「電子書籍」サービスは収束するeReading Maniacs――「電読」の楽しみ(4)

売る側の論理ではなく、読み手の論理で「電子書籍」を考える本連載。今回は、日本の「電子書籍」サービスを品ぞろえ」と「対応端末」という2つの観点で整理します。

» 2012年05月23日 11時00分 公開
[風穴 江(Ko Kazaana),ITmedia]

 大小さまざまなものが乱立し、混沌としていると言われる日本の「電子書籍」サービスだが、「品ぞろえ」と「対応端末」という2つの観点で整理してみると、いろいろと見えてくるものがある。今回はこれをベースに日本の「電子書籍」サービスがどこに向かっているのか考えてみたい。

「品ぞろえ」と「対応端末」で分類する

図:日本の「電子書籍」サービス(2012年3月現在)

 上の図は、現状の日本における主な「電子書籍」サービス――ここでは、日本語のコンテンツを電子的な形で入手できるサービスのこと――を、その品ぞろえの方向性と、対応端末のバリエーションの2軸で分類したものである。

 横軸の「対応端末」は、そこで入手できるコンテンツをどんなデバイスで読めるのか、そのバリエーションを表している。ここで「特定」に位置付けたのは、特定のプラットフォーム(端末)でしか読めないサービスであり、「全方位」としたのは、さまざまな種類のデバイス──専用端末、iOS(iPad、iPhone、iPod)、Android(タブレット、スマートフォン)、Windows、Mac OSなど──で読めることをサービスとして志向している、ということである。両者の中間には、端末のプラットフォームが特定の1つということではないものの、全方位というほどバリエーションの拡大に積極的な姿勢が見られないものを配置した。

 縦軸の「品ぞろえ」は、そのサービスで販売しているコンテンツのバリエーションを示している。コンテンツのバリエーションとは、書籍や雑誌、コミックといった特定の形態にフォーカスしているのかどうか、あるいは、出版社やシリーズ、作家といった特定の内容のものだけを扱っているのかどうか、ということ。これが「全方位」ということは、書籍も雑誌もコミックも、そして、出版社や作家を限定せず広く品ぞろえしていることになる。逆に、品ぞろえが「特定」としたのは、自社で出版するものだけ、特定の作家の作品だけといったような場合である。前者は、現実にある一般的な書店のような形態を指向したサービスであり、後者は、専門書店や出版社直販サービスに近いイメージといえるだろう。

 なお、あらかじめ断っておくが、こうした分類は、筆者が調べた限りのデータ(2012年3月時点)に基づいた、独断的な試みである。誰にとっても客観的といえるような指標があるわけではないので(少なくとも自分自身が納得できる程度には客観的なアプローチを試みたつもりだが)、個々のサービスをどちらに分類するすべきかという議論は枝葉に過ぎない。また、いろいろな理由から、この表にはあえて掲載しなかったサービスもある(iモードなどの、いわゆる携帯電話専用のサービスも除外した)。ここでフォーカスしたいのは、乱立しているといわれる「電子書籍」サービスも、全体的には幾つかの傾向が見い出せるということと、それが何を意味するのかということである。

グループA:対応端末=特定、品ぞろえ=特定

 ざっと見渡してみると、幾つものサービスが集中している部分があることが分かる。以下では説明の便宜上、グループA、B、Cと呼ぶことにする。

先の図をグループ化したもの

 グループAは、対応端末が「特定」で、かつ品ぞろえも「特定」というサービスである。

 このグループに属するサービスは、どれも特定プラットフォーム(ほとんどiOS)のアプリケーションとして提供されている。サービスを提供する側からすれば、これは、「電子書籍」サービスを手っ取り早く始めるのに都合が良い方法だ。コンテンツの配信や課金に関して、プラットフォームで用意された仕組みをそのまま利用できるし、品ぞろえが少ないところからでもとにかく始められるからだ。

 例えば出版社が、限られた予算で自社の出版物に関する「電子書籍」サービスを始めようとする場合や、部署が決済できる予算の範囲内で特定シリーズを「電子書籍」として販売するサービスを立ち上げたい場合などである。つまり、これらのサービスで提供されるコンテンツが、特定出版社のものだけだったり、特定の作家やシリーズに限定されているのは、サービス提供側の動機と密接な関係がある。

