隣接権議論は“出版”をどう変えるか――福井弁護士に聞く(後編)(2/4 ページ)

» 2012年06月20日 11時30分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]
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出版社の貢献も認めるべきだ

―― 訴権によって海賊版の取り締まりという目的は、契約期間中は達成することができる。

福井 そう。現状の隣接権だと契約があろうがなかろうが総付けで先ほどの1.と2.の目的を達成できる、版面に限っては3.の「出版社飛ばし」対策もある程度達成できるのが出版社にとってのメリット。他方、契約さえ結べば、独占ライセンシーに訴権を与える方向でも1.から3.の目標は達成できる。むしろ、版面が使われていなくても出版社が権利行使できるから、こちらの方が強い。

 そこで気になるのが4.の目標です。「権利を一元管理して、出版社が電子出版できるようになりたい」というものですね。いま見てきたような隣接権はその内容は持っていません。したがって仮に隣接権が与えられてもせいぜい間接的にしか役に立たない。なおかつ、4.を目指すのであれば、一律に与えるのはさすがに無理があるでしょう。私が知る限り、出版社側も4.を隣接権に入れたいなどとは言っておらず、そこは契約なんだと分かっている。

 なぜなら出版社によって、作品に対する貢献内容が異なるからです。

  1. 国内の海賊版訴権。つまり、(作家も許していない)海賊版のような無断利用の取り締まり(恐らく、これが最少構成でしょう)
  2. 海外の海賊版訴権
  3. 作家+他事業者だけで作品が電子出版されることへの牽制や、その場合のオリジナル出版社の収益確保
  4. 単に無断利用の禁止を超えて、むしろ出版社が電子の権利を一元管理すること。つまり、作家とお互いにNoといえる権利を持つのでなく、紙の場合と同様に、出版社がYesといえば電子出版ができる状況(多分、これが最大構成)

出版社が隣接権を得る場合に、その理論上のターゲットとして考えられる権利の射程(前編で言及)

―― 確かに。私も幾つかの出版社から本を出しましたが、やはりさまざまだと思います。

福井 出版社によっては、契約でそこまで求めるのは合理的でしょう。「自分たちがこれだけの投資をした作品に対して、電子も含めた独占ライセンスを一定期間ほしい」という欲求はどのジャンルにも共通のもので、自然です。独占ライセンスがあるということは、その期間、作家の新たな了承なく、紙でも電子でも出版ができるわけです。本当にそれだけの投資をした出版社だったら、要求としては正当でしょう。

 今の議論を見ていると、出版社が何か権利を主張するだけで叩くといった論調をときおり見かけますが、それには共感しません。旧勢力を叩けば人気が上がるという大昔からのマーケティングかなと(笑)。

 私は良い本が生まれるときに、そこに編集が存在していること――それもフリーの編集者が居ればいいじゃないか、というのもやっぱり極論で、加えて組織体としての編集主体、つまり出版社や編プロ――が役割を果たすということは大いにあると思う。そうやって作家と編集者が汗を流さなければ生まれなかった幾多の傑作・労作はあり、私たちは子供のころからずっと恩恵に預かっているのです。それを忘れた議論には共感できません。

 もちろん、現場はそんなに美しいものではなかったかもしれません。喧嘩ばかりだったかもしれない。でも、そういう共同作業によって生まれてきた素晴らしいものが沢山あると思うんです。今回の議論の中で堀田純司さんがITmediaに寄稿(「この作品が売れたのはオレ様のおかげ」? 出版社の著作隣接権は「誰得」なのか』)されたように、校閲1つとっても、私はかつて自分の新書でその力に震えるほど驚いたことがありました。仮にも専門家である私が書いたすべての情報に、きちんと裏を取ってくる。驚いたのは、私に情報の出所を尋ねないんですよ。それを独力で見つけて、膨大な資料を付けて返してくださる。「こちらの本には先生の仰ったデータがありますが、こちらの資料には別なデータが載ってました」という具合に。ときどき足を引っ張る校閲さんもいましたけど(笑)。

 やはり、隣接権や出版契約を論じるためには、こうした出版社が果たす機能を公正に評価する必要はあると思う。

出版社の機能を改めて考える

福井 あくまで便宜上の整理で、皆がすべてを果たしているという意味ではありませんが、出版社の機能として以下のものが理論上は考えられます。

  1. 作家を発掘し育てる「育成機能」
  2. 作品の創作をサポートし、時にリードする「企画編集機能」
  3. 文学賞や雑誌媒体に代表される信用によって、世の中に作品を紹介・推奨する「ブランディング機能」
  4. 宣伝し、各種販路を通じて展開する「プロモーション・マーケティング機能」
  5. 作品の二次展開を行う際の「窓口機能」
  6. 初期コストと失敗リスクを負担する「投資・金融機能」

 1.の育成機能は、人気漫画「バクマン」で取り上げられる舞台裏などをイメージしてもらうと分かりやすいかと思います。週刊少年ジャンプ前編集長の佐々木尚さんに教えていただいたのですが、あそこでは1人の編集者が常時30人くらいデビュー前の作家を抱えているそうですね。

 2.は実用書の世界では、編集者の方から「私たちけっこう書いてますから」と聞くことさえあります。著名な著者の例で、「あの人の場合、編集部に一度話した内容が本になったならまだよい方だ」とかね(笑)。まあそれは極端な例として、企画とか取材、添削、校閲ですね。

 3.はまさに「芥川賞・直木賞」だから読む、といったアレですね。やっぱり永年培われた信用があるから読まれるというのは大きい。漫画だったら「サンデー」や「モーニング」に載っているから読む、といった具合に。

 4.と5.も説明不要でしょう。5.の「窓口」は一方で出版社の利権でもありますが、往々にして厄介な業務でもある訳です。そして、ここまで挙げた機能には、それぞれ経費が掛かり、もし作品が失敗した場合には回収ができません。したがってすべて投資です。独立系の編集者だけでは難しい、6.の投資機能があるのも出版社の大きな役割です。

―― よく分かります。一方で、これらの機能を十分に果たしているのか? という批判も時に挙がりますね。

福井 その通りで、むしろ「お願い仕事」のケースも沢山ある。それなのにすごく主張の強い契約書を見せられると、「原稿料あれで、これかー!」と(笑)。ちなみに、「実力以上に強気な契約」という傾向は新興メディアの方が強い(笑)。

―― あとは、出版社と書店をつなぐ取次が間に入ることで、投資金融機能の本質的な部分を出版社ではなく、取次が取っているのではないかという見方もできます。

福井 いわゆる取次金融。この点は単純ではなく、取次は究極的にリスクを取っているのか、という議論もあります。本が売れ続けなければ最終的には潰れるのは出版社ですから。ただ、本を出せば仮にもまとまった対価を払ってくれるという、取次の“金融機能”に多くの出版社が依存しているのは事実ですね。

 ですから、これらが常に十分に機能しているとはまったく思いませんが、まずはその検証や評価が必要でしょう。そして、ちゃんと貢献している出版社が一定期間の独占利用を許してほしい、電子も含めて――というのは公正な要求に思える。

 隣接権の議論もいいし、ちょっと手直しをすることで作家も納得できる形になるなら大いに結構だと思う。でも、本丸はあくまで契約です。

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