コラム
» 2012年03月30日 10時00分 UPDATE

電子出版系事業者の立場から出版デジタル機構を考える

投資ファンドの産業革新機構が総額150億円を出資したことでも話題を呼んでいる「出版デジタル機構」。本稿では新興電子書店/電子出版系事業を手掛ける側の立場から、出版デジタル機構についての個人的な見解/推測をまとめた。

[田村健太郎,ITmedia]
本稿は、筆者の田村氏のブログ「タムケンブログ」のエントリ「電子出版の立場からパブリッジについて考える」を編集・転載したものです。

 3月29日、出版デジタル機構(パブリッジ)の設立記者会見がありました。Twitterのタイムラインなどを見ていると賛否両論あるようですが、込み入った議論はまだ起きていないようです。そこで、本稿では新興電子書店/電子出版系事業者としての立場から、出版デジタル機構についての個人的な見解/推測をまとめてみました。最初にお伝えしておきたいのは、筆者はこの取り組みを「そういう手があったか」と比較的ポジティブにとらえています。

情報源について

 当社(モバキッズ)では、DRMフリーの電子書店「ブックパブ」の共同運営を行っているほか、電子出版サイト「Synapse」を運営しています。そのため、先日開催されていた制作会社・電子書店向けの説明会に参加しています。本稿は、そこで聞いた情報や、これまで電子出版をみてきた知見などを基に書いています。

 なお、出版デジタル機構の今後1年ほどの動きについては、補助金10億円が投下される「コンテンツ緊急電子化事業」のオペレーションが主になると予想されますが、こちらについては経済産業省「コンテンツ緊急電子化事業」特設ページをご覧頂くとよいでしょう。資料がかなり一般公開されています。

現状の書籍電子化の問題点

 そもそも日本において書籍の電子化が進んでいなかった理由は幾つかあります。以下、大きな理由と考えられるものから列挙していきます。

  1. 著者およびその他(挿絵や画像などの)権利者に対して、電子化に関する権利処理が出版契約の中にかつて入っていなかったので、権利処理でもめて旧作の一律電子化ができない
  2. DTPデータを出版社が保持していないケースが多く、その場合リフロー型コンテンツを作るときに紙版のスキャンから始めなければいけないので、電子化コストが高い
  3. 電子書籍市場がまだ小さく、上記のようにコストも高いので、電子化コストを回収するまでに長い時間が掛かる(ないしは回収できない)ことが予想される
  4. 権利処理上、ないしは出版社の経営判断上、厳しいDRM(具体的には、閲覧用ビューワソフトを限定し、電子書籍ファイル自体を読者が操作することを禁じる)を掛けた状態でしか流通できないケースが多く、読者の満足度が低い
  5. フォーマットがまだ発展途上であり、現状では相互変換が難しいため、形式が乱立して統一が難しい。また、これが電子変換への投資をためらう要因の1つになっている
  6. そもそも電子化によって紙書籍が売れなくなるのでは、という幻想があったりなかったりする
  7. (これは個人的な感想ですが)紙書籍として売ることを前提に作ったコンテンツが、Webを通じて売れるコンテンツとは限らないため、コンテンツのミスマッチ頻度が高い可能性がある。

 あぁ、何というか列挙していくだけで切なくなってきますね……。Web系の人っぽくざくっと考えてしまうと、権利処理はできるところから頑張って、DTPは自前でやることにして、そこからオープンなフォーマット(EPUB)に変換して、EPUBのままで売ればいいじゃん! などと考えてしまうわけですが、なかなかそうは行かないわけで(たぶん)。

出版デジタル機構の立ち位置

 出版デジタル機構の数年後の展望についてはともかく、とりあえず今年は「コンテンツ緊急電子化事業」のスキームでいろいろ進むものと思われるので、そこから推測していきます。

 コンテンツ緊急電子化事業については上述した特設ページをご覧頂くのがよいと思いますが、大ざっぱにまとめると次のようになるのではないでしょうか。

  • 東日本大震災で東北は多大な被害を受け、製紙工場なども被災して大変でした
  • 出版電子化はこれからの急務
  • じゃあ補助金を入れて大量に電子化することにして、その作業を東北で行う(体にしておく)ということにすれば、雇用は生まれるし電子化は進むし、あと東北の図書館に底本出すことにすればいいのでは?
  • 電子化費用は原則半分補助で、東北関係の本や出版社については3分の2補助するよ
  • 申請作業は大変だから、そこはまるっと出版デジタル機構が代行するよ。自己負担分も立て買えちゃうよ、電子書籍の売り上げで相殺するよ
  • 基本的にはDTPデータからEPUBを制作するけど、DTPデータがないものはスキャンして固定レイアウトEPUBにするよ
  • できたデータはできるだけ多くの電子書店で販売するよ。でもDRM関係は各電子書店に任せるよ

 つまり、出版デジタル機構の立ち位置は、

  • 書籍の電子化における、変換代行の共通一次請けになる
  • 書籍の電子化における資金を実質的に貸し出す金融機関的立ち位置になる

というだけなのだと考えられます。もちろん、実質的には巨大な電子取次になるわけで、Amazonの締め出しなどもし得るわけですが、そこはオープンな姿勢を示していますので何ともいえません。出版デジタル機構経由で電子化したら、電子書籍ファイルを出版社が取り回すことができない、という話も寡聞にして聞きません。

