「一太郎+EPUB」が目指すもの

ジャストシステムが2012年2月10日に発売する「一太郎 2012 承」はEPUB形式での出力に対応する。日本語ワードプロセッサの雄である一太郎がEPUBに対応する理由やその機能の詳細について一太郎の企画責任者と開発担当に聞いた。

» 2011年12月24日 10時00分 公開
[風穴 江(Ko Kazaana),ITmedia]
ジャストシステムが2012年2月10日に発売する「一太郎 2012 承」

 ジャストシステムが2012年2月10日に発売する「一太郎 2012 承」は、新機能としてEPUB形式(EPUB 3日本語拡張仕様)での出力に対応する。日本語ワードプロセッサの雄である一太郎がEPUBに対応する理由は何なのか、また、それによって何を起こそうとしているのか。機能の詳細も含めてお話を伺った。インタビューに応じてくださったのは、一太郎の企画責任者である大野統己氏(コンシューマ事業部企画部)と、一太郎の開発担当である渡辺文夫氏(コンシューマ事業部開発部)。

「これは一太郎に向いている」

大野統己氏 一太郎の企画責任者、ジャストシステム コンシューマ事業部企画部の大野統己氏

―― 一太郎にEPUB対応機能を搭載することになった経緯を教えてください。

大野 昨年の12月ごろでしたか、EPUB 3の日本語拡張仕様が策定されるという話が出て、実際に中身を見てみたら、縦書きやルビ、縦中横といった、われわれにもなじみが深い言葉が入ってるな、と感じたのが最初です。そこで、EPUB出力に対応し得るソフトウェアを調査したところ、HTMLのコードベースで書くツールやプロ向けのツールはあるけれど、普通のユーザーが手軽に使えるものがないということが分かりました。

 個人用のツールとして考えると、ワープロを作っているメーカーがやるのが一番分かりやすいわけですが、ワープロを開発しているところとなると他はすべて海外製。日本語拡張機能の仕様に追随して作れるのは当社ぐらいでしょうから、これは一太郎でやるのに向いているなと思ったわけです。このところ一太郎は1年サイクルで新バージョンをリリースしていますが、EPUB対応をやるなら、タイミング的にも今回(筆者注:2012年2月10日に発売)しかないだろうと。私としては、千載一遇のチャンスが巡ってきた、ぐらいのつもりでしたね。

―― 実際に開発にゴーサインを出したのは、いつごろですか?

大野 2月とか3月とか、それぐらいですね。実際にコードを書き始めたのは、もうちょっと後ですけども。そのころは、EPUBが今のように注目される状況になるかどうかの確信があったわけではないのですが、技術的に一太郎にフィットする部分が多いので、とりあえずやってみよう、みたいなところがありました。

―― 一太郎ユーザーの使い方として、EPUB出力というのはどれぐらのニーズがあるというイメージなのでしょうか?

大野 現状、一太郎のユーザーさんが電子出版をしている例というのは、ほとんどないと思います。個人向けの電子出版自体が、まだ全然立ち上がっていないですし。なので、すべてはこれからだと思っています。一太郎がEPUB出力機能を搭載し、パブーさんと提携したことによって、ようやく個人ユーザーが、一連の流れで電子書籍を公開できるような環境を整えることができました。ここから個人向けの電子出版市場が伸びるのかどうか、もちろんわれわれだけではないかもしれませんが、我々は結構大きなウェイトを占めると考えていますし、責任は重いかなと自覚しています。幸い一太郎ユーザーには、ものを書いたりすることに興味がある方も多いので、そこにこういった道筋をご案内すれば「じゃあ始めてみようか」という方は、かなりいらっしゃるんではないかなと。

元になったのはHTML保存機能

渡辺文夫氏 一太郎の開発担当、ジャストシステム コンシューマ事業部開発部の渡辺文夫氏

―― EPUB対応の開発でベースになった機能は何でしょうか?

渡辺 元になっているのは、HTMLで保存する機能です。今回は、sectionやasideといったHTML5の構造指定にまでは対応できていなくて、divタグ中心の出力になっています。

―― 現状では、どこまで対応しているのでしょうか?

大野 EPUB出力機能の開発に当たっては、「原則として出力するもの」、「出力するけど制限を付けるもの」、「出力しないもの」という3つの対応を定義しました。出力するものとしては、まず文字情報ですね。そして表現に依存するものは外字化(画像化)して出力します。それから、文書中のオブジェクトや装飾も、できる限り出力します。その際、HTML5とCSS3は有効活用しましょう、という方針です。

 出力するけど制限を付けるものとしては、ページ概念がないEPUBでは意味を失うものがあります。ページ参照などですね。それからHTML5の定義で、一太郎より劣っているものもそうです。例えば、表の波線は普通の実線に変換して出力します。あと、HTML5では定義されているけどビューワでは未実装のもの。出力したはいいけど、ほとんどのビューワで見られないのなら意味がないので。こういうのは、今後ウォッチして対応していこうと考えています。

 原則として出力しないものは、「本文エリア、脚注エリア、レイアウト枠」以外の情報です。ヘッダやフッタ内の文字列や画像もこれに該当します。字間や文字のベース位置も、あまり意味がないので出さないようになっています。あと、行末処理や禁則処理、ハイフネーションに関する情報です。これはビューワ側の機能なので。それから、ページ概念がなくなることで意味を失うもの、例えば、索引一覧や改ページ、送りページなどの情報も出力されません。

―― 一太郎のEPUB対応機能は、今後も強化されていくのでしょうか?

