村上龍に聞く、震災と希望と電子書籍の未来(後編)電子版「ラブ&ポップ」をGALAPAGOSでリリースしたその理由(3/3 ページ)

» 2011年07月27日 10時00分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]
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変化とどう向き合うか?

―― 昨年は電子書籍元年ということで、出版社だけでなく、印刷会社、シャープのような電機メーカーなどあらゆるプレイヤーが、非常に過剰に期待し、反応をした1年間でした。それに比べると震災の影響もあり、今年は落ち着いた空気の中に電子書籍はあると感じています。そういったいわゆる「元年」から今年に至るまでの現状というのは、先生はどういうふうにご覧になってますでしょうか。

村上龍 そういうことは、まったく考えてないですね、僕は。気になったりもしないです。

 付き合いのある編集者はたくさんいるので、去年みたいな熱気とか、あるいは、警戒心とかは、確かにだいぶ弱まっているかもしれないなとは感じています。ただ、電子書籍が持つインパクトというのは、弱まってないと思いますよ。

―― インパクトが弱まっていないというのは、重要な指摘ですね。

村上龍 ええ。

―― 電子書籍の浸透を受けて、今後、作家自身、作家像が、変わっていくということは、あり得るんでしょうか。

村上龍 それは、ないでしょうね。

 逆にあの人は紙にしか書かないみたいだとか、電子書籍界から、なかなかいい新人が出てきたよとかいうようなことが、普通のことになっちゃって、紙と電子書籍の比率は、変わってくるかもしれませんけど、共存するという状態は、続いていくと思うんですよね。

 もっともっと、電子書籍が普通のもの、普通のメディアになっていくと思いますよ。

―― 作品、例えば昨日(取材時)まさに、芥川賞の選考会でもあったりしたんですけども、新しく出てくる作品をご覧になっていて、例えば電子書籍も手前には、ケータイ小説があったりしたわけなんですけど。作家、あるいは作品が新しいデバイスやメディアが登場するに伴って、変わってきたなとか、そういうことを感じられることっていうのは、ありますか?

村上龍 ないですね。

 携帯に向いた小説って、あると思うんですけどね。例えば画面が小さいから、文章が短いとか。でも電子書籍は、あんまりそういった制約はないですから。あまり感じないですね。

村上龍さん 「変化は外側から来るものではなく、その内部、中にいて、作り出せるもの。変化の中でいかに『わくわくどきどき』できるかという考え方で電子書籍という新しいメディアに対するべき」と村上さん

―― 用意していた最後の質問も、「グーテンベルク以来の文字文化の革命と称した電子書籍について、各方面への提言」という質問項目になっているんですけれども。

村上龍 提言は、ないですよ。ただ、グーテンベルク以来の革命だっていう認識は、出版に関わる人は持ってた方が有利だと思うんですよね。合理的だと思うんですよ。

―― 合理的。

村上龍 はい。それで、記者会見で言ったことですけど。ということは、要するに、変化が必ず起こってくるわけです。出版業界に。あるいは出版業界じゃなくて、こういうデバイスを作るメーカーを含めた、広い領域で変化が起こってくるかもしれません。

 その変化というのは、日本人の場合「外側から来る」という前提の下に、考えたりするんですよね。黒船が来る、みたいな。

―― まさに黒船っていう表現が、「外から押しつけられる変化」というニュアンスを含んでいますよね。

村上龍 そういった変化というのは、「その内部、中にいて、作り出せるもの」なんですよね。それが僕は『歌うクジラ』をやって、一番感じたことなんです。

 だから、デバイスを作るメーカーから、テキストとか、コンテンツを提供する、いわゆるクリエーターまでがね、「一体どうなるんだろう」ではなくて、こういう変化の中で、自分は何をすれば、一番「わくわくどきどき」できるだろうというような、考え方で、電子書籍という新しいメディアに対するべきだと思います。

―― どうなるんだろうじゃなくて、どうしてやろうと。

村上龍 今は「どうなるんだろう」っていうのばかりなんですよね。

―― 確かに、確かに。わたしも今、質問がそういう繰り言になってしまっていて、反省しています(笑)。

村上龍 それはまあ、インタビューアーとしては、しょうがないです。

―― ありがとうございます。いずれにせよ、そう捉えた方が、合理的であるというのは、非常に大きなメッセージだと感じました。

 去年は各プレーヤーとも、恐怖や不安に突き動かされて、業界でも、いろんな動きがあったわけですが、端的にいえばAmazonに対する守りを固めるという動きがほとんどのように思えます。

 そこで「何を作っていくか」というような、先生が仰ったような視点というのは、多くの場合抜け落ちてしまっています。今後は何を作っていくか、どうしていってやろうかという点に光が当てられるべきだと感じました。

 では、最後に先生からこれは言っておきたいみたいなことがあれば。

村上龍 ぜひ『ラブ&ポップ』を電子版で体験してほしいですね。

 オスカーという事務所に所属する10代の女の子が、100人も集まる機会ってなかなかないと思うんですよ。その要素と『ラブ&ポップ』っていう小説の本質が本当にフィットしたという自負があります。まずは手に取って眺めてほしいです。

―― 最初に申し上げたように、「ラブ&ポップ」を読み返したとき、15年前と今の様子とあまりにも違いすぎるので目眩を覚えました。ただもしかするとそこから、何か、希望の1つの形を取り出せるかもしれません。

村上龍 援交するおじさんに?

―― 援交できるおじさんを希望と呼んでしまうと、語弊がありますが(笑)。

村上龍 確かに、経済的には縮小が進んで、より閉塞感が強くなっていると僕は思うんですけど。本質的には、変わってないんですよね。経済的にいうと、本来変わらなければいけないところは、ずっと残したまま、ずるずるずるずる……。これは民間ではなくて、主に行政とか政府の責任ですけど。

 変われてないことが問題だから。逆に変わってない部分はたくさんあると思うんですよね。そんな中で、「ラブ&ポップ」では風俗とか、おじさんの経済情況は変わっているということは読み取れるかもません。

―― ぜひでは、またその辺りに切り込んだ新作にも期待しています。

村上龍 はい、ありがとうございます。

―― 今日はお時間をいただきまして、ありがとうございました。

著者紹介

ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.JPにて「メディア維新を行く」、ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に「スマートデバイスが生む商機」(インプレスジャパン)「生き残るメディア死ぬメディア」(アスキー新書)など。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM修士。村上龍氏の作品では「13歳のハローワーク」を研究テーマに選んだことも。Twitter:@a_matsumoto


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