村上龍に聞く、震災と希望と電子書籍の未来(前編)電子版「ラブ&ポップ」をGALAPAGOSでリリースしたその理由(2/3 ページ)

» 2011年07月25日 10時00分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]

村上龍は「電子書籍」をどう捉えているのか?

―― 本といえば、村上龍さんは昨年11月に電子書籍を手がける「G2010」を立ち上げました。まず電子書籍というものを、どういうふうに捉えられているのかという辺りから聞かせてください。

昨年11月に開催されたG2010設立に関する記者会見から。村上さんの左にいるのがG2010の運営会社であるグリオの船山浩平氏、右にいるのはよしもとばななさん

村上龍 新しくできた、非常に画期的なメディアですよね。僕は去年の2月にiPadが出たときは、相当衝撃を受けました。

―― iPadを見たとき、すぐに読書端末というふうに捉えられたのですか?

村上龍 事前にiPadのうわさは聞いてたんですけれど、Appleのホームページに行って、スティーブ・ジョブスのプレゼンを見たんですね。『歌うクジラ』を講談社の群像で連載してたんですけど、その連載を書き終わった翌週ぐらいだったんです、それが。

 何だかスティーブ・ジョブス痩せちゃって。でもセーターみたいなの着て、かっこよかったんですよね。大丈夫かなこの人と思いながらも、やっぱりこの人は、かっこいいなあと思って。

不老不死の遺伝子を巡る少年の冒険の旅を通じて、格差社会の行き着く先、再生への希望を描いた村上龍氏の「歌うクジラ」。紙書籍に先行して電子書籍がリリースされたこの作品は、電子書籍元年を大きく後押ししたパイオニアとして「ダ・ヴィンチ電子書籍アワード2011」の文芸賞を受賞している

 自分はiBookとiPhoneの中間のものを造ったんだと。iPadを取り出したときは、おおおーっとか思ってですね。そのときにもう、はっきりと、これは非常に難しいだろうけど、『歌うクジラ』はこれでやっちゃおうと思ったんですよ。

―― もう、そのタイミングで。

村上龍 そのためには、どうすればいいかということを考え始めて。最初は、講談社にどう話すかというのが、最大の問題でした。

 講談社は、野間さん(講談社代表取締役社長の野間省伸氏)をはじめ電子書籍に非常に関心が深いので、紙に先行して、電子書籍を出すというアイデアを出したら、電子書籍部門の人たちが面白いって言い始めたんですよね。話題になって、本も、紙も売れるんじゃないかって。紙は案外売れなかったんですけど。

 ただ、電子書籍分と合わせると、いつもの僕の部数なんですけどね。だから、そんなおいしい話じゃないから。それはいいんですけど。とはいえ、講談社の説得にやっぱり、なんだかんだで1カ月ぐらいかかって。

―― 講談社さんの電子書籍の部門が、直接手がけるということではなくて、電子書籍をこちらで展開してもいいですよね? というそういう話ですよね。

村上龍 そうです。それも話しました。そこも理解してもらえて。

 厳密に言うと、僕とグリオ(G2010の運営会社。電子書籍化も行う)でやった作業をやるようなセクションって、講談社にはないんですよ。グリオでは実際にコンピューターで作業しますけど、講談社も、結局はグリオみたいな会社に作業を依頼することになる――いずれにせよそういうセクションはないんですよね。

 不思議なことに、そういう講談社の電子書籍部門のトップの人も、それから野間副社長(当時)も、それからその電子書籍部門のデスクみたいな人も、なぜか、僕と縁があったんですよ。

 デスクの人は、昔ゼロックスにいらっしゃって、僕の作品のオンデマンド出版というのをやったことがあって。『共生虫』とかを。そのときの担当だったんですよね。「えー!ここに居たんですか」みたいな話になって。さらに、そこのトップの人は、昔僕の妹が講談社の「なかよし」編集部でバイトしてたんですけど、そのときの編集長だったんですよ。

―― いろんなところで、つながってますね。

村上龍 そういう縁もあって、講談社との話し合いは非常に友好的に終わり、協力してもらうことになったんです。さらに電子版を先に出すということ、グリオと作業することまで了承してもらえたのはとても有り難かったですね。

―― そして、G2010の設立につながっていく。設立から半年ほどが経ったわけですけれども。苦労された点、あるいは、楽しかったことなど、振り返ってみて、感じられることはありますか?

