この夏、電子書籍市場は燃えていたか?eBook Forecast(1/2 ページ)

「電子書籍ってどこを押さえておけばいいの?」――忙しくて電子書籍市場の最新動向をチェックできない方のために最新動向を分かりやすくナビゲートする「eBook Forecast」。今回は、ドロドロとした様相を呈してきたスキャン代行サービスの現状や、Kindle Storeは日本でいつ始まるのかなど、この夏に起こった出来事を中心にお届けします。

» 2011年09月13日 10時00分 公開
[前島梓,ITmedia]
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 暑い夏がようやく終わりを迎えましたが、この夏、電子書籍市場ではどのような動きが起こっていたのでしょうか。ここ1カ月ほどの電子書籍市場の動きと、今後について予測する「eBook Forecast」をお届けします。

楽天の本格参入、しばらくは様子見が吉?

 まず、オンラインショップの雄「楽天」が電子書籍市場に本格参入、電子書籍ストア「Raboo」を8月10日にオープンしました。

 パナソニック製の専用機「UT-PB1」を携えて電子書籍市場に乗り込んできたRabooですが、楽天というユーザーにもなじみの深い場所で電子書籍の取り扱いが開始されたことは、いわゆるアーリーアダプタ層だけでなく、広く利用者を増やす可能性があり、面白い存在となりそうです。

UT-PB1 7型のAndroidタブレット「UT-PB1」。現時点でRabooの電子書籍はこの端末でないと読めません

 ただし、現状では専用機を購入する必要があり、利用のハードルが高いのはいただけません。シャープのメディアタブレット「GALAPAGOS」の例を見ても、専用タブレットが市場に受け入れられるかは不透明です。中期的にはAndroidやiOS向けにRabooアプリがリリースされるでしょうから、少し静観するのも賢明な判断でしょう。

 ポジティブな要素としては、ソニーや紀伊國屋書店も含めた4社連合によるストア/端末の相互接続です。これは要するに、端末とストアをn:nで扱えるようにするというもの。より分かりやすく言えば、どの電子書籍ストアで購入した電子書籍でも、端末に依存せず読むことができるというものです。「当たり前だ」と思われる方もおられるでしょうが、日本の電子書籍市場は各ストアがバラバラに存在しており、こうしたことが実現できていませんので、それを打開しようとする動きは業界的には大きな取り組みといえます。お互いのラインアップや端末の普及率をカバーできるこの動きがどう推移するかは注視しておきたいところです。

 ちなみに、楽天からは電子書籍に関する調査結果が発表されています。これによると、電子書籍の閲覧をスマートフォンで行いたいと考えるユーザーが急伸し、専用の端末であれば5000円以下でないと購入意欲がわかないなど、なかなか面白い調査結果となっています。この結果をみても、3万円超のUT-PB1は分が悪そうです。

Reader新モデルの国内発売に期待

 上でも名前が挙がったソニーは、8月末にドイツで開催されたコンシューマーエレクトロニクスショー「IFA2011」で、電子書籍リーダー端末「Reader」の新モデル「PRS-T1」を発表しました。

PRS-T1 PRS-T1(写真右)とAmazonのKindleを並べたところ

 新モデルのポイントは大きく2つあり、1つは、Wi-Fiを搭載したモデルである点、もう1つは、6型の電子ペーパーを採用したモデルとしては世界最軽量となる168グラムを実現している点です。価格は149.99ドルとKindleに匹敵する価格帯です。さらに端末だけで電子書籍の購入ができ、軽くて安いとくれば、端末としてはかなり出来が良いといってよいでしょう。

 現時点で販売予定国に日本は含まれていませんが、これが日本市場にも投入されるのは間違いないでしょう。Rabooの項で説明した相互接続の件も考えると、コストパフォーマンスのよい1台となりそうですし、「Sony Tablet S」「Sony Tablet P」といったタブレット製品という選択肢もあります。年末はソニーの躍進に期待したいところです。

スキャン代行サービス、海外と国内で温度差あり

 今や、Googleで「自炊」と検索すると、自分で炊事を行う方ではなく、書籍を裁断してスキャンし、デジタルデータに変換する意味で自炊という言葉を使っているサイトが上位に来る時代です。

 こうした自炊をユーザーに代わって行うのが、スキャン代行サービス。昨年から急速に数を増やしており、現在では1冊50円で行う業者も登場するなど、価格破壊の様相を呈しています。

 しかし、日本の著作権法的にはグレーな部分があるスキャン代行サービス。どこがグレーなのかは「TSUTAYAみなとみらい店で『BOOK ON DEMAND』を試してみた」などをご覧頂くとして、出版社がこうしたスキャン代行サービスに対しようやく具体的なアクションを見せ始めました。それが、出版社7社、作家・漫画家122人がスキャン代行業者に質問状」です。質問状の内容は、「出版社からスキャン代行業者への質問状を全文公開、潮目は変わるか」に全文が掲載されています。