 特に陰謀論的に詮索しない限り、大手出版社がこれに乗るメリットもほかにあまり感じられない(大手なら自前で全部やっちゃえば良い訳で)ですし、「大手の相乗り」というよりは、大手も出資して中小を保護することで、電子市場自体の拡大を目指すストーリーだと素直にとらえて良いのではないかと思います(まぁ本当のところは分かりませんが)。

面倒な点に一気に蓋をする上手さ

 このスキーム、いろいろ考えてみましたが、上述した問題点のうち解決が面倒なところにキレイに蓋をしたスキームだな、と筆者は思います。冒頭で「ポジティブにとらえている」と書いたのはそうした意味です。

 以下では、上述した問題点への対処(一部推測)と筆者の所感を1つずつ取り上げます。もっとも、コンテンツ緊急電子化事業についてなので、将来の出版デジタル機構についてはよく分かりません。

1:権利処理が面倒な件

 写真の権利が取れないところなどは個別対応する(ジャニーズとか)と説明会では言われていました。個別対応……。

2:DTPデータがない件

 今回のスキームでは、DTPデータが存在しない本は一部だけ手入力によるリフロー型変換をして、それ以外はスキャン画像を元にした固定レイアウトEPUBで済ませることになっているようです。

 本来リフロー型にすべきコンテンツを固定レイアウトにして売れるとも思えませんが、どちらにしろ売れるかなんて分からないのですからチャチャっと制作して電子化点数のカサ増しに使うというのは合理的だと思います。

3:コスト回収が大変な件

 個別の出版社は1円も出さずとも、出版デジタル機構が立て替えてくれるわけですから、特に問題にはならなくなります。出版デジタル機構自体の収支がどうなるかは分かりませんが、大手出版社の出資と産業革新機構の150億円があれば、当分は大丈夫なのでしょう。

4:DRMがきつい件

 今回のスキームでも、DRMは電子書店が行う、とだけ規定されています。PDFはDRMができないから不採用だそうです。

 個人的には、個人情報を埋め込んで違法配布されたら通報されるようにすれば良いのでは(海外の出版社直営電子書店などを中心に採用されている方式で、ブックパブでも活用中)と思いますが、それでは足りないという判断なのかもしれません。

 これではやはり売れないのでは……と不安にもなりますが、今回の目標は1年で6万タイトルを電子化すること、質より量、ということのようで。確かに、電子書店の視点だと(質はともかく)量が多いと品そろえが多いようなイメージができて集客しやすくなったりしますし、悪くはないと思います。そういえば、記者会見では「出版デジタル機構でB2Cはやらない、電子書店同士で競争してほしい」と明言されていました。

5:フォーマット乱立の件

 今回のスキームで制作される電子書籍は、販売用ファイルはXMDFか.bookまたはEPUBですが、それとは別に中間交換フォーマットの形で納品されるので、形式は後で変換すればよい、ということになっています。筆者などは「中間交換フォーマットとか超絶ややこしい、制作だるい……」と思わずにはいられませんが、何しろ出版デジタル機構が実質独占一次請けですから、実作業を行う制作会社側では何ともしがたいところですね。

6:紙書籍が売れなくなりそうで怖い件

 版元が電子書籍に力を入れにくい理由として、取次や書店との関係悪化を危惧して……という要素もあるようですが、赤信号みんなで渡ればなんとやら。


 というわけで、こうした面倒な部分をひとまず置いておいてゴリッと進めていきましょう、という考え方なのだと推測すると、とてもうまい仕組みだと思います。健全な市場かどうかは分かりませんが、その違和感さえ忘れてしまえば。

電子書籍が本当に売れるようになるために〜電子出版アプローチ〜

 しかし、これらの施策がなされて電子書籍の点数が増えたからといって、電子書籍の市場がどんどん大きくなっていくかというと、それは別問題だと筆者は思います。

 点数が増えるのは条件の1つではあるでしょうが、「質的にも、フォーマット的にも、Web経由で売れるコンテンツを作る」という視点なしに、ただただ変換をしていけば自動的に売れまくる、とは考えにくいです。Webには書籍以外のコンテンツがたくさんありますから。

 そう考えると、ただ「紙の書籍を変換する」のではなく、

  • まず売るものを考えてから
  • Webで売れそうならそれ向けに電子書籍を制作し、それを組版し直して紙で売る
  • そうでないなら、引き続き紙で売ることを考えて本を制作する

といった発想が必要になると思います。デジタルファースト、あるいは電子出版、と呼ばれる分野ですね。そう考えると、「電子出版」と「有料Webコンテンツ」の行き着く先は一緒なのかもしれません。

 その点も踏まえて、Webで良質で多彩なコンテンツがもっと販売されるように、電子書店の立場から、そして有料コンテンツ販売プラットフォームの立場から、できることはいろいろやっていきたいところです。出版デジタル機構および周辺の取り組みについても、よりよくするお手伝いができればいいなぁと。Webの人として、ね。

著者プロフィール:田村健太郎

出版×Webの領域でサービス展開を行うスタートアップ、株式会社モバキッズの代表取締役。マイクロペイメント・電子出版プラットフォーム「Synapse」、PDF/EPUBベースのDRMフリー電子書店「ブックパブ」などの企画・開発を手がける。Web上でさまざまなコンテンツが手軽に手に入る世界を創ることを目指して奮闘中。Twitter IDは@tamuken


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