこれまでCakesを興した加藤氏にダイヤモンド社在籍時に話を聞き、ブクログの代表を務める吉田健吾氏に取材を行い、その取り組みを追っている。発展途上の取り組みでもあり、一著者として向き合うとまだまだ足りない機能や、満足できない部分も感じられるのもまた事実ではあるが、少なくとも電子出版において独自の立ち位置を確保し、書き手に新たな場や機会を提供しようと奮闘していることは直接確認している。料率は、巨大プラットフォーマーと多様な販売サイトが共存することを目指すのであれば、その世界観を決定づけることになる重要なファクターだ。その取り扱いには慎重でありたいと思う。

著者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし

 ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。

 取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは@a_matsumoto


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