 出版社としてもスキャン代行サービスに対し何のアクションも取らないのは、経営判断的に問題ではないかと株主などから言われかねないので、起こるべくして起こった今回の質問状送付ですが、権利者への「正しい還元の仕組み」ができるまでは許諾することはないという内容は、質問状の形を採りながらかなり高圧的な印象です。

 今回の動き以前にも、日本書籍出版協会が同様の措置を検討していると過去に報道されており、スキャン代行業者の中には、利益還元の提案をしているところもありますが、それらは無視されているようです。結局のところ、自分たちに都合の良いモデルでないと認めたくはないということでしょう。「出版社に著作隣接権を――流対協が要望書提出」などもそうした意識が働いているように感じます。

 筆者の経験からいうと、出版業界はとかく「内と外」を分けたがる業界です。外部(と見なす)スキャン代行業者からの声に耳を傾けるようになるのか、それとも自らの論理を突き通すのか。後者を選択してガラパゴス化しないでくれるとよいのですが……。

 なお、今回の質問状送付に対する今後の動きを予測しておくと、まず、スキャン代行業者は、権利者からの許諾可否を受け付ける仕組みを用意し、許諾が取れないものは一括して受け付け拒否するところが増えるでしょう。その一方で、「著者」に直接利益還元モデルを提示しながら、許諾を得るという動きもありそうです。出版社は、許諾を得ずにスキャンを行っている悪質な業者と民事または刑事訴訟で争うことになっていくと思われます。

 ポイントは、スキャン代行サービスで出版社に損害が出ているかどうかですが、この立証はなかなか難しいですし、「損害はない」といってそれがバンバン広がってしまっては、条文では明確に違法なので、どこかで違法化、あるいは「逆の明確化」がなされることもあり得るでしょう。その一方で、業を煮やした消費者からの集団訴訟なども可能性としては考えられます。

1DollarScan

 そんな中、スキャン代行サービスで著名なBookScanが米国でも「1DollarScan」というスキャン代行サービスを立ち上げ、人気を博しているようです。米国の複数の弁護士事務所から違法性なしとの見解をもらい、また、スタンフォード大学のフェアユースを研究している教授からも問題なしとの回答を得ていることが分かっています。日本で起こっている動きと比べるとその温度差に少し驚きますね。

『自炊』のすすめ 電子書籍『自炊』完全マニュアル 『自炊』のすすめ 電子書籍『自炊』完全マニュアル。裁断用のラインが入っているなどにくい演出です

 もちろん、私的複製の範囲で自炊するのは法的にも何の問題もありません。スキャン代行サービスに不安があるという方で、自分で自炊したいという方に、お勧めしたい一冊を紹介しておきましょう。

 それが「『自炊』のすすめ 電子書籍『自炊』完全マニュアル」です。著者はeBook USERでもおなじみの山口真弘氏。自炊を語らせたら右に出るものはいない山口氏が書き下ろした自炊の完全マニュアル本です。予算別の機材選びから裁断・スキャンのコツ、各リーダーで読むポイントまで網羅された実践的な内容は、初心者から上級者まで誰が読んでも役に立つ1冊となっています。


そのほか

 このほか、この夏の電子書籍市場で少し話題となったトピックを幾つか並べてみました。eBook USERでは海外の電子書籍動向も広くカバーしており、業界関係者には有用ですが、エンドユーザーからすると直接関係するものではないニュースも多いので、ここでは国内の動きに注目して取り上げます。

 シャープのメディアタブレット「GALAPAGOS」がAndroid 2.3のアップデータ提供により汎用のタブレットとなったことや、電子書籍ストア「TSUTAYA GALAPAGOS」でシャープのXMDFだけでなく、競合に当たる.bookをサポートしたことなど、シャープの電子書籍周りの動きには相次いで大きな変化が見られます。

 シャープとともにTSUTAYA GALAPAGOSを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)は、独自の電子書籍ストアを展開する一方、全TSUTAYA店舗で最大の売り場面積を誇る店舗を群馬でオープンさせるなど、リアル店舗を絡めた展開を推進しているのも興味深いところです。

4K以上の超解像度と3D立体視で臨場感はケタ違い。ジャンルによってはこうした技術を取り入れた電子書籍が増えそうです

 そのほか、4K以上の超解像度と3D立体視を取り入れた電子写真集が登場するなど、電子書籍ならではの新たな取り組みが始まっていることにも注目です。ルーセント・ピクチャーズエンタテインメントが手掛けるビジュアルマガジン『PLUP SERIES』がそれで、女優・アーティストの新たな魅力に迫る『IQUEEN』と、次代を担う新鋭女優を取り上げた『aBUTTON』が創刊されています。どちらも紙と電子で提供されますが、電子版は「なるほどこれがビジュアルマガジンというものか」とはっきり体感できる作りとなっています。IQUEENの創刊号は長澤まさみさんを特集していますが、4K以上の超解像度と3D立体視が彼女の新たな魅力を引き出しており、また、長澤さんも3D立体視の撮影にノリノリな様子がうかがえます。ちなみに『aBUTTON』創刊号は、高田里穂さん、橋本愛さん、岡野真也さんといった新鋭女優がこれまた趣向を凝らしたカットで撮影されています。

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