 その一方で、このグループの対応端末が「特定」なのは、予算の関係だったり、手広くやるほどのリソースがなかったりといった、サービス提供側の都合に依るところが大きい。個別に話を聞いてみると、特定の環境だけに固執しているというところはほとんどなく、予算があれば、あるいはリソースがあれば、対応端末を拡大するにやぶさかではないというのが多くのサービス提供者の本音だ。すなわち、グループAのサービス(あるいはグループAで扱われているコンテンツ)は、今は特定のプラットフォームでしか読めないが、いずれはさまざまなプラットフォームで読めるようになる可能性が高い。

グループB:対応端末=全方位

 グループBは、対応端末が「全方位」を志向しているサービスである。

 全方位、すなわちさまざまな種類の端末で読めるようにすることは、より多くのユーザーにサービスを提供することに繋がる。今の日本の状況では、「電子書籍」ならコレというほど決定的な地位を獲得している端末は存在しない。ならば、主要なプラットフォーム(iOS、Android、Windows)に対応しようとするのは自然な発想だろう。

 このグループの品ぞろえ(に対するアプローチ)が「特定」から「全方位」までバリエーションがあるのは、紙の書籍を販売する書店をイメージすれば納得できる。昨今はリアル店舗でも大型書店の寡占化が進んではいるが、それでも品ぞろえに特色を持った中小規模の書店がなくなることはない。「電子書籍」でも同様に、品ぞろえが大規模なサービスの寡占化はそれなりに進むだろうが、小規模だが特色ある品ぞろえをするサービスが存在し続ける余地は十二分にある。ただし、ユーザーアカウントや決済手段、ビューワなどが個々のサービスごとに異なるのは、ユーザーからすれば甚だ使いにくい。長い目で見ればユーザーが求めるものに収束するという経験則からすれば、決済手段やビューワ環境を含むサービス基盤が統合される――総合書店と呼ばれるようなサービスの中に、特色を打ち出した中小規模の書店が出店するような――ことはあり得るかもしれない。

 グループBの中には、個々のプラットフォームごとにビューワを提供するのではなく、PDFやEPUBといった汎用フォーマットを採用したり、Webブラウザベースのビューワを提供することで、根本的な意味で対応端末の全方位化を志向しているサービスもある。いわゆるDRMによって、特定の「電子書籍」サービスにロックインされること――それによって、購入したコンテンツの「寿命」がサービスの存続期間に限定されること――を嫌うユーザーにとっては、こうしたサービスこそが、安心して購入できる唯一の存在である。読者の立場からすれば、どちらが優れているかは言を俟たないが、現状、出版社と著者との契約で提供プラットフォームが特定されている場合が少なくないので、読者にとっての理想郷が実現するとしても、まだかなりの時間が掛かると思われる。

 グループAにもグループBにも入らないサービスが幾つかあるが、これらもいずれはグループBに含まれることになるだろう。なぜなら、幅広い種類のコンテンツをたくさん売りたいというのがサービスの第一義であるならば、少しでも販売機会を増やそうとすることは必然であり、特別な理由がない限り、コンテンツを読める端末は拡大する方向に向かうはずだから。

グループAにもグループBにも入らないサービスはグループB方向に収束するのが必然と思われる

グループC:対応端末=特定、品ぞろえ=全方位

 一方、その「特別な理由」によって、品ぞろえは「全方位」を志向するものの、それを読むことができる端末は「特定」であることにこだわるのがグループCである。

 サービス提供側から考えれば、そうする理由は明白だ。すなわち、自らが提供する端末を購入してほしいということであり、端末を含むエコシステムを自らの手中に収めることによる相乗的な利益を追求したいからだろう。iTunes Store/iBookstore(Apple)しかり、Reader Store(ソニー)しかりである。

 Appleのように、全世界的な規模ですでに強固なエコシステムを築き上げているならば、それだけで十分グループBのサービスに対抗できるものとして存在感を発揮し続けられるだろう。しかし、リーチできる読者の規模が中途半端で、コンテンツを提供する側からさほど魅力的に見えないプラットフォームだと、なかなか厳しい。ユーザー数が伸び悩めば、魅力的なコンテンツを揃えるための相対的なコストが上がり、品ぞろえに魅力が感じられないとユーザーが離れていく……という、負のスパイラルに陥る危険性が高くなる。そうならないためには、全社あるいはグループを挙げてリソースを投入する覚悟が必要なのは当然だろうし(会社内の一事業部のビジネスとしてやっていたのでは覚束ない)、それに加えて、ユーザーを引きつけるだけの実質的な魅力を他に先駆けて提供していくアグレッシブさも不可欠だろう。

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