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» 2012年07月03日 10時00分 UPDATE

ハリー・ポッター日本語版電子書籍、ソニーから独占販売で静山社は蚊帳の外

ソニーが、「出版界のビートルズ」などと表現される世界的ベストセラー『ハリー・ポッター』シリーズの日本語版電子書籍を独占的に販売することが判明した。紙の書籍は、日本でもベストセラーになっているだけに、日本の電子書籍ビジネスの行方に少なからず影響を与えそうだ。

[山崎潤一郎,ITmedia]

 関係者によると、ソニーは、世界的、歴史的ベストセラー『ハリー・ポッター』の日本語版電子書籍を、同社が発売する電子書籍端末「Reader(リーダー)」の目玉コンテンツとして位置づけ、電子書籍の売り上げのみならず、端末の販売にも弾みをつけようと目論んでいるようだ。

「中抜き」モデルで作家が読者に直販

 ハリー・ポッターシリーズの電子版については、英語版がこの3月から販売が開始されている(現在は、仏語、独語なども追加されている)。このときは、作者のJ.K.ローリング氏自身が運営するWebサイト「Pottermore」で独占的に販売が始まったことが話題になった。世界的な人気作家が電子版の出版権を出版社やネット書店に渡さず、読者に直販する「中抜き」モデルを始めたことで、「抜かれた」側の出版社や書店関係者に激震が走ったのだ。Pottermoreのトップページにソニーのロゴがあることからも分かるように、ソニーとPottermoreは戦略的に提携している。

tnfigpotter1.jpg Pottermore

tnfigpotter2.jpg Amazon.comでハリー・ポッターの電子版(Kindle Edtion)を探してみると、通常「カートに入れる」のボタンがPottermoreへのリンクになっている

 実際、米Amazon.comの電子書籍販売サイト「Kindle Store」や米大手書店Barnes & Nobleの電子書店にも、ハリー・ポッターシリーズの電子版が商品として並んでいる。しかし、例えばAmazonで同シリーズのKindle Editionを購入しようとすると、Pottermoreへのリンクになっていることが分かる。つまり、Amazonが顧客を自社のサイト外に誘導しているのだ。電子書籍の時代になると、作家が読者に直販することが可能、とかねてから言われていただけに、「背筋が凍る思いがした」(出版流通関係者)と心中おだやかではないようだ。なお、AmazonはPottermoreから独占的なライセンスを取得し、ハリーポッターシリーズ全7巻をAmazon Primeに加入しているKindleユーザー向けの電子書籍レンタルサービス「Kindle Owners’ Lending Library」に追加すると5月に発表。6月19日からレンタルも開始している。

 こうした状況の中、日本での「ハリー・ポッター」電子版の発売が待たれていた。紙の書籍の日本語版を翻訳・販売しているのは静山社(せいざんしゃ)だが、この件について同社は「現時点でそうした話はないが、Pottermoreは各国で出版されているハリー・ポッターを電子版で届ける考えを示しており、現在Pottermoreで販売されている各言語版は紙で出版されたものが使われていると認識している」と話している。しかし、関係者は「今回の電子版では、静山社は一切絡んでいない。ソニー側が新たに翻訳を行った」と話している。

 静山社の翻訳版については、かねてより「表現が古い」「誤用がある」といった指摘も少なからずあった。このため、ソニーとしては、「新訳」として提供することでフレッシュ感を大々的にアピールするものと思われる。あるハリー・ポッターファンは、「新訳が出るなら、たとえ電子書籍でも買いたい」というだけに、ソニーが独占的に販売することで、同社の電子書籍ビジネスには強い援軍になるだろう。

 今回、日本において紙の翻訳版の版元である静山社が電子版に絡んでいないという話を聞いた大手出版社幹部は「かなりショック。紙の本を出しているからといって安心していられない時代になった」と肩を落とす。また、ある中堅版元の幹部は「ハリー・ポッターの翻訳権は、静山社の松岡佑子氏が地道な努力と熱意で獲得したものだけに、今回の電子版で蚊帳の外にされたことをどのように感じているのだろうか」と顔を曇らせる。そういえば、J・K・ローリングの新作『The Casual Vacancy』の独占翻訳権は、静山社ではなく、講談社が獲得している。原書は、9月に発売される予定だ。

電子書籍フォーマットの勢力図を塗り替えるか!?

 ハリー・ポッターの日本語電子版は、電子書籍フォーマットの勢力図にも強いインパクトを与えるかもしれない。現在、「Pottermore」で発売されている英語の電子版は、DRMなしのEPUBフォーマットが採用されている(ただし、電子透かし入り)。ソニーの「Reader」は端末としてEPUBをサポートしているが、「EPUBフォーマットのコンテンツは、まだ少ない」とネット書店運営者が明かすように、日本国内ではまだEPUB形式のコンテンツ流通が十分な量に達していない。そのため、仮に今回の日本語版がEPUBで発売されることになると、「日本において初の大型EPUB案件になり、関係者の期待も膨らむのではないか」という。

 現状、日本では、シャープが提唱する「XMDF」と、ボイジャーが開発した「.Book(ドットブック)」の2フォーマットが2大勢力としてデファクトスタンダード化しつつあるが、オープンフォーマットのEPUBとは異なり、規格使用に対するロイヤリティーが発生する。

 経産省が東北支援を掲げて実施している「コンテンツ緊急電子化事業」(緊デジ事業)でも、「当初はXMDFと.bookを優先して制作を進め、環境が整った時点でEPUB3への変換を予定」(サイトのQ&Aより)としているが、「事実上、XMDFと.bookに絞られた状態」(出版流通幹部)で、「税金を投入している事業で、特定の企業に利するフォーマットを推すのはいかがなものか」という声も聞こえてくる。

 また、日本版におけるDRMの行方も気になる。前述のように、現在Pottermoreで販売されている海外版にはDRMはかけられていない。しかし、日本の出版関係者の間では、「不正コピー防止のDRMは必須」とされている。ソニー「Reader」の場合、アドビが開発したADEPT(Adobe Digital Editions Protection Technology)とEPUBを組み合わせているが、果たして同様の仕様で登場することになるのだろうか。

 仮に、このような人気作品がPottermore同様、DRMなしで発売されることになると、出版関係者の意識に影響をおよぼす可能性もある。ある電子書籍専門の版元幹部は、「DRMフリーの人気作品が、いろいろな環境で読まれることで、EPUBの問題点が洗い出され、EPUB制作のガイドライン整備が進み、普及にはずみがつく可能性もある」と期待を寄せる。

 こうした状況だけに、「出版界のビートルズ」などと表現される「ハリー・ポッター」シリーズが、どのフォーマットを採用し、DRMがどうなるのかという部分に注目が集まるのだ。

 ちなみに、ソニーは「ハリー・ポッター」日本語版の発売について「ノーコメント」としているが、大ベストセラー作品の電子化案件だけに、「起ち上がりそうで起ち上がらない」と言われる日本の電子書籍ビジネスにどのような影響を与えるのか大いに注目したい。

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