村上龍 振り返らないんですよね。僕。まだ、振り返るほど時間がたっていませんし。例えば10年ぐらいたてば、あのころは、とか思うのかもしれないですけど。まだ半年だし。作業もちょっと遅れ気味なので。

 ただその、『歌うクジラ』を出して、その後G2010を作るときに、各出版社との交渉がけっこう大変だったんですよ。こういうのを作るということをあらかじめ言っておかないと、急に作ったら、敵対していると思われるので。それは僕とつきあいがある講談社、集英社、小学館、文藝春秋、幻冬舎、KKベストセラーズとか、担当編集者とも、相当上の人たちとも、こういうことをやりますというのは、全部話しました。

 G2010は既存の出版社と敵対する会社じゃないので。ただ、あのころは、各出版社は電子書籍というものに対してとても敏感になっていたんですよ。それぞれの出版社との交渉は記憶に強く残っています。

―― 村上さんご自身が、電話したりとか?

村上龍 メールが多かったですけど。出版社もなかなか分からないんですよね、僕らが何をやろうとしているのか。『歌うクジラ』という事例があったので、そこからは話が少し早くなりましたが。

 あとは、G2010の会社設立記者会見が大変だったのもよく覚えています。準備期間から逆算するのではなくて、会場の空きで急きょ決めたものですから。会社名のロゴも前日に決まって、プリンターで印刷して会場に貼り出したくらいです。

―― そうなんですね。

村上龍 グリオの連中は、みんなほとんど、記者会見の前に10日間ぐらいは寝てない人が多くて。記者会見が終わって、打ち上げやったんですけど、トイレに行くたびに、倒れて帰ってこないんです。トイレで寝てますとかって。

―― 壮絶ですね(笑)。

村上龍 どんどん減っていくんですよ。打ち上げ会場の人数が。

―― 電子書籍の開発も大変だったという話も聞いています。『歌うクジラ』や『ラブ&ポップ』では、紙の本になかった音声や映像といった要素を加えてますが、そのあたりのこだわりがあれば聞かせてください。

村上龍 こだわってはいないんです。ただ、僕の場合は、ビジュアルとか、あるいは音楽とかの組み合わせというのが、個人的に好きというのもあってですね。いわゆるリッチコンテンツにしていこうという思いはありました。

 一方、必ずしもリッチである必要はないと思っていて、ボリュームでも、勝負できると考えています。例えば50巻の全集とか、電子であればもう、ワンボリュームで、ワンパッケージで売れますから。あるいは復刻版を現代的に編集するというのも、やろうと思っているんです。

 とにかく時間が足りなくて……今みんなでけっこう、大きな作品をやっています。マンパワーも足らない……。

―― 大変ではありますが、瀬戸内寂聴さんがG2010には参加・出資もされたりと、いろんな方が、応援しているチームですね。

村上龍 電子書籍といっても、結局は大手の出版社とか、印刷会社とか代理店など大手が主導しているわけですよね。そんな中で、僕らみたいな、弱小の会社が何ができるかなってというのはいつも考えているところですね。

 そういった、いわゆるインディペンデントの小さな会社に、期待してくれたり、そこで何かやりたいと言ってくれたりする人も、結構いるんですよね。いろいろな方からポツポツ接触があるんですけど。それは本当にうれしいことだなって思ってます。

―― 規模やマンパワーの制約はあるけれども、いろいろな思いに応えていきたいというわけですね。ところで、電子書籍に取り組む際の、何かキーワードといったようなものは村上さんの中にはあるのでしょうか?

村上龍 うーん。まだ始めたばっかりですからね。自分の作品をリッチコンテンツ化するときは、いろいろと具体的にイメージというか、画像とか映像とか、音楽とか考えますけど。電子書籍全体に関しては、あんまりイメージないです。

―― 先ほど仰ったような全集であれば、リッチということよりも、むしろシリーズが例えば全部そろっていることが価値となるし、逆にこれから発表されていく、ご自身の新作であれば、ご自身の表現したいことがリッチ要素も含めすべて盛り込まれているということが、中心になるし、それは、作品によっていろいろであるという。

村上龍 そうです。

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