大野 はい、まだできないこともたくさんあるので、やります。やっていきます。現状、出力のカスタマイズは提供していないのですが、画像を元のサイズのまま出したいのか、リサイズなどの処理をしたいのか、といったニーズはあるかなと思っています。

渡辺 今後、ユーザーの反応も見ながら判断していきたいと思っています。

―― EPUBビューワは、何か基準として使っているものはあるのですか? 「一太郎ではこれで検証しています」というような情報を出す予定は?

渡辺 EPUBビューワは、これならというのは、まだありません。いろいろなもので試していますが、どれも一長一短で決定的なものはまだないと思っています。

大野 検証ビューワの公表は、将来的にはやってもいいのですが、今のところは、公表に値するものがないので……。2月ぐらいになれば出てくると期待しています。仮に、機能的にはすごく良いビューワが出てきたとしても、あまりにマイナーなものを推奨してもしょうがないかなというのもありますし。

個人ユーザーの声に応えていきたい

―― 現状はEPUB形式で出力するだけですが、今後、EPUB出力を前提にした文書を作成するための機能を搭載する予定はありますか? 例えば、EPUB出力で意味を持つ機能だけに編集操作が限定されたモードを搭載するとか?

大野 そこは今後の課題だと思っています。ユーザーさんの反応を見て、将来的に搭載するかどうか検討していきたいと思います。

―― 一太郎のEPUB作成機能は、どこまでを目指しているのでしょうか? 一太郎がInDesignに対抗するような機能を持つことはないわけですよね?

大野 それはないです。今後、EPUBビューワの対応がある程度落ち着いてきて、ここまでならどのビューワでも大丈夫、というコンセンサスができてくれば、個人がEPUBの電子書籍を作る場合に必要な機能というのも定まってくると思っています。一太郎はあくまでも個人用ということで、まずはそこの声に応えていきたいなと思っています。

―― 一太郎以外でEPUB対応する計画は? ホームページビルダーが、昨年(2010年)の発表の際に「将来的にはEPUBも」という言及があったと記憶しているのですが。

大野 花子などでEPUB対応することは、今のところは考えていないです。一太郎でできてしまえば、ホームページビルダーでEPUBに対応する必要はないかなと、個人的には思います。

―― 日本語以外の言語対応は?

渡辺 ユーザーインタフェースとしては日本語と英語が設定できるようになっていますが、あくまでもEPUBの書誌情報にある言語の設定をするだけです。ここが英語だから、それに合わせた特別な処理をしているということはありません。

―― 現状は出力のみですが、今後、EPUBファイルの読み込みに対応する予定は?

大野 読み込みは当初検討したのですが、現状、あまりニーズがないかな、と。

―― EPUB文書自体、まだそれほど流通していないですしね。ただ利用が広がっていけば、作ったEPUB文書を編集したいといった需要はあるかなと思うのですが。

大野 はい、今後はあり得るかなとは思います。なので、ユーザーや市場の動向を注視していきたいですね。

 実は、当初はビューワも一緒に作ろうかという話もありました。工期的な問題で断念した部分もあるんですが、それ以前に、一太郎の出力を自社のビューワできれいに表示できるといっても、あまり意味はないわけで。EPUBはオープンなフォーマットなので、まずはオープンな環境で見られるというのを目指そうと。自社でビューワを作ってしまうと「ウチので表示できるからいいや」みたいな感じになっちゃうじゃないですか(笑)。そうした小細工をしてしまう可能性もあるので、ビューワを作らないというのは方針として決めました。

―― 結局、パブーとの提携は具体的に何をするのでしょう?

大野 来年になったら公表します。発売前になると思いますが、そのときには具体的な内容を発表します。

―― それは、一太郎の機能的なことですか? 普通に考えると、ワンアクションで一太郎からパブーで公開できるようなことを想像するのですが。

大野 いろいろ含めて検討中です。当初は機能的なものというよりは、パブーで売ること自体初めてのユーザーが多いでしょうから、そうしたハードルを下げてあげる取り組みですね。いろいろ準備をしているので、ご期待いただければと。

―― ジャストシステムとしては、パブー以外とも提携する可能性はある?

大野 当面はパブーさんとやっていきます。現状、個人向けの電子書籍公開サイトというとパブーがずば抜けて大きいので、当面はパブーさんとやっていけば、ある程度お客様のリクエストには応えられると思っています。



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